「どうして……何で私に相談の一つもしてくれなかったのさ!?」
私らしくもない怒号が、無機質な空間に響き渡る。ここまで怒りを顕にしたのは、いつぶりだろう。黒服以来かもしれない。
それ程に、私は怒っている。何の相談もなく独りで抱え込んでいたカタリにも、それ程に大きい悩みに気付けなかった私にも。
言わば、宛先の分からない八つ当たり。こんな事はダメだと、分かっている。でも、「今くらい良いじゃないか」という甘い考えが、それを許してしまっていた。
こんな怒りに溢れた私に対して、まるで気にしないと言いたげな態度で、淡々と言葉が投げられる。
「無知は、罪だ」
「無知は……罪…」
言いたい事は、分かる。
あの頃は、私もカタリも青春らしい青春を謳歌していた様に思う。ユメ先輩と何気なく過ごした毎日、そして時々に添えられた
それは、まるでアビドスの現状から目を背ける様な、甘い誘惑でもあった。
私達は、知る事から逃げていた。知る事を恐れた。その結果が、ユメ先輩の
その後の私は、後輩に触れた事で癒えた。勿論、全てがという訳ではない。ないにしろ、「まだ頑張ろう」と思えるくらいには。
カタリは、そうじゃなかったんだ。アビドスから去って、きっと沢山の知識を得たんだ。"無知は罪だ"と、
輝かしかったあの日々を、押し殺して。
「……カタリは、知る事で向き合おうとしたんだね」
不器用な性格をしていたカタリ。負の記憶への向き合い方も、不器用ながら頑張っていたみたい。それを、私が咎めるのは違うかな。
……でも。それでも。
相談くらいは、してくれてもよかっただろう。離れるなら、一言は欲しかった。幾ら生き急いでいたとはいっても、仲の良かった同級生が急にいなくなるのは、嫌だ。
「……私はもう、生徒じゃない。人じゃない。……私は、過去を追想するだけの、知識を貪る怪物」
私を突き放す様な、それでいてどこか縋る様な。悲鳴の様な声色だ。まだ自分に烙印を押して、重荷を背負おうとするその姿。
……見ていられなかった。救い出したかった。けれど、今の私では出来そうにない。それこそ、先生でもない限り。
「……私は、知識の先を見る。それがどんな結果を齎すか、理解もしている」
その言葉には、生半可では無い覚悟があった。生徒の為に動く先生の様な、確固たる意思。およそ、私の言葉では変えられないであろう決意。
止めるべきなのは理解していても、どこか止めるのをはばかられる自分がいる。それが応援の為なのか、はたまた自責の念からなのかは分からない。
言葉は、続く。
「次に会う時は、相入れる事は無いでしょう。なのでどうか──」
──どうか、
─嗚呼、私は。
────────
「……私の考えだと、時間は変えれても…………」
あれから。
私は数日、拠点に篭もりきり。ゲマトリアには一応、暫くは拠点で研究すると伝えている。加えて、余程の要件以外では呼ばない・この拠点に訪れない事も伝達済み。
心置き無く、研究が出来る。
あれから聞いた事だが、ベアトリーチェは回収し次第監査処分にするのだとか。あの件はやり過ぎたという判断らしく、ゲマトリアの掟を破ったという結論になったらしい。
……私はというと、その議論には参加しなかった。どちらでもいいとも思ったし、私の一声で意見が覆る訳もないと悟ったのもある。
いずれにせよ、どうでもよかったのは根底にある。
「時間と生命を切り離して考えるのは……いや、もしそうなら、誰かしらが試している?」
それよりも、だ。
時間の仕組みを
■■■■の、蘇生。要は、死者蘇生。
生命倫理において、最大の禁忌の1つに数えられるモノ。同一人物の複製に肩を並べる、生への冒涜。
本来であれば、そんな所業は出来ない。仮に
空のペットボトルに入れる水が無い為に、”水入りペットボトル”が作れないのと、仕組みは殆ど同じ。
現時点では、魂を創る技術は無い。肉体を作るのは、無名の司祭らが出来ている以上、不可とは言えないだろう。
時間を遡らせて蘇生を試みるにしても、魂まで戻せるかの保障は皆無。寧ろ、困難を極めるビジョンしか見えないのは、今の私でも分かる。
「…………だからこそ」
それが出来てしまいうる、
「今はまだ」と言ったあの時には、凡そこの結論に至るだろうとは思っていた。恐らく、彼も。
私が今研究を続けているのは、それ以外の可能性がないかの、最終確認の為。その検討も、じきに限界が来るだろうが。
正直に言ってしまえば、
が、どうにもそれ以外では難しい。ならば。
「仕方ない、か」
今の私の脳ならば、恐らく耐えられるだろう。この結論に至るまでの過程で、処理能力や情報収集・紐付け能力は養われた。
今ならば。
「……俗世への、決別の時ですね」
…………まともなうちに、済ませねば。
────────
「…………そう、ですか」
「ここで止めるなら、私は抵抗しません。その覚悟も承知でここに来たので」
ここ数日、研究の為拠点に篭もりきりだった彼女が、ゲマトリアの拠点に姿を見せた。そして言った一言。
─私は、かなり危険な賭けをします。
彼女の口から、賭け等という言葉を聞く事は終ぞ無いと思っていましたが。しかし、揺るぎない表情は今までのソレよりもずっと強い。
そんな表情をした彼女を、私は止めたくなかった。
……我々以上に謎めいた彼女の、野望。キヴォトスの危機になるやもしれない事を加味すれば、真っ先に止めるべきでしょう。
しかし、この時の私はそれをしたくなかった。
見届けたく、なった。彼女がどの様な道を望み、どの様な結末を齎すのか。
「……いいえ、この場では止めないでおきましょう。興味が無いと言えば、嘘になりますので」
だからこの言葉は、私なりの餞別。道を共に出来ない私からの、少ないながらの情け。
……はて先生とは、この様な面持ちなのでしょうか。
「────────」
「……それは」
微かに聞こえた声を最後に、彼女は消える。その言葉は、
……何と、不器用な事か。何と大それた、三文芝居か。
「……嗚呼、でも」
─貴女の事は、嫌いではありませんでしたよ。