「……なぁ」
「何」
「俺たち何やってるんだ?」
「さぁ」
襖を開け放った、外がよく見える和室の中。俺とキキョウはただ何をするでもなくだらだらと時間を浪費して過ごしていた。
ナグサ先輩がどこかに行ってから、ずっとこの調子だ。キキョウの様子も、どこか沈んでいるように見える。
「……やめやめ、なんか楽しいこと話そうぜ」
「楽しいこと?」
「おう。そうだな……よし、今なら何でも質問に答えるぞ」
「……じゃあ一ついい?」
「おうよどんとこい」
何でも聞いてくれると言った手前、そう答えるしかない。何を聞かれるのかと身構えて待っていると、キキョウがようやく口を開いた。
「……彼女とか、いるの?」
「……あー…」
そう来た、か
「……いたよ」
「………………そう。今はいないの?」
「あぁ」
「振られたんだ」
「……や、違う」
「振ったの?」
「死んだ」
俺の言葉に、キキョウは僅かに表情を強張らせる。しかし、それも一瞬限りの事で、その鉄仮面は崩れなかった
「……ごめん」
「いいよ。引きずってないし」
「……良かったら、でいいんだけど。どんな人だったか聞いてもいい?」
……なんか、思ったよりもグイグイ来るな
別に構わないが、こいつがここまで踏み込んでくるなんて少し意外だ
「……冷酷なようでいて、優しい人だった。そうとしか言えないな」
「見た目は?」
「黒髪で、猫耳と二又の尻尾が生えてて……ぐらいかな。可愛い人だった」
「……その人が好きだったんだね」
「あぁ……なんでそんな事聞くんだよ?」
「いいじゃない。話くらい」
そう言ってキキョウはいたずらっぽく笑った。その笑顔には無理をしている様子もなくて、思わず見惚れてしまう。しかしそれも束の間の事だった。すぐさま元の表情に戻ると、キキョウはボソッと呟く
「……あぁ、でも。そっか。そういう事」
「ん?」
「いや、あんたが私と関わる理由がよく分かった」
「???」
「自覚無し、か。……やっぱり、人は人に依るものなんだね」
「?????」
キキョウの言ってることの意味が良く分からず、俺は首を傾げる。そんな俺に対して、キキョウは深くため息を漏らした
「ねぇ」
「なんだ?」
「私達って、どういう関係だと思う?」
「……あ?……えっと……友達……?」
「そう。……友達、ね」
少し複雑そうな表情を浮かべるキキョウに、俺は首を傾げた。さっきから微妙に様子が変だ
「寂しい?」
「何が?」
「彼女さんの事」
「……寂しい、んだとは思う」
「そう」
そしてまた沈黙が訪れる。俺達は特に何かを話すでもなく、ただそこで時間を過ごすだけだった。一体何を考えているのかとキキョウを見ると、何か自分の体をまじまじと見ていた
「……ねぇ」
「ん?」
「寂しいなら、慰めたげよっか」
「……は?」
わからない。今日のキキョウは本当によくわからない
「何、言ってんだよ。からかってんのか?」
「……そうだね」
そう言うと、キキョウは四つん這いの姿勢で俺に寄って来る。そのまま俺の頬に手を添えると、静かに口付けてきた
「キっ……!?まっ……!?」
俺は慌てて身を引き離そうとするも、キキョウに強く抱き締められてしまいそれは叶わない。少しするとゆっくりと唇を離すと、キキョウは顔を赤くしながら俺を見た
「お前っ!なにして!?ふざけんのも……」
「黙って。貴方に口答えする権利はないよ」
キキョウは俺の肩を押すと、もう一度唇を重ねて来た。抵抗しようにも、力が強くて押し返せない。ならば殴ろうと手を動かそうとするも、力が抜けて拳を作ることも出来ない。ただキキョウのキスを受け入れるだけ
「んぅ……ふっ……」
俺が無抵抗なのを良い事に、キキョウはより深く口付けてくる。息が苦しくなり口を開くと、すぐに舌が入ってくるのが分かった
「……ん……ふぅ……」
ざらついた舌が俺の舌に絡まり、蹂躙していく。感じた事のない快感に頭がクラクラしてきた。抵抗しようと手を動かそうとするも、やはり力は入らない
「ん……っ……ふぅ……」
最後に俺の唇をひと舐めすると、キキョウはゆっくりと顔を離した。お互いの舌の間に伝う銀の糸が妙に色っぽく見える
「黒髪で、猫耳、二又の尻尾。似てると思わない?」
「……何に」
「私に」
「は……」
俺が息を切らせながら聞くと、キキョウは薄く笑みを浮かべて言った。意味が分からない
「何を、言ってるんだ……?」
「まだわからない?それとも、わかりたくないのかな。どっちでもいいけど」
そしてキキョウは、今度は俺の首に顔を埋めるとそこに吸い付いた。それも一瞬。俺の耳元に唇を寄せると、囁くように呟く
「貴方はね、彼女さんと私を重ねてるの」
「は?」
「黒髪、猫耳、二又の尻尾。貴方が私によく絡んでくるのはそういう事でしょ?」
「それは……」
否定、出来なかった。彼女が死んだ。その事はもう割り切っていた筈だった
でも、いざ言われてみると──キキョウとアイツの面影が重なる
「俺は……お前とアイツを重ねて…るの、かな」
「……だろうね。でもそう思わせたのは私だから、気に病む事はないよ」
そう言うとキキョウは俺から少し離れる。そして俺の目を見つめながら、言った
「彼女さんに出来なかった事を私にするっていうのも悪くないんじゃない?別に私は構わないけど?」
「……違う」
「何が違うのさ」
そう言って薄く笑うキキョウの目はどこまでも冷たくて。アイツの姿と、重なった
「…お前とアイツは違う」
「そう、違う。けど貴方は同じだと思ってる」
キキョウは俺の言葉を遮るように言ってのける。そして俺を見下しながら言葉を続ける
「貴方はね、彼女さんと出来なかった事を私で代用してるんだよ。私は貴方にとって、彼女さんの代わり」
「……っ!?」
その言葉を聞いた瞬間、胸の痛みと共に記憶が蘇って来る。彼女と過ごした日々がフラッシュバックしていく──これは思い出してはいけないものだ。記憶という名の底なし沼に、引きずり込まれていく。
「彼女さんはもういない。それは私にとっても、貴方にとっても変えようのない事実」
「……やめろ」
「けど貴方はその事実を認められなかった。だから私を代わりにしてるんでしょ?彼女さんの代わりを作って、その役を私に押し付けてるだけなんだよ」
「違う!」
俺は声を荒らげながら叫ぶように言った。しかしキキョウは冷ややかな笑みを浮かべたまま俺を見下ろしていた
「彼女さんとはどこまでしたの?手を繋いだ?キス?それとも最後まで?まだ私の方が遅れてる?」
「……っ」
「否定しないんだね」
脳髄を犯すような、囁く声は止まらない
「彼女さん、今の貴方を見たら失望するだろうね。死んだ後、自分の代わりを作られるなんて。……なんか、可哀想になってきた」
「黙れ!!」
俺が叫ぶと、キキョウはどこか苛立ったように深いため息を漏らした。そして俺の首に手を添えると、そのまま締め付け始める
「ぐぁっ……」
「……なんで否定しないの?本当は貴方も思ってるんでしょ。私は彼女さんの代わりだって」
ギリギリと指に力が込められていく。呼吸が出来ずに意識が遠のいて行くのがわかった もういっそこのまま死ねれば楽に───
「いいよ。口調とか、名前の呼び方とか、教えてくれればその通りにしてあげる。いや……もしかして、私がそのままだったりする?」
意識が途切れる直前で、キキョウは首から手を離した。突然入って来た空気に、思わず咳き込む
「げほっ!……はぁ……はぁ……」
「ごめんね。苦しかった?」
「……っ」
俺が睨みつけると、キキョウは少し安堵したような表情を浮かべた。そして今度は優しく俺の頭を撫でてくる。子供をあやすような手つきだった
「じゃ、彼女さんにした事、したかった事、私にやればいいよ」
「な、にを……」
「キスしたいならすればいいし、それ以上も……別に初めてじゃないんでしょ?」
「……やめろ」
これ以上聞きたくない。アイツは死んだ。もういない筈なのに
そんな俺の思いなど知らず─キキョウは言葉を紡ぐのをやめようとしない。その声音からは笑みが消えて、寂しげな表情に変わっていた
「別に、誰も責めたりしないよ。寂しいなら、私が都合のいい女になってあげる」
「……」
俺はキキョウの顔を見上げると、その冷たい表情を見つめた。そして徐々に手を伸ばして、そっと頬に触れる
「……一つ、約束して」
「……何だ」
「桐生キキョウの事、ちゃんと覚えていて」
俺の体を掴みながら、キキョウは仰向けに寝転んだ。俺が上、キキョウが下
「……好きにして」
「……わかった」
──────────────────
「……なぁ」
「何?」
「尻尾」
「だから何」
「……もういいや」
隣に座るキキョウの尻尾が、俺の腰に巻き付いている。言葉は無く、ただ可愛らしい独占欲の表れ
……アイツと、同じ
「……ねぇ」
「何?」
「覚えてるよね」
「…………勿論」
「ならいい」
ゆらゆらと揺れる尻尾がくすぐったい。……これも、同じ
「……なぁ、よくないよな、この関係」
「………そうだね。最低最悪。ぐっちゃぐちゃでどろっどろの関係」
「だよな……じゃあ、やめるか?」
俺がそう言うと、キキョウは信じられないと言わんばかりに目を見開いていた。そして俺の肩を掴むと、ぐっと顔を近づけてくる
「……冗談でも質悪い。やめられないのは貴方でしょ」
「……わかってるよ、言ってみただけ」
キキョウの言う通り、最低最悪の終わった関係
……でも、寂しさが紛れるような気がした
キキョウとこの世の終わりみたいな関係になりたい