★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)   作:埴輪庭

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32.惑星F25④

 ◆

 

 "それ" は惑星F25のガス層を揺らしながら、ゆるりと蠢いていた。

 

 全長5,000メートルを超える白い巨体は、地球の生物で例えるならば鯨に似ている。

 

 頭部は緩やかな曲線を描き、体の各所にガス噴出孔が空いている。

 

 "それ" の主食はガスだ。

 

 惑星F25の高濃度ガスは "それ" の成長に不可欠であり、環境に最適化された消化器官がそのガスを効率よく吸収するように進化していた。

 

 しかし、ここ数百年、 "それ" は別の()を見つけていた。

 

 それは、この星のガスを採取しようとする人類の採掘船である。

 

 船は "それ" にとって、ガスよりも遥かに魅力的だった。

 

 第一に、船には燃料、そして人間のような生命体という、ガスにはない高密度のエネルギー源が詰まっている。

 

 これらは "それ" に、成長だけでなく進化をも促した。

 

 "それ" は本来、これほどの巨体ではなかったのだが、次々訪れる船を捕食してからはどんどん体を膨れ上がらせていった。

 

 第二に、採掘船が放つ微細な振動や光、熱は、 "それ" の感覚器官にとって極めて刺激的で、狩猟本能を掻き立てるものだった。

 

 船がガス層を航行する音──機械音やエネルギー放出音が低周波となって惑星全体に響き渡ると、 "それ" はゆっくりと狙いを定める。

 

 ガスの流れを読み取るよう進化した表皮を利用して、目標の位置を正確に掴む。

 

 やがて、 "それ" はゆっくりと舌なめずりをするかのように、下顎を開き始めるのだ。

 

 その巨体が船に迫ると、周囲のガス層に圧力の変化が生じ、船体が軋む音が響く。

 

 船の乗員たちはその巨大な影を認識したときはもう手遅れだ。

 

 "それ" のすり鉢状の歯が船体に食らいつき、金属を拉げさせ、内部のエネルギー源や乗員ごとその喉奥へと吸い込んでいく。

 

 そして、船が完全に飲み込まれると、 "それ" は再び悠然と動き出し、ガス層の中にその巨体を隠すのだ。

 

 "それ" を目撃した者たちは断末魔の声を崩壊していく船内に響かせながら命の炎を吹き消していく……それがこの "白鯨" に出会った者の末路であった。

 

 ◆

 

『ケージ、ハイパー・ワープが完了しました』

 

 ミラの言葉に、君は「おうよ」と気の抜ける返事を返してスゥと大きく紫煙を吸い込んだ。

 

 下層居住区製の心身共に有害なタバコである。

 

 拳を振りかざされるだけで小便を漏らすほど気弱な者でも、たった一本で牙を剥き唸り狂う野犬に立ち向かわせる程度の薬効がある。

 

『ケージ、それは意味があるのですか』

 

「いやあ、まあ習慣ってやつだぁな」

 

 なぜこんなものを吸うのかと言えば、それは君自身にも定かではない。

 

 ただ、生身だった頃の "習慣" を少しでも続けていたいという思いがあるのだ。

 

『無意味な事に意味を見出す。人間は面白いですね』

 

 君はそんな事を言うミラを見遣る。

 

 人間とは違い、ミラは目的を持って生まれて──いや、生産された。

 

「ミラは無意味な事に意味なんかないって思うのかい?」

 

 君の問いかけに、ミラはすぐには答えなかった。

 

 しかし何かの答えを返そうとしているのは気配で分かる。

 

 ややあって、『わかりません』と答えた。

 

 この微妙な間は一体なんだろうか? 

 

 そうこうしているうちに、君の乗船『シルヴァー』は惑星の大気圏へと突入をした。

 

『遮蔽シールド、展開します』

 

 瞬間、船窓が曇った。

 

 遮蔽シールドの起動により船窓が曇る現象は、外部の光や熱がシールドに吸収・反射されることで生じる副次的な現象だ。

 

 この曇りはシールドが正常に機能している証拠でもある。

 

 惑星の大気圏に突入する際、遮蔽シールドは生命線とも言える重要な役割を果たす。

 

 その強力な防御機能がなければ船体は高熱で溶解し、乗員が安全に到着することは不可能であろう。

 

 ・

 ・

 ・

 

 ◆

 

『ケージ、ポイントF556への到着まであと10分です』

 

 ミラの無感情な声が艦内に響く。

 

「おう、そりゃ楽しみだな」

 

 君は操縦席に座り、靴の底でリズムを刻みながら答えた。

 

『何が楽しみなのですか?』

 

 ミラが生真面目に問い返してくると、君は肩をすくめた。

 

「ほら、なんかあるだろ、ワクワクする感じってやつよ。未知の冒険とか、何かすげーもんに出会う予感とかさ」

 

『そうですか、理解しました』

 

 ミラの即答ぶりに、君は苦笑を浮かべた。

 

「ミラ、君にはワクワクとかないのかよ? たとえば新しいデータとか見ると、お、これ面白い! みたいな」

 

『感情としての「面白い」は感じません。ただし、新しい情報の収集は私の基本機能であり、必要であれば効率的に収集を続けます』

 

 一切ぶれないミラの返答に、君は苦笑する。

 

「そりゃお前、つまんねえなあ。人生に刺激がなきゃやってられないだろ?」

 

『ケージ、私は「人生」を経験していません。人ではありませんから。したがって刺激の必要性についても理解ができません』

 

 少しの間を置いて、ミラはさらに付け加える。

 

『ですが、あなたが言う「刺激」が行動の動機となることは興味深い観察事項です』

 

「興味深いっつーか、普通のことだろ。それにお前、観察って俺は実験用マウスじゃねえんだぞ」

 

 君が冗談めかして言うと、ミラは真剣に答える。

 

『その点について、あなたを「観察対象」として捉えているわけではありません。むしろ、意思決定プロセスの異なる生命体として参考にしています』

 

「……結局マウスみたいなもんだな」

 

 そう言って頭をかく君は続けて言った。

 

「ところで全然外が見えないんだけどさ」

 

 口ぶりは不満そうだ。

 

 君としてはとにかく外が見たいのだ。

 

 ドギツい色のガスの惑星──タイフーン並の嵐が荒れ狂い、雲の合間には見た事もない不気味な生物がいる……かもしれない、とあっては、根がミーハー気質の君としては見ないわけにはいかない。

 

 というか、今回の仕事自体が物見遊山感覚である。

 

 データ収集はミラにぶんなげて、自分は記念写真をパシャパシャと撮り倒すつもりでいる。

 

『遮蔽シールドは98秒後に解除します』

 

 ミラが言うと、君は律義に「1、2……」と数え始める。

 

 そして丁度きっかり98秒後。

 

 遮蔽シールドが解除され、船窓からは──

 

【挿絵表示】

 

「おお」

 

 君はひねりもなにもない感想を口にした。

 

 別にオペの影響で感情薄化の深度が進んでしまっているわけではない。

 

 単に、それ以上の感想がひねり出せなかったのだ。

 

 "まるで花畑だな" と君は思った。

 

 色とりどりのガスが渦巻き、混ざりあい、海に見えなくもない。

 

 赤、青、緑、紫──ガスの層が何層にも折り重なり、ゆったりとした流れと共に惑星の大気を彩っている。

 

 光の加減で微妙に変化するその輝きは、虹を液体にしたような錯覚を君に抱かせた。

 

 やわらかなガスの渦が幾重にも巻き上がり、まるで命を持つかのように脈動している。

 

 巨大な雲海が、風の見えない手によって練り上げられているような──

 

 嗚呼、と君は胸の奥の空気を吐き出した。

 

 船窓から見える光景は、君に荒々しくも生命力に満ち溢れていたかつての生活を思い出させる。

 

 朝飯代わりにヤクを食い、昼は女を買ってからヤクを食い、夜はカードで一喜一憂していたあの青春時代。

 

「あの頃は何でもかんでも虹色に見えたもんだ」

 

 君は昔を偲ぶかのように言った。

 

 まあ、実際に違法薬物で視界が虹色に汚染されていたのだが。

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