「…………混沌、か」
そこらで鳴り響く銃声の数々。収まるどころか、寧ろ増え続ける爆破の音。ここ、ゲヘナは。相も変わらず地獄である。
ここの生まれでない事に、宛のない感謝を抱く。どうにも私は、この喧騒を好めそうにない。
自由。ゲヘナ学園が謳う、尊ぶべきとする概念。それは結果として、自由が霞む程の地獄を生み出した。それを許し、根絶に尽力しない学園の上層部は、とてもとても重い罪を背負ったように思う。
私がここに来たのは、簡単な調査の為だ。それに、その用は既に済んでいる。後は戻るだけだけど、何故か私は、ゲヘナの地を歩いていた。
絡んできた不良は、軽く気絶させている。郷に入れば郷に従え、とも言う通りだ。
「…………」
伸びている不良に、目を向ける。
ゲヘナ学園や周辺の都市の
しかし、その悪を生んだのは、間違いなく学園の政治だ。全員がとは言えないにしろ、施策などのアレコレが不良の数に影響しているのは、私でなくとも分かる事。
勿論、全ての人間を救う手段は無い。それは、大前提。
しかし、ゲヘナは。どうにも道を違えているように思えて仕方ない。ここまでの無秩序を生み出して、果たして何を得たというのか。
……闇と泥を抱えたトリニティを嫌悪しているのは知っている。だが、どちらも大差ないだろうに。ただ、内に秘めているか外に表れているか。違いなど、せいぜいそれくらいだ。
だからと言えど、私は手を差し伸べない。その役割は、私ではない。もとより、私には関係無い事だ。
「…………学園……」
言葉にする。しかし、意味は持っていない。
頭の奥底に秘めた筈の記憶が、想起する。
私がまだ、何も知らずに日々を謳歌していた頃だったか。そう遠くないあの日々。非常に暑かった事は、何故か鮮明だ。
その日常にいたのは、無知な私と、突っけんどうでもありながらノリの良い、同期。そして、大層平和な思考を持った、先輩だったか。
熱くて痛い、風に乗った粒子に身を打たれながら。
どうにも出来ずに消えていく街に、罪悪感を抱きながら。
表す言葉が見つからない程の
そんな日々は、先輩の死を以て消えた。同期は人を信じる事を恐れ、私は自身の無知を知った。気付けば、私はあの日常から身を置くようになった。
知識を漁った。文献を読み通した。仕組みを理解した。それでも、心は満たされない。あの日の喪失感は、どうしても埋まらない。それは、今でもそうだ。
無知な私が、真に知識人となる。意識しない内に、私の
……いけない、話が逸れてしまった。
あの頃から混沌とした世界が好きではなかったが、どうやら今でもそのままらしい。顔が険しくなっているのが、嫌でも分かる。
「…………帰るか」
…いつになく、今日の私は感傷に浸っている。いけないな。
────────
「おい!子どもがこんな所で何をしている!」
あれからそれなりに歩いたか。そんな声が聞こえてくる。私に向けて言っているのではなく、路地の不良に向かって発せられている様に見える。
「うるせぇな!あんたにゃ関係無ぇだろうが!?」
「子供がこんな時間に出歩くのはよくない事だろ!」
諭す警官らしきロボットと、それに異議を申し立てる不良か。成程、それはそれは。
……だとすれば、見つかれば私も足止めをくらう事になりそうだ。早めに去るべきか…。
「子供が子供がって……アンタらはアタシらを何だと思ってやがんだ!」
その言葉に、気付けば足を止めていた。
大人の定義する子供は、何なのか。以前に、考えた事がある。”大人の言う事に従い、大人の思う正義に向かう者”という前提が、どこかにチラついているように思う。
どの世界でも、大人に意見出来る程の子供が生まれる事もある。その度、その子供は”異端”として目を向けられる。大人からも、子供からも。それはどうにも、「お前も”普通の子供”になれ」という同調圧力に思えるが。
私のような酷く達観した子供は、居場所を失っていく。
不良とは、世界の醜い裏側の被害者(加虐癖などの持ち主は例外としよう)。それに向かって同調圧力を浴びせた所で、普通に戻れる事など無いだろうに。
「やはり、大人も子供も大差ないな」
経験の数や年の功で言えば、確かに大人は子供よりも優れているのだろう。だが、そんな身の丈に合わない稚拙な思考しか出来ない者が殆どである大人が、果たして子供より優れていると言えるのだろうか。
”理想を語る者は行動しないが、目標を語る者は行動する”。私が抱く持論。私の知る殆どが、これに該当する。
子供は最初、目標を語る。「あれになりたい」「これがしたい」と。それに伴って行動を起こす者も、そう少なくない。それが次第に、理想を語るようになる。「あれは良かった」「これが良いんだ」と。
大人と子供の違いは何か。よく言われるのは、精神の熟成具合。子供は感情を露わにし、”出来る/出来ない”、”やっていい/やってはよくない”の分別が不明瞭である、と。大人は、それが明瞭である、と。
だが、こうとも捉えられるだろう。
その考えに基づくなら…………。
「…果たして、どっちが稚拙なんだか」
私は、知っている。”出来ない”を語る者の愚かさを。
子供は知らない。”出来ない”に挑戦しない理由を。
無知は、罪だ。私は、それを知っている。
私は、知り尽くさねばならない。その先にある未来が何なのか、それを知りながらも尚。止まる事は、もう出来ない。
私の足は動き、意識がハッキリとしてきた頃にはそこを離れていた。
「……いけないな、今日は」
私らしくもない。今日は、早めに眠る事にしよう。
────────
「…………鍵?」
ふと、キヴォトスを散策していた時。足元に違和感を感じた私は、地面に落ちた鍵を見つけていた。
随分と緻密なデザインが施されている気がしますが……ここに落ちているのも変な話ですね。こういうモノは、トリニティかマエストロの拠点にでも落ちている様な代物だと思うのですが。
それにしても、随分と不気味なオーラを放っていると言いますか。呪具の類いはこの世界に存在しないと思っていたのですが……。
色々な仮説が思いつきますが、それを取捨選択する為にも研究してみる必要がありそうです。
「マエストロ、少し宜しいですか?」
『何だ黒服、急に無線を飛ばしてきたと思えば……』
「この手の事については、貴方の方が得意な分野かと思いまして」
『……ほう?貴様がそう言うまでの事か……いいだろう、今から落ち合うか?』
「そちらの都合に任せますよ、そこまでの急用でもありませんし」
私から連絡しておいてこう言うのもアレなのですが、ここまで乗り気なのは意外でした。「また面倒事を持ってくるつもりか」などの1つや2つくらいは覚悟していたのですが。
ですが、彼の協力が早くに得られたのは良い事です。となれば、私も研究の準備を早急に進めておいた方が良さそうですね。
…………初めて見た気がしない……と言うよりも、未知のモノという感じがしないのですが、気の所為であって欲しいですね。