レサトに橋への道を塞がれた手前。そこに、帳が下りていた。
まるで夜空のように星々を投影するそれは、触れたところから煙のように手を飲み込んでいく。
ここをくぐり抜ければ、恐らくは奴との再戦が始まるのだろう。
武具を握りしめる手に力が入る。初見で突破できるとは思っていない*1。パターンを学び、幾度となく敗北し、その果てに勝利を掴んでこそ死にゲーだ。
俺はとどめに息を深く吸うと、意を決して帳へ足を踏み入れた。
「──ッ!」
向こう側が見えた瞬間、巨大な甲冑が勢いよくこちらへと突進する。
頭が真っ白──になる前に、俺は必死に走った。
「あっぶな!」
背中を刃が掠める。レサトはそのまま左右に直剣を薙ぐと、こちらの動きを伺うように歩き始めた。
……怖い。自分が小さくなったとはいえ、一回りも二回りも大きな敵と対峙しているのだ。足がすくむのも無理はない。
本当であれば、剣を振り終えた瞬間が攻撃タイミングなのだろう。だが、まともな回避手段を持たない今、そこに割り込むのは至難の技だ。
そうしているうちに、騎士は剣を天にかざした。次の攻撃が来る、避ける手段がない。
なら。俺は咄嗟に盾を構えた。
「ぐッ……ぅ!重ッ!」
甲高い音とともに火花が散る。傷は負っていない、だがスタミナを半分以上持っていかれたのを感じる。
それでも敵は隙を見せない。レサトは右半身を引くと、目にも止まらぬ一突きを繰り出した。
「あがッ──」
防御が崩れる。それを待っていたかのように、襲い来るのは強烈な蹴り。
放物線を描いて身体が吹っ飛んでいく。砂埃を立て、背中が地面に擦りおろされようとも、しかしこの足は立ち上がる力を残していた。
流星の雫を一口飲む。ボロボロの全身に力が満ちた。
「守ってばっかじゃダメだ、攻めないと」
相手の攻撃が重すぎる。故に、防御してもこちらに次がない。息をつく暇もなく盾を剥がされてしまうのだ。
つまりそれは俺が今まで取っていた戦術の瓦解を意味する。正真正銘、このゲームと向き合わなければいけない時が来た。
転んでもいい、伏してもいい。今の俺に必要なことは、文字通り死ぬ気で攻撃して、死ぬ気で避けることだ。
「……ぁぁああッ!」
得物を振り下ろす。剣は待機動作中のレサトへと導かれ、左脚を──、
「ぁえ?」
斬り裂くことなく弾かれた。
カウンター。大きな手で俺の身体を掴むと、そのまま地面に叩きつける。
「ごばァ!……えっ、待った、なんで──」
迫り来る凶刃。仰向けで四肢を投げ出す俺は、ろくに避けることも出来ず──。
YOU DIED
「なんで?」
目が覚めて開口一番、俺から放たれた言葉。それは純粋な疑問だった。
どうして俺の剣が弾かれたのか。まさか某狩りゲーのごとく切れ味システムがあるはずも無いし、道中の雑魚相手ではあんなことはなかった。
目を閉じる。思い出せ、あの時の攻撃を。武器が鎧に当たる瞬間、何がどうなっていたのかを。
「……いや、嘘だろ──まさか」
ふと思い立つ。レサトに剣を振った時、接触面は一体どうなっていたのか。
記憶が確かなら、当たっていたのは刃ではなく面の部分。つまりは、あの攻撃は斬撃ではなく打撃だったのではなかろうか。
適した使い方ではなかったせいで攻撃にならなかった。その可能性を否めない。
「そんなわけ、そんなわけないよな……」
そう言いながらも俺は森へと誘われていく。目的は浮遊する鎧。質は違えど同じ鎧であれば、検証になりうると考えたのだ。
──。
────。
────────。
YOU DIED
「マジじゃん……」
検証の結果、俺の仮説は正しかったことが証明された。
刃の部分でなら攻撃が入る。槍のように先端で突き刺してもダメージになる。だが面でいくら叩いても、一度も有効な攻撃にはならなかった。
それは装甲を持たない屍くんでも同じだった。姿勢をよろめかせるだけで、全く倒れる様子がない。
インベントリを開いて、剣を探す。詳細情報を見れば、そこには確かな証拠が鎮座していた。
“斬撃/刺突”の文字。つまりは、その手段でしか攻撃になりえない、ということだろう。
「……」
開いた口が塞がらない。課せられていた強制縛りの中に、更にもう一つ攻撃手段の縛りも追加された瞬間だった。
俺は静かに盾を背負うと、両手で剣を握る。
一々反応する気力も無くして無言のまま、帳へと向かうしか無かった。
切っ先を意識しろ。
攻撃が来るなら、走って逃げ惑い、時にしゃがめ。
回復は焦らず隙をうかがえ。
己に教訓のごとく、その言葉を反芻する。
奴との死闘、その八戦目。俺はようやく、コツを掴み始めていた。
薙ぎ払い方の癖や、攻撃の回数。それらを頭の中でまとめてパターン化していく。
気がついたのは、こいつは左回りで戦うと存外楽ということだ。振り始めのタイミングまで移動し続ければ、後ろに回り込める。
掴み攻撃が来そうならとにかく離れる。予備動作は大きいのでぼーっとしていなければ避けられるはず。
「剣はまっすぐ……、剣はまっすぐ……」
剣での打撃は弾かれ、一気にピンチに陥りかねない。だからこそ俺は、剣道の“面”のごとく振り降ろし続けていた。
何度か反撃をくらいはしたものの、レサトの体力は残り僅か。こちらの回復ももはや残っていないが、油断しなければ十分勝てる状況だ。
集中力を切らすな。ただ、相手の攻撃に目を凝らせ。
「……っ!あと一撃!」
視界下部のゲージが相手の瀕死を示した。もはや風前の灯火、何かしら攻撃を当てさえすれば倒せる。
脳内を欲求が満たす。勝ちたい、解放されたい。早く先へと進みたい。
逸る気持ちが剣にこもった。そのまま放たれた斬撃は、確かに星墜の騎士への最後の一撃となる。
はずだった。
「──は?っそんな、やだっ、やだやだやだ!頼む耐え」
YOU DIED
剣の振りを小突かれて止められ、カウンターのごとく放たれた掴みは、同じく瀕死だった俺の勝利をあっけなく奪って握り潰した。
「ほああああああああああああ!!!!!!」
虚無感。それからしばらくして、怒り。己を襲った理不尽を呪う。
集中力を切らすなと自問したはずなのに。たった少しの油断のせいで、掴めたはずの勝利を手放してしまった。
流石に台パン──する机は無いので、盾パンする。手が痛い。
それでも挑まなければならない。この失敗を糧にして進んでこそなのだ。そもそも倒す直前まで攻撃できたのだ、後は数をこなすのみである。
ひとしきり怒りを発散したあと、俺は立ち上がる。向かうは橋の先、帳へと歩いてゆく。
「……なにこれ」
その道中で、見慣れないものを発見した。
白く輝く奇妙な印。存在を誇示するように、道の中央にそれが描かれていた。
近づいてみれば、急に半透明の人型が浮かび上がる。鉢金にふんどし姿の圧倒的変態忍者であった。
「これって──!」
ダイアログが出現する。
『星の守り手“天誅マン”を召喚しますか?』
「──白霊だあああッ!」
迷うことなく、俺は“はい”を選択した。
死にゲーは理不尽のみではない。プレイヤー同士、協力して攻略するための、所謂救済措置のようなシステムが存在することがある。
白霊とはその攻略を手助けしてくれるプレイヤーの総称。道中からボスまで一緒に戦ってくれる、戦友のような存在である。
今度こそ勝てる。ようやくここを抜けられる。そんな早すぎる喜びが俺を支配する中で、徐々に目の前で構築されていく変態の姿を見ながらふと脳裏にとある憶測がよぎった。
──もしかして、俺この人と会話しないといけない?
「わ…………わっ……」
ちいさくてかわいそうな声が漏れる。待ってくれ、だって俺はTSしたばかりの新人バーチャル女の子だ。話し方さえ決めてない今の自分に、他人と接する覚悟などあるもんか。
そもそも街に出たら誰とも関わらず歩いて、降りかかる視線だけを楽しもうと思っていたのだ。つまり謎の美少女としてちょっとした噂になってみたいだけ。
どうしよう、早くしないと完全に顕現してしまう。少しでもダウナー系ジト目銀髪ロリにふさわしいロールプレイを頭の中に作らなくては。
……そんな焦りを裏腹に、既に変態忍者は完全に形を得てこの世界に現れていた。
「ぁ──」
「召喚に応じ馳せ参じた!拙者、名を天誅マンと申す!義によって助太刀──」
召喚早々に片膝をついた天誅マンは、台詞とともに名乗りを上げる。そうして顔をこちらに向けた彼は、目をまんまるにして固まってしまった。
「お、おんなのこッ!?」
目にも止まらぬ手さばきでコンソールが開かれる。あっという間に全身を忍者らしい装備で包むと、それはもう美しい土下座を披露してくれた。
「ひえっ」
「ごめんなさ……誠に申し訳ないでござるッ!拙者、デリカシーが足りず不快な思いをさせてしまった故、自害してお詫び申しあげる!」
わーお、ジャパニーズ・ハラキリ。
「いっ……いやいやいやっ!気にしてませんから!大丈夫ですからぁ!だからその刀を置いてくださいぃぃっ!」
「サヨナラ!」
「イヤーッ!?」
「本当に申し訳ない……。その、嫌だったらすぐにでも抜けるでござるよ」
「平気ですから、そんなに落ち込まないでください……」
「通報されても文句は言えないでござる」
「しませんって」
召喚された瞬間の元気な天誅マンはどこへやら、今や彼は失意の底へと沈んでいた。なんとか切腹だけは阻止できたが、仮想空間とはいえ目の前で人が自決するシーンはトラウマになりかねない。
とにかく、救世主になりうる人物を失う訳にはいかなかった。この世界に留まってくれて感謝である。
「レーナ殿は、お若いにも関わらず寛大でござるな」
「いやいや天誅さんの方こそ、あなたみたいな良い人に目の前で死なれたら後味悪いですから」
「そ、そうでござるか……。いやはや、失礼を承知で申し上げるが、レーナ殿は十代前半でござろう?それなのに拙者をこんなに気遣ってくれるとは、そこらの大人よりも余程大人でござるよ」
ようやく気持ちが落ち着いたのか、彼の表情も若干明るくなった。
“レーナ”と呼ばれたとおり、それこそが俺のユーザーネームだ。こちらが召喚時に天誅マンという名前を知ったように、彼も何らかの手段で俺の名前を知ったのだろう。
それにしても彼、正直かわいそうである。あの姿で向かった先がロリの目の前だったのだ、物凄い罪悪感に襲われていることだろう。向こうの視点からすれば未だ幼い少女に裸体を見せつけてしまったようなものだ。完全に事案である。
逆に言えば、今の俺は完全に女の子になっている証明な訳で。大切にされて少し高揚したのは黙っておこう。
にしても、十代前半か……。にやけそうになる顔を必死に誤魔化す。
「もうっ、褒めたって何にも出ませんよ」
「いやいや。それこそうちの娘より立派でござるよ。うちの娘はレーナ殿に比べれば──」
家族いるんか。というかこのままだと要らないことまで話してしまいそうだ。
「あ、あのっ!そろそろボスお願いしてもいいですか?」
「おおっと、そうでござったな。であれば失礼を働いた分、ここで汚名返上させてもらうでござる」
天誅マンの目に闘志が宿る。恥を晒してへこたれていた姿や、父親らしい姿はどこにもなく、そこには一人の戦士が立っていた。
古来より、アクションゲームにおいて変態は強者と相場が決まっている。恐らく、彼もまたそうなのだろう。
目線を合わせて頷き、幾度となく通った帳をくぐる。願わくば、今回が最後の挑戦とならんことを。
暗転した視界が晴れる。星墜の騎士は俺が来るのを待っていたかのように、真っ先に距離を詰めてきた。
「レーナ殿、後ろへ!」
レサトが剣を振り上げると同時に、天誅マンが間に割り込んでくる。刃が彼の身体に喰い込むかと思われた瞬間、耳をつんざく金属音と共に騎士がよろめいた。
刀による、完璧なパリィが決まったのだ。
「すご──」
「今でござるッ!」
刀身がレサトの腹を抉り、ゲージが一気に縮んだ。そのまま追い討ちとばかりに薙ぎ払う彼に倣って、俺も拙く攻撃を放った。
たった一瞬で体力が三分の二まで減る。これが、ハイリスクハイリターンの奥義、パリィ。俺には不可能だと諦めたそれを、彼はいとも簡単に決めて見せた。
──やはり、強い。トゥルース・ノヴァをかじった今だからこそ、この忍者がいかに戦い慣れているかが理解できる。
「逃げるでござる、レーナ殿!狙われているでござるよ!」
「うぇっ?……ぃぎゃあッ!?」
いつの間にか繰り出された蹴りが俺を襲う。天誅マンの強さに見惚れて、思わず感心していたせいで吹っ飛ばされた。情けない。
そんな俺を庇うように、天誅マンが突きを放つ。お返しの反撃も、器用に地を転がり避けて見せた。
攻撃が当たらず、彼の身体に傷一つ付かない。ローリングし、刀を振い、時にパリィしては胴を穿つ。
悉くの攻めは彼に通じず、悉くの防御は隙を突かれる。例えるならば風のごとく、一挙手一投足その全てが鋭敏だった。
俺も戦わないと。だが、あそこに飛び込んでもきっと足でまといになるだけだ。
「ぐあッ──!」
「天誅さんっ!」
しかし俺が剣の柄を握り直した刹那、下段からの切り上げを避け損ねた天誅マンの身体が打ち上がる。
まずい。あの攻撃の次は、起き上がりを狩るための掴みのはず。まともに受ければ、傷ついた今では彼といえど体力が持たないだろう。
レサトの体力バーを確認する。ここまで減っていれば、もはや天誅マンが力尽きても倒せるはずだ。
──そうだ、わざわざリスクを負う必要は無い。俺はただ、ここを突破することだけを考えればいいのだ。
「……でも、そんなことって!」
「──レーナ殿ッ!?」
伸ばされた手が天誅マンを掴む寸前、なんとか割り込んだ俺が身代わりとなった。
締め付けられ、自分の体力が徐々に減っていくのが分かる。そうして地に投げつけられ、剣で両断するまでがこの掴み攻撃一連の流れ。
俺は知っている。どんなに体力が残っていても、絶対に耐えられないと。回避ができるのなら別だろうが、俺の運動神経ではどうやっても最後の剣を避けられない。
なぜこんなことをしたのだろう。今更になって後悔が襲う。
「ぁがッ……!ごめん、なさいっ。でも──」
おかしいと分かっていたはずだ。死んだら即負けのホストが、白霊のことを庇うなんて。
それでも、あの人には死んでほしくはなかった。一人でクリアなんてしたくなかった。この仮想空間で初めて出会い優しくしてくれた彼が、ボスのほとんどの体力を削ってくれた英雄がいないまま勝つのは違うと思ってしまった。
壊滅的な衝撃。地面が全身を殴りつける。そして迫るのはレサトの剣。
──もう一回、頑張ればいっか。
目を閉じて敗北を受け入れようとした時、
「諦めるのは早いでござる!」
甲高い金属音が、辺りに静寂をもたらした。
体勢を崩すレサト。そのあまりにも大きな隙を見逃すほど彼は甘くなかった。
「──え」
「うおおおおおおおおッッッッ!!」
忍が跳び上がる。宙へと捧げた刀は、やがて星墜の首へと迫った。
吹き出す鮮血、膝を付く巨体。だがそれでも、最後の抵抗をすべく騎士は手を伸ばした。
否、それは届かない。一刀両断された首が飛ぶと同時に、決してその手から離れることのなかった剣が初めて地に墜ちた──!
哀れ、騎士はしめやかに爆発四散。吹き出した大量の報酬が俺へと集まる。苦節三時間、俺を苦しめ阻んだ強敵は、たった今一人の忍によって天誅を下されたのだった。
「投げ飛ばされた後、あのとどめの攻撃はまた別モーション。それ故に、拙者はパリィができたのでござる」
「……勝った、んですよね」
「うむ。レーナ殿が拙者を庇ってくれたからこその、勝利でござるよ」
視界が歪む。今の俺にとって彼の表情と言葉は、あまりにも優しすぎた。
「──負けたとおもった……!やっと勝ったんだぁ……っ!」
「レーナ殿!?……いいや、よく頑張ったでござるな。よく耐え忍んだでござる」
大きな手が俺の頭を撫で下ろす。温かい、子供をあやす様な手。
トゥルース・ノヴァ、第一のボスとの戦い。それは、助っ人と俺どちらも生き残っての勝利で終わった。
小説のレイアウトについて
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画面内の文字密度減らしてくれ
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一話あたりの文字数減らしてくれ
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特にないよ