★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版) 作:埴輪庭
◆
「ああ、そうだ。資材便は止めておいたから」
定例の役員会がお開きになる間際、ローレン・ナイツは席を立ちながらついでのように言った。
ケンメリッヒの椅子は相変わらず片付いておらず、主のいない決裁箱から代行と称して案件を持ち出す習いもそのままだ。ローレンはその箱から中継点E―91の周辺を通る開拓資材便の運航承認を残らず引き取り、朝のうちに保留にしてしまっていた。
名目は消失事件を受けた航路安全の確認である。
幹部たちは頷くでもなく帰り支度を続けた。まあ資材便の何本かが止まったところでどこの部門の実績にも響きはしない。
「医療資材の便を止めるのは……」
言いかけて、サクラは口をつぐんだ。
「医療資材がどうかしたかい?」
ローレンが小首を傾げる。
「……いいえ。現場の病院が困らなければいいのだけれど」
「代わりの便なら本部に頼んであるよ。病院にはちゃんと届くさ」
サクラは微笑んだまま、手元の資料を揃え直した。
「それから工兵用電源も同じ便だからそっちも一緒に止まっちゃうんだけどねぇ。困る人はいないよね?」
手を挙げる者はいなかった。
ちなみにサクラが事業推進部長の後任に推した財務畑の男は今朝から出社していない。表向きは体調不良である。
会議室を出がけにローレンは首筋を掻いた。昨夜の注射の痕が少し痒い。
◆
その夜、役員フロアで明かりが点いていたのは二部屋だった。一つはローレンの部屋でもう一つがサクラの部屋である。
薬の方はまだ手がある。許可制とはいえ作っている会社は星系外に幾つかあり、そのうちの一社とは長い付き合いだ。直に買いつけて、資材便とは別の口から下へ降ろせばいい。
担当者を呼び出そうと秘匿端末を開くと、向こうからの連絡のほうが先に来ていた。
『C66向けの出荷につきましては監査が入りましたため、当面のあいだ見合わせとさせていただきます』
受信時刻は今朝になっている。会議で資材便の話が出るより前だ。
ならば小僧の方を黙らせればどうだろう。いや、黙らせられないまでも、これ以上干渉すればそちらも怪我をするぞと威迫すれば?
ローレン・ナイツの経歴はあの会議の後から部下に洗わせてあった。巧妙に偽装してあったが、サクラにもサクラなりの情報網があるのだ。
ローレンは娼婦の息子で八つで母親を亡くしてからは自分で客を取って食いつないでいたという。富豪モーズレイの養子に収まったのもその客筋からでほどなく養父が死ぬと財産と地位はそっくり彼のものになった。死因は病死とされ、検屍報告書は薬物の検査欄だけが空いたまま綴じられている。経歴偽装は立派な犯罪である。
サクラはその一式を差出人の名を伏せて管理局へ流した。本部からはすぐに受理番号が返ってきた。管理局からは何も返ってこない。苦情でも密告でも管理局の窓口は届いた端から機械が番号を振って寄越す仕組みのはずである。
送信履歴を開き直してみたが宛先に誤りはない。
──妨害されている?
サクラがこの異常に対してどう対応するか考えていると、秘書から財務畑の男についての報せが入った。本部監査に呼ばれて、朝から口座の出入りを訊かれているらしい。その口座に金を入れていたのはサクラである。無論、この情報も極めて巧妙に偽装されては居たのだが──
──早すぎるわ。
ローレンの情報網が侮れない事は知っていたが、よもやこれほどとは、という想いがあった。
さらに言えば、強い疑念も。
そも、二人の関係は不倶戴天といっても過言ではなく、隙あらば蹴落とそうと考えていた者同士でもある。それがなされなかったのは、ひとえに互いの守りが堅かったからだ。
その均衡がこうもあっさり崩れると言うのはサクラからしてみれば青天の霹靂に等しかった。
◆
「また何か
ベッドに寝転がったまま君が訊くと、枕元の金属球は青い光を短く二度瞬かせた。
『はい。何を送っているかご説明しましょうか?』
君は即座に断った。位相だか残響だかの講釈で先日たっぷり懲りている。
そこへ端末が鳴った。ザッパーからだ。
「夜分にすみません、ケージ。今日の便が倉庫に届きませんでした。ヴェンデッタがかなり荒れています」
受話口の向こうで何か重たいものの割れる音がした。
「いま、ブルーノが壁に投げつけられました」
「あらら、ヒスってやつか」
「生きているようです」
「そら良かった」
君はミラから大体の段取りを聞いている。だからなぜヴェンデッタがキレ散らかしているのかが分かっていた。
ヤク切れという奴だ。
君はこの部屋の壁いっぱいに映し出された少女のスキャン画像を思い出していた。細っこい骨のあちこちに部品が無理やりねじ込まれ、継ぎ目が赤く腫れていたあれだ。適合剤がなければ細胞と細胞は反発しあい、免疫は互いに殺し合い、ヴェンデッタは早晩、文字通り地の染みになるだろう。焦る気持ちは分からないでもない。
「……分かった。お前は隅っこから動くなよ」
「はい。動きません」
通話を切ると、君は枕元のミラを見て言った。
「ヴェンデッタのやつ大丈夫なのか?」
『ご安心ください。壊死が始まるのは数日後です』
「あ、そう……」
◆
管理局の取調室。
パイプ椅子の座面には前に座った誰かの煙草の焦げ跡がある。サクラはその上に仕立てのいいスカートの裾を揃えて腰を下ろした。任意の事情聴取という建前だが実際は尋問だ。
財務畑の男は呼び出されたその日のうちに洗いざらい喋ったという。おまけに資材便の積荷記録と倉庫の登記がローレンの部門から一式まとめて管理局へ届けられている。
「つまり事業団の便で薬とエネルギーセルがゴッチ・ファミリーの倉庫へ定期的に送られていた。そういう理解でよろしいですね」
係官は若い男でさっきからサクラの顔をまともに見ようとしない。
「流用があったのなら、あの人の一存でしょうね」
「ですが彼の個人口座へ定期的に資金を振り込んでいたのはサクラ女史、あなたですね」
「お貸ししたのよ。借金で首が回らないっていうから」
サクラは薄く笑って首を横に振った。
「ゴッチ・ファミリーも倉庫の受取人とやらも存じ上げないわ。何かの間違いではなくて?」
係官は手元の端末から視線を動かさないまま、開いていたファイルから紙焼きの写真を一枚抜き出した。机の真ん中へ滑らせるようにして置く。
「この人物に見覚えは? ゴッチ・ファミリーの現ボス、ヴェンデッタ・ゴッチです」
サクラの表情を確かめようともせず、係官は椅子を引いて立ち上がった。
「上へ確認してまいります。少々お待ちを」
重たい防音扉が閉まり、廊下の足音が遠のいていく。
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下層の倉庫へ突入する手入れの令状はサクラがその部屋でパイプ椅子に腰掛けたまま待たされているあいだに上層の決裁印を得て下りた。
任意の聴取という名目を保ったまま、扉の鍵は内側から開かないように施錠されている。サクラはそれについて一度も抗議せず、ただ黙ってそこに座っていた。
◆
ザッパーから再び連絡が入ったのはその日の夕方の事である。
「ケージ、管理局の者たちがお見えになりました」
声の後ろでは拡声器越しの誰かが令状らしきものを読み上げている。
「全員その場を動くなとのことですので私は動かずにいます。こうして通信することも本来はまずい気がするのですが、なぜか私には干渉してきませんね」
「まあそのままいい子ちゃんでいろよ。……ミラがうまいことやってくれたのか?」
『はい、ケージ。今回の捕縛対象はヴェンデッタをはじめとするゴッチ・ファミリーの主要幹部です。そのように調整しました』
「いいね。ああ、ザッパー。大丈夫そうだぜ。でヴェンデッタは?」
「ヴェンデッタは──あ、拘束されましたね。抵抗はしていますが流石に軍用のタクティカルドローンには敵わないようです。スミス&ベンソン社の局地戦タイプの型落ちですがアースノイドが単身で制圧できるほど甘くはありません」
「うぇ、タクティカルドローンまで出してきたのかよ。ガチじゃねえか」
スミス&ベンソン社といえば、実体弾の鉛玉を飛ばしていた古色蒼然たる時代から続く老舗の銃器メーカーである。
そもそも惑星C66の空は特殊な地殻磁場が撒き散らす電波ノイズのせいで通信がまるで安定しない。現代の主流である親機と電波でリンクして飛び回る群れ制御型の最新ドローンなど、この星の大気圏に放り出せば数秒と持たずにただの鉛の塊となって墜落するのが関の山だ。
ゆえにこの星の警察機構で実用に耐えうるのは外部からの誘導を一切遮断して単体で積んだ骨董品じみた独立演算装置が標的を自動識別して突っ込むスタンドアロン型の旧式自律機──すなわち軍用のお下がりとして払い下げられた局地戦用の型落ち品だけに限られていた。
ただ、型落ちとはいえ馬鹿みたいに値段が張る代物であることには間違いはない。君から言わせれば、貧民街の路地裏にそんな高価な玩具を突っ込ませるなど正気の沙汰とは思えない贅沢であった。
話を戻すが受話口の向こうからはなおも破壊音が続いていた。
受話口の奥からくぐもった女の金切声が響いてくる。
──『ブルーノ! 退くな、撃ち殺せ! 弾を惜しむな! 私のシマを渡──』
声はそこで途切れた。