★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)   作:埴輪庭

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第三部.緑の星

 

 ◆

 

 中層居住区の外れに位置するザッパーのアパートメントは、下層の喧騒から程よく離れた静かな場所にあった。

 

 建物自体は築年数を重ねているが管理が行き届いており、エントランスには最新型の警備ドローンが青い光を点滅させながら常駐している。

 

「ケージ、また逢いましょう」

 

 アパートの玄関前でザッパーが言う。

 

 いわゆる家デートの帰りであった。

 

 二人はここ最近、よく逢瀬を重ねている。

 

 ただ、事に及ぶ事はなかった。

 

 まあ時間の問題かもしれないが。

 

「おう、サンキューな、飯までご馳走になって」

 

 君は少し照れくさそうに頭を掻く。

 

 実のところザッパーが「外食は高いから」と家デートを提案してくれるのは、君の懐事情を気遣ってのことだと分かっている。

 

「体の調子はどうですか?」

 

 ザッパーが心配そうに君の顔を覗き込んでくる。

 

「ああ、相変わらず絶好調だよ」

 

「本当に?」

 

 ライトブルーの瞳が不安げに揺れていた。

 

「心配すんなって。俺はこう見えてもタフなんだ」

 

「ええ、そうでしたね。では、また今度」

 

「ああ、またな」

 

 ◆

 

 下層居住区への道のりは、まるで現実に引き戻されていくような感覚を君に与える。

 

 境界を越えた瞬間、空気が一変する。

 

 中層特有の消毒液の匂いは薄れ、代わりに油と錆と、そして生活臭が混じり合った下層の匂いが鼻腔を満たしていく。

 

 清潔に保たれた通路は次第に汚れが目立つようになり、やがては薄暗い路地へと変貌する。

 

 ──やっぱり落ち着くな

 

 君は皮肉な笑みを浮かべながら、慣れ親しんだ風景の中を歩いていく。

 

 どんなに中層で過ごしても、結局は下層の人間なのだと改めて実感する。

 

 路地裏では相変わらず怪しげな取引が行われており、「上物のヤクだぜ、兄ちゃん」と声をかけてくる売人を無視して通り過ぎる。

 

 やがて薄汚れた看板が風に揺れる襤褸ホテルが見えてきた。

 

 部屋に戻ると、ミラが充電ユニットで静かに待機していた。

 

『お帰りなさい、ケージ』

 

「ただいま」

 

 君は硬いマットレスがギシギシと音を立てるベッドに腰を下ろす。

 

『ザッパーさんとのデートは楽しかったですか?』

 

「デートじゃねえよ。ただの……まあ、何だ」

 

『友達との食事会、ですか?』

 

 ミラの言葉に君は苦笑する。

 

「そんなところだ」

 

 君は煙草を取り出して火をつけると、紫煙が立ち上り、瞬く間に体内で分解されていく。

 

 ──味も何もない

 

 それでも、この儀式は捨てられなかった。

 

『明日の予定は?』

 

「簡単な仕事でも探すさ。金も稼がないとな」

 

「ザッパーさんにばかり頼るわけにもいきませんからね」

 

 ミラの指摘に君は肩をすくめた。

 

 ◆

 

 翌朝、君は支社の依頼リストを端末で眺めていた。

 

『衛星軌道上のデブリ回収、ですか』

 

 ミラが画面に表示された内容を読み上げる。

 

「危険度も低いし、報酬もそこそこだ。それとこういうのはガラクタが美味かったりするんだよ」

 

『一応確認をします──問題なし。手頃な依頼と言えるでしょう』

 

 君は迷わず依頼を受注すると、出発は午後からということでそれまでの時間を下層の市場で過ごすことにした。

 

 ・

 ・

 ・

 

 市場は相変わらず活気に満ちており、露店商たちの威勢のいい声が四方八方から飛び交っている。

 

「新鮮な合成肉! 今日は特別価格!」

 

「記憶消去サービス、嫌な思い出とおさらばだ!」

 

 君は慣れた足取りで人混みを縫って歩きまわり、店を冷やかしていく。

 

 そして午後になり、君はシルヴァー号で衛星軌道へと向かった。

 

 デブリ回収は退屈だが安全な単純作業で、浮遊する金属片や故障した機器を回収し、指定の場所へ運ぶだけの仕事だ。

 

『左舷方向に大型デブリを確認しました』

 

 ミラが淡々と報告する。

 

「了解」

 

 君は操縦桿を握って慎重に接近し、マニピュレーターで掴んでは貨物室へ収納していく。

 

 この単調な繰り返し。

 

 ──退屈だな

 

 そう思いながらも、君は文句一つ言わずに黙々と作業を続けた。

 

 ◆

 

 作業を終えて地上に戻るとちょうど夕暮れ時だった。

 

 君が報酬の振り込みを確認し、さあホテルへ戻るかと思った所で──

 

 ──『よう、ケージ。まだ生きてるか? たまには飲みに来いよ』

 

 そんな通信文が入ってきた。

 

「ジミーか。ってことは連中もいそうだな。まあたまには顔を出しておくか……」

 

 そう言って馴染みの酒場「マックの酒」へ向かっていく。

 

「マックの酒」は下層でも特に汚い店だが、酒は安くて量が多い。

 

 店までは徒歩十分といった所だった。

 

 店内は煙草の煙で霞んでおり、奥のテーブルで見慣れた顔が手を振っている。

 

「よう、ケージ! こっちだ!」

 

 痩せこけた男のジミー、君の古い悪友の一人だ。

 

 職業はヤクの売人。もちろん本人も中毒者である。ヤクの配合センスがあり、オリジナルの混合ドラッグで上層居住区にも客を持つと噂されている。

 

 隣には小太りのボブ──賭博場の用心棒として働いている武闘派。前科14犯。ミオスタチン遺伝子に異常を来しており、一見すれば小太りに見える彼だがその実は極めて高密度の筋肉を有する。

 

 そして隻眼の売春婦レイラ。

 

 彼女は浮気した恋人の腹を刺したのはいいものの、反撃を受けて片目を失ったとんでもないキチガイ女だ。しかし穴の具合は絶品らしく、客は絶えない。

 

 彼らは皆、君が呼吸するように人身売買商人をぶち殺していた頃に出来た友人である。

 

「遅かったわね」

 

 レイラが皮肉っぽく言いながら酒を煽っている。

 

「仕事してたんだよ」

 

 君は椅子に腰を下ろしながら答えた。

 

「仕事? ケージが真面目に働くなんて、明日は血の雨でも降るんじゃねえか」

 

 ボブが太い指で机を叩きながら笑う。

 

 その指の関節は何度も喧嘩で痛めつけられ、変形していた。

 

 喧嘩で相手を殴り殺した人数は十人や二十人じゃ利かない。

 

「金が必要なんだよ」

 

「ギャンブルの借金か? 取り立て屋なら俺が話つけてやるぜ」

 

 ジミーが不気味な笑みを浮かべながら言う。

 

 そこかしこに伝手を持つジミーだが、彼が介入した話は大体より酷くなって手がつけられなくなってしまう。

 

「まあ、そんなとこだ」

 

 君は曖昧に答えながら、本当の理由──つまり生身の体に戻るための莫大な費用については口を閉ざす。

 

 どうせ言ったところで理解されないだろうし、解決もできないと分かり切っていたからだ。

 

「そういえば聞いたわよ。最近はあの鉄女とよろしくやってるんだって?」

 

 レイラが隻眼を細めながら、興味深そうに身を乗り出してくる。

 

「よろしくっつーか……友達だよ、友達」

 

「友達ねえ。俺も殺し屋と"友達"になりてえもんだ」

 

 ボブがニヤニヤしながら言う。

 

「あの鋼の女とまた付き合うなんて度胸があるな。前に別れた時、お前の内臓が道端に転がってなかったのが不思議だったぜ」

 

「今は付き合ってねえって言ってるだろ」

 

 君の否定に三人は疑わしそうな視線を向ける。

 

「じゃあ何で彼女の家に入り浸ってるんだよ」

 

 ジミーの指摘に君は言葉に詰まった。

 

 ◆

 

 話は自然と昔話に花が咲き、下層での血なまぐさい思い出が次々と語られていく。

 

 ジミーがライバル売人の自宅に火炎瓶を投げ込んだ話、ボブが賭博の掛け金を踏み倒した客を半殺しにした逸話、レイラが元彼をたぶらかした女の爪を一枚ずつ剥がしたサイコ話。

 

 どれも暴力と血に彩られた、下層居住区の日常だった。

 

「あの頃は本当に血の気が多かったよな」

 

 ボブがしみじみとした様子でいう。

 

「今も大して変わらねえだろ」

 

 君の言葉に全員がぶっ壊れた笑い声を上げた。

 

 夜も更けてきた頃、君は席を立つ。

 

「そろそろ帰るわ」

 

「もう帰るのか? 夜はこれからだろ」

 

 ヤクがキマってきたジミーが血走った目で引き止める。

 

「明日も仕事だからな」

 

「堅気ぶりやがって。まあいい、今度は俺の"仕事"も手伝えよ」

 

 ボブが意味深な笑みを浮かべながら言うが、君は曖昧に手を振って店を出る。

 

 ちなみにボブの“仕事”とはもちろん用心棒だ。

 

 下層居住区にしては珍しく合法の仕事なのだが、

 

 ◆

 

 襤褸ホテルへの帰り道、ミラが静かに浮遊しながらついてくる。

 

『楽しそうでしたね』

 

「まあな。たまには昔の仲間と飲むのも悪くない」

 

『でも、彼らには本当のことを話さないんですね』

 

 ミラの指摘は的確で、君は肩をすくめるしかない。

 

「言ってもしょうがないだろ」

 

『そうでしょうか』

 

「そうさ。あいつらに人体改造の話なんかしたら、面白がって解体されかねない」

 

 まあそれは事実ではあった。

 

 部屋に戻ると、端末にメッセージが届いていた。

 

 発信者はアルメンドラ。

 

「明日、支社へお越しください。お話があります」

 

 短い文面だが、通常の業務連絡とは違う何か特別な用件であることが感じ取れる。

 

『珍しいですね』

 

 ミラが端末を覗き込みながら言う。

 

「ああ。一体何の話だろうな」

 

 君は首を傾げながら、ベッドに横になった。

 

 ◆

 

 翌日の午後、君は支社のロビーに立っていた。

 

「お待ちしていました」

 

 アルメンドラが受付から立ち上がる。

 

「話って?」

 

「こちらへ」

 

 彼女は感情の読めない表情のまま、奥の会議室へ君を案内する。

 

 会議室は必要最小限の家具しかない殺風景な空間で、机と椅子が二組置かれているだけだった。

 

 アルメンドラは扉を閉めると、君の向かいに座って端末を操作し始める。

 

「単刀直入に言います」

 

 彼女の言葉と同時にホログラムが浮かび上がり、緑に覆われた惑星の映像が空中に投影された。

 

「惑星G-112。この星の調査を依頼したいのです」

 

「調査? 俺にか?」

 

 君は眉をひそめながら、なぜ自分が指名されたのか測りかねていた。

 

「はい。あなたに相応しい仕事だと判断しました」

 

 アルメンドラは映像を拡大すると、鬱蒼とした密林のような光景が広がる。

 

 触手のような蔓、脈動する花、淡く光る葉──どれも地球では見られない異様な植物ばかりだ。

 

「この惑星は極めて特異な生態系を持っています」

 

「特異?」

 

「植物が精神感応能力を持つのです」

 

 君は映像を見つめながら、その意味を理解しようとする。

 

「危険なのか?」

 

「その可能性は十分にあります」

 

 アルメンドラは淡々と説明を続ける。

 

「以前派遣された調査隊は、精神汚染により任務を放棄して帰還しました。中には今も療養中の者もいます」

 

「精神汚染……」

 

「ただし」

 

 アルメンドラは君の顔をじっと見つめる。

 

「あなたなら耐えられると考えています」

 

「どういう意味だ?」

 

「あなたの脳は……特殊ですから」

 

「……報酬は?」

 

 君は現実的な質問で話題を変える。

 

 アルメンドラが提示した額を見て、君の目が思わず見開かれた。

 

「これは……」

 

「通常のCランク依頼の8倍です」

 

 確かに破格の報酬で、これなら貯金が一気に増える。

 

 生身の体に戻るという目標にまた一歩近づける額だった。

 

「リスクと報酬を天秤にかけていますね」

 

 アルメンドラが小首を傾げる仕草は、妙に人間臭くて違和感を覚える。

 

「当たり前だろ」

 

「では、お引き受けいただけますか?」

 

 君は少しの間考え込む。

 

 危険は確かにあるがこの報酬は魅力的すぎるし、それに──

 

「分かった。引き受ける」

 

 君の返事に、アルメンドラは微かに頷いた。

 

「ありがとうございます」

 

 アルメンドラは詳細な資料を端末に転送しながら、出発は3日後であることを告げる。

 

 準備期間としては十分だろう。

 

 ◆

 

 支社を出ると、君はすぐにザッパーへ連絡を入れた。

 

 通信画面に映る彼女の顔は、いつもの無表情の中にも心配の色が滲んでいる。

 

「どうしたんですか、ケージ」

 

「新しい仕事が決まった。ちょっと危険かもしれない」

 

 君が惑星G-112の調査について説明すると、ザッパーの表情が目に見えて曇っていく。

 

「精神感応植物……」

 

「心配すんなよ。俺は大丈夫だ」

 

 君は努めて軽い調子で言うが、ザッパーの真剣な表情は変わらない。

 

「本当に大丈夫ですか?」

 

「ああ」

 

 しばらくの沈黙が二人の間に流れ、やがてザッパーは小さく微笑んだ。

 

「ええ、確かに。あなたなら大丈夫ですね。何かあっても、きっと生き残る人です」

 

「そりゃどうも」

 

「でも、無理はしないでください」

 

「分かってる」

 

「帰ってきたら、また家で食事でもしましょう」

 

 ザッパーの提案に君は少し照れくさそうに頷いた。

 

 ◆

 

 通信を切った後、君は早速準備を始める。

 

 まずは装備の確認から始めて、宇宙服、武器、医療キット、そして各種サバイバル用品をチェックしていく。

 

『精神感応への対策はどうしますか?』

 

 ミラが核心を突く質問をしてくる。

 

「さあな。根性で何とかする」

 

『それは対策とは言いません』

 

 ミラのモノ・アイが赤く点滅し、急速にデータベースを検索し始めた。

 

『いくつか提案があります』

 

 ミラが浮遊しながら君の前に移動する。

 

『まず、電磁シールドの強化です。精神感応が電磁波を媒介とする可能性を考慮し、私が妨害電波を生成します』

 

「なるほど」

 

『次に、定期的な認知機能チェックです。5分ごとに簡単な質問をしますので、それに答えていただくことで精神状態をモニタリングします』

 

「面倒くさそうだな」

 

『あとは……そうですね、最悪の場合は適当に電流でも流してみましょうか』

 

「最後のはちょっとな、俺が壊れちまうよ」

 

『今更です』

 

 最近ミラが辛辣だな、と思いながらも、君はミラに準備と対策を任せる事にした。

 

 そして暫く──

 

『準備は整いましたか?』

 

 ミラが君に問いかける。

 

「まあな」

 

『不安はありませんか?』

 

「ないと言えば嘘になる」

 

 君は正直に答えながら、煙草に火をつける。

 

 紫煙が立ち上り、すぐに消えていく。

 

「でも金のためだ」

 

『それだけですか?』

 

 ミラの問いに、君は少し考え込む。

 

「いや……久しぶりに冒険したい気持ちもあるかな」

 

 白鯨に追われた時のような、命の危険を感じる瞬間のスリル。

 

 それを求めている自分がいることは否定できない。

 

『あなたらしいですね』

 

 ミラのモノ・アイが穏やかに青く光る。

 

「そうか?」

 

『はい。リスクを恐れず、むしろ死の匂いに興奮する。まるで自殺願望者のようですが、実際は逆で、死に近づくことで生を実感したがる──典型的なアドレナリン中毒者の症状です』

 

 君は苦笑する。

 

「そんな診断されても嬉しくねえな」

 

『でも、それがケージという人間の本質でしょう』

 

 ミラの言葉に君は煙を吐きながら天井を見上げた。

 

 ◆

 

 3日後の朝、君は船の操縦席に座っていた。

 

 すべての準備は整い、ミラも対精神汚染プログラムを幾重にも準備している。

 

『出発の準備完了です』

 

 ミラが最終確認を告げる。

 

「よし、行くか」

 

 君はエンジンを始動させ、計器類が正常に作動していることを確認する。

 

 そうして船が宇宙港を離れ──轟音とともに大気圏を突破した。




アルメンドラ

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惑星G-112

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