有り得るはずのない、例え話をしよう。
もし自分の意思は関係なく、ある日男から突然性別が変わったら?
ただし容姿は思いのままで、どんな顔にでもなれるとしたら?
俺は、喜んで受け入れるだろう。後先考えず、思いっきり自分の“癖”を込めた──ダウナー系ジト目銀髪ロリ──姿になる。
……何故こんな話をしているか、って?
コンソールに向けていた視線を上げて、俺は目の前を見る。
鏡の中、そこには俺の癖を詰め合わせたような理想のロリが、寸分の狂いもなく自身と同じ動きをしていた。
「へへ……」
にへら、っと少女が気まずそうに微笑む。
──そう、俺がその仮定の状況にいるからである。
◆ ◆ ◆
“バーチャルリアリティ”。そんな言葉が世間に浸透して十数年。
創作上でしかありえなかった、五感全てを持ってバーチャル世界へ飛び込むいわゆるフルダイブ技術が普及し、今やそれは徐々に人々の生活の一部になりつつあった。
まるで明晰夢のように、別世界へと簡単に潜り込む技術。視覚や聴覚に触覚、さらには嗅覚や味覚まで。完璧に再現されたそれは、まさに現実と区別するのは難しかった。
それ故にリスクもあった。余りにも知覚できる情報が完璧すぎるため、脳に悪影響を及ぼしてしまうのだ。
現実と仮想の見分けがつかなくなったり、感覚が狂ってしまったり。だからこそ、それを引き起こさないための安全策も講じられていた。
仮想世界においても性別は偽れず、極度に身長や体格を変えてはならない。グラフィックはアニメ調にするなど、現実と明確なキャップを持たせる。現実の身体に異変が発生したのを検知したら、強制ログアウトさせる。VRサービスを提供するメーカーやデベロッパーは、そういった対策を義務付けられている。
「あ、もう終わったのか」
パソコンのモニターに表示されていたプログレスバーが満たされる。今までダウンロードしていたソフトウェアが利用可能になった合図だ。
フルダイブVRは様々な分野に利用されている。当然、数々のゲームも世に放たれていた。
俺はそんなVRゲームを今までやったことがなかった。興味がなかったわけではない。ただ、黎明期の事故のせいで尻込みしていたのだ。
懸念されていた最大のリスクが、実際に起きたその一例。そう、人間の脳を破壊し、植物状態──いわゆる廃人を生み出してしまった事件だ。
一番起こりそうな栄養失調や脱水を超えて、直接的に人間を再起不能にした重大インシデント。社会問題にすらなったものの、今では技術もより発展し、そんな事故など起こるはずがないのだが……。植え付けられた先入観のせいで、なんとなくやる気にならなかった。
目新しい技術や、ましてやゲームが好きじゃないわけではない。むしろ、人並みに好んで遊んでいる方だ。だから友人にこのVRゲームに誘われた時、ようやく重い腰を上げる気になったのだろう。
高い買い物だった。発売当初からは随分安くなったとはいえ、それでも二桁万円の出費はあまりにも痛い。
「さて……」
椅子に深く座り、ヘルメットのように大きなゴーグルを頭に被せる。
慣れない手つきで電源ボタンを押せば、すぐさま俺の意識は深い闇へと沈んで行った。
「おお……」
視界に光が飛び込んでくる。続いて、地面を踏む足裏の感覚。
俺は今、だだっ広い真っ白な空間の中に一人立っていた。
手を握ってみる。違和感もなく、腕には力がこもる感じが伝わってきた。灰一色のこの身体は、おそらくこの場所専用のものだろうか。……少なくとも、現実の俺の身体では無い。
──すごい。俺は確かに、仮想世界の中にいるんだ。言い知れぬ感動を覚える。百聞は一見にしかず、テクノロジーの発展をひしひしと実感していた。
早速と言わんばかりに、俺の左手首に取り付けられた腕時計のような装置が震える。
誘われるままそれに触れれば、突如目の前にホログラムのように画面が出現した。
なるほど、これがメニューか。プリインストールされた様々なアプリの中に、さっきダウンロードを終えたばかりの例のゲームも混じっている。
正直、この世界はあまりにも味気ない。御託はいいから早く新しい世界へと飛び込んで、仮想世界の真髄を味わいたかった。
「トゥルース・ノヴァ……」
今しがたダウンロードしたゲームの名前。友人曰く、VRMMORPGというジャンルらしい。
ネタバレは見たくない派なので、可能な限り情報はシャットアウトしてきたつもりだ。タブレット端末を操作するように画面を触り、はやる気持ちを抑えながら俺はそれを起動した。
──再び視界が暗転し、ロードが終わる。
目に映ったのは、星々の瞬く夜空。その下で、半透明の床に立たされていた。
『新たなる星よ、トゥルース・ノヴァの世界へようこそ。まずは貴方の分身を創造しましょう』
無機質な女性のアナウンスとともに、左腕からコンソールが浮き出て目の前で静止する。ゲームを始める前にキャラクリの必要があるようだ。
実際のところどれくらい弄れるのだろうか。性別はもちろん、身長や体格の大きな改変も出来ないらしいから、対して自由度は無さそうだが……。リアルではヒョロガリなのだ。せめて、仮想世界くらいではムキムキマッチョマンにはなってみたい。
これからの冒険を共にする身体。どんな姿にしてやろうかとメニューを開いた瞬間、
「は?」
そこにはムキムキなお兄さんではなく、ムチムチなお姉さんが映っていた。
◆ ◆ ◆
「へへ、えへへ、……ぐぇへへへ」
非常に下品ではしたない声が、鏡の超絶美少女から漏れる。それでも、鈴のように澄んだ声音は、あまりにも聞き心地の良いものだった。
手を振ってみる。全く同時に、鏡の中の彼女に振り返される。ウィンクなんかしてみれば、また目の前のロリもぎこちなくそれを模倣した。
ごくり、と喉を鳴らす。俺はおもむろに両手でスカートの裾をつまみ、上へと持ち上げれば──。
「いっ、いやダメだこんなのっ恥ずかし」
夢じゃない。どう考えても、このダウナー系ジト目銀髪ロリは俺だ。
キャラクリ画面に現れた俺の分身。それは猛々しい男ではなく、グラマーな女性だった。
何かの間違いでは?そう思ってログアウトしようとしたが、どこにも項目が見当たらない。今はメニューから可能なので、多分キャラクターを作り終えるまでは制限されていたのだろう。
性別は偽れないはずだ。だが、確かにこの目は女の子を捉えていた。
そんな中、当事者である俺はどうしたかというと、それはもう──焦った。「可愛い!」とか「えっちだ!」とか考えるよりも先に、「脳が破壊される!!!?!??」という恐怖が浮かんできたぐらいには。
何せ俺を廃人にしかねない要素から逃げる手段がないのだ。そう、キャラクリの項目には性別の選択画面がない。当たり前と言ってしまえばそれまでだが、俺に対するゲーム側の認識と自身の認識がずれているのだから困ったものだ。俺は身体も心もれっきとした男だと自覚している訳なので。
だがまあ、ログアウトで逃げることもできないのだからどうしようもない。現時点で進める以外の選択肢を奪われた俺は、「適当に作ったらさっさとログアウトすればいいか」なんて考えつつ、不本意、そう本当に不本意ながらもキャラクリをしてみたところ、……段々と楽しくなってきてしまった。
あれやこれやとパラメータを調整して、身長を設定可能な最低値──俺の身長から10cm引いた値。それは認識できるんか──151cmに。胸は絶壁にし、体つきもそれに見合った貧相な見た目にしていく。
初期から用意されている衣装やアクセサリーを組み合わせて可能な限りの個性を出せば、遂には俺の理想のロリは成った。何時間掛けただろう。間違いなく、人生最長のキャラクリ時間であることに疑いはない。
色々あったけど一つだけ言いたい。──俺可愛いわ。事故だとか脳破壊だとか、そんなリスクなんてどうでも良くなるくらいの美少女だ。こんな子になれるのなら脳みその一つや二つくらい惜しくないと思える程には欲望が上回っていた。
この見た目で歩き回りたい。街ゆくプレイヤーから、男女問わず羨望の眼差しで見られたい。
「どうだ可愛いだろ?もっと俺を見ろ!」
声には出さずとも、そうして自己顕示欲を満たしたい。
──せっかく女の子になったのだから、少しくらい胸を盛っておくべきだった、なんて後悔が脳裏をよぎったのは気にしない。なにせ下を見れば崖である。
「写真撮らなきゃ……。スクショってどうやるんだ」
俺の頭がパーになる前に、可能な限りこの子が存在した証を残さなければ。やっとの思いでフォトモードを探し当て、狂ったようにセルフィーを連写しておいた。
写真フォルダが同じような構図の写真で埋め尽くされる。……撮影のセンスも、ポーズのセンスもないせいで被写体の魅力が損なわれている。急に気持ちが萎えてきた。
「……進めるか」
思えば、この初期地点でにやにやしてもう三十分近くなる。そろそろゲームの本筋に戻らなければ、一生をここで過ごす羽目になってしまう。
どうやらここはチュートリアルマップらしい。初心者プレイヤーをマルチプレイに放り込む前に、てにをはを叩きこんでくれるのはありがたい限りだ。
初期装備の剣と盾をお守りのように握りしめて、いよいよ目の前の扉に手を掛け──手がふさがって開けられない。一回武器置くか。
極光が両開きの扉から溢れ出る。やがて、強風と共に新たな世界への道が開かれた。
深緑の木々が周囲を覆い尽くす、昏い森の中。
彷徨う屍。浮遊する鎧。獲物を求めてうろつく狼。
そんな有象無象を横に、風化した石碑が目に入る。導かれるまま俺はそれに近づき、供えるように置かれていた光り輝く瓶を手に取った。
“流星の雫”。説明文を読む限りでは、補充可能な回復アイテムのようだ。使用可能回数は僅か四回。
マップをうろつく敵。入手手段の限られた回復。
なるほど、大体察した。このゲームは古き良きソウルライク*1だ。理不尽によってプレイヤーの心をへし折ることで悪名高い、あのソウルライクだ。
フルダイブにおける初めてのゲームがこれになるとは、腕が鳴る。ソウルライク自体はそこそこやりこんできた、セオリーは理解しているとも。
敵の攻撃を見極め、回避して反撃を叩きこむ。これを徹底すれば攻略できるはず。
深く息を吸う。今まで培ってきた知識を目の前の敵に叩き込むべく、俺は剣を握りしめて走り出した。
「さあ、かかってこいっ!」
虚ろな目をした屍がこちらを捕捉する。そうだ、そのまま手を伸ばして攻撃してくるといい。俺はそれをローリングで回避して、お返しに剣を突き立ててやれば──。
「ほっ!……あれっ起き上がれな──あぎゃっ」
地面を転がって、敵の大振りな攻撃を回避する。そこまでは良かった。
……悲しいことに、俺にはそもそもの運動神経が不足していた。要するに、転がったあと手に持っていた装備に引っかかり、盛大に尻もちをついて立ち上がることができなかったのだ。
「あー……。ど、どうも……?あはは……」
結果的に大きな隙を晒した俺は、いつの間にか集まってきていた雑魚敵に囲まれていた。何を思ったか、俺は愛想良くコミュニケーションを取ろうと試みたが、
「え?待って……ぅぎゃっ」
悲しいくらいに滅多打ちにされた。
「ごめっ、ごめんなさ……!?やめっ、ちょっ怖っほんとに死ぬ──」
命乞いをしようと、心などNPCにはあるはずも無い。ロリだからと容赦はされず、記念すべき初の死を迎えるのであった。
小説のレイアウトについて
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画面内の文字密度減らしてくれ
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一話あたりの文字数減らしてくれ
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どっちも頼む
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特にないよ