愛せるようになりたくて   作:あなたの推しは誰?

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10話 分岐路に立って

 あの後、キスという行為と話題は出なかった。

 

 ただただ2人でふざけあったり、じゃれ合ったりしながら食事や間食をし、特に理由もなく映画を観に行き何となくで選んだ映画が大外れで、途中退場して、個室のあるお店に来て今に至る。

 

 何となくで選んだ映画は駄目だった。ちゃんと事前にある程度、調べておくべきだったね。

 

 とりあえず、ノリと勢いで選んで観るものではなかった。

 

 テレビCM、広告とかで紹介されてなかった時点で察するべきだったたね。始まって30分は映画本編とは全く関係無い野外プレイのシーンだし……。

 

 B級臭のするモンスター・パニックものの映画のはずなのにね。

 

 18禁じゃないのに序盤から18禁シーンを出すとか……。

 

「……カナタはああいうのが好みなのかな? もしかして期待してるのかなぁ」

 

 アイがニヤリと笑みを浮かべて僕の頬を人差し指でつついてくる。

 

「いやいや、それ濡れ衣だからね」

 

「ええー……ほんとかなぁ? だってカナタの両親ってソッチの方の癖悪かったんでしょ。なら、十分にカナタにもその素養はあるんじゃないのかな」

 

「ぐっ……地味に有り得そうな所突くね」

 

 僕自身が自覚してないだけでその素養がある可能性は十分に高い。

 

「まあ、カナタって結構ヘタレてる所あるから、そんな度胸は無さそうだけどね♪」

 

「……言ってくれるね」

 

「だって事実だし……それとも今すぐにこの場で私にキスする度胸はあるの?」

 

 ニヤニヤと笑いながらアイはそう言う。ここでキスの件を蒸し返してくるか……。

 

 言い返せない。言い返したら負けな気がする。

 

 両親の血に負けるなという自分と調子に乗ってるアイにヘタレじゃない所を見せてやれという自分だけでなく、わからせろという自分以外にも色々な思いが出てくるが、それらは全部無視しておく。

 

 下手に考え込むよりもこういう時はノリと勢いで何とかするべきだろう。

 

 負けるな、僕。アイの囁きに屈するな! と自分に言い聞かせる。

 

「そう言う……アイも口だけだよね。誘い受けというかさ」

 

「ほう……言ったなぁ、私はカナタと違ってヘタレじゃないから出来るよ? カナタが往生際が悪いだけですぅ〜」

 

 グイグイと身体を近寄せてくるアイ。

 

 これってアイもアイで言ってて後に引けなくなったパターン? 

 

 そんなことを思っている間にお互いの距離がかなり近くになっていた。

 

「カナタは何が不満なのかな〜。私って十分に可愛いでしょ? そんな子とキス出来るなんて早々無いよ? 一生に1度のチャンスかもよ?」

 

「自信満々だね」

 

「私が可愛いのは事実だからね♪ ファンレターにもよく可愛いって書かれてるし」

 

 自他ともに認めるってやつね。

 

 その時だ……ふと脳裏に過ぎったのだ。キスって別に唇に拘らなくて良くない? と。唇を意識してしまったのはそもそも心肺蘇生シーンを撮るため、キスをしてしまったからであるのだから。

 

 そう考えると一気にハードルが下がったように感じられた。 それでも、結構ハードルは高いままなような気がするけど。

 

 これがヘタレだと言われる原因か? その1歩が踏み出せないから。

 

「……どうしたの?」

 

「ん〜……ちょっと実行に移すか迷ってるだけ」

 

「ヘタレた発言だね! こう私を見習ってグイグイ行くくらいじゃないと」

 

「それ……単なる押しつけじゃない?」

 

「時には強引に行くことも大切なんだよ! 欲しいと思ったものを手に入れる為にはね!」

 

 確かにそれは分からなくもない。

 

「……でもさ、僕らは偽のってつく関係なわけだけどさ。アイは少し前に本物に出来たらって言ったけどさ。それって本気?」

 

「……本気だよ。少し独占欲ってのも出来ちゃったし、それにさ……私たち次第では嘘を本当に出来るチャンスでもあるから。前例を作って安心したいって気持ちもあるよ」

 

 前例ね。アイは愛してるって言葉を嘘じゃなくて本音で言えるようになりたい。

  

 嘘が本当に……。嘘を本当に出来る前例があれば。いつになるか分からないことでも前例があるから安心して進んでいけるって思ったのだろうか?

 

「でもさ、そもそも僕たちお互いに恋心を抱いてないからこその偽の恋人関係なわけだけど」

 

「うん。そこは昔の人たちの例を真似れば良いんじゃないかなって思ったんだ。ほら、戦国時代とかって恋愛結婚とかじゃなくて家の都合でのが多かったでしょ?」

 

「そっちを参考にしたのね。形を最初に作れば後は自然とその形に意識も変わっていくんじゃないかってことかな」

 

「大体そんな感じだね」

 

 確かに今の時代ってだいたい…恋愛→交際→同棲→結婚って流れが多いけど。昔って……見知らぬ相手との結婚→同棲→愛が芽生えるか芽生えないか見たいな感じだよね?

 

 僕の想像が間違ってなければだけど……。

 

 でだ、僕たちは愛について少しでも知るためのきっかけになるんじゃないかな? って感じで偽の恋人になった。

 

 それで、アイがやろうと思ってることは……恋人関係(真)→恋愛感情を得る。普通はというか大体の人は恋愛感情を得てから恋人関係な感じ。

 

 ……で合ってるかな?

 

「ところでさ、独占欲が出来たって言ってたけどさ何で?」

 

「それは……動物園に行った時のこと覚えてる?」

 

「覚えてるよ。特にリスザルに人差し指を噛まれて出血したことは鮮明にね」

 

 思い出すたびにおのれリスザル! ってたまに思う程度には根に持ってたりする。

 

「結構根に持ってるね。まあ、それはともかくさ……あの日のカナタの笑みには愛があったんだよ」

 

 確かに前世の家族に抱いている親愛だからね。

 

 でも僕が求めてるのは血の繋がりのない赤の他人を愛せるようになること。

 

「でも、おかしいよね? カナタは両親のことを愛してないんでしょ……なら、あの時のは誰に向けた愛なのかな?」

 

「それは内緒。ただ、向けるべき相手はもう何処にもいないとだけ言っておくよ」

 

 前世の家族に向けたものだから。

 

「……そっか……ならさ、それを全部私に向けてよ。……だって向けるべき相手はいないんでしょ? だったら、私に頂戴よ! いない誰かじゃなくて、今ここにいる私を見て……私だけを……」

 

 ……真っ直ぐに僕の目を見ながら、アイはそう言うと口を閉じる。

 

 僕はどう答えるべきなのだろうか?  

 

 血の繋がった家族に向けてたものを完全に他人に向けられるか? 多分、無理だ。友人に向けるものではない。

 

「…………」

 

「……例え私のためにじゃなくて、他の誰かの向けられたものでも……カナタが私の言う通りにしちゃうから。それを私に向けちゃうから、いけないんだよ……」

 

 僕はあの日から既に間違っていたのか……。

 

 前世の家族との思い出を良い意味で思い出させてくれるきっかけをくれた礼のつもりだったのに。

 

「……困ってるでしょ?」

 

「そうだね……」

 

「でも、私のために向けられた(モノ)じゃなくても、愛を向けられたことが嬉しかったんだよ。アイドルじゃない私が愛されてるって感じがあって」

 

「……それ故の独占欲か」

 

 他の誰かに向けられるべきものを向けられたら似て非なるものでしかない。それを本物にしようとしたら、自身に向けてもらうしかないよね。

 

「ふふ……そのまま、どんどん私を意識して良いんだよ?」

 

「うわぁ……魔性の女」

 

「でしょ? アイドルだからね♪」

 

 ちょっと茶化してくれたお陰で気が緩む。

 

 色々と思考がぐちゃぐちゃにされそうだ。というか……された。

 

「はぁ……」

 

「あはは……困ってるね」

 

「ほんとにね」

 

 その元凶は楽しげに笑っている。でも、その目は僕のことをしっかりと見ていた。まるで隙を探しているかのように……。

 

「……困って困って♪ そして、沢山私のことを考えてね」

 

「……楽しそうだね」

 

「うん。楽しいよ。自分でも少しビックリしてる。迷惑をかけてるって分かるのに……私のことを見て、考えて、悩んでくれてるのが嬉しく感じるの。ちゃんとここにいる私を見てくれてるんだなって」

 

 こう唐突に心の闇を連想出来るようなものが入ってくるから、コメントに困る。

 

 苦笑いを浮かべていると唐突にアイに手を握られる。

 

 性別や身長差からか凄く小さく感じられた。

 

「…………」

 

 そのまま無言で強弱をつけて握られる。

 

 何がしたいのだろうか? そして、アイはこの行為に関してどんなアクションを期待してるのだろうか……謎だ。

 

 それとも単純にこう悩む僕の姿を見たいのか。分からない。

 

 だから、何となくで同じ様に強弱をつけて握り返してみる。

 

「へー……」

 

 アイは短くそう言うと僕のことをニコニコしながら見てくる。

 

 これは正解? 不正解? 分からない。僕の行動からしてアイは何かしらの答えを得たのだろうか? それとも単純にアクションを返したからだろうか。不明だ。

 

 表情からは全く読めない。と言っても僕にその手の特技はないので、目で見た通りのことしか分からない。

 

 後は今までの付き合いからの憶測となる。

 

 とりあえず、機嫌は良さげ? 不機嫌であることよりは全然良いんだけどさ……。

 

 

●●

 

 

 それから暫くして、唐突にアイに最近悩みはないのか聞かれた。

 

 今さっきのが1番の悩みだと言うと……そのまま悩んでね♪ と軽い調子で返され、それ以外のはないのか再度聞かれる。

 

 まあ、あると言えばあるのだが……言った所で自分がどうしようと思ってるのか再確認にしかならないような気がするが……折角だし言ってみることにした。言うだけならタダだし。

 

「ん~……アイは僕が祖父母の所で暮らしてるのは知ってるよね?」

 

「そうだね。仲が悪いからどうにかしたいとか?」

 

「そういうわけじゃないよ。ただ、単にお礼をしなくちゃって思ってるだけだよ。血の繋がった孫って理由だけで住まわせてくれてるからさ」

 

「なるほどねー。でもさ、お礼って言ってもどんなのを考えてるの?」

 

「温泉行きたいとかボヤいてたのを聞いたから温泉旅行でもプレゼントしようかなと思ってる」

 

 祖父母がテレビを観ながらそんなことを話していたのが夜中にトイレに起きた時に聞こえてきたのだ。

 

「温泉旅行かぁ……でもそこまで決まってるのに何を悩んでるの?」

 

「場所とか日程、それ以外にも金額とか。高すぎても気後れしちゃうかもだし、場所も遠すぎても家のことが心配だろうし、日帰りも体力的に辛いだろうしさ」

 

「なるほどね~」

 

 ゆっくりするなら2泊3日ぐらいが良いのかな? って個人的には思うけど……1泊2日とか日帰りって結構忙しくなるんじゃないかなって思う。

 

 ゆっくりと売店やお土産を見る時間を取れないだろうし。

 

「カナタは祖父母の予定を把握してるの?」

 

「まあ、大体はね。だってカレンダーに予定をこまめに書いてるから、それを見れば急に入ったの以外は分かるよ」

 

「ふ~ん。なら、そのまま温泉旅行をプレゼントしちゃえばいいじゃん」

 

「まあ、そうだね……」

 

 元々温泉旅行にするつもりではあったけど、どうにも煮え切らなかったのだ。

 

 案ずるより産むが易しとも言うし、温泉旅行をプレゼントすることで確定しよう。

 

「それで日程と場所はどうするの?」

 

「とりあえず、2泊3日でそこそこの値段で料理の評価も高めの場所を探すよ」

 

「一緒に探してあげようか?」

 

「……旅行代理店でプランとか見るつもりだから1人で行くよ。2人で行ったら店員さんに変な誤解されそうだからそれはお断り」

 

 中学生2人で来たら絶対に怪しまれる。

 

 てか、バレたらどう言い訳するつもりなのだろうか?

 

「そっか……じゃあ、海と山どっちにするの?」

 

「それは山かな。祖父は昔は登山に行ってたらしいから。その証拠写真も見たことあるし」

 

 家の居間にどっかの山をバッグに登山家仲間との集合写真が飾ってあるからね。

 

「へー。登山ねぇ」

 

「行ったことあるの?」

 

「ううん、無いよ。ただ、そのうちに近いものはやるかもだけど」

 

「そうなんだ」

 

 まあ、企画次第ではあり得ないわけではないからね。

 

「うん。社長が色々と仕事を取ろうと奔走してるからね」

 

「大変だね」

 

「だよね。軌道に乗りかけてきてるから今が頑張り時なんじゃないかな」

 

「アイも忙しくなってるもんね」

 

 だからこそ、予定が合いづらくなってきているのだけれど。

 

 売れないよりも売れたほうが良いのが当たり前なので、これはしょうがないことだ。

 

「カナタもじゃない?」

 

「まあね。それでも、ちょい役とかゲストとかが多いけどね」

 

「そのうち共演とかもあるかな?」

 

「どうだろうね。あるかもしれないし、無いかもしれない」

 

 こればっかりは制作者側の都合次第だからね。

 

「だよね。あ、そうだ。そういえばさカナタって何処に住んでるの?」

 

「住所のこと」

 

「そうそう。祖父母の所って言ってたけど結構近いのかなって思って」

 

「まあ、最寄りの駅から徒歩15分程度の距離の場所だし──」

 

 それから駅名と大体どの辺りに住んでるのか答えると、アイも似たような感じで教えてくれた。

 

 その後は住んでるところのことを話したりしてから解散となったのだが、その際に次に合う時には答えを聞かせてねと言われてしまう。

 

 それに対して僕がちゃんと返事をする前にアイは答えは聞かないとばかりに駆け足気味に行ってしまうのであった。

 

 




 みなさま良いお年を。
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