「先生、先日の事でお話が」
「ヒマリ?先日の話って……あの?」
「そうです。高エネルギーと空間の歪みについて、進展があったので」
各学園に例の話を通してから、数日。解析を頼んでいたミレニアムのヒマリから、呼び出される。ヒマリが言うに、進展があったらしい。
何だろうか。何も分かっていない今、割と何でも喉から手が出る程に情報が欲しい。
「空間の歪みについてですが、高エネルギー体に近ければ近い程酷い事は確実の様です」
それに加えて、彼女は言葉を続ける。
「大小様々な歪みが確認されてますが……そこから奇形の敵性存在が出現している事も確認出来ました」
「…………対策法とかは?」
「…そこはまだ検証中です」
あの敵の出処が掴めたのは、かなり大きいだろう。そんじょそこらで湧き出るという事態は、そこまで危惧しなくてもよさそうだ。
ただ、小規模な歪みが時々出現しているのは、看過出来ない。恐らく、歪みの出現可能性は高エネルギー体との距離に比例しているのかもしれない。
歪みの出現の法則性については、正直調べようが無い。出現のメカニズムが全くもって不明な上に、キヴォトスの技術を以てしても証明のしようが無い。
「高エネルギー体の正体とかは、分かったりする?」
「ええ。そちらについては、少しずつ分かってきてます」
打って変わって、高エネルギー体の正体については進捗を見せていた。
ヒマリが言うに、高エネルギーを発しているのは、人との事。
ふと頭を過ぎるのは、黒服との会話。
黒服からホシノを取り戻すのに、それなりの言葉を交わした。その時に黒服が言っていた、"キヴォトス最大の神秘"。今回のソレは、神秘が絡んでいるのだろうか?
可能性は捨てきれない。が、憶測も憶測。その域を出るには、かなりの観測と論証が必要になると思う。とても、気が遠くなる。
「……何処かの生徒が、とかの可能性は?」
「無い、とは言い切れません。その人の特定までは出来ていませんから」
……そうではない事を、祈りたい。
一応、今まであった子に異常は無かった。心身共に良好で、今回の件絡みでの身の危険を感じた事もないとも確認出来ている(奇形の襲撃は除いて)。
そうなると。やはり怪しいのはゲマトリア。カタコンベの件で、ベアトリーチェが黒幕だった一件から、ゲマトリアには一層の警戒心を向けざるを得ない。ああいう事が平気で出来てしまうのだと、痛感したから。
仮に黒服にとってマズイ状況なのだとしたら、何かしらの動きを見せてもおかしくない。それどころか、水面下ですら何の行動も示してこないのには、懐疑の念を抱かざるを得ないだろう。
……そういえば。
「…?どうかしましたか?先生」
「…………ううん、何でもないよ」
……杞憂であって欲しい。
────────
「……流石に、因果を弄るのは控えるべきですかね」
キヴォトスに現界してから。私は、アビドス砂漠の辺境を歩いていた。ふと見渡せば、空間が捻れて不可思議な生物が現れていたりする。
私の存在がバレるのは、この際どうでもいい。バレる事は確実なので。問題は、私が目的の場所に辿り着けない、或いは道中での邪魔が入る事。
恐らく、応戦は出来る事だろう。しかし、因果を弄るのは簡単ではない。かなりの力を消耗する事は言うまでもなく、それを補うにも、時間が必要になる。
戦闘が始まってしまえば、私の野望が少しだけ遠ざかる。
いかに効率良く事を済ませられるか。それは、いかに戦闘しないで目的を果たせるかに直結する。
最早、私の対策を講じている段階と考えてもいいかもしれない。そのくらいの危機感は、持つべきか。
かといって、ここで因果を弄って早道をしたとして。力の補填に時間が掛かる未来は、どうも避けづらい。
「……出てくる生物が私に敵対していないのは、幸いですね」
何故かは分からない。が、どうやらこの奇形生物達は、私を敵と認識していない。現れて何処かへ行く個体もいれば、私を護衛する様に付き添う個体もいる。
ヨグ=ソトースという特性を持っているからか、そういう生命本能なのか。どちらにせよ、これを利用しない手は無い。
あの神話に出てくる生物は、”外なる神”等には親和的とも言う。それに準えているのだろうか。そんな雑駁な予測を浮かべ、歩く。
「それにしても……」
随分と、仰々しい見た目になったものだ。灰か白かの色だった髪は宇宙のようになり、瞳は虹色。枯れ果てた樹木の様な翼も生え、巨大な銀色の鍵が羽の様にして浮遊している。そして私自身も、浮いている。
髪の先には目の付いた台座の様なモノに繋がっている。ヘイローはと言えば、壊れた時計と解読が困難な文字列が散りばめられている。
平たく、異形と。そういう表現が、最たる例だろうか。わたしが人では無い事を、真っ向から肯定している様な外見になってしまった。
が、今や何と思う事もない。
原理不明な技も幾つか出せる事も、分かっている(恐らく、何らかの代償付きではあるだろうが)。
宇宙人。……いや、私らしくない言い方だ。
「人を辞めた時とは、こんな空虚な面持ちなんですね」
人という器云々を考えていた頃と、今。果たして人を逸脱して良いのかという考えも、いざ人を辞めればなんて事ない。
「ただの通過点に過ぎない」としか思えない様になっている。辞めてしまったものは仕方ない、という自暴自棄気味な思考もあるのだろうが。
ある種の悟りの境地。その様に、私は思う。
「……歩を早めましょう。急がなくては」
こうして思考を巡らせている今も、私には猶予があまり無い。力の差は歴然、とは言えど。あちらには、私達の計画全てをねじ曲げるだけの
……ここから先は、頭脳の闘いになりそうだ。
「消耗、して貰いましょうか」
止むを得ない。ヨグ=ソトースとのパスが繋がっているのなら、アレを呼び出す事も出来るだろう。それなりの力を使う事にはなるが、敵の戦力を削るには適切かもしれない。
全なる一から生誕した、浄化をもたらす”赤”と”黒”。肉塊に見ゆる、蹂躙の双龍。
「……行きなさい」
この世界に、地獄を。この運命に、終止符を。
─私の巡礼に、鐘の音を。
────────
「…ッ!?この反応は……」
「この感じ、ビナーと同レベルの……いいえ、それ以上かもしれません」
先生からの頼みで、緊急でヴェリタスに戻った私だったが、高エネルギー体周辺の観測を続けていた時に、それは発生した。
突然、新たな生体反応。しかも、今までの様な弱い敵ではなく、沢山の生徒が相手取って闘う様な、強敵。コタマが言うように、反応から見ればビナーに匹敵するだろう。
それが、2つ。私の勘からすれば、あの高エネルギー体が故意に生み出した様にも思う。……いや、根拠の無い推論は避けるべきかもしれない。
「!部長、この2つの反応、動いてる!」
「ッ!」
少しの間静止していたと思えば、急速に動き出した。私達は急いで、進行方向を確認する。
「先生に報告して!進行方向、シャーレ!」
『!!』
私の言葉に、その場の全員が驚愕の表情を浮かべる。
ソレは、明確にシャーレの方向を向いて進行している。それも、並々ならない速度で。それが何なのかの分析も、済んでいないまま。
すぐさま先生に一報を入れるコタマ。他の2人は、正体を突き止めようと必死だ。
一瞬呆気にとられていた私も、どうにか身体に鞭打って分析を進める。標的が急速に迫ってるなら、私達も事急いて分析をし尽くさなければいけない。そうしなければ、先生の身……ひいては、キヴォトス全体が危機に陥る。
私達には、キヴォトスの命運の一端が乗っかっている。その責務を、全うしない訳にはいかない。そんな私達には、気味の悪い焦燥と不気味な予感が思考を巡り続けていた。
「……どうか、間に合って」
私らしからぬ嘆願が、無機質な音と共に響いた。