俺たちは魚じゃない、人類だ   作:捨独楽

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黄猿「わっしは社畜だよ」
サターン聖「公僕だろうが」
自称社畜は黄猿のささやかな反抗なのかもしれませんね。


自称社畜VS被差別種族

 

 

 

 

***

 

「申し上げます!!」

 

 

 偉大なる航路の海軍支部、Gー8において、通信兵の荒い声が電伝虫から響く。

 

「何事だ」

 

「た、只今海賊の襲撃を受けております!被害甚大!土茶大佐が海に投げ込まれましたっ!」

 

「……海に、だと?敵は何者だ!数はっ!?」

 

 報告を受ける士官の顔に緊張が漂う。大佐とは、偉大なる航路の海賊を相手にする上で最低ラインの存在だ。

 

 『悪魔の実』による非現実的な超能力が跋扈する大海賊時代において、海軍将校は個人の武勇が何よりも優先される。生半可な実力の兵卒を揃えただけでは蹂躙され、無駄な犠牲を増やすだけだからだ。

 

 将校は最前線に立ち兵卒を鼓舞し、市民を賊の手から守る盾であり、賊を追い詰める矛でなくてはならない。将校の中でも大佐が一蹴されるという事態は本来あってはならないことなのだ。

 

 

 

(……基地に襲撃に来る海賊など只者ではない。あの海域となると、候補は……『始末屋』の一味か、『タイヨウの海賊団』か……!)

 

 手配書を読み込んでいた士官は、担当区域内の海賊と担当区域外の海賊の航行ルートから考えて候補となる海賊を予測する。通信兵が告げた声は、士官の予想を大きく超えていた。

 

「ひ、一人!たった一人です!タイヨウの海賊団戦闘員、『ノコギリのアーロン』です!」

 

「……?一人?一人だと?馬鹿を言うな!別動隊の姿がある筈だ、伏兵は観測できているのか!?」

 

「わ、分かりません!影も形もありません!ああっ!ブロッス中佐が討死されましたっ!あ、アーロンの仕業です!!」

 

「っ……!!」

 

 

 通信から聞こえる情報はもはや一刻の猶予もないことを連想させる。

 

(バカな!一人だと!?あり得ん!必ず別の狙いがあるっ!陽動に決まっている!)

 

「ここでこうしても仕方ないでしょうがぁ。わっしが行くよぉーっ!持ちこたえなよぉ」

 

「はっ!はいっ!!」

 

「黄猿中将っ!!」

 

 

 あっ、と思ったときには、海軍中将は肩に手を置いていた。

 

「君達は待機だよぉ。いいね~?」

 

「は!」

 

 その場にいた全海兵は敬礼でもって返答する。

 

 海軍中将、ボルサリーノ。

 

 機械に疎く、電伝虫の扱いにも慣れない昔ながらの中将である彼は、一度前線に出れば無双の英雄であることをその場の誰もが確信していた。

 

 黄猿のコードネームが与えられた中将に、敗北の文字はない。一個人でありながらその場の全員を合わせたより強い男が、自分達を信頼して任せた仕事であると海兵隊は解釈した。

 

 自分達は中将を信じて、待てばよいのだ。敵の本隊が来た時、すぐに応戦できるように。

 

 

***

 

 剛力無双。

 

 襲撃してきた海賊の暴れぶりを評するなら、その言葉がぴったりと当てはまった。

 

「おのれ!海賊風情が!たった一人で何ができるかぁ!」

 

 真っ先に先陣を切った土茶大佐は、色付きのコードネームを与えられた歴戦の海兵だ。

 

 海軍の海兵に与えられるコードネームは千差万別だ。二等兵の頃から周囲の仲間達に揶揄されていた渾名を使う人間もいれば、上層部からの覚えめでたくコードネームを与えられるものもいる。

 

 土茶大佐は後者だった。悪魔の実の能力者でなくとも、それに匹敵する体術を使い、海にのさばる無法者を蹴散らすことが出来る。それが本部大佐という地位なのだ。

 

 上層部からそう判断された能力に違わず、大佐は名乗りを上げてすぐにその場から消失する。

 

 消えたのではない。

 

 元海軍大将直々の勲等を受けて土茶大佐が修得した、能力者に対抗するための体技、剃。

 

 秒間に十回以上地面を蹴る。そんな無茶を成し遂げて成立する神業。それによって、土茶大佐は目の前の悪漢に立ち向かっていく。

 

 目の前の悪漢は三等兵の頭を握りしめ、今まさにとどめを刺さんとしていた。土茶大佐は一瞬、迷う。

 

(まだ救えるか……?!)

 

 部下の命と敵の排除。そのどちらかしか取れない可能性が高いとき、自分はどちらを選択するか。

 

『海軍将校に求められるのはなぁ、土茶。『少数を切り捨てて多くを救う』覚悟だとセンゴクは言う』

 

『任務の過程で部下を犠牲にしなきゃいけねえ局面ってやつも出てくる。そうだな……たとえば、部下が海賊に殺されそうだ。そいつは軍曹だ。目の前の海賊は億を超えた、あるいは超えるかもしれねえ海賊。さ、その時おまえ達はどうする?』

 

 どんな思惑があったのか、元大将であり教官は、あえて将校候補に自分の意見を述べさせた。

 

 土茶は任務を優先し、海賊を排除すべきだと答えた。それが将校の義務だと信じて疑わなかったし、ほとんどの将校候補達もそうだった。『部下の命』を選択したのはごく一部だけだ。

 

 海兵として志願して入隊した以上、海賊との戦闘で命を落とすことは名誉であり、恥じることではない。将校が一兵卒の命を気にしていては、海賊を討伐する、或いは捕縛するなど出来はしないと。

 

 土茶は後で知った。

 

 元大将である教官が、かつては仲間という正義を掲げ、誰よりも部下の命を優先する稀有な海兵であったことを。

 

 

 

『だがおめえ。正義のコートを背負うからには覚悟を決めろよ』

 

『……そのコートを着れねぇ兵士も、正義を背負った仲間だ。そいつなりの人生があり、未来が、あるいは過去があった。おまえ達が背負っているのは、そいつらの分の正義だってことだ』

 

 将校となった今、土茶はその言葉の重さを噛み締めることになる。

 

***

 

 土茶は部下の命より、海賊の排除を優先した。

 

 迷う心を振り切って、全身の筋力と覇気を右手に集中させる。全体重を乗せた指銃を撃ち込めば、いかに人間の十倍の筋力を持つ魚人でもただではすまない。

 

 将校として己が部下のために出来ること。

 

 それは必ず発生する犠牲の最小化。

 

 不意に遭遇した強敵に。予想外の海賊に。偉大なる航路の悪天候に。己の領分を超えた『何か』に遭遇したとき発生する犠牲についての思考を脇に置いて、今すべきことを成す。

 

 土茶の判断はこの場合、正しかった。襲撃者の早急な排除ができなければ犠牲は兵士一人ではすまないのだ。

 

 しかし、正しい選択だけで生き延びることが出来るのならば苦労はしないのである。

 

「ふっ!」

 

 襲撃者の魚人が何かを弾き出す。それは散弾銃のように土茶大佐を撃ち抜いた。

 

「…………!!!」

 

 土茶大佐は咄嗟に鉄塊を発動して身を守ろうとする。

 

 鉄塊。

 

 鍛え上げた肉体を鉄のように硬め、あらゆる攻撃を跳ね返す海軍や世界政府が誇る超人体術。

 

 その真髄は鍛え上げた肉体そのものが持つ強靭さに、使用者の持つ覇気を意識的、あるいは無意識に乗せる技術である。

 

 海賊はその技術を、『武装色硬化』と呼ぶ。

 

 覇気に至らない人間が覇気に到達するための技術であり、激しい訓練によって肉体を鍛えることによる自信がそのまま強さへと直結する技。しかし、この技には欠陥があった。

 

 使ったとき、全身に筋肉を込めるために……その場を動けないのである。

 

「遅いですね」

 

 土茶大佐の体躯は大柄な魚人と比較しても遜色ない。どころか上回ってさえいる。

 

 長年にわたる肉体改造の末に、土茶大佐は人間の十倍など鼻で笑えるほどの力を手に入れた。

 

 が。動けなければただの的である。散弾銃のように降り注ぐ仲間の血飛沫を、土茶大佐はその身で受けた。

 

 魚人空手、矢武鮫。

 

 本来は体内で圧縮した水分を掌から振り抜き、敵を貫く技である。ある程度水分の扱いに熟達した魚人空手の使い手ならば、人間の血液を武器とすることも容易いだろう。

 

「……!!!」

 

 土茶大佐の進撃が止まる。雨のように降り注ぐ仲間の血を前にして、実力者である筈の大佐が防戦一方のまま動けない。

 

 鍛え上げた魚人海賊は。

 

 鍛え上げた海軍大佐よりも……強い。

 

 突き刺さる血飛沫が、土茶大佐の鉄の塊と化した筋肉を削り貫いていく。

 

 そんな土茶大佐を嘲笑うかのように、海賊……特徴的な鼻を持つノコギリザメの魚人は背中に差した大剣を振り抜く。

 

 剣と言うには、それははあまりに異様であった。

 

 本来であれば反り返っているはずの刃は、まるで牙のように刻まれ、鋸のように敵を削り穿つことを目的としているかのようであった。並の海兵では持つことすら適わない長さと重量を併せ持つ、鉄の塊と言った方が正しい。

 

 

 ……土煙が巻き起こった。

 

 その瞬間、何が起きたのか、その場にいた海兵は視認することができなかった。

 

 しかし、目に見えなくとも結果から想像することはできた。

 

 土茶大佐は全身から血を吹き出している。そして、土茶大佐の目の前にいたはずの魚人海賊は、剣を振り下ろした体勢であった。

 

 剣が、その刃を煌めかせたのだ。

 

 そしてその、目にも止まらぬような速度のたった一振で、土茶大佐は意識を失った。

 

「化物……」

 

 その事実を認識したとき、その場に居合わせた海兵の脳裏に死の恐怖が沸き上がる。

 

 魚人海賊の剣は海兵が使うサーベルとはまるで異なる。それは剣と言うよりも、巨大な鉄の塊に人を引き裂くための牙がついていると言った方がよかった。

 

 鉄塊と化した筈の土茶の身体はまるで挽き肉のように削り取られ、その意識も刈り取られのだ。無数の牙によってとらえられた土茶の身体はおびただしいほどの血を流している。

 

「大佐!大佐ぁ!!」

 

「大佐を守れーっ!絶対に死なせるなぁ!」

 

 恐怖に駆られる心を奮い立たせたのは、上官を救護しようと奮起する衛生兵の声であった。

 

 早急に治療が必要となった土茶を救助すべく、中佐以下の海兵達が突貫する。肩に担いだマスケット銃を、乱射して突き進む。結果的には、戦力の逐次投入に他ならなかった。

 

 なぜ土茶に加勢しなかったのかと言えば、高速で動き回る土茶に誤射しないようにするためだ。残念なことに、土茶の部下で、高速で動き回る土茶に当てないよう配慮しながら海賊を狙い撃てるような狙撃の達人はいなかった。

 

 

「煙幕撃てぇ!援護しろ!」

 

 号令と共に煙幕が投げ込まれる。吹き上がる白煙に殺傷能力はない。が、海賊の視界を塞ぐには十分な濃さがある。

 

 煙幕のなかを突き進むは、見聞色の覇気に長けた精鋭。大佐が敗北したのを見て、二人一組で仕事に当たる。

 

 入隊以来切磋琢磨しあった二人は見聞色など使わずとも互いの動きが手に取るようにわかる。煙幕が途切れない僅かの間に死角に入り、魚人の首を狙って指銃を撃つ。

 

(殺った!!)

 

 中佐達が勝利を確信した瞬間。中佐たち二名の体は強烈な蹴りによって吹き飛ばされる。

 

 魚人の筋力に任せたそれではなく、より洗練された武術の片鱗を感じさせる強烈な蹴りであった。

 

 鉄塊によるガードも間に合わず。二人の中佐は意識を失ってしまう。

 

(……こ、これは……!!)

 

「……考えが浅いですねぇ」

 

 偉大なる航路を行く人間達……否、すべての物に、平等に訪れる現実がある。そこに種族の差も、所属する組織の差も存在しない。

 

 策を弄し、数を恃み。最善を尽くして己よりも強大な敵に立ち向かう。無慈悲な海において、そういう瞬間は必ず訪れる。

 

 ……ただ。

 

「この程度で私を倒そうと言うのは。舐められたものです」

 

 それでも敵わないほどの()()()()()()()というものがこの世には存在する。

 

「……こ、こうなれば……!突撃だ!!」

 

 残存兵において最高位の士官、正義のコートを着た少佐は突撃命令を下した。

 

 

 玉砕覚悟の突撃。指揮官としては下の下。しかし、海兵隊としては上の上。

 

 まがりなりにも軍隊が、海賊の襲撃に背中を向けるなどあってはならない。即断即決によって下された非情な判断に、その場の海兵達は己の死を連想しながらも、携帯するサーベルを抜いて突撃の構えを見せる。

 

 その瞬間。

 

 閃光が煌めいた。

 

 その瞬間までその場にいた全員が何が起きたのか認識できなかった。しかし、何が起きたのかまではわかる。

 

 魚人海賊が血を流して吹き飛ばされ、倒れている。憎い敵が受けた衝撃は、先ほど魚人海賊が土茶大佐に与えた衝撃の比ではなかった。魚人海賊は分厚いコンクリートの要塞を貫通するほどの勢いで吹き飛ばされた。

 

 特徴的な長く、まるで鋸のような鼻は無惨にもへし折られていた。

 

 

「んー。そういう自棄は良くないねぇ~。……負傷者にあたっちまうでしょうがぁ」

 

 海兵達の無謀とも言える突撃。そして、それを確実に返り討ちにしていたであろう魚人海賊の進撃を止めたのは、本物の英雄であった。

 

 ハットを身に付け、海軍の正義のコートには幾つもの武勲を示す勲章が飾られている。

 

「ボ……ボルサリーノ中将!!!!」

 

 海軍本部中将『黄猿』。

 次期大将と目される海軍の切り札が目の前に現れたことで、海兵達は歓声に沸き立った。

 

***

 

 歓声に沸き立つ海兵達の中で唯一、油断していない者。海軍中将ボルサリーノは少佐へと指示を出した。

 

「早く離れた方が良いよぉ~」

 

「え?」

 

 中将の意図が解らず困惑する少佐へと、飛ぶ斬撃が襲い掛かる。

 

 迎撃態勢すら取れない少佐を庇ったのは、唯一それに反応できたボルサリーノ中将であった。

 

 空間を絶ち斬るような鈍い音が響き、無傷のボルサリーノ中将が少佐を庇うように立っていた。

 

 丸腰であったはずのボルサリーノ中将の手には、いつの間にか光輝く剣が握られている。少佐達の目には、ボルサリーノは正に英雄であった。

 

「……何て……格好だ。一つお伺いしますがよろしいですか?」

 

「ん~?」

 

 会話に乗るふりをしながら、黄猿は負傷者を救護する時間を稼いだ。黄猿の能力は敵の制圧には向いている。しかし、足手まといの味方を確実に守りきれるほどの防御性能はない。味方の多い状況では、彼にしか使えない飛び道具を迂闊に使うことも出来ない。だから、あえて話に乗ったのである。

 

「……私の記憶では海兵とは海のヒーローであった筈ですが……」

 

 その英雄に対して牙を向けるのは。

 

「ヒーローではなく、マフィアの間違いでは?」

 

 鼻の骨を折られてもなお立ち上がる、不屈の海賊であった。

 

 

(……た)

 

(立ち上がった!!?)

 

 現場にいた海兵達は圧倒されて後退る。

 

 全員が理解しているのだ。

 

 例え鼻の骨を折られていようが、満身創痍であろうが。

 

 

 

 目の前の海賊が、自分達では打倒しえない強敵であるということを。

 

 人間の心理とは不思議なものだ。

 

 もう生きる希望がないと思う状況においては正義感を燃やし、死力を尽くせたとしても。

 

 目の前に生きる希望が産まれた時。死の恐怖は正義感を上回り、足を竦ませる。

 

 経験豊富なボルサリーノはそれをよく解っていた。だからこそ、部下達にはさっさと退けと言ったのである。

 

「ん~、現実は海の戦士ソラのようにはいかなくてねぇ~」

 

「わっしの正義は『どっち付かず』。どうとでも捉えれば良いよぉ~」

 

 飄々と受け答えするボルサリーノに動揺の色は欠片もない。確かにボルサリーノの格好は正義の海兵とは言い難かった。

 ティアドロップ型のサングラスを掛け、黄色のストライプスーツの上に海軍のコートを着用している。海兵ではなくウエスト・ブルー出身のやくざ者と言われた方が納得できる出で立ちなのだ。

 

(……おっかしいねぇ~。わっしの勘なら、そろそろ別動隊が何らかの動きを見せる筈なんだけどねぇ~?)

 

 

 たった一回攻撃を与えた感触だけで、ボルサリーノには理解できた。

 目の前の海賊が、自分が倒すに値する敵であると。

 

 

 それと同時に、ボルサリーノは困惑もしていた。

 

 目の前の海賊の狙いが読めないことに。

 

 ボルサリーノが敢えてたった一人の敵の目の前に現れた理由。

 

 それは、海軍中将が不在の時間を見越して、目の前の敵の本隊が基地へ襲撃をかけてくるに違いないと読んでいたからだ。

 

 その場合であっても黄猿には対応できる術がある。海兵の中で最も機動力に特化した駒が黄猿である。本部中将という立場とは別に、黄猿は己の能力が遊撃に向いていると理解していた。

 

 目の前の海賊を叩くふりをして、現れた別動隊のもとへ移動する。

 

 ……そのつもりだったのだが。

 

(……この男からは何も読み取れないねぇ~……?)

 

 覇気の一つ、見聞色を持つ人間は、時として人の大まかな感情を読み取る事がある。

 無論、ほとんどの人間はボルサリーノがそうであるように、常日頃は自分自身を『演じて』いる。感情がそのまま読み取れることは稀だ。

 しかし戦場という緊張感溢れる状況においては、人は感情を取り繕うことは難しい。

 

 目の前の海賊が圧倒的劣勢にもかかわらず何の反応も見せないどころか、覇気が強まっていることに黄猿は戸惑いを感じていた。

 

 しかし、海軍中将ボルサリーノの動きに、そして、目の前の海賊……アーロンの動きに、迷いはなかった。

 

 先に動いたのは、アーロンであった。海兵が使う瞬間移動術の一つ、剃。

  

 などよりも遥かに速く、アーロンは黄猿との距離を詰める。黄猿に剣劇を挑まんと、特徴的な大剣に覇気が込められる。

 

 しかし。

 

 そのアーロンの動きに合わせたかのように。黄猿の長い脚による蹴りが叩き込まれんとする。

 

 どちらの動きも、その場にいた海兵達には認識すらできていない。しかし、正確なところで言えば。

 

 アーロンは類い稀な瞬発力と身体能力でもって、黄猿より先に攻撃することを選べた。

 

 しかし。黄猿は。

 

 驚異的な見聞色と鍛えぬいた武術でもって、後攻めでありながらアーロンにカウンターを決めたのだ。

 

 アーロンの意地はここからだった。

 

 ボルサリーノの蹴りはもうアーロンの首にまで迫っている。とてもではないが、回避など間に合わない。

 

 だからアーロンは、咄嗟に歯でカウンターを決めた。

 

「おっ……とぉ!」

 

 黄猿の蹴りが再びアーロンの顔面に叩き込まれる。アーロンは再び、蹴りを受けて吹き飛ばされる。

 

 しかし、先ほどと同じではなかった。

 

 無敵の黄猿の右足から血が滴る。黄猿は思わず呟いた。

 

「怖いねぇ~……」

 

 あの一瞬。顔面に蹴りが叩き込まれようとした正にその瞬間、海賊アーロンは己の牙に覇気を込めたのだ。

 

 蹴りは直撃しアーロンに致命的な一撃を与えた。もう大剣を振りかざす力すら残ってはいないだろう。しかし、アーロンの込めた覇気は確かにボルサリーノに傷をつけたのである。

 

「念のために意識を刈り取っておかないとねぇ~」

 

 吹き飛ばしたことで巻き起こる土煙が晴れぬ中で、自分に言い聞かせるように追撃を試みるボルサリーノ。その非情とも言える判断は……正解であった。

 

「!……!!??」

 

 土煙の中、下方向、そして上下左右からアーロンのものと思わしき武装色の気配を関知し黄猿は思わず『鉄塊』の要領で全身を武装硬化する。

 

 回避に長けた黄猿には珍しい受けの姿勢。それは、思わぬところに仕掛けられた罠が原因であった。

 

 黄猿に先ほどダメージを与えたのと同じ、アーロンの牙。それが武装色の覇気を帯びて黄猿に襲い掛かってきたのである。

 

 これが魚人空手であるのなら想定内である。或いは飛ぶ斬撃でも黄猿には対応できた。

 

(牙!?へし折った筈……!)

 

 しかし、己の牙に武装色を纏わせた上でそれを飛ばすなどという経験は流石の黄猿も想定していなかった。魚人族を泳ぎが上手いだけの人類だと認識していたからこそ、その落とし穴に嵌まったと言えた。

 

 土煙が晴れたとき、黄猿は疑問の答えを得た。

 

 アーロンの口は血にまみれていた。黄猿の蹴りは確かにアーロンに強烈なダメージを与え、その牙をへし折ったのだ。

 

 ただ、鮫の魚人族の歯は何度も、何度でも生え変わる。そういう知識は黄猿にはなかった。

 

 わずか一瞬の隙。その一瞬に、アーロンの全身全霊を込めた大剣の一刀が振り下ろされる。

 

 その瞬間黄猿は手に持っていた光剣を捨てた。

 

「わっしのガードは……世界一!!!!」

 

 それは武装色の覇気の極地。

 

 武装色の覇気とは、己を強化する鎧である。それは、内に込めれば込めるほど己の拳を固く強く鍛え上げ、外に放てば鋼鉄すら砕く武器となる。

 

 武装色の覇気の鍛え方は様々である。ただし、実際に何かを弾き飛ばすまで昇華出来る人間は稀である。

 

 アーロンは知らなかった。武装色を、弾く覇気に出来ることを。

 

 渾身の一撃を与えようとしたまさにその瞬間に、アーロンの左腕に衝撃が来た。弾く覇気の力によって、既に攻撃体勢にあったアーロンが崩される。

 

 その隙を逃す黄猿ではなかった。

 

 黄猿の渾身の蹴りが、アーロンの顎に叩き込まれた。

 

 一度。二度。二度も強烈な一撃を受けて立ち上がったアーロンはまさに、新世界でも有数の猛者であったと言えるだろう。

 

 しかし、三度目はなかった。

 

 アーロンはこの日、海軍本部中将ボルサリーノに敗北したのである。

 

 

***

 

 戦いを終え、アーロンを拘置所に繋ぎ。黄猿は意識を取り戻した土茶を労っていた。土茶と共に手当てを受けていた海兵達は緊張感で休むどころではなかった。

 

 土茶が敬礼の姿勢を取ろうとするのを黄猿は手で制止した。

 

「いやぁ構わないよぉ。今日はご苦労だったねぇ。今回の敵は強敵だった……災害にでもあったと思ってゆっくりと休むと良いよぉ~」

 

「はっ。中将。私はあの男との交戦中、妙な気配を感じました……」

 

 

「妙な気配?」

 

「何か……あの男には隠された狙いがあるような……」

 

「……あの男について調べて見たよぉ。身体に特徴的な刺青があった。タイヨウの海賊団の構成員だったねぇ……」

 

「魚人海賊団の……?」

 

 黄猿は煙草の煙を吹かせながら土茶に己の推測を語ろうとした。しかし、怒り狂うドクターに部屋から追い出され、それは叶わなかった。

 

 




土茶中将(このときは大佐)ファンの方はごめんなさい!ここでは噛ませになっていただきました。
土茶大佐は六式を修得しています。もう少し頑張れば覇気にも到達できる実力者です。弱くはないんですよ、弱くは。
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