原神 トロフィー『少女がふたり、神はなし』獲得RTA 作:水の国の底から
「恐らく、フリーナ殿は水神フォカロルスではない」
召使が突然切り出した言葉が旅人にとってもパイモンにとっても衝撃的なものであったことは、言うまでもない。
「な、何を言っているんだ?」
パイモンが漏らした疑念の言葉に、旅人も同意するように頷いた。
バルバトス、モラクス、バアルゼブル、ブエル、それにオセルや例のガキンチョが操った正機の神、更に正体は不明だが天理らしき人物といった様々な神格と対峙してきた旅人である。
神が持つ特有の存在感、威圧感はよく覚えている。そしてあの時、魔神フォカロルス──フリーナに脅されたと感じ、反射的に剣を向けた時に感じた、まとわりつくように湿った強い感情。
一瞬で湿度が何倍にもなったかのような、溢れんばかりの水元素力の奔流。
なるほどこれが水神フォカロルスと、歴戦の旅人をして思わず納得させられるだけの力を感じたのだ。
その後、リネの機転と当のフリーナ本人によるグロシ宣言でざわめく民衆にパフォーマンスだと思わせて見事に場を鎮めてみせた手腕も含めて、そこには確かにフォンテーヌの神としての威厳があった。
そのようなカリスマがあるのなら、アイドルとして民衆に崇められ、日々の面会で多忙というのも納得であると思わされたのだ。
「もちろん彼女にはカリスマがあり、その迷いなく歪みない態度は『正義』の国の長として相応しいだろう」
「そうだぞ! それにお前だってさっき言いくるめられてたじゃないか!」
旅人がメロピデ要塞で原始胎海の問題に直面してすぐ後、ヌヴィレットの要請でフリーナと召使の会談に臨んだ時でも、その姿は決して揺らぐことがなかった。
『――キミは、この水神フォカロルスを侮辱しているのか?』
『これは失礼した、フリーナ殿。そのような意図は決して無いと弁明させてもらおう』
不愉快さを隠そうともしない様子でティーカップを机に叩きつけたフリーナが鋭い眼光で召使を睨めつけた時、隣に座っていた旅人は少なからず驚いたし、パイモンに至っては驚きと怯えが入り混じった小さな悲鳴を抑え切れなかった。
『勿論、フリーナ殿は近年の海水上昇や原始胎海の水の漏出を見事に言い当て、未然に被害を防いでいることは知っている。これによって犠牲になるはずだった多くの人が救われた』
手を組む。
若干の前のめりになって、召使はフリーナに鋭い視線を向けた。
『しかし、それは現状への対処療法に過ぎない。あなたはフォンテーヌを来る滅びから救うと言うが、具体的な策はまるで示されていないのも事実だ』
神が人のスケールで推し量れない長き時を生き、そのため外見と中身が比例しないことは、外見は幼子にしか見えないナヒーダもとい魔神ブエルが証明している。
それでも、普段は極めて朗らかで快活、悪く言えば能天気なフリーナがここまで強烈な感情を見せることは、旅人にとってはひどく想定外だった。
『これはファトゥスとしてではなく、いちフォンテーヌ人として言わせてもらう。予言が現実味を帯びるにつれ、民衆の間に不安と疑念が広がっているのも事実だ。まさか知らないなどとは言わせない』
その状況でも引かず臆さず、なおも言葉を畳み掛ける召使。
(……手が、震えている?)
旅人は、机の下に隠れたフリーナの右手がわずかに震えていることに気が付いた。
それは怒りか、苛立ちか、武者震いか。はたまた恐怖か。
どちらにせよ、部外者の旅人は会話に割り込めない。
『可愛い民の懸念はもちろん把握している。その上で、僕はこの姿勢を崩していないんだ』
『ほう? ならば、予言が記した滅びへの対処法もすでに用意してあると思っていいのかな?』
『……当然だろう? なぜなら僕は魔神フォカロルスなのだから』
嘘ではない。
フリーナの瞳は、表情は、言葉は、確かな自信と確信でもって彩られている。
フォンテーヌが滅ぶことなど決して起こり得ず、その策とやらが絶対であると断言していた。
その言葉を受けて、対面の召使はゆっくりと紅茶を口に運び、そしてその深紅の虹彩を細めた。
『ならば、フリーナ殿の言う策とは? 君はどうやってこの国を救うつもりだ?』
『…………それは、教えられない。これは秘匿されるべきものだからだ』
(おい、旅人。なんだか急にフリーナの威勢が弱くなった気がするぞ)
フリーナの勢いが完全に無くなる。
まるで仇を見るかのように召使に向けられていた視線が宙をさまよい、手持ち無沙汰になった右手はティーカップと膝の上を行ったり来たりしている。
フリーナにもその自覚があったのだろう。
召使と同じように唇を紅茶で湿らせ、ひとつ大きな呼吸を置いたフリーナは、もう一度召使に鋭い視線を向けた。
『僕が用意した策は、誰にも知られてはならないものだ。キミがこの秘密を暴いて策が意味を失い、そしてフォンテーヌが滅びを迎えたとして、キミは――いや、スネージナヤはその責を負ってくれるのかい?』
『ふむ……そこまで言われたら、私も引き下がるしかないね』
そして召使は、重苦しい雰囲気を一瞬で霧散させて余所行きの笑みを浮かべる。
言外に告げられる「話は終わりだ」という空気を敏感に感じ取り、あとは三人+一人でケーキを嗜み、まるで女子会のごとく朗らかな様子で会談はお開きとなったのだ。
「旅人。君はどう思った?」
召使の言葉を受けて、旅人は先ほどの会談を振り返ってみた。
冷静に事情を処理し、フリーナの様子を分析してみると、自ずと浮かび上がってくるものがある。
──フリーナは、予言への対抗策があることを知っている。
「あぁ。それで?」
──だけどフリーナは、対抗策の中身を知らない。
旅人の答えに、召使は微笑みを浮かべて返した。彼女も旅人と同じ結論に達した、ということだろう。
「え? ど、どういうことだよ!?」
なぜ、フリーナは頑なにその策とやらを開示しないのか。
フリーナの態度と合わせて考えてみれば、フリーナの言う「ほんの僅かな情報さえ漏らせない」策が実在すると言うより、フリーナが知らないと考えた方がよっぽど早い。
しかしフリーナは、策の存在自体は断言している。
まさか予言が現実味を帯びてきたこの期に及んで、見栄を張ってでまかせを言っているなどということはないだろう。
短い触れ合いの中で、旅人はフリーナがフォンテーヌに抱く思いの強さを確かに感じ取っていた。
「じゃ、じゃあ一体誰がどうするんだよ! っていうか、いくらなんでもフリーナが水神じゃないってのは話が飛躍しすぎだろ!」
旅人だって、この予想やフリーナが神ではないということを簡単にまるっと信じ込めるほど幸せな頭はしていない。それほどのことを言ってくるのだから、なにかしらそう思わせるほどの材料があるんだろう、という意思を込めて。
「そうだな。では、私の子供たちの無罪を勝ち取ってくれたことへの礼として、私が知る情報を教えてやろう」
◆
召使の本来の目的は、あくまで水神の神の心の回収である。
フォンテーヌを滅びの命運から救うというのも確かに考えているが、それは寄り道に過ぎない。
だから召使は、水神フォカロルスに一度襲撃を仕掛けた。
あぁ、落ち着け、そう慌てるな。
事実だ。
ファデュイが一人、『召使』アルレッキーノは、恐れ多くも神に襲撃をしかけ、あまつさえその命を狙い、そして
その日は、月のない夜だった。
フォンテーヌ庭の片隅、人気の無いところに、一人でフリーナはいた。
「おーい、どこに行くんだよー!」
正確には、一人と一匹か。
どこの野良とも知れない猫を追いかけるフリーナを物陰から見つめる影──変装した召使は、フォンテーヌの長たる彼女の傍までなんの障害もなく接近できたことに、そして彼女にただ一人も護衛がついていないことを疑問に思った。
これでは、まるで襲撃者を誘い出しているようではないか。
或いは……フリーナには、その価値すら無いと?
「まさか」
召使は己の浅慮を恥じ、そして己の正体を隠すための仮面を被った。
神を相手に強襲を仕掛けるのに、神の目は使えない。
圧倒的な不利な状況でありながら、召使はそのことをまるで問題として捉えなかった。
そもそも、今回の襲撃はあくまで偵察である。
フリーナを襲い、水神の神の心を持っているようであれば強奪する。もし持っていなければ、その所在を確認しよう。
しかし──召使の手にかかれば素手であっても一瞬でその命を奪えてしまいそうなフリーナは、油断しているのか、誘っているのか、それとも見た目相応の実力しか持たないのか。
「え……うわっ!? キミは誰だい!?」
果たして、フリーナは召使が真後ろに立つまで、その存在に気が付かなかった。
足元の猫と同じように飛び跳ねて警戒の視線を向けてくる神を名乗る者は、しかし氷の女皇をよく知る召使にとっては、どうにも神として見ることは出来ない。
龍、精霊……否、それどころかなんの力も持たない只人のような……
「……ッ!!」
召使が音も無く抜いた暗器に、フリーナの顔が強張る。
恐怖と焦燥と、疑念も少し。
怯えて歪んだその口は、しかし気丈に言葉を吐いた。
「僕に、このフォカロルスに、危害を加えようと言うのかい?」
召使は、一歩を踏み出すことで返答に代えた。
フリーナは、意識の外で後ずさった震える足に気付き、それでも尚、眦を決する。
もう一歩。
召使の一足は、フリーナの二歩に相当する。
勢いよく詰められた距離に、フリーナの表情が分かりやすく引き攣る。
さらに、もう一歩。
一息でフリーナを殺してしまえる距離まで接近して、涙を湛えたその瞳を覗き込み、ここでようやく召使は判断を下した。
フリーナは、神の力を持っていない。
それが分かれば重畳である。
目的を果たした召使は、その場を離脱しようとし──そして、
「ダメ……ダメだ!」
フリーナが何かを叫んでいる。
誰に? 何を? どうして?
しかし、召使はそれどころではなかった。
「……ぐっ!」
締め付けられる。
腕が、足が、胴が。
いつの間に、などと疑問に思う暇も無かった。
なぜならその時、召使は紛うことなき殺気を感じていたから。
フリーナから。
正確には、フリーナの内側、遥か奥底から。
──俺が、守る。
口に滲む血の味に、堪らず召使は炎の元素を巻き散らそうとする。
──そのために、俺がいる。
「が、はっ」
声が聞こえた。
一際強い力が召使の全身にかけられたその時、フリーナが叫んだ。
「やめてくれ、ハルモロス!!」
緩む。
水の拘束が解ける。
今だ。
今しかない。
召使は悲鳴をあげる全身を無視して、咄嗟にその場を離脱した。
最後に見たものは、腰が抜けたかのようにその場にへたり込むフリーナの姿と、彼女を労るかのように周囲を漂う、濃厚な水元素の力だった。
「油断していたら、このザマだ」
公子を笑えないなと、召使は自嘲した。
「それって……」
パイモンの困惑の声を聞きながら、召使はその服を捲り、細い腹を露出させる。
突然の行為に驚いたパイモンが目を覆う中、旅人は確かに見た。
雪国の人間らしくシミひとつない綺麗な肌は、しかし大蛇に締め付けられでもしたかのように、見るも恐ろしい痕がくっきりと残っている。
咄嗟に元素視覚を使った旅人は、そこに残る濃厚な水元素の痕跡と、怒りと悪意、情熱に嘲笑といった、複数の複雑な感情まで読み取ってしまったのだ。
それは、かつてフリーナと対面した時に感じた、あのジットリとした水気を多分に含んだ威圧感のような──
「私の言いたいことは、伝わったかな?」
召使は、真意を感じさせない表情で、小さく笑った。
頑張るフリーナ、不審者にそそのかされてどうにか被害を減らせないものかと原始胎海の水の噴出を予想して対策を練る。
頑張るフリーナ、不審者のメンタルケアによってちょっと威勢が良くなる。