★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版) 作:埴輪庭
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かつてこの世界には死刑制度というものがあった。ただ生きているだけで害を及ぼすゴミを国家が処理してくれるという非常に有益な制度だ。
しかし現在、連合政府の支配宙域に於いて死刑は廃止されており地球や中央星系においてはとうの昔に過去の遺物と化している。公権力への武装反乱に限った例外規定が辛うじて残されていたが死者の出ていない倉庫前の騒乱程度では当然適用されることはない。
無理に適用して見せしめに吊るせば中央の人権団体や倫理委員会から監査官が飛んでくるだろう。
ゆえに殺せない罪人は使い潰すのが昨今もっともナウでトレンディングな法秩序となっている。そして重犯罪者のあらゆる有効利用を掲げる筆頭が開拓事業団だ。
過酷な開拓星の泥土に埋もれて死んだところで死刑執行の統計には入らず、事業団の作業事故として処理される。表向きは社会への償いであり更生の機会という名目であった。
ちなみに、流刑となる罪人がどの星に送られるかという選定は惑星C66の管理局の手を離れて開拓事業団へ一任されるのが長年の慣例である。餅は餅屋という事だ。
しかし──。
判決の数日後、面子を潰された管理局の治安部門から事業団に対して非公式の強烈な要請が添えられた。母娘はばらばらの星へ、それも辺境の中でも特に環境の劣悪な開拓星へと送り込めという現場の怨嗟めいた注文である。
通常こういった注文に対して事業団は管理局の意向を丸のみするというのが通例である。両組織は連合政府の下、安定した治世を行う為の両輪であり、よほどの理由がない限り反目することはない。両組織が持ちつ持たれつの関係であることは互いがよく知っている。
だが、事業団は──いや、ローレンはこの要請を蹴った。
その理由は公判の前夜、ローレンの秘匿回線へ送りつけられてきた要請である。
画面にはこうあった。
受入指定地、セクターJ―15開拓指定星K―404。
移送形式、単一便による共同移送。
通過航路、中継点E―91経由外縁巡回航路第七区。
出発時刻、標準時〇六時四十七分発。
要請の理由は一行たりとも記されていない。さらにいえば、通過航路については非常に詳細な、神経質なほどにここをどういけ、ああいけなどという指示がされている。
ローレンはその意図を測りかねていた。母娘を消したいのか遠ざけたいだけなのか、あるいは指定された座標に何らかの仕掛けがあるのか。
ローレン自身の計算とは真っ向から食い違っていた事も悩ましい。
本来なら二人は別々の星へ送り込むべきなのだ。互いに遠く引き離して通信を遮断し母娘を結託させないのが定石である。下層の武闘派を束ねていた娘の腕力と事業団の上層を泳ぎ回っていた母の謀略が同じ星で合流すれば、過酷な流刑地で徒党を組んで何を仕掛けてくるか計り知れない。
だがローレンは従った。
理由は二つある。一つは相手はサクラを失脚させる決定的な証拠をくれた相手であること、そして今一つは中央遺伝子データベースの最深部に封印されていた保証人署名すら容易く引っこ抜く怪物を、わざわざ袖にして敵に回す危険を冒せないことだ。
◆
そしてそれから更に数日後。
卓上の通信機がけたたましい電子音を鳴らし、管理局のデブデモンがホログラムで現れた。送信されたばかりの受入回答の速報を掴んで怒鳴り込んできたのだ。
『現場の苦労も知らん事業団の事務屋が、ふざけた回答を寄越すなァ!!!』
胸元の翻訳機が吐き出すテキストは最初から沸騰していた。
『テロリストと横流しの黒幕を、同じ星に仲良く送るだと? 結託して暴動でも起こされたら誰が責任を取るのだ!! 回答を書き直せ。母娘は別々の星へ送れ。それも互いに最も遠い宙域だ。ゴッチ・ファミリーは即刻解散させ、縄張りを解体しろ。現場には見せしめが必要だ!』
ローレンとしてもそんなリスクは言われなくても百も承知であった。自分自身、本音ではそうしたかったのだ。
だが、あの怪物の指示を表に出すわけにはいかない。ローレンは表情を崩さず、微笑を浮かべたまま返した。
「母娘を引き離すのは、忍びないでしょう」
『白々しい嘘を抜かすな!』
「いえいえデブデモン閣下、私は連合政府が掲げるところの人権宣言を正しく受け止め、実行しているに過ぎないのです」
『現場の治安を机上の屁理屈で語るな! 貴様のような代行の若造の一存で決まると思うな、局長に直談判して差し戻してやる』
そう吐き捨ててデブデモンは通信を切断した。なお局長とは開拓事業団、開拓局の局長であるポポロム・ゲレッツの事である。ローレンの上司だ。
一人残された執務室で、ローレンは指定星系の周辺で発生している通信途絶の調査記録を端末から引き出し、うかない表情でそれらを眺めていた。
◆
それから数日後の昼下がり、ベッドの上で煙草をくわえていた君の端末へ、ザッパーから連絡が入った。
「ケージ、先ほど抗争の正式な終結命令が下りました。アロンソがゴッチ・ファミリーの跡目を継ぐことになり、私の護衛契約も本日をもって満了です」
「あと、アロンソから成功報酬に色がつけられました。規定の二割増しです。ブルーノたちはまだ拘置所から出してもらえないようですが、組織の解散は免れました」
「そりゃウマウマだな。ご苦労さん」
「はい。どうなる事かと思いましたが、上手く落ち着いてくれて助かりました」
ザッパーの淡々とした声が切れ、通話が終了した。
禍根を残さず仕事を終え、逆恨みも買わず、まとまったクレジットが手元に残る。思い描いていた通りの結末だ。
君が何気なく点けた壁のモニターでは、中央ニュースのキャスターが速報を読み上げていた。
『本日未明、辺境開拓星へ向けて航行中であった管理局の囚人護送船が、外縁巡回航路第七区において通信を途絶しました。管理局は遭難事故とみて周辺宙域の捜索を開始しています』
画面の隅に流れる字幕には護送船に乗っていた受刑者としてサクラとヴェンデッタの二名が映し出されていた。背任および不正便宜供与、物資不正受領、治安維持局への凶器使用。
画面には事業団幹部としてのローレンの顔写真が映り、「規定通りの航路を航行していたはずであり、甚だ遺憾である」という定型句のコメントが添えられていた。
◆
同じ夜、惑星C66の高級居住区にある薄暗い一室。
部屋を照らしているのは、枕元に置かれた小さなスタンドライトの明かりだけであった。
シーツの上に無造作に放り出されていたのは管理局から発行された流刑地指定の控え書類である。セクターJ―15開拓指定星K―404という符号の下にレイフォル・オリビア・サクラとヴェンデッタ・ゴッチの二名が並び、最下部の決裁署名欄には『ポポロム・ゲレッツ』の歪なサインが刻まれていた。
「ぐふふ……ローラ。君の体は本当に極上ですよぉ。ところで女と男の体は、してる最中には切り替えられないンですかねぇ?」
ベッドの脇から、脂ぎった太い指が伸びて女の滑らかな肩を撫で回した。
シーツの上に寝そべっていたローラと呼ばれた女は薄く笑って首を横に振る。
「無理だよ。切り替えには専門技師が必要だし、適合にも一晩かかるんだ。最中に技師を呼んでいいなら考えるけどね」
「ぐふふふ! それもいいかもしれないですねぇ! あんな簡単なお願いでいいなら、今後もいくらでもしてきて良いですからねぇ!」
それを聞いたローラは軽く肩をすくめる。ポポロムは開拓事業団きってのド変態でローラも散々な目に遭わされているのだが、それでも付き合いを続けているのはこの下卑た男が開拓局で絶大な権力を持っているからであり、さらに言えばただの権力オンリーの下衆ではないからだ。
「そうだ、これは君だけに特別に教えてあげましょう! 現在特定宙域に敷いている規制ですがこれは近々解除されますよぉ。我々の方でも色々調べたのですがね、アレはローグ・ブラックホールが原因であると特定できました」
ローグ・ブラックホール──宇宙にはクソのような即死イベントが多々あるのだが、このローグ・ブラックホールはその中でもかなりサドンデス・ポイントが高い。これは母銀河の重力バランスの崩壊によって弾き出され、恒星系を持たずに漆黒の宇宙空間を単独で漂流するトンチキブラックホールである。ブラックホールはいうまでもなく恐ろしいモノではあるが、ローグ・ブラックホールは更に恐ろしい。
なぜなら勝手に動くからだ。
重い星が超新星爆発でブラックホールになるとき、爆発がわずかに非対称だと反動で蹴り出されることがある。これをナタール・キックと呼ぶが、生まれた瞬間に予想外の方向へ弾き飛ばされ、そのまま元の星団や星の流れから外れて独自の軌道を進んでいく、というわけだ。
しかも光らないので、どこをどう漂っているのか、たまたま背景の星の前を横切ってレンズ効果を起こすまで誰にも気づかれない。誰にも縛られず、見られもせず、ただ重力の流れに乗って銀河を巡り続ける死神である。
「滅多にお目に掛かれないのですが、事故のポイントや──ああ、まあ難しい事はおいておいて、とにかくそれ以外の理由はないんですよねえ。でももう大丈夫ですよお」
「根拠はあるのかな? ローグ・ブラックホールなんて創作物でしか聞いた事がないけれど──」
ローラが尋ねると、ポポロムは満足そうに喉を鳴らす。
「疑いますよねえ。確かにローグ・ブラックホールの軌道や動向を予測することなど不可能です。アレは気の触れた野良犬のようなものですからねえ。でも、ま、我々にもそれなりの情報源があるということですよお──ローラ、君のようにね」
ぐふふ、と嗤ったポポロムは下半身をいきり立たせ、そのままローラへ覆いかぶさった。
マフィア抗争編は終了