誰も知らない白昼夢 作:Laugh
神里家に仕えていた私は女嫌いである。
女性の知り合いの方が多い身でどの口が、と思われるかもしれないが、話を聞いてほしい。友人として接する彼女らは問題がない。
どちらかというと、関わりの薄い方々が問題なのだ。
社奉行の外交役の一人だった私は数々の人々と関わる機会を持てた。そのため、玉石混交様々な相手と腹の探り合いをすることになった。その中で色仕掛けをしてくる人間も一定数居た。
そこからだろうか、少しだけ色気のある女性と話すことに苦手意識を持つようになった。
お嬢様に仕えていた頃に女性と話しているだけで苦言を呈されたことが頭に残っているわけではない……と思う。あの時のお嬢様、妙にいい笑顔をしていたな。
初対面でわざわざその辺を説明する義務もないため、対外的には女嫌いで通っている。
さて、モンド内で色気のある人間といえば、スメールでは200年に一度の天才と名高いリサである。
「リサ殿。すまないが少し借りるぞ」
「ええ、ごゆっくり」
彼女の管理している図書室は蔵書が多い。それらを探検することは、知識を探究することでもある。週に一度、定期的に来ては好きなだけ読む。
本はいい。人のような煩わしさもなしに、自分の知りたいと思った知識を与えてくれる。ただ、ここに来るとその限りではない。
本を読み始めて少し経ったころ、肩に枝垂れかかってくる
「今日はどうしたの?」
「……司書の仕事はいいのか?」
髪が邪魔だからその気の引き方はやめろと何度も言っているはずなのに、聞いてくれない司書殿に溜息を吐きながら言葉を返す。当の本人は何食わぬ顔で何度も繰り返してくる。
彼女なりの交流方法だと納得したいのだが、ちょっと過激すぎると思う。人によってはこれだけで惚れるだろう。高嶺の花扱いされている人間が気軽に触れる人間というだけで周囲の人間は誤解するだろうに。
「ええ。あなたくらいに暇だもの」
「そうか」
この図書館でしらべものをする際には必ず彼女が話しかけてくる。図書館にこもっていることも少なくないのだろうし、人恋しいのだろうか。
他の人間に話しかけていることは旅人以外に見たことはないから、友人にだけ話しかけるのかもしれない。
「私に話しかけるのは、友人だからか?」
「ええ。友人と話すのは楽しいでしょう」
あたりをつけていたとはいえ、短い付き合いのはずだが、友人扱いされていることに静かに驚く。図書館司書というのは陰気な人間を想像することが多いのだが、彼女は社交性があるらしい。
「あなたもそう思ってくれているかしら」
「そうでなければ他の場所を利用するとも」
別に本を読み、知識を蓄えるだけなら他にも場所はある。蔵書が多い友人に頼ること、他の図書館を探すこと、岩の国にでも行けば大きな市場があるからそこで揃えること。
いくらでも方法なんてあるのにここへ来るのは、彼女のことを頼りにしているからである。
意図を汲み取られたのだろう、あっけにとられた表情をしたあと、ニンマリといい笑顔を向けられる。まるで手間のかかる弟を見ているような慈愛に満ちた目だ。
私の方が年上のはずなんだが、どうにも手玉に取られているような気もする。相手に対してマウントを常に取っていたいわけでもないから本を読む作業に戻る。
「……あなた、稲妻の本だけは頑なに読まないわよね」
「自身で体験してきたことを他人の視点から見ても面白味がないからな」
創作物は大なり小なり事実から離れたことが書かれてしまう。その方が面白い、ということもあるが、書いている人間の主観がどうしても入ってしまうからだ。
この考え自体、先入観によるもので主観と言って差し支えないのかもしれない。
「特に、娯楽のために改ざんされたことを事実にしていることは……はぁ。聞かなかったことにしてくれ」
考えに偏りが出るのは良くないことだと溜息を吐きながら、どうしようもなく抱いてしまう偏見に俗世に染まったものだと嘆息する。
「あなた、稲妻でなにをしていたの?」
「神里家に仕えていた」
「ふぅん?」
それだけじゃないんでしょう、と流し目を向けてくるリサの視線から逃れるように席を立つ。
「そういえば、旅人があなたを探していたみたいよ?」
「……要件は?」
「なんでも、手伝ってほしいことがあるとか……ジンのところに居るみたいだから、詳しくはかわいこちゃんから聞いてちょうだい」
「ん、分かった」
彼女は要件を最初に言うタイプだから、本当に半分忘れていたのだろう。もしくは、緊急性がない頼みなのかもしれない。旅人から仕事を頼まれたことは何度かある。どうせ同じ建物なのだ、話くらいは聞いてもいいだろう。
手を振るリサ殿に目礼して別のフロアへ足を進める。
西風騎士団の空気は苦手だ。正道こそが是とされ、邪道は非とされる精神性は尊敬できるものではあるのは間違いない。ただ、個人的に好きになれない、ただそれだけ。
「……代理団長殿、私だ。入っていいだろうか」
「ああ、入ってくれ」
他の扉に比べて少し豪奢な扉を開けば見慣れた顔が目に入ってくる。片方は我らが苦労人、ジン。いつも通り難しい顔をして眉間にシワを作っている。折角の顔が台無しだといつも言っているのに懲りない。
「あ、シエスタじゃないか! お前ずっとどこに居たんだよ!」
「モンドの中には居たぞ」
「ふぅ~ん……なぁ、オイラお腹が空いちゃったんだけど、なにか持ってないか?」
「これでも食べていろ」
陣中食、というものが稲妻にはある。いわゆる非常食というやつだが、今回は朴葉寿司を用意してある。魚や山菜などを具材としたちらし寿司をホオノキの葉で包んだ料理だが、保存に適しており、携行性にも優れている素晴らしいものである。
走り回っていてしょっちゅう食事を抜いていた私を見かねて心配だと言って聞かないお嬢様に毎日持たされていた記憶がある。
「あ、シエスタ。探してた」
「リサに聞いたよ。なんの用だ?」
「稲妻出身なんだよね」
「まぁ、そうさな。昔は社奉行の人間だった」
「私たち、これから稲妻に行くことになってるの」
「だから一緒に来てほしい、とそういうことか」
あの場所に戻りたい気持ちがないわけではない。ただ、私は亡命者。見方によっては売国奴とも言える。社奉行で動いていた人間がいきなり姿を消したとあれば大きな騒ぎになっているはずで、ともあれば行くわけにはいかないだろう。
「代理団長殿、どう思う?」
「なぜ私に……」
「体外的にはあなたが私に首輪をつけていることになっているからな」
モンド国内だけならともかく、国外のことまで明るい人が居ればなにを言われるか分からない。現状を維持できているのは、モンドの風土もあるがそれ以上に西風騎士団の傘下に居ることが大きい。
実際に止められるかはともかく、いざというとき止めてくれる存在が居るというのは安心に繋がる。
「……許可は出来ん、が。お前次第だろう」
「無理にでも引き留められるかと思っていたんだが、いいのか?」
「ああ、構わない。ここに戻ってくるんだろうからな」
最後の方は聞き取れなかったが、落ち着いた表情をしているジンを見ると私が気にしすぎているだけのようにも思えてくる。
薄暗い瞳で戻ってくる、なんて言っていたことだけが気になるが、そういうことならば帰る帰らない含め、臨機応変に対応させてもらおう。
なぁに。最悪モンドで迫害されようと旧友の居るフォンテーヌでも尋ねればいい。重く考える必要もなかろう。
「許可は出た。ただ、なぜわざわざ私に声をかけた?」
「ある人が、その人は稲妻出身って言ってたから心当たりがあるかなって」
「そうそう! すごい心配してたんだ!」
なんだろう、嫌な予感が、してくるな。今の稲妻で探し人など面倒ごとでしかない。私自身もお尋ね者の身で、仮に同行したとしても身動きなど取れない。心配しているのであれば尚更もっと動ける人間の方がいい。やはり、断った方が───
「そいつの名前は……えっと……」
「キリフジシオン」
「そうそう! そんな名前だったよな!」
「霧藤、潮音……」
室内のはずなのに、開け放たれた窓から潮騒の音が聞こえる。モンドは湖面に囲われた城砦だ。当然、縁遠いはずなのに、どこからか聞こえてくる音は過去を思い出させる。まさか、ここに来てまでその名前を耳にすることになるとは。
そして、その依頼主。国内に居る可能性は薄く、異郷の旅人を頼ってまで見つけようとするその姿勢。艱難辛苦の果てにこそ万感成就があると決して疑わないその姿は正しく。
「その依頼を出してきたのは誰だ?」
「依頼主は──神里綾華」
「社奉行のお姫様だぞ!」
その名前を聞いたら、私に選択肢は残されていなかった。もし、残されていたとしても捨て置くなどという選択は出来なかった。
どうしてこうなったのかワシにも分からん。