原神 トロフィー『少女がふたり、神はなし』獲得RTA 作:水の国の底から
神が人になること。
人が神になること。
両者に本質的な違いは無いんだと、『彼』は語った。
他者になることは出来ない。自分を塗り替えることは出来ない。
「だから、俺は人間を望まない」
ハルモロスと名乗った彼は、今にして思えば誰よりも人間臭かったのかもしれない。
「君はどうだ、フリーナ」
ハルモロスは、エゲリアを敬ってはいなかった。
嫌っていたわけではないと思うけれど、眷属との交流を求めるエゲリアを無碍に扱う姿を何度も見た。
ハルモロスは、孤高を好んだ。
僕たち純水精霊は、同化を経てお互いを知り、感情を繋げ、双方に理解を与える。
時に混ざり、時に分かれ、そうやって増えたり減ったりしながらそれぞれを繋いで、そうやって世界を繋ぐ。エゲリアがそう望んだから、僕たちは水に乗って世界を繋げる。
ハルモロスは、そんな理念に中指を立てて唾を吐き、毎日海を眺めていた。
エゲリアがハルモロスを生み出した時、まだ眷属を作るのに慣れていなくて泥水でも混ざったんじゃないか、なんて言われていた。
偏屈で皮肉屋。
口を開けばやれ不満と悪態だらけ。
だけど、僕たちの価値基準は人間のそれとは異なる。人間が嫌ってしまうような相手でも、僕らにとってはまだよく分からない同族に変わりは無い。だから僕たちは彼のことを知ろうと彼の元に赴き、あしらわれていた。
彼は僕たちのそういうところも嫌だっのかもしれない。
そのうち彼は徹底的に他者との交流を避けるようになって、一人で海を揺蕩うようになっていた。どうやったのかは分からないけれど、彼の潜伏スキルは
彼は気付いていたんだろうか?
他者と自分を明確に区分し、同化を拒み、交流を拒み、明確に嫌いという感情を発露する。まるで人間のようなその有様が、人間に憧れた僕たちを誘蛾灯のように誘っていたことに。
かく言う僕も、人間に憧れて、人間になりたいと望んだからこそ、誰よりも人間らしい情緒を持つ彼の元によく押しかけていたんだけど。その度にキミは僕のことを無碍にしてくれたよね。
ハルモロスは、ローデシアと並び立つほどに強力な純水精霊だった。半眼の小さな水玉として浮かぶ姿からは想像できないけれど、その格は高い。
最初の純水精霊はエゲリアの涙から生まれ落ちたそうだけど、それならば彼は、海が落っことした泪なんじゃないかって。
人になりたいと言った僕に対して、ハルモロスは皮肉げに笑った。
「人間ってのはそんなに良いものじゃないぞ」
僕にはまったく視線もくれずに地平線の向こうを眺め続けるハルモロスに、キミも人間じゃないくせに、なんて笑っていると、彼は雰囲気を一変させて言うんだ。
「ただまぁ、夢や理想は否定されるべきではない」
彼は珍しく、素直に笑った。
僕が人間になれたら、人間になろうとはしない彼に会いに行こうと思ったんだ。
そして言うんだ。僕は夢を叶えたぞ、と。
「キミの夢はなんだい?」
さて、なんておどけるばかりで、結局彼は何も教えてくれなかった。
そして、『原罪』が下される。
僕たちはその身に余る罪を被せられて、滅びの予言まで与えられた。
「ほら見ろ、言わんこっちゃない。大衆に迎合して流れに甘んじるからこうなる」
嫌らしく笑う彼は、酷く憔悴したエゲリアに付き添っていた。
彼は何もしなかった。
慰めることも責めることもせず、ただ時間が過ぎるのに任せるかのように佇んでいた。本当にそれだけ。
それからしばらくして、カーンルイアの戦争が起こる。
エゲリアが崩御したのは間もなくのこと。それから、僕が次代の水神に任命されたことも。
無理難題を押し付けてきたエゲリアに恨みを零さない日が無かったわけでもない。
他の神がどうかは知らないけれど、僕は既に滅びが確約された国と民をポンと預けられて、呪いをどうにかしろ、出来なければ国とともに沈めだなんて言われたわけだ。
理不尽すぎる!
何度水底でぶくぶくと泡を吐き出したか覚えてすらいない。
考えだけは無駄にぐるぐると回るけれど何一つ建設的なことは思い浮かばないまま時間が経って、さすがにそろそろフォンテーヌに戻らないとマズイかな? って頃だったかな。
ふと、友達のことを思い出して、国に戻る前に会いに行ってみた。
彼は変わらなかった。
変わらず一人で佇んでいた。
彼は一人で生きていけるんだろう。フォンテーヌが滅んでも、世界が滅んでも、一人で海辺に立っているんだろう。
そんなことを思っていたら、僕を見たハルモロスは嫌な笑みを浮かべた。
「皮肉なものだな」
「なにさ」
笑われている。
そう感じた瞬間、散々悩んでいたことがバカらしくなった。
「あれだけ人間に憧れた君が、よもや神になるなどと」
世界がどれだけ変わっても、彼の偏屈さは変わらない。
それが分かっただけでもなんだか安心できた。
そして、安心そのままに心の内を吐き出してしまう。
本当は水神になった僕にとってハルモロスは臣下なんだけど、この時だけはそんなことナシナシ。
「支配者の玉座を簒奪しておきながら、自身は人の創造すら許さない、か。まったく上位者ってのは気に食わんね」
笑いながらそんなことを言うもんだから、本当に気に入らなかったのかは分からない。
でも、やれ権力者がどうとか、やれ神がどうとか、こともあろうに神である僕の前で散々に詰っている。
ふと、僕の頭に浮かぶものがあった。
「じゃあ、そんな玉座はぶっ壊しちゃおうか」
ハルモロスが浮かべた笑みは、今まででいちばん悪どかった。
彼はいまだ純水精霊の姿を取っていたからあくまで人間のような表情は持たないんだけど、それでも悪いこと考えてるなって顔をしていた。
どうやって?
弓なりに歪んだ瞳が僕に続きを促す。
癪だけど、鉄血の彼らに倣おう。
「僕らだけで、革命を起こそうよ」
一緒に来てくれるかい?
言外にそう言いながら差し出した手を、純水精霊の彼は躊躇なく手に取った。
「全て自分の思い通りとふんぞり返る奴は、腹が立つからな」
まるで、その言葉を待っていたと言わんばかりの──いや、ちがう、そうか。
「キミは、待っていたのか」
人間に対しての未練が無かったかと言われると、それは嘘になる。
でもそれは、
死でさえも──ほんとはちょっとだけ怖かったけれど、僕の『正義』を貫くためにはとっくに覚悟できていたというのに。
キミは、あっさりと僕の決意を奪っていった。
その為だけに生きてきたかのように、一切の無駄がない完璧な動きで。
ハルモロスはこれを狙ってフリーナと融合したのだろうか。
今まで誰にも迎合して来なかった孤高の君がその意思を捻じ曲げた真意は、そこにあったのか。
なるほど、「全て自分の思い通りとふんぞり返る奴」ってのは、起死回生の作戦を立てて耐え忍んでいた
「笑わせるよね」
僕は生き残り、フリーナは生き残り、フォンテーヌは生き残り、そしてハルモロスだけは死んだ。
そして僕の精神体は、フォンテーヌの技術力の結晶である人型のマシナリーの一体に押し込められ、こうして再び肉体を得てしまった。
これからどうしろってんだ。
僕はとっくに僕の中の
人間のフリーナでも魔神フォカロルスでもない僕の生き方を、誰が教えてくれるんだ。
重責から開放されたフリーナは、ハルモロスの喪失に悲しみつつ、新たな世界に足を踏み出そうとしている。
僕が奪ってしまったものを、いつか彼女は取り返すことが出来るのだろう。それがたまらなく嬉しい。あくまで僕のエゴに過ぎないけれど、彼女には幸せに生きて、幸せに死んで欲しい。
でも僕は……少なくとも、まだしばらくは、立ち直れそうにないかな。
あれれー?