愛せるようになりたくて 作:あなたの推しは誰?
翌日の夜20時。
昼間は昨日のことを根に持ったカミキ君に地味に精神攻撃を食らった。
例え、お巫山戯でも兄呼びは止めて欲しい。リアルでいそうで、嫌だからだ。
それはさて置き、自宅のベランダに出てから携帯で電話をかける。
数秒ほどしてから電話が繋がった。
『もしもし?』
「もしもし、こんばんは。蘇芳哉汰です」
『あ……カナタか! いや~、見知らぬ電話番号からかかってきたから誰かと思ったよ♪』
えぇ……連絡先を書いた紙を渡したのに携帯の電話帳に登録してなかったのね。
「電話帳に登録してなかったんだね。まあ、それはいいや。アイさ……いや、アイは今は忙しかったりする?」
『今、さん付けで呼びそうになったでしょ? ううん、忙しくはないよ?』
「ごめんごめん。慣れなくてね。忙しくないなら色々と何処まで許容するかの摺り合わせをしたいなと思ってたんだけど」
『ん、いいよ。全然OKだよ。後、こんな風に電話をするのもそれっぽいよね?』
確かに……それっぽいといえばそれっぽいよね。偽りの関係だけどもさ。
「まあ、偽りの関係だけどもね」
『だねー。でも、そこを意識しないようにしないと。それと、カナタは私が好きで好きでしょうがないって思わないと』
「そしたらアイは僕が好きで好きでしょうがないってなるんだけど……そう意識出来る?」
『んー……無理!』
だよね〜! それは僕もだよ。
「まあ、元も子もないこと言ってないで密会の予定とか立てない?」
『でもさ、場所とかどうするの? 私は詳しく無いよ』
「それは僕もだね」
『…………』
「…………」
僕たちの間に沈黙が流れる。
『駄目じゃん!』
「駄目だね!」
2人して駄目なので笑うしか無い。
知名度が高くないと言っても知ってる人は知ってるので油断は出来ない。なので、密会ピッタリの場所とか探さないとだよね。
『カナタはそういう伝手無いの?』
「残念ながらね」
金田一さんなら知ってそうだけど……聞くのは躊躇われる。相手が誰だかすぐに察せられてしまいそうだからだ。
『う~ん……となると私かぁ。一応、心当たりがあるから聞いてみるよ』
「じゃあ、お願いね」
『いいよー』
「ちなみにその心当たりって?」
『私にワークショップを紹介してくれた人だよ……え~と、名前はかつらぎ? さんだったかな』
あ、ちゃんと覚えてないのね。
「とりあえず、ちゃんと覚えておかないとだね」
『だね〜』
アイはそう言いながら笑っていた。
「密会の時にさ……アイのこと教えてよ。僕のことも教えるからさ。偽りの関係だけどさやっぱり、お互いのことを知っていかないと目的達成には近づかないんじゃないかなって思うんだけど……どうかな?」
『ん〜、まあ良いよ。でも、何でも言うわけじゃないよね?』
「答えにくいことは多分無いと思うよ。単純に好きな食べ物とか、休みの日は何してるのかとか、趣味とかそこら辺の予定だね。理解度が上がれば偽りの関係も本物っぽくなるんじゃないかな? リアリティが増す感じで」
『確かに私たちってお互いにワークショップで話した程度のことしか知らないし……私もちょっと聞きたいことあったんだよね』
「了解。大抵のことなら答えるよ」
『そんなに際どいようなものじゃないから、その辺りは安心してね』
何を聞かれるのだろうか? 気になる。
ただ、電話で聞かれない事だから面と向かって聞きたいことなのだろうと思う。
「じゃあ、密会出来るような場所がわかったら教えて。僕の方でも一応探してみるから。それとお互いに休みとか会えそうな時間を調整できるように予定の確認も必要だね」
『そうだね。カナタは休みとかってどうなの? 私は社長が仕事を持ってくるから社長次第なんだけどさ』
「僕の方は……アイと似たようなものかな。金田一さんから振られたり、劇団の方だったり、昔の伝手だったりね」
『ふーん……似たようなものなんだね』
「まあ、僕たちはフリーで活動してるわけじゃないからね」
フリーで活動していたら多分、相当暇をしてるか、仕事を得るために駆け回ってるかのどちらかの気がする。
ある程度売れていたのならば話は変わるだろうけどね。
『だね。あ、そうだ。電話って毎日したほうがらしいのかな?』
「うーん……どうだろ? その相手によるんじゃないかな。後、僕たちの生活環境。ほら、僕たちって同年代の人と比べたら自由な時間って少ない方だからね」
『そうだね。私はアイドルだし、カナタは役者だもんね。お互いにレッスンはあるし、それだけじゃなくて色々とあるよね』
「でしょ? 疲れてる時って電話する気力も面倒だから起きないと思うんだけど。どうする、とりあえずお試しで毎日電話で会話する? 多分、話の種とかはすぐに無くなりそうな気がするけど」
お互いのことをそんなに知らないからね。多少の自己紹介を兼ねたものになりそうだ。
密会する意味が無くなるね……。いや、まあ、直接顔合わせて話すよりも話しやすいこともあるのかな? よく分からないけど。
もう、成るように成れだ。変に考えるよりもその方が良いような気がしてきた。
『カナタ的にはどうなの?』
「僕的には問題ないよ。現状そこまで忙しくなる予定は無いし。寧ろアイの方が忙しくなるんじゃないの? 社長さんはアイのいるB小町だっけ? それをガンガン売っていくだろうし。アイの忙しさに合わせる感じでいいんじゃない」
アイドルだし、忙しくなるときは一気に忙しくなってくでしょ。
『私の都合でいいの?』
「うん。さっきも言った通り問題ないよ。僕も忙しくなったりした時はちゃんとアイに伝えるから」
『分かった。明日は私がかけるから……ちゃんと出てよ?』
「出られない状況じゃないならちゃんと出るよ。それに出られなかったらちゃんと折り返しでかけるよ」
『約束だよ?』
「約束するよ。それじゃ、またね」
『うん、またね』
●●
それから、毎日のように電話での会話をした。通話時間は毎回違いに数分で終わる時もあれば1時間近く話すこともあった。
そんなある日の事だ。
アイが内緒で人と合うのに良いお店の場所を聞いたらしい。
『場所はね──』
「うん。分かった」
アイが言った場所の名前をメモする。
それからお互いの空いてる時間等を確認して、会う日を決めた。
その日はこれだけで電話が終わったのだ。
なので、家にある服を改めて確認して見たのだが……ものの見事にちょっとした余所行きのおしゃれな服が全くと言って良いほど無かった。
あるにはあったけど……サイズ的に着れないやつだったのだ。思えば、そういうのは全く買ってなかった。人のこと言えないね。
約束の日まで時間はあるから、服を買いに行かないと。
ある意味ではこの偽りの関係は……僕の行動を広げる意味では既に効果が出ているのだなと実感出来た。
このような変化は中々に楽しく感じる。まだまだ未知な感覚だからだろうか?
どちらにせよ、僕はこの感覚が嫌いではなかった。
●●
約束の日。
予めアイからホシノって名前で店に予約を入れておくからと言われていた。中学生でも店の予約って店側は受け付けてくれるのだろうかと思ったが……出来るところは出来るのだろうと思っておく。時間は制限されているだろうけど。
そんなことを考えながら教えてもらった店の中に入ると、受付カウンターにある名簿を確認する。同時に予約限定で個室があるようだ。
個室の欄にはカタカナでホシノと記入されているのがあった。
一応、同名の人がいる可能性もあるので電話で確認を行なう。
「あ、もしもし。今ついたんだけど、店の中にいる?」
『もしもし、ちゃんといるよ……どうたの?』
「単に同名の別人じゃないかの確認だよ」
『そうなんだ』
「ちゃんと本人確認出来たから切るよ」
『うん、待ってるね』
電話が切れる。携帯をしまうと近くにいた店員さんへと声をかける。
「あ、すいませーん!」
「はい、どうされました?」
「先に来ている人がいるんですけどホシノって人です。そこまで案内してもらって良いですか」
「わかりました。こちらになります」
店員さんに着いていくと1番奥の個室へと案内された。
「では、ごゆっくりとどうぞ」
店員さんはそう言うと去って行った。
個室の扉を開けて中に入る。
「あ、いらっしゃーい! 電話越しではほぼ毎日だったけど、こうして会うのは久しぶりだよね!」
そう言ったのは……ワークショップの時とは違ってちゃんと、といえばいいのか? おしゃれな格好をしたアイであった。
服装に詳しい訳ではないので大雑把に言えば、元々の可愛いさを引き立てるような感じの服装である。
「そうだね。本当に久しぶりだよ」
個室内は座敷になっていたので靴を脱いで上がる。
「ねぇねぇ! 何か言うことは無い?」
「うん……おしゃれしてきたんだね。似合ってるよ。元々の可愛いさを引き立てるような感じだね」
無地のトップスにシンプルなスカートという余計な煩さの無い感じが個人的にはGoodだね。
「うんうん♪ ちゃんと分かってくれて良かったよ〜。そういうカナタもおしゃれしてきたんだね」
「と言っても、定番色ので無難なものだけどね」
「そうだね! でも、ちゃんと服装に気を使ってくれたんだね。私もだけどさカナタもあんまり服装にこだわりは無かったように思うんだけどどうかな?」
「アイの言う通りだよ。この関係が無かれば、やろうとはしなかったね」
偽りの関係だけど、やるからにはちゃんとやらないとね。でなければ、何のための関係なのかわからない。
「なら、私のお陰だね!」
「そうだね」
きっかけくれたのがアイなのだから間違いはない。
「…………」
じっとアイが僕を見てくる。何かしてしまっただろうか? 特に何もしてないはずなのたが……。
「……どうしたの?」
「あ、ううん……何でも無いよ。たださ、他の人とさ私を見る目が違うからさ」
「ん? まあ、違うでしょ。だって僕たちは偽りだけど恋人関係だよ? 調べたら恋人関係って、自分の価値観を相手に押しつけるのではなく、相手の価値観を理解して受け入れることってあったから……アイのことを少しでも理解して、受け入れようと思ってるよ」
「そうなの? ……本当に受け入れてくれる?」
「出来る限りね。だからさ、アイも僕の価値観を出来る限り受け入れてよ。だけど、全部を受け入れる必要はないよ。誰だってどんなに好きな相手でも嫌な部分はあるんだしさ。それを踏まえた上で……付き合いを続けてるんだしね」
誰もが良いも悪いも含めて付き合いを続けてるんだし。
気は早いが僕たちの場合は偽りの関係ではあるけど、なるべく良い形で終われるように行動するのは間違いでは無いと思うのだ。
終わった後に少しでも自分の糧になるものがあれば、それで十分だろう。
「……カナタは、みんなの知ってる
「そうだよ。同時に役者じゃない僕のことも知ってほしいかな。相互理解ってやつだね。お互いに完全に理解するなんて無理だけど……それでも、相手を知ることに意味があると思うんだよ」
僕は何かを愛せるようになれれば、ちゃんと今を生きてるって言えるようになると思うのだ。
「だから、何か食べたり飲んだりしながらさ……先ずはお互いのことを知っていこうよ」
部屋に備え付けてる内線で軽く摘めるものと飲み物を注文する。
「…………じゃあ、私から聞くけどカナタは学校とかはどうなの? 友だちとか」
「……親しい友人と呼べる人はいないね。付き合いが無いからさ。多少話すことはあれど、それは共通で話せる事だけだからね……学校行事のこととかさ」
関わりが少なすぎて向こうもどうやって接したら良いか分からないってのもあるんだろうけど。
「アイはどうなの? アイドルをやってるからそれなりに交友関係は広そうなイメージがあるけど」
「私は……そんなことないよ。私ってさ育ちとか生活環境がみんなの【普通】とは違うからさ浮いちゃってるんだよね」
「そうなんだ」
「うん。お父さんは誰か分からないし、お母さんは窃盗で捕まって、私はお母さんが釈放されるまで施設に預けられたんだけど、お母さんは迎えに来なくてそのまま施設生活だし」
思ったよりもずっと重い過去なんだけど。確かに【普通】ではないし、多少なりとも浮いてしまうのは分かる。
【普通】でないことは良くも悪くも目立つ。アイの場合はそれが悪い方に出てしまったのだろう。
「それ、僕に言っても良かったの?」
「だって、カナタは私のことが知りたいんでしょ? だから、話したんだよ」
「うん、確かにそうだけど……こう重たい話が出てくるとは思わなかったよ。となるとグループ仲も良くない感じ?」
「よく分かったね! 結構ギスギスしてるよ。私の衣装だけ捨てられてたり、服が切りきざまれたこともあるよ」
……それって完全に虐めでしょ。衣装とかって借り物だったりすることもあるから、弁償案件の可能性もあるし、人の服を勝手に切りきざむとかそれは、器物破損罪に当たるのでは?
社長さん、何やってるの? 犯罪行為とか事務所の不利益になることは完全に止めさせないとヤバいよ。流石にそれやった人は辞めさせてるよね?
「……アイの周りの環境酷すぎない? 大丈夫? なわけ無いよね……うちって言うかそこ辞めてララライに来ない? 歓迎するよ」
金田一さんも即戦力になりそうな子が来たら喜ぶだろうし。
「ああ、うん……今は少しは改善されたんだよ? 社長が有無を言わせず辞めさせたりしてさ。後、アイドルを辞めるつもりは無いよ……色々とあるけどさ、それでもアイドル活動は楽しいと思えるからね」
「そっか……」
絶対に心は傷だらけでしょ。いらない同情かもしれないけどさ、出来る限り優しく接しようと思った。