原神 トロフィー『少女がふたり、神はなし』獲得RTA 作:水の国の底から
ヌヴィレットが目を見開いた。
彼には、聞こえたらしい。
「……確かに。フリーナ様が神じゃないなら、本物の神はどんな人なんだろう?」
「ちょっと待ちなさいよ、フリーナ様が本物の水神様ならその発言はとても失礼よ!」
「裁判は公平だろ? 疑うことは悪くないさ」
「それもすぐに分かるさ。なんせ裁判では真実こそが『正義』なんだから!」
民衆のざわめきは、まるで誘導されたかのように定まっていく。
元の路線へ。
フリーナが真に神であるかどうかの向きへ。
そして、神の所在を問いかける方向へ。
囁き声が問いかける。
フリーナへと問いかける。
真実を。偽りのない答えを。
「静粛に!」
ヌヴィレットの龍の一声で、喧騒は収まった。
「この裁判は、被告人が本当に神であるかを問う裁判だ。本旨を逸脱する問答は認められていない」
「そうだった、忘れるところだったぜ……」
旅人は一度目を閉じ、深く息を吐いた。
情報を整理する。
本来の目的は、フリーナが予言にどう対処するつもりなのか、何を隠しているのかを知ることだった。そのために、フリーナが神であるかどうかを弾劾する裁判を起こしたのだ。
今も、その状況は変わっていない。
相違点は、新たに神の可能性がある存在が広く明らかになった点。
フリーナに潜む者。そして恐らく、召使を撃退し、負傷させた者。
ならば、そちらからアプローチをかけよう。
──本物の水神フォカロルスは、件の『もう一人のフリーナ』じゃないの?
「違う!!!」
いっそ絶叫と言えるほどの否定が放たれた。
いつになく気勢に溢れるフリーナに、しかし旅人は冷静な言葉を投げつける。
──なら、その証拠を見せて欲しい。
「しょ、証拠?」
──写真にあった水元素のあれは、なに?
「あ、あれは、そう、僕の、僕の力だ!」
──さっき全ての力を使っているって言ってたよね?
「な、そ、それは……」
歯噛みをするフリーナ。
諭示裁定カーディナルが、常のように大きく傾く。
民衆の天秤が、如実に反映されていた。
「フリーナ様が神じゃないなら、どうしてそのことを隠すんだ?」
「本物の水神様がシャイなんだろ」
「違う!!」
旅人は気付いた。
フリーナの頬に、涙が伝っている。
水の中に神が沈む
「ハルモロスは、水神じゃない!!」
水神は、自らの神座で涙を流す
「……ハルモロス。それが、『彼』の名前か」
「違う、違う! 僕だ、僕だけなんだ!」
ヌヴィレットの呟きに、噛みつくようにフリーナが叫ぶ。
支離滅裂な言葉は、本人でさえも理解できているのか。
「やめろ、そんな目で僕を見ないでくれ! 信じてくれよ、僕こそが水神フォカロルスなんだ!」
無情なことだ。
余裕を無くして必死に『無罪』を訴えているフリーナにもかかわらず、諭示裁定カーディナルは次第に傾きを大きくしていく。
それでもフリーナは必死に叫ぶ。
ふと、旅人は、なぜそこまで頑ななのだろうか、と疑問に思った。
「……そこまで言うのなら、この場で簡単に証明できる方法があるわ!」
もう耐えられない、と言わんばかりに声を上げ、立ち上がる人がいた。
「許可されていない発言は控えるように」
「ごめんなさいね、最高審判官さま。でも、これ以上は見てられないわ」
ナヴィア。
少なからず原始胎海の水の被害を受けた人。
彼女自身もそれを盛られかけたし、彼女のふるさとを襲った洪水は、フリーナの警告により多くの住民は避難できたが、逃げ遅れた住民は亡くなり、そして救助をまっとうしようとした家族も、同じく。
それでもナヴィアは、フリーナを責めようとはしなかった。
親しい人を亡くして、平気なわけがない。それでもナヴィアは気丈に振る舞うのだ。
そんな彼女が、ここにきて、ようやく声を発する。
「本当はこんなことしたくないけど……でも、フリーナ様。あんたの言うことが本当ならば、それは一瞬で証明される」
そこにあったのは――原始胎海の水。
フリーナが真に水神フォカロルスであるのならば、触れたところで問題はない。
しかし、これに触れて『溶ける』ようであれば。それは、フリーナがフォンテーヌ人、すなわち『人間』であることの証左に他ならない。
「…………」
果たして、たった一つの容器になみなみと湛えられた水が、ここでは神の断頭台になっていた。
まさか、500年フォンテーヌを収めた神が、このような形で裁かれるなどと。
誰もが想像しえなかったことだ。そしてそれ以上に、誰もがフリーナに真実を話してほしいと願った。
誰も、人が溶けるところなんて見たくはない。
それが多くの人が慕うスターであれば、なおのこと。
口を噤んだフリーナは、じっと揺れる水面を見つめている。
ナヴィアが何かを口にしようとして、止めた。
パイモンが不安げな表情を浮かべ、旅人の肩を突いた。
シャルロットが、眉を寄せて事の推移を見守っている。
ヌヴィレットが、動かないフリーナに向けて何かを口走ろうとした。
「――――ッッ!!」
「あぁっ!?」
それを待たずして、フリーナは腕を勢い良く水に叩きつけた。
最悪を予想して咄嗟に目を閉じた旅人は――
――水面ギリギリで、フリーナの手を受け止める
もういいんだ。
誰もが、聞き覚えのない声を聞いた。
「ごめん。ごめんなさい、ハルモロス。僕、やっぱり…………」
呆然としながら涙を溢すフリーナが、うわ言のように呟く。
大丈夫。俺たちの役割は、もう終わりだ。
フォンテーヌの人々は、フリーナが力を行使するところを見たことがない。
水龍たるヌヴィレットも、事務仕事ばかりで滅多に力を使わない。
純水精霊は、フォンテーヌから離反して久しい。
だからこの時、多くの人が生まれて初めて、極めて高次に達した水元素生命体を目にした。
ハルモロス。
最古参の純水精霊。
ヌヴィレットと旅人、そして神の目を持つ者だけが、彼がなにか力を行使したことを悟った。
なにか、極めて大きく、強く、厄介なもの……そんな存在が弾かれたような。
「毒をくれてやった。後でトドメを刺しに行け」
「毒?」
「知らんのか。ハモの血には毒がある」
ハライタ程度だがな、と嫌味ったらしく笑う。
突然の事態に誰もがついていけない中、ヌヴィレットだけは口を開くことができた。
500年の年季か、それとも彼が自称他所龍だからか。
「
「おう。
今まさに諭示裁定カーディナルが起動し、『審判』を下していることに気が付いた存在が、どれだけいたことか。
まるで慌てているかのようにガタガタと動いたマシナリーは、やがて忙しなくひとつの判決を下す。
「手紙は届いたようで何より」
「フォカロルスとの連名。何者かと思っていたが、君だったとは」
判決を手に取ったのは、ヌヴィレットではなかった。
「やるよ、旅人。世話を任せる」
「うおぉ!?」
ひとつ、優しくフリーナの頭を叩いたハルモロスは、そのまま茫然自失とした彼女を旅人のいる席まで放り投げてきた。
大慌てで構え、どうにかこうにかフリーナをキャッチ。
近くでみるとよりわかる、本当に幼い少女は――ただ、ぽろぽろと涙を溢すのみ。
「判決。水神、死刑! まったく想定通りか、本当に気に食わないな」
諭示裁定カーディナルが、溜め込んだエネルギーを放出するかのように眩い光を放つ。
そこから先の顛末を、旅人はよく知らない。
フリーナの深層意識に足を踏み入れていたから。
知っていることは、全部で3つ。
ひとつ。
ヌヴィレットが、古龍の大権を取り返したこと。
ふたつ。
潜んでいた本物の水神フォカロルスが『呪い』を解き、フリーナも、フォカロルスも、そしてすべてのフォンテーヌ人も、救われたこと。
みっつ。
最後の最後で現れたハルモロスが、強引にフォカロルスを生かし、消えたこと。
シャルロットが嘆いていた。
ヌヴィレット以上の歴史の生き証人。
取材できなかったことが残念で堪らない、と。
旅人も、そう思った。
もうちょっとだけ続くんじゃよ