★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)   作:埴輪庭

84 / 151
42.エルカ・スフィア④

 ◆

 

「ケージ……?」というか細い声が、暗い部屋の奥から返ってくる。

 

 君は思わず足を止め、その声の主をじっと探す。

 

 暗がりに沈む室内は殺風景で、鉄臭い空気が肌を刺すように重たい。

 

 床には雑多なパイプや箱が乱雑に積まれていて、そこを縫うように伸びた鎖が誰かを拘束しているのが見えた。

 

 やがて君の視界が慣れてくると、金属的なボディを持つ“女”の姿がうっすらと浮かび上がる。

 

 メタノイド特有の鋼色の曲線。

 

 四肢と首とを拘束する電子錠をはめられていたのは──

 

「ザッパー……? おい、こんなところで何してるんだ」

 

 君が声をかけると、女は苦しげに顔を上げる。

 

 鈍い光を宿した青い瞳が、微妙に焦点を合わせるように微動した。

 

「お久しぶりです、ケージ……まさか、こんな所で再会できるなんて」

 

 ザッパーが息をつきながら言う。

 

 彼女はかつて鋼の殺し屋として名を馳せ、君とは惑星C66の下層街で顔を合わせた仲だ。

 

 元恋人でもある。

 

 今はその冷徹な眼差しも翳り、疲弊しきった様子でがっちりと拘束されている。

 

「君がこんなところにいるなんて、想像もしてなかったぜ。……ってか、どうしてそうなった?」

 

 君の問いにザッパーは恥じるように目を伏せ、鎖が擦れる音をさせながら首を振る。

 

「ボディガードを始めたのですが、運悪く質の悪い依頼主に騙されまして……。結果的に、宇宙奴隷商人の手に落ちてしまいました」

 

「奴隷商人、ね。本当にどこにでもいるよなぁ」

 

 君が言うと、ザッパーは肩を震わせる。

 

「まさか私が、こんな形で捕まるなんて思いもしませんでした。お恥ずかしい限りです……」

 

 その声には悔しさがにじんでいた。

 

 ──まあザッパーは小細工するタイプじゃないしな

 

 君はそんなことを思う。

 

 君が知るザッパーはズバッと殺って何もかも解決! ……というようなステレオタイプな脳筋なのだ。

 

 君は周囲を見回しながら、首輪や手錠の錠前に目をやる。

 

「君のそういう姿はそそるけどな、まあでも他の奴が君をこうしてるのは気に食わない。ミラ、こいつを外せそうか?」

 

 君が呼びかけると、傍らを浮遊していた球形ドローンがモノ・アイを点灯させ、控えめに答える。

 

『少々お待ちください。暗号化された電子錠のようなので、解析には時間がかかるかもしれません』

 

「だとよ、暫くおとなしくしていてくれよ」

 

 そう声をかける君に、ザッパーは小さく微笑んだようにも見える。

 

「ありがとうございます」

 

 君は大げさに肩をすくめてみせる。

 

「さすがにヒーロー面する気はないけどな。……おっと?」

 

 突然、君の袖口から黒い粒子が流れ出す。

 

 まるで生き物のように粒子が蠢き、首輪の電子錠や手首のロック部に入り込んでいく。

 

 その様子にミラが警戒の光を放ちながら言う。

 

『ケージ、これは……あなたの身体に寄生しているナノマシンでは?』

 

「かもしれないな。まだ正体はよくわからんが、便利っちゃ便利だ」

 

 粒子が内部に潜り込んで数秒後、カチリと錠が解除される小さな音がした。

 

 これまで頑強に閉ざされていたはずの束縛が、あっけなく外れる。

 

「なんで俺を助けてくれるかわからねぇんだよなあ。まあいいか! ザッパー、立てるか?」

 

 君は膝を曲げて彼女に手を差し伸べる。

 

 ザッパーが遠慮がちに指先を君の手へ預け、ゆっくりと身体を起こすと、薄暗い室内にかすかな金属音がこだました。

 

「本当に……ありがとうございます。ケージのおかげで助かりました」

 

「いいってことよ。だが、この後どうするかだな。脱出したいのはやまやまだが──」

 

 そう、脱出をするにせよ足が必要だ。

 

 しかし君は着の身着のままでこの船へ乗り込んだため、自前の船──シルヴァーはない。

 

『惑星開拓事業団へ報告をしましょう。ただ、助けがくるかどうかはわかりませんが』

 

 ミラの言に君は頷く。

 

「ああ、まあ仕事に関する事は自己責任だったか」

 

「ケージは惑星開拓事業団で働いているのですか……?」

 

 ザッパーが心配そうに言った。

 

 惑星開拓事業団は言ってしまえば合法的なヤクザ組織である。

 

 星系内の様々な問題を暴力で解決することを厭わない。

 

「まあね、ちょっと金が必要なんだ」

 

 金が必要な理由は言わない。

 

 というか言えなかった。

 

 ギャンブルでスッて人体実験をさせられて──などとはとてもとても。

 

 ──俺にもプライドがあるからな……あったっけ? あったかも

 

 ◆

 

「それに、なにか以前のあなたとは違うような……」

 

 ザッパーの言葉に君は軽く眉を上げる。

 

「格好よくなったって事かい?」

 

 茶化すような口ぶりに、ザッパーは大きくかぶりを振った。

 

 そして少し呆れた顔で、静かに言葉を継ぐ。

 

「隠し事をするとき、茶化す癖は変わっていませんね。それに、あなたはいつも格好良いですよ」

 

 あまりにさらりと言われて、君は一瞬言葉を失う。

 

 が、そのままバツが悪いような沈黙を続けるのも癪だったので、君はわざとらしく口の端を吊り上げて言った。

 

「まさか、ハニトラかい?」

 

 生意気な笑みを浮かべたその瞬間、ザッパーは今度こそ露骨に冷たい視線を君へ向けた。

 

 まるで「冗談はほどほどに」と言わんばかりの、刺すような眼差しに今度こそ君は黙り込んだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。