「ぁぁぁあの、すいませんつい嬉しくて」
「はっはっは、いいでござるよ。人は涙を流して強くなるものでござる」
“星墜の騎士、レサト”を倒した俺は、余りの嬉しさについ泣いてしまった。
あまりにも恥ずかしい。確かに見た目は子供だが、中身はそうではないはずなのでなぜ泣いたのか分からない。なんとなく感情の振れ幅が大きくなっているような気がするが……身の入ったロールプレイだったということにしておこう。うん、きっとそうだ。
「……ところで、いつまで撫でるんですか……?」
「──ハッ!も、申し訳ない!娘の小さい頃を思い出してつい」
「あっいや別に嫌だったわけじゃ──なんでもないです」
……これも、ロールプレイが完璧だったからということにしておく。この人の手が意外と心地よかったとか言えないし。いや、だとしたら子供らしく媚びた方がロールプレイとしては正しいのか……?
気を取り直して振り返れば、かつての戦場、その中心に例の結晶が現れていた。以前と同じように触ればまた同じように暁を灯し、チェックポイントとして利用できるようになったようである。
「そろそろ、お別れでござるな」
見上げると、天誅マンの身体が半透明になっている。恐らく使命を果たした影響で、元いた場所への帰還が始まったのだろう。
急に名残惜しさを感じる。彼のように優しくてユーモアな人と、こんなに早く別れてしまうのは寂しい。
「あっ、あの!もしよかったら、フレンドを──」
「嬉しいでござるが、あいにく拙者の座右の銘は一期一会。偶然の出会いを大切にしているのでござる。……だからいつか、またレーナ殿が召喚サインを見つけたのなら、その時に相まみえるでござるよ」
「……分かりました。その時は、きっと」
忍は穏やかに微笑むと、背中を向け手を振りながらどこかへと歩いていく。やがて、完全に彼の姿は見えなくなってしまった。
……かっこいい。見事な忍者ロールプレイだった。口調も徹底していて、そしてそれに見合ったプレイスキルだ、それこそコントローラーで動いているかのように。
俺も強くならないと。いつまでも、誰かに頼って攻略するのは忍びないから。
とりあえずまともに剣を振れるようにならないとなあ……。さっきの戦いでも何回か弾かれたし。
そんなことを思いつつ、俺は橋の向こうを目指して歩き始めた。
◆ ◆ ◆
「やっと着いたぁ~~~~っ!」
星見の町、イェーナ。そんな表示が俺の目の前に現れる。
ありきたりな中世な街並み。荒廃している訳でも無く程よく発展していて、まるでこのゲームが殺伐とした闘争を繰り広げるものであることを忘れさせてしまうような風景だ。
といっても活気はまるで感じられない。門の外側からは誰一人として確認できず、思わず過疎なのではと思ってしまうほどだ。
──誰もいないんじゃ、この姿を見せびらかすどころじゃない!
そう危惧していると、左手の端末が震えた。アルマからの連絡だ。
『そろそろボス倒したか?』
『なんとか』
『おけ、次の町にクソデカシェードあるからそこで待ってるわ』
「……クソデカシェードってあれのことか?」
そう疑問形で発したが、考える必要もないだろう。あれこそがクソデカシェードに違いないのだから。
町の家々、その後ろに覗く巨大な影。やがてそれは天の光を浴びて輝き始めた。まるでチェックポイントの結晶をそのまま数百倍のスケールで配置したようなそれは、まさに“クソデカ”の名を冠するにふさわしい。
高層ビルのようにそびえ立つそれを口を開けて眺める。確かに、待ち合わせの場所にはこれ以上無いほどぴったりだろう。
「とりあえず、行くだけ行ってみるか」
圧倒されていても仕方がない。ひとまず、足を動かすことにした。
目の前の門へと踏み入った瞬間。
「──っ!?」
外での静寂が嘘かのように、町が喧騒に包まれた。
声が、足音が、あらゆるものが氾濫する。大都市の一区画のように、人が入り乱れていた。
ハンサムな弓兵。全身鎧の騎士。渋めの侍に黒ローブの男。見渡す限り、どの人も圧倒的に俺より背が高かった。
門の外までは誰とも会うことはなかった。つまりこれは、そこを区切りにチュートリアルマップから抜け出したということだろう。
「双星ダンジョン一回200000スター!@3でーす」
「初心者歓迎してまーす!ギルド入りませんかー」
「おいもう一回闘技行くぞ!」
「人多すぎ──ひゃっ」
誰かの足とぶつかった。仰け反った俺に振り向きもせず、その男は人混みへと消えていく。
……怖い。もしこの中でひとたび転んだら、間違いなくズタズタに踏みつけられて死ぬだろう。この益荒男達に比べて俺は体格が貧弱すぎるのだ。
胸が激しく脈打つ。小さな女の子としての視点から見る男たちが、こんなにも恐ろしいものだとは思わかなった。一人一人が屈強すぎて、近づくのすら物理的に怖い。
こうなったらなるべく人通りの少ない、端を攻めていこう。そろりそろり……。
「そこのあんた」
「ほあぁあっ!?」
急に肩を掴まれ、口から心臓が出そうになる。
危うく俺を心停止させかけた金髪の青年は、特に気にする様子もなく話始めた。
「それ、初期武器だよな。初心者なら分からないことだらけでしょ、よけりゃ俺のギルドに──」
「えっえっえっ」
急に話しかけられた俺は完全にパニックを起こしていた。半分も相手の言っていることが入ってこない。初心者が何だって?まさか初狩りでもしに来たのか?
だがどうやら相手の青年も何やら口をあんぐり開けてフリーズしている。なあんだ、相手もコミュ障の類か。ふん、そっちから仕掛けておいて失礼なやつめ。
「──おん、な?」
「へ?」
やがてその目は、希少な動物でも見るように変わった。
「……ああそうだ、それがいい。なおさらうちのギルドに入れよ。これから何をすれば良いのかも分からねえんだろ?教えてやっから」
「な、なんですか……?怖い、ですよ。急に」
「女にしちゃあ貧相すぎるか?いや……いいから、言うこと聞けよ」
手を伸ばしてくる。俺にとって、その手は忌避すべき対象に見えて。
咄嗟に、払い除けてしまった。
「……ああ?」
「やめて、ください。いきなり──」
「ぅるせェな。──ちょっと“確かめる”だけだろうが」
急に青年が屈んだと思うと、まるで暖簾を捲るがごとく、当たり前のようにスカートを
……は?
真っ白な下着が露わになる。男性のような膨らみのない、滑らかな曲線が描かれている。
男はまさに、それを目の当たりにしていた。
「ひゃっ、ぇ?ちょっ何やって──」
だってそこはまだ俺すら覗いていない聖域で……!
激しい嫌悪感が全身に走る。三歩退き、腰を抜かして尻もちをつくのを見て、にぃっと男が笑った。
「──こっちこいッ!」
「えぁ」
程よく焼けたきつね色の手が俺の細腕を掴んだ。力の差は歴然だ、振り解ける気がしない。
あまりに突然のことで声も出せず、ただただ連れ去られていく。
「黙ってろよ、叫んだら服引っぺがして広場に放り出してやっからな」
「な──」
そんな羞恥プレイは求めていない!
……じゃなかった、これは間違いなく誘拐だ。このチャラそうな青年は確実に俺を拉致しようとしている。
どうして俺が?どうしてこんな目に遭わなければならない?
恐怖で思考がまとまらない。そうしている間にも、どんどん路地裏へと引きずり込まれていく。
こういうイベントって、普通もっと活動してから起こるものだと思っていた。町に密かに流れる美少女の噂、それを聞き付けた何者かの犯行。だが現実には、そんな過程など関係なく襲われている。
やがて、俺は壁を背に追い込まれてしまった。
「俺ァなあ、試してみたいことがあんだよ。なあ、お前分かるか?」
「──BAN、されますよ」
「ああ?BANだァ?んなもん怖かねェよ」
震えながら出した声を、男はバカにするように嘲笑う。
こいつ無敵か。下衆な笑みを浮かべていた彼は、得意げに続ける。
「初心者のお前じゃ分からねえよなァ。というか、分かる奴なんかいねェか。ほら、これ見ろ」
「……首輪?」
「“傀儡の首輪”だ。結構レアでなァ、こいつを上手く使えば死ぬまでエネミーを捕まえられんだけど──」
金属の首輪が、鎖と擦れながらじゃらじゃらと音を立てる。その鎖すら左右に揺れながら、俺を脅しているように見えた。
「バグがあんだよ。これ、プレイヤーも捕まえられんだ」
「……は?」
何を、言っている?
「ギャハハッ!メスガキが一丁前に良い顔するじゃねえか!……うちのギルドで遊んでたんだよ、野郎同士で首輪はめやがった奴がいてなァ。するとつけた奴の様子がおかしくなった。いつもは饒舌なのに、全く喋らなくなっちまってよ」
「っ……」
「そいつ、簡単な命令なら何でも聞くようになってたんだよ!おもしれーからアイテム全部奪って外してやったら引退しちまった!」
……クズだ。悪気もなく、ただ面白がってやっているなら、たった今こいつは倫理観の外れた純度100%のクズであることが証明された。まだBANされていない事が不思議なくらいには。
そんなクズに俺は詰め寄られている。まさか始めたばかりのオンラインゲームでこんなにも早く迷惑プレイヤーに会うなんて思いもしなかった。
……話を聞く限りでは、これから降りかかるだろう災難は迷惑どころでは済まなさそうだが。
「バグとはいえこのゲームくらいだぜ、人間を好き勝手できるのは。──だからよォ、思ったんだ!せっかくの仮想世界だ、やりてえことをやってやる!女ァ見つけたら、犬みてえに飼ってやろうってなァ!」
この時点で、俺の思考はやっと一つにまとまった。とにかく逃げないと。
周囲を覗く。ダメだ、この男の身体に阻まれて逃走は叶いそうにない。
「所詮ゲームなんだ、何やったって許される。だからそこら辺の女でも捕まえてやろうって思ってたのによォ……ッ!」
「あがッ!?」
頭を壁に叩きつけられる。振動が脳を揺らすような、そんな錯覚を覚える。
「いねえんだよ、このゲームに俺が手ェ出せる女なんかァ!毎日毎日現れる初心者は全員男!その辺にいる奴らも男、男、男!女自体がいねえわけじゃねェ、だけどそいつらはもれなく俺より強ェ!普通の女になんか人気ねえんだ、こんな硬派でVRで死にゲーなんかはッ!」
「……だから、俺を」
「俺ェ?……ァァァァ思い出すなァ、女のフリしてた男をよォ。──ああクソッ!気持ちわりィ!玉も竿も付いてる奴が女ァ気取ってんじゃねェ!」
「ひぎっ」
またもや殴られる。
おかげで、俺の中に恐怖以外の感情が沸き立ってきた。こいつは男の娘の良さが分かっていない、相容れない存在だ。
青年はかなり苛立っているように見える。どうにかして隙を突ければ逃げ出せそうだ。
「てめえはそうじゃねえ。俺よりザコの初心者なんだから、女らしくしてろよ。な?」
「……」
「黙ってんなよ。……まあいいや、どうせ首輪でしつけちまえば同じだからなァ」
男が首輪の蝶番を開く。同時に姿勢が少し緩んだ。
察する。これが逃げる最後の手段なのだ。ここで捕まれば人生がゲームオーバーまで有り得るかもしれない。
一度きりのチャンス、やり直しは絶対に利かない。だからこそ、やらなければならないのだろう!
「ほっ!」
「ぐがッ!?」
思い切って右足を跳ね上げる。想像以上に柔軟な身体は、いとも簡単に男の股間を蹴り潰した。
痛みがフィルターか何かで薄れてるとはいえ、どうやら息子へのダメージはそれを凌駕するらしい。俺の身体では絶対に味わうことの無い痛みに、彼は悶絶しながら弱々しく座り込んだ。同情は……別にしない。
「ひやああぁぁぁぁぁっ!」
「グゾッ……待ちやがれクソガキァッ!ぜってェ後悔させてやっからなァァァ!」
人気のない路地裏を一心不乱にただ走る。目的地などない、死の逃避行。
……どうして俺がこんな目に!確かに俺は可愛い、だからって劣情の捌け口にしようとしないでほしい!
あっちゃいけないバグだろ、人間を捕まえられるとか。それこそ頭を破壊しかねない危険な技術のはずだ。フルダイブVRってやっぱりやばいのでは……?
てかなんなん?レサトとかよりこいつのほうがよっぽど怖いんだけど。勘弁してよほんとに、運営も仕事してくれ!
そうやって走っているうちにも、男はまだ追いかけてきている。町の中だとスタミナ切れを感じないし、走るスピードもどうやら一定のようだが、初心者の俺は地形を知らない。袋小路に追い詰められたら今度こそお終いだ。
「誰かぁあぁああぁぁぁ!」
「へッ、いるわけねえだろこの辺に!そろそろ諦めたらどうだァ!?」
奇跡的にまだ行き止まりには遭遇していない。それどころか、どうやら例のクソデカシャードが徐々に近付いてきている様子。
流石にあの麓なら誰かいるはずだ。そこまで、辿り着けば、もしくは……!
「止まれェェェェッ!」
「止まるかぁぁぁぁ!」
視界が開ける。風景を遮っていた建物が、一気に取り払われた。
円状の広場、その中央に突き刺さった暁色の結晶。やはりと言うべきか、それは凄まじく大きかった。思わず足を止めて、てっぺんを見上げたくなるくらいに。
しかし今はそんな暇は無い。俺の人生を賭けた大一番なのだ、匿ってくれそうな誰かを探さないと。
走る。とにかく走る。救世主を求めて駆けずり回る。結晶が大きいせいで広場も一周が果てしなく長い。
誰か居てくれ。もしくはさっさと諦めてくれ。後ろを見れば、青年はまだ追いかけてきている。
終わりの見えない逃避行に、少しずつ心が軋む音が聞こえる。あの様子を見るに、死ぬまで追うつもりだろう。
なんかもういいかな、捕まってもそのうちBANされて解放されるだろ。セクハラ行為って結構すぐ対応されるイメージだし。そう投げやりになってくる気持ちをなんとか宥めながら走り続けた。
結果的に、それはようやく実を結ぶ。
「……っ!助けてっ!助けてくださいッ!」
「──チッ!」
ただ一人佇んでいた、青髪の騎士。
腕を組み力強く立つ姿は、まさに強者の風格。
一か八か彼の良心に賭けるしかない。俺は彼の後ろに滑り込むと、取り繕うことも無く懇願した。
「……え?なっ、……ええ?」
同時に青年が彼の前で身構える。
盾にされた当の本人は、心底困惑していた。
小説のレイアウトについて
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特にないよ