愛せるようになりたくて 作:あなたの推しは誰?
この日は、俺こと星野愛久愛海と双子の妹とである星野瑠美衣にとってある意味忘れられない日となった。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「どうした?」
「いや、分かってるでしょ……ママがすっごくご機嫌なんだよ!!」
「それぐらいは俺にも分かる」
瑠美衣……いや、ルビーの言う通り。俺たちの母親である現役アイドルことアイが傍目からでも分かるほど、ご機嫌な様子なのだ。
鏡を見ながら前髪の位置を微調整したり、服に皺とか無いか確認したりを鼻唄混じりでやっては、楽しげに笑みを浮かべる。
ほんとに何があったのだろうか?
「ルビー、アクアもきっと驚くだろうな……あ、でも、まだまだ赤ちゃんだし分かるわけ無いか」
1人頷き納得するアイ。
誰か来るのだろうか? もしかして……俺たちの父親が来るのか?
同じ考えに至ったのだろうルビーが虚無顔を浮かべている。
「ママは処女受胎なんだから……私たちにパパなんていない。いるはずがないんだ」
そして、唐突にブツブツとそんなことを言い始めるルビー。
赤ちゃんの浮べる顔じゃないのに内心でドン引きしながらも声をかける。
「いや、まだ何も言ってねぇよ! てか、その顔止めろ。アイに見られるぞ」
「そ、そうだね! ママに見られちゃ駄目だね。ママの癒しになるようなプリティーフェイスでいなくちゃ!」
ルビーは瞬く間に虚無顔を止めて、愛想を振りまき始める。
こればかりはある意味女優顔負けのものであった。
とりあえず、アイには見られずに済んだとほっと一息つく。
その時だった。
ピンポーン!
インターホンの音が鳴った。
「あ! 来たかな。はーい!」
元気よく玄関の方へと移動するアイ。それをルビーが赤ちゃんとは思えない形相で見送る。
だから、その赤ちゃんらしくない顔は止めろ。
少ししてアイと眼鏡をかけた金髪ロングの女性? がやってきた。
「へ? 女の人?」
ルビーも疑問に思っているのだろう。首を傾げている。
「……バレてないよね?」
だが、金髪ロングの女性? の声は完全に男のものであった。それも、かつて聞いたことのある男の。
「あはは♪ 大丈夫だって、歩き方とか仕草とか全然違ったし」
「それなら、頑張って覚えた甲斐があったよ。ちょっと洗面所借りるよ」
「いいよ」
アイの返事を聞くと金髪ロングの女性? はバックを持って洗面所へと入っていった。
そして、水の流れる音や布の擦れるような音とかが聞こえてくる。
アイはその間に俺とルビーの2人を抱き上げるとソファーへと座った。
そして、俺たちをニコニコ笑顔が見つめながら言った。
「いや〜、まさか……女装して来るなんて思わなかったよ。変なところで行動力があるパパだよねー♪ 歩き方から仕草まで全部を別物にしてまで来るとか……その行動力を別のところで発揮してもらいたかったよ」
……マジか! っとばかりにルビーが固まる。
俺は……うん。声からして薄々はそう思っていたが……本当に女装してるなんて思いたくなかった。
いや、もう……何してんのあいつレベルだ。……てか、歩き方とか仕草を別人レベルで変えるってどんだけ頑張ってんだよ!?
そこまでしないと会いに来れないの?
確かに病院で少し会話しただけだから、そこまで人なりを理解してるわけじゃないけど……まあ、毎月30万ほどの現金をファンレターの中やヌイグルミの中に入れて送ってくるような人だってのは分かってたけど……。
女装はどうなんだよ? 確かに身バレの危険は無いだろうけど……羞恥心は無いのか?
そんなことを思っている間に、着替えてきたのだろう……俺達の父親の本来の姿が洗面所から出てきた。
「……ふぅ……スッキリした」
清々しいまでの笑みを浮かべているが、ルビーも俺も父親の顔を見て固まる。……最近、テレビでよく見るようになった俳優じゃねぇか!!
病院に来たときは金髪だったから、分からなかったが髪は染めてるのか?
「今回は染めてこなかったんだね」
「いやいや、染めた髪をまた地毛に染めるなんてそんなにしたくないんだけど」
そう言いながら父親は自然な動作でアイの隣に座った。
発言からして病院に来たときは黒く染めた髪を金髪に染めてから来たということなのだろう。
「この子たちにも言ったけど女装して来るなんて思わなかったよ。自撮りを送られてきた時の私の気持ち分かる? 疲れて精神でも病んだのかと思ったよ」
「でも、その代わり身バレしにくいでしょ?」
「確かにそうだけどさぁ……カナタのお祖父ちゃん、お婆ちゃんは何か言わなかったの?」
「動揺はしてたね」
「ほら、やっぱり」
そりゃ、するよな。話を聞く限りだと唐突に女装して出かけたんだろ……絶対に色々と心配されてるだろ。
ルビーも黙って話を聞いてるけど、明らかに困惑してるしな。
「ところでさ……この子たちの名前を教えてほしいんだけど」
「え〜……ど〜しよっかなぁー」
おいおい……父親なのに俺たちの名前は知らなかったのかよ!?
「知りたかったら会いに来るように言ったのはアイなんだけどね」
「そうだけど……そのまま素直に教えるのもどうかな? って思ってね」
「えぇ……」
「あはは、冗談だよ。男の子が愛久愛海で女の娘が瑠美衣」
「……すっごくキラキラした名前だね」
父親は額を抑えながら1度天を仰ぐと、引きつった笑みを浮かべながらそう言う。
「でしょ!」
アイは特に父親の言葉に気にするような素振りは見せない。
その後、ものすごく憐れみの籠もった視線を向けてくる父親の手が伸びてくると俺の頭を優しく撫でてきた。
「愛久愛海……色々なことに負けないような心の強い子になってね」
「大丈夫だよ。なんたって私の子だからね♪」
「……余計に心配になってきたんだけど」
「なんで~?」
「いや、だってさ……強くなり過ぎて、誰にも弱味を見せられなくなりそうだし」
「…………そっか。カナタは心配性だなぁ。そんなに心配なら一緒に住めばいいのに」
父親……いや、カナタはアイの言葉に苦笑いを浮かべると俺の頭を撫でるのを止めた。
「それは……身バレした時のリスクが高くなるから駄目だよ。バレたら僕もアイもお互いに仕事が無くなっちゃうし。そうなるとこの子たちの将来のためにお金を稼げなくなっちゃうからね」
「それはそうだけどさ。バレないように頑張れば何とかなるよ」
「いやいや。同じ家から出てたりしたらその内にバレちゃうかもだし。何よりもお互いにテレビに出る身だからね。僕たちがいくら気をつけていても、僕らの気がつかないうちにお互いに共通する点が見つかってしまうかもしれないよ」
「考え過ぎだよとは言えないけどさ……もうちょっと気楽に考えられない?」
「それでバレちゃったら、苦労するよ。僕たちだけなら構わないけど……この子たちを僕らの苦労に巻き込むのは極力少ないほうがいいよ」
予想以上に俺たちのことを考えてるんだな。
ルビーもそう思うのか不思議そうにカナタのことを見ている。
「ちぇー……アクアとルビーに会った後なら行けるかなって思ったんだけどなー。こう双子の可愛さで籠絡的な感じで」
「まあ、確かに可愛いけどさ……それとこれは別だね」
「頑固なパパだねー」
アイはそう言いながら俺とルビーを抱きしめる。
「そう言われてもね……少なくともこの子たちが将来、自分の進みたい道に行くのに問題ないくらいの額を貯められないと一緒に暮らすのは難しいかな」
「それ実質、一緒に暮らすつもりないじゃん」
「そういうわけじゃないんだけどね……」
「ほんとに?」
「ほんとだよ。少なくともこの子たちがある程度大きくなったら1度会おうと思うんだ」
「……それまでは会わないの?」
「うん、そのつもりだよ。中途半端に会った方が気にされちゃうと思うからね。ちょっとだけ2人を抱きかかえさせて」
カナタの言葉をアイは素直に聞くことなく、俺たちごとカナタの膝の上に勢いよく座った。
「……重っ」
「………」
カナタの言葉にアイは無言であったが、明らかにムスッとした表情をしていた。
女性に体重の話題は厳禁である。ついでにルビーも赤ちゃんが浮かべるような表情をしていなかったが、それは俺以外の誰にも気がつかれていなかった。
「……まあ、いっか……3人纏めて抱きしめればいいだけのことだし」
カナタはそういうと俺たちを抱きしめてきた。
「……〜〜♪」
しかも鼻歌混じりでかなりご機嫌な様子。
「……〜〜♪」
カナタの鼻歌に合わせるようにアイも鼻歌を歌い出した。
●●
それからしばらくしてベビーベットに戻された俺とルビーはアイに押し倒されてなすがままにされているカナタの姿を見ていた。
「……お兄ちゃん的にはどう思うさっきの発言?」
「少なくとも誠意は見せたんじゃないのか?」
「でもさ……世間には隠してるとは言え、仕事で他の女性と付き合うふりをすることになったからはどうなの?」
「出てるバラエティ番組のドッキリの仕掛け人としてだけどな」
思ったよりもルビーが荒れてないのが不思議ではあるのだが……。
「それでもさ……私たちがいるところで言う?」
「赤ちゃんだし、覚えられないとでも思ってるんだろ」
「なら、次に会うときが来たらこのことを言ってみようかな。驚くと思うんだけど」
「まあ、驚くだろうな。でも、また会っても良いとは思うんだな」
「まあね……だって、ちゃんと私たちのためにお金を稼いでくれてるし。後、ママが楽しそうだからね」
認めたくない現実を見てるような目でアイにいいようにされているカナタを見つめるルビー。
あ……カナタの首の付け根辺りに思いっきりキスマークが着けられてる。……しかも左右にだ。
「付けちゃった! ねぇ、付けちゃったよ! どうするの?」
いたずらっ子のような笑みを浮かべるアイが本当に困った様子のカナタのことを楽しそうに見ている。
「……いや、ほんとにどうしよう」
やべーな……とばかりに苦笑いしながらもカナタはアイの髪をゆっくりと触っていた。
気の所為じゃなければ行動的に結構余裕があるように見えるのだが。
「……ママってあの人のこと好きなんだよね?」
「少なくとも俺たちを作る相手に選ぶくらいにはな」
「でもお互いに愛の言葉を言わないよね」
「それな」
お互いに好意を示す言葉は言わずに行動だけしてるのは、歪なように見える。
「今日は……泊まってくよね?」
「そうだね……泊まってこうかな」
「珍しいね。すぐにそう答えるだなんて」
「今日はそうなりそうな気がしてたからね。家に連絡だけさせてもらってもいいかな?」
カナタがスマホを取り出すとアイがその手を掴む。
「今は……駄目だよ。ちゃんと私を見て。それは後で」
「……なるべく早い方がいいんだけど」
「だ〜め! 恋人がいるのに、お仕事だからって他の人と付き合うふりをするんだから……その分、ちゃんと埋め合わせをしてくれないとね」
聞き耳を立てながらアイとカナタのやりとりを見る俺とルビーの目はどんどん澱んでいく。
「お兄ちゃん」
「なんだ」
「ママたち……私たちのこと忘れてない?」
「忘れてはないだろ……泣けばきっとすぐに来るぞ?」
ただ自分で言うのもあれだが、赤ちゃんの前でいちゃつくのってどうなんだ? 喧嘩されるよりは断然マシなのだが……。
「そうかな? だって……あの人よりもママの方がご執心してるし」
「アレの方がおかしいんだ……」
受け身だったカナタもお返しとばかりにキスをやり返し始めた。
「カナタにとって愛って何?」
「僕にとっての愛か……多分だけど無条件で純粋に何かを与えたいと思うことなんじゃないかな?」
「……無条件に?」
「うん。責任感とかそういうのは一切無しで、ただ単純に見返りも何もいらない。相手に何かを与えて少しでも喜んでもらいたいと自然に思ってあげられることかな。多分だけどね」
「……アクアやルビーに向けてる気持ちは愛じゃないの?」
「僕が……アクアやルビーに向ける気持ちは愛じゃないよ。確かに可愛いとは思ってる。でも、僕にとって親として当たり前のことだと思ってることをやってるだけだしさ。あの子たちが大きくなれるようにね」
………………。
「ねぇ、お兄ちゃん。あの人の愛に対する理想値高すぎじゃない? 無償の愛以外は愛じゃない的な感じで」
「そうだな。逆に言うとそんな風に思えるような相手がほしいとも言えるんだよな」
俺とルビーが話してる間もアイとカナタの会話は続いていた。
ただ確かなのは……両親ともにお互いのことは大切に思いつつも、愛という感情についての悩みがあり、それを解消したいと思っているということ。そして、俺たちのことを大切に思っていることぐらいだろう。
ちなみにだが、仕事で他の女性と付き合うふりをすることになった件については……いずれ埋め合わせをすることで許された模様。