俺たちは魚じゃない、人類だ   作:捨独楽

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ベルセルクの黄金時代編はいいですよね。
ボスコーンという人間の限界点らしき強敵、ピピンやジュド-、コルカスといった個性豊かで決して一枚岩ではないけれど大切な仲間。
ONE PIECEの過去編のなかでもジンベエ編は特に黄金時代編の感覚があります。


黄金時代の終わり

 

 

「アーロンおじさん、勉強を見てもらえますか?」

 

「コアラ。まだ眠れないのですか?」

 

「うん」

 

 アーロンたち船員が眠りにつくときは、船員に与えられた共用の部屋で交代で眠りにつく。しかし、真夜中であっても必ず見張り役が起きていなければならない。エターナルポースの指し示す針路から船が外れていないか、海獣やはぐれ海王類が船を狙っていないか、海賊や海軍と鉢合わせないかなどの可能性を考慮しなければならないのだ。

 

 島から離れた現在のアーロンたちタイヨウの海賊団にとって、可能性が高いのは前者二つだ。海上で船同士がかち合う場面は島への上陸間近がほとんどで、島から遠く離れた現在の海域でかち合う可能性は低い。それでも海兵の乗る船と遭遇してしまったこともあり、アーロンは夜の番を買って出ていた。

 

 そんなとき、アーロンの待機する甲板に近付いた少女がいた。およそ海賊の船に乗るには不釣り合いな、十歳に届くかどうかという年齢の小柄な少女だった。コアラと呼ばれた少女は、青い肌と鋸のような鼻を持つアーロンを恐れることなく近寄ってくる。

 

 コアラは最近まではこの船で唯一の人間だった。故あって魚人と人魚で構成される船に乗り込んでしまった人間の少女は、当初アーロンたちに心を開かなかった。心に深い傷を負っていたのだ。

 

 

 この時代、そんな子供は珍しい話ではない。アーロン自身、その事でコアラを憐れむつもりは毛頭なかった。ただ、行く宛もなくただ見知らぬ男に従うしかないコアラの姿は、自分の腹違いの実の妹の姿を彷彿とさせた。

 

 

「……あたい嫌だな、海兵が船にいるの……」

 

「そんなことを言ってはいけませんよ。いいですか、我々は海賊。海をうろつく不審なごろつきです。彼らは我々から海を守る正義の味方なのですから」

 

 笑って諭すアーロンであったが、コアラは納得できないと首を横にふった。

 

「そんなことないよ!あたい、皆のことは大好きだよ!タイガー船長も、ジンベエ親分も、マクロおじさんもアラディンさんも、ハチもアーロンおじさんも、皆皆!でも、海兵は……」

 

(失敗ですか……コアラにしてみれば、仕方のないことですが……)

 

 アーロンは内心で己の浅はかさを悟った。人間の、世界政府加盟国のコアラにとっては海兵は本来は味方だ。だが、コアラの受けた仕打ちは海兵への信頼を損なわせるには十分すぎた。

 

(コアラが海兵のことを受け入れ……いえ、諦めるにはまだ時間がかかるでしょうねぇ……)

 

「そうですねえ。海兵は肝心なときに役に立ちませんからねえ」

 

 アーロンは仕方なくコアラに同意した。コアラが穏やかな日常に戻るためには、海賊は悪で海兵は正義という世間の常識に合わせることが必要なのは間違いなかった。だが、コアラの心情を考えれば今そんな考えになれというのは無理な話だった。

 

 先日拾った海兵たち、出来れば女海兵と引き合わせて社会の常識を学ばせようという思い付きをアーロンは心の中にしまった。

 

「そうだよ。この船の皆は優しいし、いろんな冒険のことを話してくれたし。マクロのおじちゃんはあたいに歌を教えてくれたよ?」

 

「歌を?それはまた酔狂な。マクロらしいと言えばらしいですがねぇ…」

 

(……まったく、調子のいい男ですねぇ……)

 

 アーロンは、

『モハハハ!細かいこと言うなよアーロン!コアラは俺たちのヒーローで、俺たちはコアラのひーろーなんだからな!』

 というマクロの声を聞いた気がした。

 

 マクロの人間性、もとい魚人性をアーロンは全く信頼していない。マクロとその舎弟であるギャロ、そしてタンスイは、魚人街というアーロンの生まれ故郷で詐欺行為や恐喝に勤しむごろつきの一人だったのだ。基本的にその場の感情と利害だけで動くので信用に値しないが、海賊なんてそんなものである。だからこそアーロンも肩肘張らずに気楽に過ごせるのだが。

 

 ただ、マクロはお調子者らしく自分達を慕い始めたコアラのことを大層気に入っていた。コアラにとっても、マクロは自分に優しくしてくれる陽気で楽しいおじさんだったのだろう。まだ子供のコアラにマクロの前歴を教えることは精神に多大な打撃を与えることは間違いない。船員達にとってマクロの前歴は黒歴史となった。

 

「どんな歌なのか興味があります。聞かせてくれますか、コアラ?」

 

「うん!せーのー……」

 

 コアラが深く息を吸い込んで吐き出し、歌ったのは、ビンクスの酒。由来などアーロン自身も知らない。ただ、海賊であるならば誰もが知る船唄だ。アーロンは苦い笑みを顔に浮かべた。

 

「どう?」

 

「まだまだ声が小さいですねえ。もっとお腹に力を入れることです」

 

「うん!……ねぇ、アーロンおじさん。あたい、ちゃんと勉強できるようになったよ」

 

 そう言って、コアラは羊皮紙に書きなぐった図形の問題や計算問題を渡してきた。円の直径から図形の長さを推し量る問題も問題なく解けていることを確認し、にやりと笑った。

 

(昔を思い出しますねぇ……)

 

 アーロンはしみじみとコアラに妹の姿を重ねながら、コアラに羊皮紙を返した。

 

「正解です。アラディンから教わったことをしっかりと覚えていたようですねぇ。よく頑張りましたね」

 

「うん!ありがとう、アーロンおじさん!……また明日ね!」

 

 そう言って、コアラは自分に与えられた客室に戻っていった。アーロンの頬は知らず知らずのうちに緩んでいた。

 

***

 

 コアラが船長の尽力で心を開きはじめてから、アーロンが考えたのがコアラへ読み書きと簡単な算数を教えることだった。心を開いたコアラは、子供故の順応性の高さからか、それとも本来持っていた優しい気質からか。見知らぬ荒くれが何かと構ってくれることを怖がるどころか喜んでしまっていた。

 

 アーロンの知る限り船員の中で真人間と言えるのは船長のタイガー、アーロンの兄貴分であり王宮を警護する兵士でもあったジンベエ、そして船医を勤めるアラディンだけだった。他は、アーロン自身や幼馴染みのハチを含めてもごろつきの一言で語れるろくでなしである。

 

 アーロンは妹を持つ身として、コアラに幼い頃の妹の姿を重ねた。悪影響を与えかねないと危惧したのである。

 

 それ自体はコアラにとっては大きな前進だった。心の傷を抱えたコアラが日常を取り戻すためには、マクロのような陽気さが何よりも大事だった。が、船員の中でも頭の回るアラディンは己の苦悩をアーロンへと打ちあけた。

 

「……コアラが俺たちに依存してしまうのはよくないな……」

 

「そうですねえ。……ふむ、少しだけ我々のことを嫌いになって貰いましょうか」

 

 

 そう思い、アーロンはコアラに読み書きと数学、偉大なる航路における簡単な社会常識を教えた。ところが、コアラは目を輝かせてアーロンとアラディンの教えを聞き入れた。小さな島に生きているコアラにとって、偉大なる航路の常識、裏社会の伝手と金さえあれば手に入るトーンダイヤルなどのアイテムは非常識で、子供らしい好奇心を刺激するものだったのだ。

 

 アーロンが考える以上に、自分を虐げない人たちと共に居られたことがコアラにとっては嬉しかったのだ。

 

 

 結局、途中の島で海兵達を下ろすまで、コアラは海兵と会いたいとは言わなかった。コアラが生まれ故郷の島に戻るその日も、その後も、コアラは魚人海賊団のことを嫌うことなく、掛け替えのない大切な記憶として航海の日々を残した。

 

 

***

 

 ……一方……。

 

***

 

 コアラを生まれ故郷の島に送り届けてから、1日が過ぎた。一人の海賊が、その道を踏み外そうとしていた。

 

「やはりこの世は偽りばかり、ですか」

 

 

 海賊が、住み慣れた船を離れようとしていた。男の腕には海兵から奪ったエターナルポースがあり、目的地を指し示す。肩には、男の身の丈より長く分厚い大刀、『オオキリバチ』があった。

 

「ニュー……」「アーロンさん……」「……」

 

 アーロンの本気を察し、付き合いの長いハチとチュウ、クロオビは悲痛な面持ちでアーロンを見つめていた。

 

「……行くなアーロン……!止まるんじゃ。これは船長命令じゃ!!」

 

「その命令を聞くわけにはいきませんね、キャプテン」

 

 アーロンは新たな船長となったジンベエの命令に明確に背いた。これは、アーロンが海賊として鉄の掟を破ったことを意味する。

 

「……バカ言うんじゃねえ、戻れアーロン!!」

 

 普段のアーロンからは考えられない行為だった。頭に血が上っている。それを察したマクロは必死の思いでアーロンを呼び止めた。が、アーロンは耳を貸さなかった。アーロンは振り返らず船を飛び出した。目指すは海軍の駐屯基地。記録指針が示す航路とは真逆だった。

 

「……………………」

 

 アラディンは、何も言わずそっと顔を伏せた。

 

 海賊は、面子で生きている。

 

 名を馳せた船長であるフィッシャー・タイガーを海兵との戦闘で喪った。魚人海賊団の雷鳴は地に落ちたと言っていい。今後物資を補給しようにも、補給先の島々で交易をしようにも足元を見られるのは避けられない。そしてそれ以上に、この船は空中分解の危機にあった。

 

 フィッシャー・タイガーはあまりにも偉大だった。偉大すぎて、その後継者となるには誰もが不足だった。強さと道理を弁えるジンベエと、ジンベエに並ぶ強さを持つアーロン。その二人が従うほどにタイガーの人格は並外れていた。疑いようもなく、その代わりなど居る筈がなかったのだ。

 

(……アーロン、お前は自分を犠牲にするつもりか……!)

 

 アラディンは、友がただ怒りと失望に身を任せたわけではないと思った。単騎での無謀な突撃は必ずしも失敗する。たった一人で陥とせるほど、海軍の駐屯地は甘くはない。アーロンは自身の敗北でもって、怒りに震える仲間たちを押し止めようとしたのだとアラディンは察した。

 

「バカ野郎……!アーロンのバカ野郎がよぉーっ!戻れよぉーっ!!」

 

 マクロの嘆きがスナッパーヘッド号に木霊した。しかし、友は、タイヨウの海賊団に戻ることはなかった。

 




前世の影響と今世の経験の結果、子供に甘いアーロンおじさんが誕生しましたとさ。
なんか悪役になってるけど海兵さんは悪くないんだ。ただただ世界が悪いんだ。
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