誰も知らない白昼夢   作:Laugh

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体調崩したので手慰み


第三項

 神里家に仕えていた私にとって、罪人というのは最も縁遠い言葉だった。

 

 三大奉行たる社奉行を生業とする神里家は代表する人間たちは品行方正で民に好かれる人柄であることが幼いころより求められる。

 

 一種の洗脳ともいえるこれらは、彼らにとっては当たり前になってしまったことの一つでもあるのだ。

 

 そのため、稲妻を出る際も正式に神里家の門戸を二度と叩かないことを念頭に置いた契約で、鎖国下にある稲妻から脱獄したくらいである。門下から離反者を出してしまうことは、その一派への信用を失くすことでもあるから。

 

 国の民からは嫌われ、後継すらも巻き込む悲惨さは、自身が選んだ道ならともかく、背負わされたものなら抱えきれるものではない。

 

 さて、モンドにも三大と呼ばれるものがある。三大貴族と呼ばれるそれらは、モンドへ多大な影響をもたらしている。

 

「貴族ってやつはどうしてお堅いやつが多いのかねぇ……」

「仕来りがあるから。雑に聞き流しておけばいいのよ」

「貴族のお前が言うのか……」

 

 私の知り合いには酒を常用する人間はあまりいない。私自身は酒を飲むことが趣味で、一人飲みも嫌いではないのだが、やはり人と飲む酒はまた別の楽しみがある。

 

 モンド城内にあるとある店はわいん、という葡萄から作る酒を提供する酒場で、二人で飲むときは必ずここになってしまう。

 

「あなたも元は似たような身分よね。なら分かるんじゃないかしら」

「止してくれ。私は仕えていただけで一員というわけではないんだ」

 

 話ながらワイングラスを右に左に回して香りを楽しむ。

 

 隣に座って話しているのはエウルア・ローレンス。モンドで盛大にやらかした一族の末裔であり、不器用な人物でもある。対面の席が空いているのにわざわざ隣に座るのは妙だと思いつつも、友人同士なら普通かと割り切る。

 

 お嬢様も戯れに隣に座っていた記憶がある。恥ずかしがっていたようだから、離れるように何度も言ったのだが、稲妻から脱走するまでついぞ離れることはなかったのが懐かしい。

 

 もう戻れない日常だというのに。

 

「私と同じ罪人の身分だものね」

「いや、お前の方が立派だろう。私は逃げただけだ」

 

 首を振って否定する。この流れは非常に良くない。否が応でも自分の心と向き合うことになることはある種のタブーだ。

 

 少し暗い表情というのは、心を揺さぶられる。

 

 精緻な人形のような横顔は些か心臓に悪い。

 

 私は鋼の精神を持っているわけでもないのだから、至近距離で見つめさせないでほしい。

 

 無理やり頭を切り替えるためにワインを呷ると、芳醇な味わいに脳が喜ぶ感覚がする。

 

「この話は止しておこう。せっかくの酒がもったいない」

「そう、それじゃあ思っていたことを言ってもいいかしら」

「答えられる範囲であれば」

 

 軽い雑談のようなものだろうとバーテンダーに目線だけ送って注文を済ませる。

 

 

「あなた、どうしてそんなに友達が多いの?」

「多いか、自覚はないんだがな」

「ええ、私にとっては多く感じるわね」

「そうか」

 

 まぁ、悪い印象が最初からないのが主な理由だろう。人は一度得た先入観を中々捨てられない生き物だ。それを払拭するには、地道な積み重ねをしていくしかない。

 

 ただでさえ傷のある一家の出である彼女は、その婉曲した表現をする性格も相まって人を味方に付けるのは至難の業だろう。

 

 私は罪人だが、それはモンドでの罪ではない。ただそれだけの理由がこんなにも難しい問題なんだろうか。

 

「そうだな……」

 

 バーテンダーに軽く会釈をして、手慰みにワイングラスをまた回す。

 

 これだと解決のしょうがない。自身が人と関わることを大切にしているのは間違いないが、だからといってエウルアが他人を大切にしていないというわけでもない。

 

「なによ、勿体ぶらずに言いなさいよ」

「端的に言うと近付きにくい」

「それは、私が恨まれてるから?」

「お前が美人すぎるからだろうよ」

 

 その上で不器用ともなれば、余程のお人好しでもなければ仲良くなろうとしない。人間、誰しもが初対面から気遣ってくれる人といた方が居心地がいいのだ。

 

 エウルアはその辺りの機微に疎いフシがある。周囲と仲良く出来るのは才能のみで為せる業なのだと疑っていない感触がするのは、気のせいではないのだろう。

 

「……あなた、そうやって口説きまわってるの?」

「口説き落とすのが仕事だったからな。クセは抜けん」

 

 ジッと非難するような視線を向けてくる彼女からそっと目を背ける。こればかりは社奉行に精通していた身のため、対人関係の立ち回りは自然と人たらしの模倣になる。

 

 ここに来てからは出来る限り粗雑な人間であるつもりだが、染みついたものはそう簡単に取れないらしい。

 

「なんだかズルいわ……それだけ人の心が分かれば私も……」

「人の心を弄ぶようなやり方は、お前には合わねぇだろうよ」

「なに……じゃあ、弄んでるの?」

「そういうわけじゃないが……お前の、他人を思いやる心は不器用でも美しいものだと思うぞ」

 

 過去の確執や先入観が彼女の人間関係を邪魔するだけで、彼女自身は不器用ながらに人のことを考えている。

 

 そこまで考えて、普段ならここまで素直に話すだろうか、という事実に気が付く。

 

 テーブルの上を見てみると予想通り、もしくはそれ以上のグラスが並んでいて溜息を吐いた。なにもここまで飲まなくてもいいだろうに。

 

「またお前は飲み過ぎる……言っただろう、送り狼にならないとも限らないのだから──」

「飲んじゃダメって言いたいの……?」

「加減の話をしているんだが……」

 

 上目遣いをするな。そういうところだけは器用にやるのはどうかと思うぞ。

 

 何度目か分からない溜息を吐きながら勘定を済ませる。去り際苦笑交じりに笑われて苦笑を返してからエウルアを担ぐ。

 

「ほれ、今日はここまでだ」

「まだ飲むわよ~……」

「はいはい。また今度な」

 

 普段の戦いからは想像も出来ないほど軽い身体を背に受けて酒場を後にする。

 

 そういえば、お嬢様と成人したら酒を飲み交わそうという約束があった。今ではその願いは難しいものになってしまったが、もし夢を見れるのなら叶えたい約束だ。

 

「こういう日も、悪くないでしょう?」

「酒に付き合ってくれるのはお前くらいだからな」

 

 背中で笑う気配を最後に、寝息が聞こえてくる。

 

 次の日、顔を真っ赤にして言い訳するくらいなら酒なんて飲まなければいいだろうに。そう思いながら家に送ってベットに寝かせる。

 

「……おやすみ。いい夢を見ろよ」

 

 アルコールに酔ってきたのか、倦怠感と眠気が急に襲ってくる。この際だ、少し危険な目に遭ってもらおうとどうでもいいことを考えながら隅の方に腰掛けて刀を軸に眠ることにした。

 

 これで懲りてくれれば言うこともなくなると思いながら。

 

 その一週間後、なにもなかったかのように酒場に行くことになったが……それはまた別の話だ。

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