「あれからは、大丈夫だったので?」
「はい、これと言って身体に異常はありませんよ」
あれからいつの間にか拠点に戻っていた私は、いつもと変わらぬ夜を過ごした。そして翌日である今日。いの一番に顔を合わせた黒服から、心配の声。
特に問題は無い、という旨を伝える。
因みに、ヨグ=ソトースと邂逅した事は共有済みだ。本来なら伝えるべきでは無いだろうが、狂人の向こう側にいるような奴等に、これ以上狂う程の精神はないと踏んだ。
それはどうやら正解だったようで、ヨグ=ソトースを認識(知覚はしてないが)しても問題ない様子。
……ゲマトリアの面々の発狂した姿も、見てみたかったとは思うが。
「それで、アレは何と言っていました?」
「興味だと。あの鍵は、やはりヨグ=ソトースの干渉の為の手段だったみたいです」
「成程……銀色の鍵の時点で、気付けたかもしれませんね。……これは参りました」
珍しく、本気で困惑している表情を浮かべている。
無理はない。”色彩”が来るのであれば、多少なりとも何らかの策を講じれただろう。黒服らの事だ、1つは対抗手段を備えているように思う。
が、敵はそれよりも強大で想定外だった。蓋を開ければ、”色彩”が持つ特徴に加えてどの時間軸にも存在する、正しく神。”外なる神”と呼ばれ、認識すらも認めないソレは、”奪う”という手動的な手順を踏む”色彩”よりもタチが悪い。
黒服が頭を抱えそうになるのも、無理はない。
「何故貴女に干渉したのか……そこが疑問ですが」
「そこも、興味に近しい動機だと言ってましたよ」
「……興味であんな化け物に来られるのも、たまったものではありませんね」
そんな会話を交わしながら、私達は一旦別れる事にした。
────────
「…………ふむ」
ヨグ=ソトースは、私を干渉の手立てとして使った。そして恐らく、これからも干渉を受ける事になるだろう。
しかし、それ以上に気掛かりな問いが1つ。
「……
この世界において、私は何なのか。
私は果たして、単なる1キャラクターなのか。或いはそうでないのか。
─私は最早、人と言うには歪なのか。
無知を自覚した私は、知識を貪った。
生の儚さを目の当たりにした私は、■を捨てた。
■の役立ずを理解した私は、■■を■した。
出来上がったのは、知識を求め続けるだけの怪物。それが、私。
自分内で、理解はしている。私はきっと、”人でなし”の領域にいるのだろうと。人を名乗るには、様々なモノを落とし過ぎたのだと。
知識のその先。私は、そこに何かを求めている。遍くを知り尽くし、辿り着いた領域にあるものは何か。私はそれを、時間の面から突き詰めるようになった。
私は、人では無い。であるならば。
私は、”怪物”なのか。
「…………」
もし、そうなのだとしたら。私の出来る事は、拡大するだろう。
人の域を超えたのならば、超人的な力や超能力を使えても、何ら不思議では無い。
が、今の私には限度がある。幾ら知識があれど、仕組みを理解出来ど。因果を弄り、法則を曲解する程の格は無い。それこそ、神格レベルの。
「私は……」
私は、何処を見ているのか。分かっているようで、分からない。
────────
「……まさか、こんな所にまた来る事になるとはね〜」
「ふぅ、何とか倒せたね。お疲れ様」
先生から連絡があったと思えば、「ビナー討伐を手伝って欲しい」と言われ、こうして元住宅街に近い砂漠にいる。
……毎回こうして倒してる訳だけど、一体どうやって新しいのが湧いてるんだろう。いつもは考えない事だけど、思えば不思議だ。
そんな疑問に目も暮れる様子のない先生や他の生徒は、様々な反応を見せる。疲弊した顔をして不満を零す生徒もいれば、場違いな愛を囁く生徒も。そして、それらを収めようとする先生。
強敵を相手した後の雰囲気とは、まあかけ離れているとは思う。
「先生〜、そろそろシロコちゃん達が待ってるから、アビドスに戻ってもいいかな?」
「あ、うん。急でゴメンね、ホシノ」
先生からの許しも貰ったので、私は踵を返して帰路に着こうと。
そう思った瞬間だった。
「……?あれ?」
住宅街だった場所の、奥の方へと消えていく人影。少なくとも、ビナー討伐の生徒ではない。
ヘイローは見えた。でも、銃を持っているようには見えない。……誰だ?
疑問を拭う為に、私はその人影を追う。
「確か……こっちのはず」
未だ見えない人影は、随分と不思議な道を辿っている。おかしいと言えるくらいには、曲がりに曲がった道行きだ。酔っ払っているのか、はたまた行く先も決まりないのか。
ただ後ろを追い掛けるだけの私には、いよいよ核心に迫る結論を抱けずにいた。
そして、行き止まり。そして、人影は無い。
「はぁ……はぁ……なんで、いないのさ」
愚痴のような、そんな言葉が無意識に漏れる。
そんな私の言葉のすぐ後に、別の声が1つ。
「……私は、何なのか。貴女なら、分かるのでしょうか」
「…………え?」
長年聞いてこなかった、それでいて、忘れるはずが無い声。
ずっとずっと、聞きたかった声。随分と冷たくなっているけれど、分かる。
「……
「いえ。その名前の人間は、もう死にました。私はヨグ、一介の研究者です」
そうして、声の主は姿を見せる。
間違いない、カタリだ。灰色に近い白の髪に、私よりも華奢な身体。そして、すっかり光が無くなってしまった瞳。若干の違いはあるけど、カタリだ。
黒いロングコートは、昔着てなかったかな。でも、似合ってる。
ユメ先輩が亡くなって、いつの間にかいなくなっていた。心の拠り所をどこかで求めていた私は、当時死に物狂いで探した。でも、見つからずじまいで。
そんなカタリが、目の前にいる。
「カタリなんでしょ…?今まで何処に行ってたのさ〜」
「求識の道を歩いて、人の道を外れてしまう…………理解していたとはいえ、何たる愚かな事か」
独りよがりな、言葉。それは、どうも私に向けて放っているような気はしなかった。
糾弾のような、懺悔のような、追憶のような。そんな、負の怨嗟に塗れたような言葉である事だけは、理解できてしまう。
……昔のカタリは、こんな事を言う子じゃなかった。確かに、堅い口調だったのはあるけど、ここまで哲学者のような難しい言葉選びはしなかった。
一言で言えば、クール。だけど、今のカタリは。
冷徹。まるで、氷に触れている様。
「うへ〜、おじさん、そんな難しい言い回しじゃあ分からないよ」
茶化す様に言葉を切り出すも、返答は無い。その瞳は、虚ろを見ている。私を、見てなどいない。
何処を、見ているのだろう。私の目の届かない所で、何を知ったんだろう。少なくとも、私の踏み込めないような領域を見ている様で。
「……小鳥遊」
意を突くタイミングで、カタリが問い掛ける。
……苗字で呼ばれたのは、ショックだなぁ。前は、名前で呼んでくれたのに。呼び捨てなのは、当時と変わらないや。
「……時間を操る者は、
「…………へ?」
何を言うかと思えば、禁忌も禁忌。生物倫理として、未だ侵すべきではない掟。
死者蘇生。
「出来るかは、分からないよ。でも、やっちゃいけない事だよ〜?カタリなら、分かるでしょ?」
「……………………」
その通りだ、と言いたい様な表情を浮かべ、沈黙を返すカタリ。とても、バツが悪そうな顔。面影がある。
恐らく、私といた時よりもずっと賢くなっているんだろう。……気の所為か、黒服とのやり取りを思い出す。知的で、何を考えているのか分からない、そんな相手とのやり取りを。
……待って。”求識の道を歩いて、人の道を外れてしまう”…。
これって。
「……ねぇ、カタリ」
カタリは……もう。
「カタリは…………
「…………ある意味では、そうとも言えるでしょうね」