原神 トロフィー『少女がふたり、神はなし』獲得RTA   作:水の国の底から

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フリーナ

なんにもない僕には、だけど使命感だけが燃え盛っていた。

 

記憶もないし知識もないし、特別な力もなんにもないけれど、「放っておくとフォンテーヌが滅びる」っていう確信だけは確かにあって、だから僕は「鏡の中の僕」に言われるままに頑張ることを決めた。

 

それが茨の道だって理解はしていたけれど、だってフォンテーヌの全ての人たちの命と、僕の頑張りだ。

 

どっちを優先するかなんて自明だろ?

 

そりゃあ、多少は甘く見ていたことは否定しないけれど、僕は確かに迫り来る苦難を認識していたんだ。

そうやって、「鏡の中の僕」も消えて正真正銘本物の僕しか映さなくなった鏡の前で決意を固めていると、僕の内側から語りかけてくる声があった。

 

──健気だな、人間の少女(フリーナ)

 

「だ、誰!?」

 

その人は、最初に自分のことを「(フリーナ)の中の僕」と呼んだ。

きっと「鏡の中の僕」に準えたんだろうけど、どうにも最初の彼女とは違って、『彼』は僕とは本質的に違うんだろうなという確信があった。

 

彼は僕の中にいる。けど僕じゃない。

 

そんなことを思いつつも、そういうこともあるものかと思って放っておいた。

だって、僕にはやるべき事がたくさんあったから。

 

 

水神を演じるのは疲れる。

 

僕はただの人間なんだから当然だ。

自分を大きく見せるための演劇じみた大仰な立ち振る舞いも、人を顎で使う上位者としての立場も、片時も隙を見せられない緊張も、どれもこれもが僕を苛む。

 

毎夜、僕のためだけにしつらわれた豪勢な寝室で、誰もいないことを確認した時だけ、僕は自身の胸中を吐露することができる。それも、ほんの小声で。

 

疲れた。

 

苦しい。

 

辛い。

 

やめたい。

 

誰にも聞かれることのない叫びは、だけどある日に返答を以て出迎えられた。

 

──ならば、もう辞めたいか。

 

誰もいない部屋で突然聞こえる誰かの声。

普通ならば驚き慌てふためくところなんだろうけど、不思議なことに僕は極めて落ち着いた心持ちでその声を受け入れることができた。

 

「辞めたいよ、ずっと」

 

でも、それはできない。

 

僕に語りかける誰かに向かって出来るだけ毅然と言い返すと、その声は笑ったような気がした。

 

──それならば、休め。

 

そっと僕の肩に触れ、ベッドに押し込まれる。

柔らかい布団を被せられて、部屋の電気を消されて、それから無遠慮にも僕の頭に触れる冷たい感触を悟って、僕は問いかける。

 

「君は……」

 

──ハルモロス。

 

その名前を口に出して、舌先に転がすと、なんとも言い表しようのない感情が湧き出てくる。

親愛のような、友情のような、嫌悪のような、嫉妬のような……僕は彼のことを知らないけれど、『僕』は彼のことをよく知っているんだと。

 

その日はいつもよりよく眠れた気がした。

 

 

 

気がついたことがある。

 

彼──ハルモロスは、ほとんどその存在を匂わせることがない。

公務で外交官と会う時も、調べ物をしている時も、演劇を見ている時も、僕が演じている時も、ケーキを食べている時も、裁判をしている時も。

 

あれ以来一度も語りかけてこない「鏡の中の僕」と同じように、僕が水神フォカロルスとして頑張っている時は、決して彼の存在を感じ取ることができないんだ。

 

彼は、決まって夜に語りかけてくる。

僕が溢れる心労を思わず吐露してしまったとき、行き場のないそれをそっと優しく受け止めるかのように、彼は僕の中から僕に語りかけてくる。

 

そして、彼はいつだってまともに僕を「神」として扱わない。

 

僕をただの人間の少女のフリーナと呼び、いつだって「諦める」選択肢をチラつかせてくる。

本当にやめて欲しかった。そりゃあ確かに諦めてしまうのがいちばん楽なんだろうけど、それじゃあ今までの僕の苦労がすべて無駄になる。そういうことを言われると、なんで僕が、と思うよりも先に、それならば頑張ってやろうという反骨精神が湧き出してくるんだ。

 

 

でも、嫌ではなかった。

 

僕が本当の僕に戻れる瞬間。人間の僕をさらけ出せる瞬間は、確かにそこにあったから。

 

 

「鏡の中の僕」は、きっとまさしく僕と同じ存在なんだ。

有り様はまったく違っているけれど、僕と彼女は枝分かれ。同じ根っこを共有してテイワットの大地に下ろしていて、だから二人とも予言された滅びをどうにかするために必死に生きている。

 

必ず解決すると太鼓判を押してくれた「鏡の中の僕」の存在は、辛くて寒くて苦しい日々を送る僕の、確かな芯になっていた。あれだけ自信満々に断言されたから、そこまで言うなら頑張ろうって思えたんだ。

 

でも、僕らは(根っこ)が同じだから、結局は自立しないと歩くことは出来ない。

 

それはとても難しいことだと思う。

自分自身を信じて歩み続けることは、誰にだって出来ることじゃあない。ましてや僕には信頼出来る自己がなんにも無いんだから、どうやっても疑心暗鬼になっちゃうし、迷子にもなっちゃう。

 

果てが見えない暗闇を手探りで歩きながら、暗いよー、寒いよーって子供みたいに喚くんだ。

 

 

そんな時、ハルモロスの存在は「杖」になってくれる。

 

僕とは違う視座を持ち、僕が知り得ない知識を持ち、僕が想像し得ない未来を思い浮かべるハルモロスは、僕と違って足元を見失わないから。自分に自信を持てない僕は、だからこそ信を置ける誰かがいれば、何だって出来る気がした。

 

 

そう、僕は頑張ったんだ。

500年の月日。終わりが見えない旅路、人が神を演じ続けるというあんまりに不敬な偉業。

 

やっぱりどう考えても無茶ぶりだよね? 僕は頑張って成し遂げたけど、いくらなんでも本人の知らないところでこんな作戦を立てて僕に押し付けた「鏡の中の僕」のことを一発ぐらいぶっ叩く権利が僕にはあると思う。

 

ある日の夜、ハルモロスにそんなことを言ったら、彼は()()()()と笑って答えた。

 

──おお怖い、水神さまがお怒りだ!

 

僕は真面目なんだぞって怒ったけど、姿形も無いハルモロスだからどこにどう怒りをぶつければいいのか分からない。

振り上げた拳をぽすぽすと枕にぶつける僕の姿をなおも笑いながら、ハルモロスは続けてこう言った。

 

──ならば、いつか再会した時に引っぱたいてやれ。君にその権利があると、この俺が保証しよう。

 

再会。

 

なんてことないように言われたその一言が、僕にとってどれだけ重く、それ以上に魅力的に映ったことか。

彼は計画の成就を確信している。そして、その先にある未来も思い描いている。僕がこの重責を成し遂げ、フォンテーヌを新たな段階へ導けると思い込んでいる。

 

それならば、「鏡の中の僕」を一発ぶん殴るために、頑張ろう。そう思った。

 

 

 

あぁ、でも──今にして思えば、彼は、何者だったんだろう?

 

数百年もフォンテーヌの主として君臨して、その間にいろんなことを調べて、知って、学んだ。そうすると、分かってくることもいろいろある。

 

前代の水神エゲリアが遺した『予言』。僕を認めず散った純水精霊。……うっ、胸が苦しい。

それと、元素龍の存在と、ヌヴィレットの()()。フォンテーヌの救済を願い計画を立てた、「鏡の中の僕」の正体。

 

ハルモロスという存在はどこにも当てはまらず、彼が僕と共にいる理由がまるで分からない。

 

 

でも、臆病な僕はそれを聞くことが出来なかった。

たぶん答えてくれないんだろうなという予感があったし、仮に彼が教えてくれたとしても、そのせいで僕らの関係が崩れちゃうことが嫌だったから。

 

全てが解決したあと、「鏡の中の僕」に一発水神パンチを決めた後に、僕が与えられた役割を果たした後に、ゆっくりと話を聞こうと思っていた。

 

 

でも彼は、もういない。

 

罪人として吊し上げられた僕が茫然自失としている間に、いつの間にか彼はいなくなっていて、代わりに「鏡の中の僕」がいた。

「鏡の中の僕」──水神フォカロルスが練り上げた計画と、それに協力したハルモロス……そして、土壇場で離反し、フォカロルスの計画に強引に介入してしっちゃかめっちゃかにしてしまった彼の話を、後から聞いた。

 

ハルモロスは、この流れを完璧に予測していたんだろうか。

恐れ多くも神の計画に介入して、神を生かすために。僕の中に隠れ潜んでいた彼は、最後の最後でその存在を暴かれるまで、ずっと機を窺っていたのか。

 

フォカロルスでさえ知り得ない彼の内情を、僕が推し量ることなんて出来るわけない。

 

 

あぁ、でも──自分を犠牲にして、他の誰かを救うなんてやり方、演者としては赤点もいいところだ。僕はハッピーエンドが好きだというのに、君はこの500年で何を見てきたんだい?

 

勝手に僕の中に潜んで麗しい乙女の生活に密着してくれて、その癖一切姿を見せない君のことも、いつか強めに殴ってやりたいと思っていたんだぞ。

 

 

あと、そうだ。

「自炊はしっかりしろよ」ってなんだよ。最後のメッセージがそれって、僕はどんな気持ちで受け止めればいいんだ。

 

言われなくても一人で生きるよ。それも、うんと幸せにね。

それが、勝手に死んだキミへと送る、勝手な手向けだ。




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