誰も知らない白昼夢   作:Laugh

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稲妻まで5日で駆け抜けた。稲妻がいっちゃん好き。


第一項

 私は以前、神里家に従えていた。

 

 格式高く、立場が故の堅苦しさで肩が凝るその家は、それでも優しさに溢れており、どれほど面倒な仕事があっても頑張ることが出来た。

 

 シエスタという明らかに国内の産まれでない人間にも恵まれた環境を与えてくれる、そんな家に従えることが出来て幸せだった。

 

 さて、話は変わるが。その家にはとある少女が居る。

 

 名を、神里綾華。容姿端麗、眉目秀麗、四字熟語で良い意味に捉えられる言葉を並べても大方当たりであろうその人物は、稲妻内における三大奉行、社奉行を行う名家の出でありながら、民衆と積極的に交流している。そのことから国内では見方によっては雷電将軍よりも人気がある。

 

 国外の言葉を使うならあいどる、というやつだろうか。それも、場合によっては触れられるおまけ付きともなれば、神である雷電将軍より一部で人気があるのも納得いただけるだろう。

 

 そんな彼女だが、名前が二つある。一つは神里綾華。もう一つは、誰が呼んだか白鷺の姫君。

 

 そう、繁殖期の羽が美しいことから稲妻画によく登場するソレだ。

 

 あの、本当は神里の令嬢としてではなく自分自身を見て欲しいと願って止まないお嬢様がそんな名前を付けられるなんて、実におかしな話だ。そして、私はそんな稲妻が大嫌いだ。

 

 大きな責務があるからと、ただの娘が一人の少女として振る舞えないことが許されていいはずがない。だが、こちらから唆してしまえば彼女の覚悟を否定することになる。だから時折息抜きに連れ出すことこそ出来たが……その心の蟠りがついぞ解けることはなく、運命の時がやってきた。

 

 目狩り令。稲妻国内に現存する全ては雷電将軍の元に集約され、国民は永遠を手に入れる。

 

「最初は冗談だと思った」

 

 問題となったのは神の目の普及率。一種の実力者の証であった神の目は、必然、所持者が多くなく国民には問題に映らなかった。ただ一つ、神の目を奪われたものは願いをなくすという話を除いて。

 

 だが誰も逆らえずに奪われていく瞳たちを見て、私が抱いたのは願いが奪われる感覚。人は願いがあるから生きていけるのに、それを奪う行為は永遠から最も縁遠いことに思えるのだ。

 

 そして私は、これまでの周囲への不満、神の目が奪われる忌避感から稲妻を離れた。

 

 自らの地位も名誉も─── 約束すらも捨てて。

 

 そうして私は何年も旅をした。璃月、モンド、スネージナヤ。幸い基礎知識と資金は潤沢にあったので、半ば観光といった具合である。稲妻に居た頃にお嬢様の役に少しでも立てればと冒険者協会にコネを作って正解だった。

 

 各地に存在する冒険者協会は、身分証にもなれば、雇い先にもなる。そうはいっても実力が担保されなければ多くの場合は街の探偵のような形になってしまう。

 

 だから細々とした依頼を各地でこなし、討伐依頼も受けて邪魔者を切り伏せて生きてきた。これからは稲妻以外でも生きていける、そう思っていたのに。

 

「なんで戻って来てんだかな……」

 

 目の前で踊る、以前よりも大きく、美しくなったお嬢様を見て、そうボヤく。心を惑わせるような蠱惑的な瞳の白鷺が目の前で舞う。本能がこのまま溺れてしまえと誑かす。

 

「目を逸らさず、よく見てください」

 

 鈴の音のようなよく美しくもよく通る声を背景に、ここに来るまでの経緯を思い浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 白鷺の舞を目にするひと月前。最終的に安息の地にすることにしたモンドの騎士団執務室前に足を運んでいた。

 

 どこの流儀か知らないが、扉を二回、コンコンとノックして相手の反応を待たずに扉を開ける。

 

「よぅ代理団長殿」

「……シエスタ、君の出身地では相手の返事は待たないのか?」

「んにゃ。勤勉な方々は仕来りを大事にするよ。私が特別不真面目なだけ」

 

 眉の間のシワを揉みながら苦言を呈してくる金髪は代理団長のジン。現在は遠征のため席を外している本来の団長の代わりに雑務や執政をまとめ上げる。

 

 まぁ、なんというか。苦労人というやつである。

 

 いくら西風騎士団がモンドにおいて公的な防衛役だからといって、常に肩肘張っていなければならないというわけでもなければ手を汚さない道を模索する必要もないだろうに、それに拘って、遠回りして、苦労している。

 

 ここまで批判していればこの人物のことを嫌っているように思われるかもしれないが、彼女のことは好んでいる。同時に、彼女の根本にある騎士というやつが私は心底苦手ではあるが。

 

「別に出来ない、という訳ではないだろうに」

「カタブツ相手ならそうだが、ジンは融通が効く方のカタブツだからな。構わんだろ?」

「カタブツか……」

 

 ふっ、と自嘲気味に笑う彼女の瞳はどこか暗い。道を選んだことには後悔していないが、別の未来もあったのかもしれないというどうしようもないたられば話だ。

 

 うちのお嬢様もよく悩んでいた。その悩みはついぞ解決してやれなかったが、あの娘は自分なりに答えを出せただろうか。

 

「ジン、お前いつ休んだ?」

「二週間前にはちゃんと休んだよ。まだ大丈夫だろう」

「二週間前ぇ?」

 

 重役としては確かに休めている方だ。この世界にはどういうわけか、労働に関するルールは各々に定められている。だから働きすぎてしまうし、疲れていることに気が付けない。

 

 疲労は充実感を伴うが、行き過ぎれば心も身体も磨り減っていく。カタブツ、と表現したのはそういうところもある。

 

 休めと言っても休まないのなら……仕方がない。

 

「……そうか。だったら今日は休みにするぞ」

「急に休みに出来るわけがないだろう」

 

 そう言うと思って用意してきたお土産を机の上に置く。

 

「これは……?」

「目を通せ」

 

 パラパラと何ページか捲ったあとでわなわなと震え出すジンを見ていると、なんだか安心する。彼女が本気で怒る時は溜息を吐いて冷静になってからであるため、それがないということはマイナスの評価ではないということでもある。

 

「全て調印が要らないものだ。流石にお前しか出来ない仕事には手は付けられなかったが、一日くらいは休みに出来るんじゃないか?」

「はぁ……普段からこれくらい仕事をしてくれれば名誉師範の名前も飾りではなくなるだろうに」

「面倒だから却下」

 

 誰がやるか。名誉師範という肩書きも、この地に身を寄せる際に身分が必要になり、渋々引き受けた形だけのものなのだから。まかり間違っても仕事をするつもりはない。この間、異邦の旅人のせいで仕事をするハメになったが二度とやらない。

 

 トラブルが歩いているような人間の近くに居たいと思うほど命知らずではない。

 

「君もブレないな……」

「あなたほどじゃない」

「……で、休んでくれるか?」

「あぁ、そうだな……一時間ほど」

「ジン?」

「な、なんだ……ちゃんと休むと言っただろう」

「一時間は、一日働いていたら必ず取るべき休みでしかない。身体を労れ。壊れてからじゃ遅いぞ」

 

 この世界には治癒の力で全ての怪我が治る。ただし、心は別だ。身体は心に、心は身体に引っ張られる。

 

 とある宗教に、身心一如という言葉がある。心と身体は分けることが出来ない、これは世の中の心理という話だが、これは的を射る考えだと思う。

 

「……ジン、あなたはまともに寝ていないのだろう。クマのせいでせっかくの美人が台無しだ」

 

 実際、ジンの様子を見れば分かる。目の下には化粧で隠そうともクマがあり、唇の血色も良くない。それに、これは彼女の人柄を知っているからかもしれないがクマを隠すことに重点を置いているせいで男の私から見ても歪なように思う。

 

「び、びじん……」

 

 血色の悪かった頬が朱に染まっていく。誤魔化し方が下手では、人を騙すことなんて出来ない。

 

 いや、この程度言われ慣れているだろうになにを照れているんだ。

 

「ああ。世間的には間違いなくそうだろう」

「……そうか」

 

 今少し寒気がした気がしたが……私に口説かれても嬉しくはないだろう。事実を言うだけに留めておくくらいがちょうどいい。

 

 ただ、それだと問題の解決になってはいない。……仕方ないか。

 

「ではこうしよう。今日を休みにして私と出掛けてくれたら二日間、西風騎士団の、引いてはジン代理団長の仕事を手伝おう」

「……本当か?」

「ああ。たった一日、仕事を休んで私に付き合ってくれるだけで労働力が手に入るんだ。悪くないだろう?」

 

 彼女ほどではないが、白鷺の姫君の側近として仕えていた際には仕事人間だった。

 

 難儀難問無理難題……ということはないが、彼女の喜ぶ姿を見るために一通りの仕事や家事は手際よく出来る。中居から苦言を呈されてやめてみればお嬢様から悲しそうな顔をされるという拷問に近い日々だったが、それも楽しかった。

 

 白鷺の姫君は自己主張に乏しく、たまに頼られれば嬉しくなったものだ。

 

 その経験を活かして、現在の地位を築き上げたのだからあの日々も無駄ではなかったのだろう。

 

「それは二人で……」

「そうだな。行くぞ」

 

 これ以上長引かせると引かれると判断して、手を引いて歩き出す。

 

「子供じゃないんだぞ……!」

「私にとって君は童だ」

 

 そもそも、本当に嫌なら振りほどくだろうに。

 

 それから数日後、満更でもない顔をした代理団長が男に連れて行かれたという話が流れてきて自分のしたことを後悔した。

 

 これが私、シエスタの日常である。




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