★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版) 作:埴輪庭
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人定質問において書記官が被告人の年齢を「七十歳」と読み上げた瞬間、法廷の背後でかすかな衣擦れの音、あるいは何万匹ものガリガリが遺棄された死体に群がる時の様な音が波のように広がった。
傍聴席の最前列に陣取っていた地方通信社の若い記者は目玉が零れ落ちそうなくらいに目を見開いた。被告席に座るレイフォル・オリビア・サクラの外見はどう甘く見積もっても二十代後半のそれであったからだ。
惑星C66地方裁判所は連合政府の司法機関である。
被告席は下層の暴動や集団密輸を一度に捌くためだけに誂えられた、幅の広い灰色の木製ベンチであった。
母娘はその長いベンチの両端に申し合わせたかのような距離を空けて腰を下ろしている。左端に座るサクラは仕立てのいい濃紺のスーツを崩さず、膝の上で細い指を重ねていた。右端のヴェンデッタは両手首を磁気拘束具で固定され、作業着の袖口をめくった内側には灰色の投薬ポートが真新しいネジ頭のように皮膚へ食い込んでいる。拘置中に投薬が途切れた様子はなく、ポート周辺に壊死の兆候である黒ずみは見られない。
反社会的勢力に対する資材の不正流用および組織的な便宜供与──起訴状の朗読が終わり、裁判官が認否を促すとサクラは正面の壁を見据えたまま小さく首を横に振った。
「身に覚えのない事ばかりですわ。一切否認いたします」
対照的に、右端のヴェンデッタは背筋を伸ばし、濁りのない声で短く言い放った。
「攻撃を指示したのは私だ。ほかの連中は関係ない!」
事業団との癒着や物資の不正受領については、問われても唇を一文字に結んだまま一切の言及を避けた。
検察官は淡々と証拠調べに入った。読み上げられたのは事業団C66支社の開拓資材便に関する過去三年分の積荷目録と下層の受取倉庫の登記簿謄本である。いずれも事業団の正規決裁を通った公文書であり、差出人の欄にはサクラの部署が、受取人の欄にはゴッチ・ファミリーの休眠会社が記されていた。中継点E―91を通過した便の数と下層倉庫への搬入履歴は完全に符合している。
続いて証言台に立ったのはサクラが次期部長に推していた財務部門の男であった。青白い顔でマイクの前に立った男はサクラの個人資産から自身の口座へ定期的な入金があった事実を震え声で認める。サクラの弁護人はただの個人的な金銭貸借であると主張したが、検察官は入金日と開拓資材便の出航予定表を並べて掲示し、入金が必ず出航の前日に行われていた事実を無言で指し示した。
法廷の中央に投影された立体ホログラムから、事業団本部法務室の代理人が形式的な陳述を述べ立てる。
「当社は表向きも裏向きも、反社会的勢力とは一切の関係を持ちません」
ついで、サクラの行った資材の横流しは会社の方針とは無関係な個人の背任行為であり、損害賠償請求を含めた法的措置を検討している旨を告げた。
要するに、サクラは今この瞬間、惑星開拓事業団という巨大機構から正式にはじき出されたのだ。
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便を止めた張本人として出廷したローレン・ナイツは、灰色のウールジャケットに身を包んで淀みなく手順を説明した。航路安全の再点検を口実に運航承認を保留した経緯は、管理職の裁量範囲として何らの不備も認められない。
サクラの弁護人が立ち上がり、ローレンが娼婦の私生児として育って富豪モーズレイの養子に収まり、ほどなく養父が不審死を遂げた過去を唐突に追及し始めた。検屍報告書の薬物検査欄が不自然に空白であった点に言及しかけたところで、裁判官の木槌が乾いた音を立てた。
「本件の公訴事実と直接の関連性が認められません。弁護人は質問を中止してください」
ローレンは素早く傍聴人の様子を確認するが、どの顔にも「だからなんだ」というような表情が浮かんでいるのを見て内心で苦笑した。
──あのサクラにしては随分幼稚な。
侮蔑の思いを表情に出さない様に苦労する。確かにサクラが切ったカードは然るべきタイミング、然るべき場で出せばローレンに大きな打撃を与える事ができただろう。しかし洋の東西をとわず、
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次に検察官が法廷へ報告したのは、下層倉庫への手入れの顛末と、現場から押収された生々しい現物の一群であった。
現場で発生した銃撃戦において死者はゼロ。ドローンの兵器出力が非致死性の麻痺パルスに制限されていたためであり、派手に損壊したのは軍用ドローン二機と倉庫前の外壁ばかりであった。ヴェンデッタの命令で発砲したブルーノ以下の構成員十数名は麻痺症状で制圧されて現在は拘置所に収容中。一方、銃撃に加わらず現場で素直に投降した幹部のアロンソは拘禁を免れて任意の取り調べに応じているという。
ブルーノの名が出た瞬間、ヴェンデッタの奥歯がギリと鳴る。無謀な抗争に付き合わせて部下たちを無様に檻へ放り込む羽目になった悔しさに、両のこぶしが白くなるほど強く握り締められた。
長机の上に並べられた黒塗りのエネルギーセルには、事業団の工兵用ロット番号が打刻されている。厳重に密閉された保冷ケースには、星系外の製薬会社が発行した医療資材の出荷票が貼付されていた。
そもそもこれらに偽装を施すことなど端から不可能であった。工兵用の高圧セルは耐タンパー仕様の深部レーザー刻印であり、ロットを削り落とそうとすれば内部のプラズマ信管が暴発してブロックごと吹き飛ぶ。医療資材のケースに至っては、処方先の認証なしに電子封条を剥がした瞬間に品質保持機構が働き、高価な薬剤がただの失活した水へと変わり果てる仕様だったからだ。
検察官は保冷ケースを指先で叩いた。中身はヴェンデッタの命を繋ぐための免疫抑制剤である。
「事業団の現役役員がなぜ下層マフィアのボスの専用免疫抑制剤を、公用の資材便に偽装してまで運び続けていたのか。サクラ被告、説明を願えますか」
サクラは答えない。両手を膝に置いたまま、ただ冷然と正面を見据えている。
検察官は机の端から一枚の公文書を取り出した。星系外の製薬会社への監査によって押収された、特殊免疫抑制剤の供給許可証の控えである。
この星系において、高度な免疫抑制剤を特定の個人へ長期給付する場合、転売と不正流通を防ぐ目的から直系血族による保証人の署名が義務付けられていた。血縁関係は中央遺伝子データベースとの照合を経て正式に認証される。
サクラとてこの縛りからは逃れられない。だが彼女はそれならそれで良いと考えていた。なぜなら連合政府の中央遺伝子データベースは最高機密で保護されており、通常なら地方の警察や下層マフィア、支社の一般監査ごときが閲覧できる代物ではないからだ。下手に偽造身分証やダミー代理人を使えば、中央AIの不正検知アルゴリズムに引っかかって薬の出荷が止まるリスクがある。それゆえ、「本物の実名で正規手続きを通して機密の奥深くに沈めておくのが、誰の目にも触れず一番安全だ」と計算していた──まあ、その計算も、
法廷の正面モニターにその控えが拡大表示された。
変更事由の欄には「前保証人死亡につき変更」と印字され、その直下の保証人署名欄には、硬質なフォントで明瞭に刻まれていた。
『レイフォル・オリビア・サクラ 続柄 実母』
傍聴席から低いため息が漏れる。
「被告人サクラ、この署名に相違はありませんか」
裁判官の乾いた問いかけに対し、サクラは唇を硬く結んだまま沈黙を保った。肯定も否定もしない。書記官の端末に「否認の申し立てなし」と無機質に打ち込まれる。
長いベンチの右端で、ヴェンデッタはモニターから頑なに顔を背け、手首の拘束具を睨みつけていた。
結審にあたり、裁判官が最終陳述を促す。
先に発言を求められたヴェンデッタは、顎をわずかに引いて一言だけ答えた。
「ない」
次いでサクラへと順番が回る。サクラはベンチから立ち上がることなく背筋を伸ばし、事務的な平坦さで言葉を紡いだ。
「わたくし自身の陳述はございません。一点だけ。共同被告人の投薬を切らさないよう、しかるべき手配をお願いいたします。投与の量と間隔につきましては、処方記録のとおりで結構です」
判決の言渡しは極めて短く済まされた。
主文。被告人レイフォル・オリビア・サクラを、反社会的勢力に対する資材の不正流用および組織的便宜供与の罪により有罪とし、辺境開拓星への無期限流刑に処する。
被告人ヴェンデッタ・ゴッチについては、物資の不正受領および治安維持局に対する凶器使用の騒乱罪により有罪とし、辺境開拓星への無期限流刑に処する。
閉廷が告げられると、サクラは廷吏に促されるよりも早く立ち上がった。仕立てのいいスーツの裾を揺らしながら、出口へと続く扉の向こうへ足早に去っていく。
閉廷し、人払いの済んだ法廷に警備官とともに残されたヴェンデッタのもとへ、白衣を着た管理局の医務官が金属トレイを運んできた。
医務官は手慣れた手つきで新しいカートリッジを抜き取ると、彼女の手首のポートへ垂直に差し込んだ。カチリと硬いロック音が響き、冷たい薬剤が血管へと送り込まれる。
医務官は携帯端末を取り出し、画面に並んだ投与記録の空白欄へ、電子ペンで印を一つ書き入れた。