愛せるようになりたくて 作:あなたの推しは誰?
1週間後。再び、ワークショップの日がやって来た。
劇団ララライの建物の裏口近くにある自販機で飲み物を買っていたら、アイドルらしくないといえばいいのかな? おしゃれとは言えない服装のアイさんが歩いてきた。
地味な色のパーカーにつば付きの帽子、そして、これまた地味な色の長ズボン姿である。
途轍もなくつまらなそうと言うかどうでも良さげみたいな雰囲気を出しているので、先週見た姿からは想像しづらいものであったけど、そんなアイさんが僕に気がつくと立ち止まり、何やら思い出そうとしてる仕草をする。そして、数秒後口を開いた。
「あ……え~と……カナヲ君?」
「惜しい! 哉汰ね。1文字違う」
「あらら……またやっちゃった。カンペ見ればよかったよ」
アイさんはそう言いって笑いながら、カタカナで僕の名前が書かれた紙を見せてきた。
「でも、カンペを用意したのは良いことじゃないのかな? 少なくとも相手には人の顔と名前を覚えるのが苦手なことを何とかしようとしてるのが伝わるしさ。最終的にカンペを見ないで言えれば問題ないんだし」
苦手を克服しようとしてるんだし、そのことで変にグチグチ言うのはね。人としてどうかと思うんだ。
「そうかな?」
「少なくとも僕はそう思うよ。それにしてもさ、アイさんはアイドルだし普段着もある程度おしゃれな格好をしてると思ってたんだけど……おしゃれとは言えない服装の理由って外出時にアイドルだってバレないようにするため?」
何とな〜く、僕なりにおしゃれとは言えないアイさんの服装について聞いてみた。何かしらの理由があるのだろうと思って。だけど返って来た答えは……。
「え? そんなことないよ」
というものであった。
これは予想外であった。そっかぁ……アイさんは服装にはあんまり気を使ってないんだね。アイドルだからといっておしゃれとは限らないってことか……。
アイドル=おしゃれって考えはやめたほうがいいね。1つ勉強になった。
「……まあ、立ち話もなんだし中に入りなよ」
そう言って裏口の扉を開けて、中に入るように促す。
「それもそうだね」
楽屋へと行く道すがら、先週聞きそびれたというか聞けなかったことを聞くことにした。
「あ、そうそう……アイさんってB小町のアイさんで合ってる?」
「合ってるよ? もしかして、知らなかった感じ?」
「うん。先週、初めて会った時はアイドルのってしか言ってなかったし、僕も聞きそびれちゃったからね」
そこは僕が間抜けだっただけなんだけど。だから、この1週間の間にちょいっと調べたわけなんだけどさ。
「そっか……う~ん、私も少しは有名になったと思ってたんだけど……まだまだかぁ~」
ちょっと残念そうに呟くアイさんに知らなくてもうし訳ないという気持が若干湧き上がるが、僕は元々そんなにアイドルとかに詳しい訳ではないので……。
「同じ芸能界でも僕は今は舞台役者の方が多いし、アイさんはアイドルだからね。部署っていうか部類が違うからお互いにこういう機会が無かったら、知り合う余地はほぼほぼ無かったんじゃないかな」
「確かにそうかもね。私も……え~と……カナタ君のことを知らなかったしね♪」
カンペを見て名前を言ったので、今回は名前を間違えなかったアイさん。
「そうそう。みんなそんなもんじゃないかな。本当に売れた人だけが芸能界のあらゆる場所で知られるんだしさ」
だからこそ、特定の分野でしか知られない、知る人ぞ知るって感じの人は結構いるんだと思う。
「それもそうだね。後、ちょっと気になったんだけど」
「ん……どうしたの?」
そう言うとアイさんは僕の頭を見つめる。
「髪染めてるの? 微妙にだけど……黒髪の所々が金髪になってるよ」
「……え……ああ、そろそろまた染めないと駄目かぁ」
2週間ぐらい前に染めたから、髪も伸びてくるし流石にそろそろ目立ってくるか。
「地毛が金髪なんだね。何で黒く染めてるの?」
「ん〜、単純に黒い方が好きなんだよね」
本当は前世が黒髪だったから、黒髪じゃないと違和感を覚えて仕方がないってのが本音だけど。
前世とは顔も声も違うからしょうがない部分は受け入れてるけど……今生の両親は金髪だし、それが遺伝して僕も金髪だったんだけど、両親の死後から黒く染めたのだ。
「へー、ええと……カナタ君なら別に金髪でも似合うと思うよ?」
「そうかな? でも、黒い方が個人的に落ち着くんだよね」
「両親には何も言われないの? 髪染めたら色々と言われそうなイメージがあるけど」
「両親とも、もういないからね。言う人なんていないよ」
いたら髪を染めるなんて出来なかったんじゃないかな。
「ぁ……」
「ごめんごめん。僕の両親のことについては気にしないでね。数年前のことだしさ。それに劇団の人はみんな知ってるしね」
変な空気になりそうなので先に謝っておく。
「う、うん。じゃあさ……カナタ君は……その両親こと愛してる?」
「まさか……僕は両親のことを愛せなかったよ。そして、両親も僕のことを愛してなかったと思う。そして、両親の間にも……愛は無かったんじゃないかな」
僕がはっきりと愛してるって言えるのって前世の両親と妹と弟だけだし。結局、前世では血の繋がりのある家族以外を愛せなかったし、誰かを好きになることもなかった。
今生の両親はアイさんに今、言った通りだ。だって愛し合ってるそんな風には見えなかったし、そんな素振りも無かった。僕がデキたから自分たちの世間体を守るために結婚したんじゃないかなって感じだったし。
それに、母も父も揃って男癖、女癖悪かったらしいし……遺伝子調べたら案外遺伝上の父親は別人の可能性もあるんだよね。同時に異母兄弟もいそうである。
お金もかかるから、そんなことはやるつもりはないけどさ。
「そうなんだ……」
「そうだよ。まあ、他人の家庭事情なんて深く考えなくていいよ。他所は他所、家は家ってね。話は変わるけどアイさんがアイドルを始めたきっかけって何?」
僕は何か考え込むアイさんに話題を変えるためにそう言う。
自分でオーディションを受けたのかそれともスカウトされたのか。僕的にはどっちもありえそうなんだよね。
「……スカウトだよ。社長にね、お茶奢るから話をしないって感じで」
「下手したら警察に通報されそうだね」
アイさんの話を聞いて真っ先に出た言葉がそれであった。
「だよね! 今になってからだと私もそう思うよ!」
だけど、それが無かったらアイさんはアイドルをやってなかったんだよね。
そうして会話をしている内に楽屋へと到着する。
「それじゃ始まるまで時間がもう少しあるし、僕は手伝うことが無いか確認してくるから……またね」
「あ、うん。今日もよろしくね」
「僕の方こそ」
そう返事をしてから、僕は何か手伝うことが無いか金田一さんへと確認しに行くのであった。
●●
ちょっとした手伝いを終えると今日のワークショップが始まった。
今日は前回の振り返りを行ってから、グループ分けを行い、そのグループ内での台本の読み合わせをメインで行い。午後には実際にステージの上で金田一さんやみたさんなど劇団の役者がどう演じているのか見てもらい、午前中に行った台本の読み合わせをグループごとにステージの上で演技を混じえてやっていく予定である。
それで、僕のいるグループも新たに合流した人もいれば、別のグループに行った人もいるのは当然だ。劇団の人も移動してるしね。
大体前回のグループメンバーの半数がどのグループでも入れ替わっている感じだ。
なので、最初はグループ内で軽く自己紹介を行ってからの台本の読み合わせとなった。
どの役をやるかは男女別にくじ引きで決まった。あくまでもワークショップなのでということだ。体験重視である。
その台本の読み合わせもつつがなく終わって、お昼休憩となった。
各々が近場のお店に昼食を食べに行ったり、コンビニで買ってきたサンドイッチやおにぎり、コンビニ弁当を食べたりしている。
そん中でポツンと楽屋の端のテーブルで1人コンビニ弁当を食べるアイさんの姿を見つけた。
他の参加者と違って知り合いがいないのか、もしくはアイドルだから敬遠されたのだろうか?
有名人がいるとついつい意識して関わらないようにする人もいるから、敬遠されていてもおかしくはないね。
まあ、ある意味ちょうど良かったと言えばちょうど良かった。カミキ君も一緒だったし、紹介するにはタイミング的にバッチリと言えた。
「お疲れ様。アイさんはコンビニ弁当だったんだね」
なので、普通に声をかける。
「あ、うん……カナタ君と誰?」
「えっとね、後輩のカミキヒカル君ね。これから2人でお昼ご飯食べようとしててね。僕たち両方弁当だからさ」
その証拠を見せるように弁当箱をテーブルの上に乗せる。
そして、椅子を引いてアイさんの対面に座り、アイさんの食べてたコンビニ弁当を見ると……白米はほぼ減って無くおかずが減っていた。
「そうだったんだね。カナタ君と……え~と、ごめんね」
「ああ、気にしないでください。哉汰さんから聞いてますので。改めてカミキヒカルです。カミキでもヒカルでも呼びやすいように呼んでください」
そう言いながら自分の弁当箱を開けて、食べ始めるカミキ君。
僕も僕で弁当箱を開けて食べ始める。
「うん。え~と、それで何か私に用があったの?」
「ああ、うん。この間のワークショップの後にね、カミキ君にね、アイさんのことを紹介して欲しいって言われたんだよ。何でもアイドル故の表情の作り方とかに興味があるらしくてね」
「あ、そうなんだ」
そう言うとアイさんは納得したように頷く。
「ええ、僕も役者の端くれですし。役によっては色々な表情を作るので、哉汰さんが褒めてたアイさんの表情の作り方とかについて気になった次第で」
カミキ君も自分の弁当を食べながらそう言う。
「そっかぁ……でも、私は何か特別なことをしてるわけじゃないよ? アイドルだからステージにいる私のことを客席のどの角度から観ても可愛く見えるように鏡見て研究して目の細め方、口角をミリ単位で調律してるだけだよ」
何か凄いことやってるんだけどこの人!?
カミキ君もびっくりしたのか箸が止まってまじまじとアイさんを見てる。
「どうしたの?」
わからなぬは本人だけか……。
「あ~、いや……僕たちの予想だにしなかった答えが返ってきたから混乱しただけだよ。アイさん凄いなって」
「ええ~、そんなことないよ! グループ内では私よりも歌とかダンスが上手い人いるしさー!」
アイさんはなんでもないように言うけどさ、同じようなことをやってるアイドル何て片手で数えられる人数もいないんじゃないのかなぁ? と僕は思うんだけど。
「ん〜、これは凄すぎて参考に出来ませんね」
再起動したカミキ君は苦笑いを浮かべながらそう言って昼食を食べるのを再開した。
「あ、私も聞きたいんだけどさ……カナタ君とカツミ君? は演技に感情を乗せるのってどうやってるの?」
……何か気がつけば僕の名前を間違えなくなってるアイさんである。意外と覚えられるじゃん。
関わり始めたばかりのカミキ君の名前は普通に間違えてるけど。
「例え理解出来てなくても想像して、それが本物であると自分に嘘をついてかな」
僕は理解出来ずわからないのであれば、それがどんなものなのか想像して、想像したものが本物であると自分に嘘をついて、自分すらも欺く。それが演じる事だと思うのだ。同時に役というものに役者本人の感情や個性を限りなく乗せないようにすることも大切なんじゃないかな。役という与えられたキャラクターに不純物を混ぜないという意味でだけど。
「僕も基本的には想像してますね。実体験してることであれば、その時のことを思い出しながらやりますけど。後、僕はカミキですよ」
「あ、うん……ごめんね。……そっか、2人はそんな感じなんだね」
名前を間違えたことを謝りつつも、僕とカミキ君の返事に理解出来たような出来てないような曖昧な頷きをするアイさん。
「まあ、実際に体験してないことはどんなことなのかなぁっ…想像を膨らませるしかないからね」
「ですね」
僕の言葉に頷くカミキ君。
「ふーん……なら、想像してもわからないことはどうするの?」
「そうなったら言葉の意味を調べるかな。調べてそれに近いものを探して代用する。それで駄目ならまた調べての繰り返しだね。どうしても未知の部分は多いしね」
僕は転生者だから、その分経験があるから分かることがあるけど……それでも分からないことが多いのは事実だし。
分かるからこそ、余計なことを考えてしまうこともあるからね。
「そっか……勉強は必須かぁ」
「まあ、人生全てが勉強みたいなものだよ。繰り返しする練習だって勉強で言う復習みたいなものだし」
「確かにそうだね」
そんな会話をする僕とアイさんの姿をカミキ君は弁当を黙々と食べながら観察するように見ていた。