「ホシノ、そっちの書類はどう?」
「もうすぐで終わるよ〜」
「そっか」
いつもと変わらない日常。今日の私は、シャーレで当番として書類と向き合っていた。特にこれといった特別な事もなく、それなりの書類の束に忙殺されるのが、デフォルト。
カリカリと、ペンが走る音が執務室に響く。やけに耳に残る。それでいて、少しだけ背筋が伸びるような。
今日の執務室には、珍しく会話がない。全く無いかと言われれば、そうではない。あるにはあるのだが、どれも事務的な会話ばかり。「最近どう?」とか「今度どこかに〜」といったプライベート的な会話は殆どない。
賑やかなシャーレにしては、随分と珍しい事だった。
「先生?」
「…ん?どうかしたかな?」
「い〜や、事務的な会話以外しない先生が珍しいなぁ〜と思っただけだよ?」
そう無鉄砲に言葉を放ると、バツの悪そうな表情をする先生。その反応は、正直意外だったと言わざるを得ない。
「いや……ね。そういう雰囲気になっちゃうとさ、あの事について聞いちゃいそうだから……」
「あの事?…………あぁ、カタリの事?」
そう訪ねて数瞬。先生は、本当にゆっくりと頷いた。首の自由が効いていないのか、と聞きたくなるくらいには。
そっか。先生は先生なりに、私に気遣ってくれていたのか。カタリの話が、私の琴線に触れるんじゃないかって。その話をしたら、私がネガティブになってしまうんじゃないかって。
そう心配してくれるのは、嬉しい。
けれど。
そのせいで空気が張り詰めるくらいなら。いつも通りでいて欲しいな。
「おじさんは気にしないからさ〜、いつも通りでやろうよ?」
「……そっか。ありがとね、ホシノ」
別に、お礼を言われる程の事でもないんだけどなぁ。
正直、カタリの話題を挙げる時、未だに私の身体は一瞬だけ強ばってしまう。
あの時に抱いたカタリの感覚を。
あの時引いた引き金の感触を。
あの時私が、カタリを殺めたという事実を。
全部全部、鮮明に思い出してしまう。今でこそ平静を保てるようにはなったものの、あの出来事が起こって暫くは、カタリの話題が挙がるだけで反射的に身体が震えていた。
ただ、その感覚全部を忘れちゃいけないと思う。私が私の道を行く為に、カタリを踏み越えたんだから。
せめて私は、カタリのこれまでを覚えていないと。
「よし、今日の仕事はこれで終わりだね。ホシノはどうする?」
「今日は……寄る場所があるから、このまま帰るね」
「そっか。じゃあまたね」
またねと、互いに手を振る。ここまで仕事以外に何もしない日も、中々珍しいんだけど、今日は寄る場所があった事だし、仕方ない。
寄る場所とは、特に日時を決めている訳では無い。休みの日だったり、今みたいにシャーレの仕事が早く終わった日に、ふらっと寄る。
何気にここから遠い場所にあるから、少し急がないと。
私は支度をして、シャーレを後にした。
────────
「…………相変わらず、閑散としてるなぁ」
シャーレを去って、アビドスに戻ってから。アビドスの中でも辺境に近いココは、アビドス内の墓場だ。相も変わらず砂がチラついているものの、そこまで砂に侵食はされていない。
寧ろアビドスの中では、ちゃんと墓場として機能するくらいには砂はない。ここまで墓場らしい墓場も、アビドスだとここくらいじゃあないだろうか。
今日は、人がいない。
というのも、そもそも墓場を利用する人が少ない事もある。ヘイロー持ちの人がまあまあいる中で、死者というものはあまり出ない(ヘイローを持たない人は例外だけど)。
それに加えて、人がすっかり減ったアビドスとくれば、利用者が少ないのも納得。
そんな状態で、どうして私がここにいるのか。
そう。
ここは、カタリが埋葬されている墓場。そして、私の目の前に立ててあるお墓は、カタリのものだ。
とは言っても、あの時には既にカタリの身体は崩れそうなくらいにボロボロだった。その為、埋葬されているのは、身体のほんの一部とカタリが着けていた衣服とかだ。
本来なら埋葬するまでもないケースだったけれど、私が先生に頼み込んで作ってもらった。
あれだけ頑張ってきたカタリを、記憶の中だけで思い出すのは哀しい。罪悪感や後悔は募るけれど、こうして形にして残した方が良いと、私は思った。
「……でも、あんまり話す事もないんだよね」
何を話せばいいのか。ここに足を運ぶといつも、一体何を話したらいいのかが分からなくなってしまう。それまでには、言いたい事が沢山浮かんでいたというのに。
時にはあまりにも話す事が無いだとか。時には感情がグチャグチャになるだとか。
結局、いつも「何でこれを話さなかったんだろう」なんて思いながら帰路に着く訳で。それを何度、繰り返した事か。
「……カタリはさ、私ともう一度生きるのは……嫌だったのかな」
あの時、アビドスの辺境の路地裏で再会したあの時。あれからずっと、私は考えていた。
カタリが、どうして私を拒むのか。カタリが、どうして人と生きるのを拒むのか。
カタリは「自分の生きてきた道を否定する訳にはいかない」とか言っていたけれど、それが本心である保障も無い。
ソレが本心だったにせよ、もう一度聞きたかった。
本音だったのか否か。本音じゃなかったのなら、本当はどうして拒んだのか。
それも、聞けずじまい。
「本当、バカだよね」
誰に向けてなのか、自分で言っておきながら、分からない。不器用ながらに全部独りで背負い続けたカタリに向けてなのか、それに気付けないでいて日々を過ごし続けた私に向けてなのか。
プルプルと、身体が僅かに震える。収まれと願っても、叶う事は無い。
「……うぁ」
零れ続ける涙は、僅か。それでも、何故か拭えない。
次第に、増えていく。漸くと思って拭うけれど、既に拭い切れない。
雨が、降ってきた。
「…うぁぁぁ……!カタリ、カタリぃ……」
震える声で、友の名前を呼ぶ。
小さな声で、友の名前を呼ぶ。
返ってくるのは、無機質な水の音。ポツポツと、雨の当たる音。どれも、温もりなんてなかった。
何度も、何度も。名前を呼ぶ。返ってこない返事を、待つように。心にポッカリと空いた穴を、埋めるようにして。その期待を裏切るように、呼べば呼ぶだけ虚しさは募る。
いつも張ってる虚勢が、何故か張れないまま。
「ぁぁあぁ……!」
今日の雨は、嫌に冷たかった。
はい、いかがだったでしょうか。
これにて、”私は問う”完結となります。沢山のご愛読、ありがとうございました。
この作品がここまで愛された事に、驚きと喜びを感じる日々でした。ここまで難解な内容でありながら、色々な考察や反応を書いて頂いた上に、沢山お読み頂いている事を知った時は、非常にモチベーションが上がりました。
この作品はこれにて投稿を停止する予定ですが、番外編やコラボ希望の声があった際は、もしかしたら投稿する可能性もあります。
が、一旦は一区切りと致します。
改めて、ここまでのご愛読ありがとうございました。