「カタリ……避けてる内は攻撃出来ないんでしょ…ッ」
「態々言うと思いますか?貴女なら、分かると思うのですが」
私が舌戦を仕掛けても、まるで何でもない様に返すカタリ。やはり、1枚も2枚も上手だ。仮に私の言う通りだったにせよ、今の段階でそれは仮説でしかない。
……あんなに、強くなっていたなんて。私がへこたれていた間、親友はあんなにも強くひたむきに生きていたなんて。
…………その代償に、あれ程までに人が変わってしまったなんて。
私は、自分が被害者だと思っていた節がある。それは少しながらにも、今も変わらない。実際、大切なものを失ったから。
けれど、それはカタリも同じだった。……いや、カタリはそれ以上に被害者となってしまった。ユメ先輩を失って、
私は幸いにも、後輩に恵まれた。そして今、先生という大人にも恵まれた。
対して、カタリはどうか。ユメ先輩を失ってから、独りの道を進んで、自分を慕う人にも恵まれずに、自分すらも失って。その果てには、私達との敵対。
あれ程湧いていた怒りが収まりきった訳ではないものの、カタリを憂う感情が膨れ上がる。
私には、道を外れた時に正してくれる人がいた。今のカタリが道を踏み外したかどうかを決めるには、烏滸がましいかもしれないにせよ。彼女には、そうした人達はいなかったのは事実で。
……私が、傍にいれたのなら。そんなエゴが、頭を支配する。
「……小鳥遊」
少しだけ柔らかく、カタリが言う。
「どうして貴女は、人を信じる事を選べたのです?」
カタリからの、恐らく本心からの疑問。今まで交わした言葉の中で、一番人としての温度を感じる問い掛け。そこには、人に怯えながら、猜疑心を抱きながら生きているカタリがいた様に感じる。
運が悪くて。大人は助けてくれず。縋るモノなんて無くて。それでも、私が人と寄り添う、人を頼る道を選んだ理由。
「……それこそ、奇跡だったよ」
「………………」
私は今の自分の軌跡を、自分の実力とは言えなかった。言えないし、言いたくない。今の私は、沢山の縁が重なって、幾つもの運命が繋がって、そうして作られた道を歩いている。それらを、自分の力でなんて言う事は出来ない。
正に、”奇跡”。私の意図しない所で起こって、それが私に良い方向に働いたから。
聞こえこそ悪いかもしれない。けれど、これも立派な道。だからこそ私は、誇らしくこの
「私がやさぐれて、どうしようもなくなって。後輩が来て、何気ない毎日を送るようになって」
「………………」
「…そして、
顔を上げる。視界に映る、カタリの顔。
どこか、柔らかい表情。まるで、私を慈しむ様な。まるで、子どもの話を聴く母親の様な。無表情と思われるであろうその顔には、微かに優しさが宿っていた。
無言の時間が、過ぎる。不思議と、嫌な感じはしない。ただ、警戒は解かないまま。
「……そう、ですか」
静かに、ただ静かに。微かながらの声を、カタリは上げた。その言葉に、どんな感情が乗せられているのか。終ぞ私は、理解出来なかった。
……カタリを可哀想と思う自分は、果たして傲慢なのか。
様々なモノを落とし、大切だった自分をも零してしまい。穴の空いた心を埋める為に、真っ暗な道を歩いて。そこには、誰の手助けもなく。
私が同じ立場だったら。少なくても、マトモではいられなくなる。
それを、カタリはやってのけた。やり遂げてしまった。結果、背伸びした子供が出来上がってしまった。
運命はこうも、残酷なものか。私に与えられた奇跡が、カタリにも分け与えられていたら。そんなたらればを思う。
「……ん。カタリもアビドスに来ればいい」
突然、静けさの中に無邪気に放たれる一言。それは、私が聞き馴染みのある声だった。
声の方を見る。声の主であるシロコちゃんは、真っ直ぐとカタリを見つめていた。ふざけ半分等ではなく、真剣そのものの眼差しで。
「元々アビドスにいたんでしょ?……なら、戻る事だって許されるはず」
言い得て妙。復学なる制度があるくらいだ、一度辞めた生徒が戻る事なんて、そこまで物珍しい訳でも無い。
それに、今はシャーレがある。超法規的な組織だとか言っていたのなら、カタリ1人をアビドスに戻す事なんて、幾らでも出来るように思える。
今の私には言い出しづらかった言葉を、シロコちゃんが言ってくれた。持つべきは、優しい後輩だね。
「──戻れと?」
明確な、怒り。
今の今まで、あまり言動で情緒を露にしてこなかったカタリが、誰にでも分かる程に感情を露呈させる。
怒り。誰から見ても、分かる程の。
「今まで積み重ねてきた
─ふざけるなァァ!!
思わず身体が仰け反りそうな程までの、圧。喉元を噛みちぎられそうな程の、獰猛な姿勢。
あまりの豹変具合に、皆が驚きを隠せないでいる。かく言う私も、その内の1人。
「貴女達には、自分が自分である事を証明する為に、道を切り捨てる必要は無いでしょう。ですが!私はもう、この道を進む他無い!」
一呼吸置いて、また言葉が放たれる。
「貴女のソレは!同情に見せかけた
─嗚呼。そういう事なのか。
カタリは、怖かったんだ。
幾ら”自分は大丈夫”だと、知識の皮を被っても、
ユメ先輩の為に頑張ってきた
貪欲に知識を求めて、確かにあの時の惨状を生み出さない程に強くなったのかもしれない。けれど、やっぱり不安なんだ。
カタリは、カタリなんだ。
「最早、対話は不要です。
明らかな、殺意の表明。あの無茶苦茶な力が、今度はこちらに振るわれる事を示す、恐るべき一言。
これまでに振るわれた事の無いソレが、こちらに牙を向いてくる。様々な思考の末、身の毛がよだつ。
先程までの怒気を孕みながら、その瞳は強く私達を射抜く。迷いは、無いように思う。
辺りの”歪み”も、更に広がっている。カタリの背中から、枯れ木の様な翼が姿を見せる。浮いている彼女の下に、不気味な眼の付いた台が現れる。
そして、カタリは更に上に浮上していく。私達を俯瞰する様に、見下ろす様に。
その様は、”神”の一言が相応しかった。
「最早この場に、情けは無用。取り仕切るは、我等が意地なれば」
情け容赦無く、言葉が降り掛かる。それは、私達などを歯牙にもかけていない様に思えて。
その言葉1つ1つが、重さを持って私達にのしかかる。今まで感じた事の無いソレは、不気味なまでに私の身体を蝕んでいく。
「構えよ。生き残るは、片方のみの正義である」
─無慈悲との闘いが、幕を開ける。