誰も知らない白昼夢 作:Laugh
神里家で仕えていた私にはとある三つの悪い点がある。
自分の考えを曲げないこと。
周囲の目に疎いこと。
そして、誰かのために頑張る子を見るとある人間を思い出すことだ。
その人間は、周囲に期待される自分と本来在りたい自分のギャップに心の底から苦しんでいた。たった一人の童でしかなかったその子供をその重責から一時的に逃れさせることしか出来なかった。
そんな後悔からか、稲妻を離れ、お嬢様の側近でなくなってからは頑張っている人間を見ると重責に押し潰れないかと思ってしまうことが増えた。
なにせ、努力出来ることこそ真なる才能なのだから。千里の道も一歩から、その最初の一歩がなによりも難しい。
いつからこんなお節介な性格になってしまったのか分からないが、神里家で影響でも受けてしまったのだろう。
外の人間である私を温かく迎えてくれた、あの陽だまりにはもう戻れないというのに。
モンドの中で、自分のやってきたことに疲れを感じながらも周囲が喜んでくれる姿を見てまた頑張る人物といえば。
「シエスタさん、少しいいですか?」
バーバラである。西風教会のシスターであり、非公認ながらモンド内でファンクラブが設立されているという事実もある。そのファンクラブがまた曲者で、彼女の休暇に大きな影響を及ぼしているのだとか。
主原因は彼女が変装しないことにあると思うのだが、宗教というのは偶像は許容しても虚偽は認めないらしい。その主神、人間であるかのように振る舞っては酒場で借金作る阿呆なのだが。
爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
どうやったらあの主神からあれほどの敬虔な使徒が生み出されるのか甚だ疑問であるが、この際置いておこう。
あの御仁も悪い神ではないし、なによりも伝説を現実で目の当たりにすれば幻滅するとはよく言ったものだ。知らない方が憧れていられる。
「どうした、わざわざ私に声をかけてくるなんて珍しい」
彼女の悪癖として、苦労している姿を誰かに見せることがないことが挙げられる。それに付随して、誰かを頼ることが極端に少ないのだ。
心は水物である。動きもすれば溜まっていくこともある。許容量を越える、あるいはギリギリで踏み止まったところを何かで刺激されたら容易に瓦解してしまう。
若いうちはこの辺りを見誤ってしまったことが私にもある。
彼女にはそうなってほしくはないのだ。
「ちょっと相談、というか。聞いてほしいことがあって」
「なるほど。引き受けよう」
「えっ、まだ内容を言ってないのに……」
そんな彼女だが、時たまこうして頼ってくれることがある。
モンドに来てからずっと説教臭く叱っていたから面倒に思われてしまったのかもしれないが、それでもいい。
少なくとも、他人と話す時より声色が柔らかいことを考えればそれほど嫌われてもないのだとも思う。
「バーバラの善性を信じているからな」
無理難題を言ってきたとしても、ワガママだとして聞き入れよう。その程度の余裕は私にもあるし、バーバラくらいの歳なら背伸びせず気楽に居れる時間は必要だ。受け皿、と言い換えてもいい。
「もう、本当に……」
大きな目をぱちくりと何度か瞬かせて、ひっそりと口を動かすバーバラの視線に含まれる温かなものに首を傾げる。
どうにも、善意に対しては察せないのが歯痒い。悪意に対してはなにに向けられているのかも分かるのに、神里家の外では悪意にばかり警戒していた。その悪癖が消えずにまだ残っているのだろう。
自分で捨てたものだというのに。
「聞いてもいないのに引き受けるのも不誠実だな。どんな用だ?」
「えっと、この前少し離れたところで治療してたんだけどね」
「……宝盗団だろう」
この世界の特権たる神の瞳を少々過信している。確かに、才能の証であり自衛手段として強いものではある。だが、その力は本人の力量や本質に大きく影響を受け、同じ瞳でも全く異なる効果を持つ。
バーバラはその優しさから治癒の力を使うことが出来るが、戦闘となればからっきしである。全く出来ないとは言わないが、他と比べれば心許ないのも事実である。
またお前は危険に足を突っ込んだのかと溜息を吐きながら見れば、バツの悪そうな顔で、でも……と言う。
「今回は旅人も居たから……」
「成長したな。次回もそうであってくれ」
旅人、蛍というらしい彼女は神の目なしで元素を操るトラブルメーカーである。実力は折り紙付きで三日と待たずに自身の地盤を固めた人たらしでもある。
「この前みたいなことにはならないようにするから」
「ならいい。なにかあったら私は悲しいぞ」
子煩悩の親みたいで反省しないといけない。
子供どころか家庭を持ったことすらないから縁遠いと思っていたのだが、後輩に対する手をかけ方は子煩悩に近しいのかも。
傷ついてほしくない、健やかに育ってほしい。そんなことを思いつつも、思考を放棄して話を促す。
「ありがとう、シエスタさん。それでね、そのお礼に旅人と偉大なる幻想憂鬱珊瑚気泡茶を飲んだんだけど、その時にみんなが来てくれたから休めなくて……」
「そうか」
やはりあのファンクラブ、一度厳重注意したほうがいいのではないだろうか。
いや、これ以上悪化されても困る。理解出来ないが、ストーカーなどの被害は最初は善意から始まるから、現状維持が一番無難だろう。
「休みをまたもらえたんだけど、この前のお礼してないと思って」
「あの話か。私個人がやりたかっただけだ。礼はいらない」
この前というのは、私がモンドに辿り着いたばかりの頃にあったとある出来事のことだ。郊外で囲まれていたところを助けたことがあって、それからは少し心を開いてくれた。
「あのね、だから……少し時間をもらえますか……?」
「ふむ……」
幸い、この後の時間は空いている。先日、ジンの休みを確保する代わり仕事をこなした数日間は先日終わった。
予定を脳の中で確認している間に少し泣きそうになっている
それはそうだろう。普段遊びに誘わないような子が世話になった、しかも異性の人間を誘っているのだから緊張もするし、不安にもなる。
「さっきも言ったが断る理由はないからな。ご相伴に預ろう」
「あ、ありがとうシエスタさん!」
ひまわりのような笑顔を浮かべて微笑むバーバラの笑顔にはかすかにジンの面影がありつつも彼女をよく表現出来ている。
「それじゃあ……材料を探すところからお願いしてもいい?」
「ああ。せっかくの休みだ。出来る限りゆっくりしていこう」
その方がバーバラの心も休まるだろう。
普段から誰かに求められる日々なんだから、せめて少しくらいゆっくり出来る時間があってもいい。
「あの、今日はよろしくお願いします!」
「おう、こちらこそデートよろしくな」
「で、でーと……」
それにしても……何度かそのお礼をしていることに彼女は気が付いているのだろうか。
もし、覚えていたとしても……なんといじらしい嘘だろうか、休める理由にお礼を使うとは。
その程度の嘘は気付かないのが大人であるための秘訣だろう。
「集め終わったね……」
「まぁ、夕焼けが美しい時間になってしまったわけだが」
その辺りに転がっているヒルチャール共を見て溜息を吐きそうになる。バーバラは目標に対して最小限の努力で成そうとしない。
目標の道中に困難を抱えている人間が居れば拾い上げる。
私のような無神者では敬遠するような善意も、彼女の中では当たり前のことなのだろう。
黄昏を背に目的のものを作っているバーバラの横顔を見て、そんなことを思う。
「ご、ごめんなさい……せっかく一緒に居れたのに……」
調理の手が止まり、なんとも言えない顔をしている彼女を見ると、なんだか昔を思い出す。綾華様に仕えていた頃を。
彼女にとってはいつも通りでも、他の人にとっては違う。それで心地いい時間を手放すことを恐れている。
「気に病むな。バーバラが必要だと思ったのならそうすればいい」
「でも……」
気に病むな、と言われてもなんの解決にもならないか。考え方の違いなのかもしれないが、私は相手と居られればそれでいいと考えている。
姿勢を正し、バーバラに視線を向けると横目ではあるものの視線を向けてくれたバーバラの瞳が頼りなく揺れる。
「昔、ある人間が同じことを言っていたことがあってな」
「え?」
言葉足らずになるとは思うが、言わなければ納得しないだろう。
「世の中の大多数でないことを前置きして言うが、私はその人と居られれば、その人との時間だと考えている」
その人の選択した道が、その人を形成してきた物なのだからその人を知ることにも繋がるだろう。
「私は言葉で伝えることが苦手だから上手く伝わらないとは思う。ただ、君との時間はいいものだった。また誘ってくれると嬉しい」
「うん……ありがとう……」
「バーバラ」
「なに?」
「飲み物焦げる」
「あっ!」
少し焦げてしまったドリンクは優しさの味がした。
あなたは女性として、キミは女の子として。