愛せるようになりたくて 作:あなたの推しは誰?
あの日から約半月が経過した。
この半月の間に変わったことはと言えば……電話が毎日ではなく不定期的となり、1回の通話時間が1時間近くになった事とカミキ君が高校生くらいの女学生と一緒に仲良さげに出かけているのを目撃したり、鏑木さんって人から風邪薬のCMの仕事を振られたりぐらいだ。
後、金田一さんから亡き両親が劇団の公演に出ていた時の映像が出て来たからと観せてもらった。
「……役者は好きでやってたんだね」
映像で観た両親はそれこそ演技の質は並を超えることは無かったが、それでも……とても生き生きとしていた。
金田一さん曰く、これは僕には無いものであり、これがあればトップ層の仲間入りもあり得るそうだ。
現状、僕の演技は人形みたいなイメージがあるとのことだ。そこが改善されれば更に上へと行けるので、そこを何とかするのが課題とのこと。
喜怒哀楽で言うと怒哀の表現は既に良いところまで行っているらしく、喜楽の部分が問題だそうだ。
金田一さんはそれが僕の両親の死に関係していると考えているらしい。
そして、心の底から笑ったことないだろとも言われた。
何となくだが、、確かにと思ってしまった。僕は今生にて心の底から笑ったことが無かった。面白いことを観た時とか笑うけど、それは表面的なもので、嬉しさや楽しさで心の底から笑ったことは無かったと言える。
「…………はぁ」
唯一無二の大切なモノって無くしてから気がつくことが本当に多いね。
唯一無二のモノを無くしたのだから、代わりはない。
じゃあ、どうすれば良いのだろうか?
新しく見つける? それも手だろう。だけど、簡単に見つかるはずもないし、無くしたものと比較されてしまうけど……。
う~ん……分からない。きっと考えても分からないものなんだと思う。俗に言う、考えるんじゃない感じるのだ的なものなのだろう。
気長にいつか分かる日が来るのを待つしかないかな。
まあ、分かれる前に人生が終わる可能性もあるけど、その時はその時でしょうがない。
「今はそれを考えるよりも……」
デートのことを考えるべきだろう。
『何処に行くかは当日になってからのお楽しみだよ♪』
という無茶振りをされているのだ。
まあ、それを了承してしまった僕も僕で問題なのだが……過ぎてしまったことはしょうがない。
何となくだが、了承してしまった理由は分かる。単純に何処かに行きたかっただけなんだと。
自分で決めること無く、ただ流されるままに……。
たまにあるのだ……色々なモノをポイッとして、特に何も考えることなく揺ら揺らと移ろいたくなることが。
多分、それなんだろう。
とりあえず、このことは置いといてだ。
デート当日に備えておこう。
●●
そして、暫し時が流れてデートの当日。待ち合わせの場所に来るとそこには人がまばらに立っており、彼ら彼女らも誰かと待ち合わせをしているのだろう。
携帯を開いて時間を確認しようとすると突然に視界が塞がれた。
「だ~れだ?」
「アイ」
「せいか〜い! やっぱり分かるよね」
「うん。まあ、やるのは知ってる限り1人しかいないからね」
そう返事をしながら振り向くと、アイドルのアイとぱっと見では絶対に分からないであろう変装をしたアイの姿があった。
単純に僕がアイだと分かる理由の1つはメールに今日の服装と髪型と伊達眼鏡をかけた写真が添付されていたからだ。
アイの服装は紺色襟付きのニットトップスとチェック模様のマーメイドスカート。
服の名称については写真で添付されたのを見てから、ファッション雑誌で調べたのだ。
髪型は緩く首の後ろで一つ結びにし、それを右肩から前の方へと流している。
「……何か言うことはないかな?」
「うん。可愛いよ」
「う~ん……感情が込もってないよ? 電話の機械対応みたい」
「……えぇ」
そう言われても困るのだが。可愛いのは確かだけど、それだけだしね。
これが本物の恋人であればまた違ったんだろうけど……。
「この口か? この表情筋が悪いのかな〜?」
そう言いながらアイが作った笑顔で僕の頬を抓んで引っ張る。
「そふひふアイもわらっへないよ」
頬を引っ張られながら話したから変な声になってしまった。
「何言ってるのか分かんなーい」
アイは多分、分かってるだろうにそんな返事を返してくる。更に数秒ほど僕の頬を引っ張ってから満足したのか頬から手を離す。
それから僕の手を当たり前の様に掴むとそのまま歩き出す。
「……はあ、それで何処に行くの?」
アイの歩幅に合わせ、隣を歩きながら問う。
「それは……動物園だよ。この間、学校で行くはずだったんだけどアイドル活動で行けなかったからさ」
「なるほど……学校も休んで活動するんだ」
「いつもではないんだけどね。2、3ヶ月に1回有るか無いか程度だけどさ」
「なるほどね」
「カナタの方はどうなの?」
「僕の方は……今はそこら辺は配慮されてるね。両親が生きていた時はそんな事なかったけど。早退だったり途中からだったりはザラだったね。その癖、成績が悪いと文句を言われるんだからね」
アレは中々に理不尽だと思うんだ。分かるけどさ、習ってないところをちゃんと分かってるってのは担任の先生からしたら不気味でしょうがないと思うんだよね。
だから、わざわざ放課後とかにちょくちょく勉強の事とか聞きに行ったりと苦労したものだよ。
「カナタもカナタで苦労してたんだねぇ」
「まぁね……でも結局苦労って生活環境次第だからね。その大きさとかは人それぞれでしょ。比べてたらきりが無いよ」
話している間にバス停に着き、そこでバスに乗る。
中に乗っている人は思ったよりも少なかった。
そのまま各停留所での人の乗り降りは少なく、あっという間に動物園に到着する。
本日は天気にも恵まれているため人がかなり多い。
身バレのリスク高っ!?
「よーし! 行くよー!」
そして、身バレしちゃいけない子が行く気満々という事実。まあ、そうじゃなきゃ来ないよね!
知名度もまだそんなに高くないと思われるので大丈夫だと信じたい……大丈夫だよね?
そんな僕の一抹の不安はさて置き、券売機へと向かうと。
「見て見て! ペア専用だよ」
アイが指差す所にはペア用の多少割引されたチケットの欄があった。
「こっちの方が安くすむね」
「まあ、そうだけど……先にペアのところに目が行かない?」
「いや、僕たち偽のって最初につくじゃん」
「そうだけどさ……そこは考えちゃ駄目だと思うんだけど」
そう言われてもねぇ。最終目標は愛せるようになることだし。そのきっかけや僅かでもそこへ行き着くまでの過程を理解出来たら御の字程度の認識なんだけど。
「そうかな?」
「例え嘘でも、私たちが心に感じたことは全部本当なんだよ」
「……確かにそうだね」
例え嘘でも、感じたものは確かに本物だ。
「でしょ? カナタは変に考えすぎなんだよ。ほら、チケット買って行こうよ。時間は有限だよ!」
「そうだね」
券売機でチケットを購入し、2人で園内へと入って行った。
●●
パンフレットを右手に持ち、左手はアイに握られている。
動物園に来たのは久々なので、少々新鮮な気持ちだ。
そして、アイも僕も似たタイプなのか動物の姿を観て、その説明を分の書いてあるパネルを見て、内容を読むとすぐに次の動物を観に動いてしまう。
動物園にいる動物をゆっくりと鑑賞しないのだ。
「……私が言うのもアレだけどさ」
「何かな?」
「これってどうなのかな?」
「動物園で動物を観る速度のこと?」
「うん。こう普通はもっとじっくりゆっくりと観るものじゃないのかな? 何気ない仕草とかを観てさ」
確かにそうだよね。ある意味では僕たちって相当動物園とか不向きなのでは?
「でも、何か観るとすぐに満足というか……観た! じゃあ次ってなっちゃうんだよね」
「だよね。なんでだろう?」
性格的なものなのか、それとも興味がそんなにないからなのだろうか?
それはともかくとして、一旦ベンチに座り、他の人たちへと視線を向ける。
いる人達の多くは家族連れであった。
子どもたちに手を引かれる親、はしゃぎ周る子どもを注意する親、家族で写真を取り合う親子等、様々な姿が目に映る。
前世では当たり前のようにその中にいたが、今生では縁もなかった。
幼い頃は当たり前だと思っていても、大きくなればそれが当たり前ではなかったことに気がつく。
「……どうしたの?」
「ん? ただ、単に僕たちに無かったものを見てただけだよ」
「あ、そう言うことね」
でも、この光景は良い意味で僕に前世での思い出を思い出させてくれた。
あの頃は妹と弟と日常的に些細な喧嘩することもあったし、遊ぶこともあった。おかしや物を取り合ったり、何でそんなことで争うのか分からないことで争ったりと。
今なら分かると言うか、全部……成長するためには必要な事だったのだろう。
前世の事を思い出して穏やかな気持ちになるのは初めてだ。いつも、落ち込むだけだったので、やっぱり僕は結構女々しいタイプなのだろうか?
まあ、いいや。今はただ……ちゃんと穏やかな気持ちのままで前世の事を思い出せた事を喜ぼう。
「…………」
そのまま少しばかり、行き交う家族連れを見てると服を軽く引っ張られた。
引っ張ってきたアイの方を見ると何か表面的には微笑んでいるのだが、若干不機嫌そうな雰囲気を醸し出していた。
「……どうしたの?」
「分からない?」
「うん。だから聞いたんだけど」
「そっかぁ〜、分からないか。なら、教えて上げる」
どうしたのだろうか?
「……何で
「ん? どういうこと?」
「家族連れを見る時のカナタは人形みたいな笑みじゃなかった。ちゃんとした、心からの笑みだったよ。偽りの関係だけどさぁ……その辺りはちゃんとして欲しいと言うかさ」
ああ、そういうことか。そっか、思い出したからこそ笑えたのか。
「……そっか……それはアイのお陰だよ。アイがここに連れてきてくれなかったら僕は笑えなかったよ」
「そうなの? 本当に? ……なら、今から私に本物を向けてよ。出来るでしょ?」
アイに向けて笑みを浮べる。前世の家族の事を思い出しながら、家族にだけ向けていた
今はもう向けるべき相手のいないものを。
「こんなので良いの?」
「うんうん! これまでの人形みたいな感じよりも全然良いよ」
「そ、そう? アイがいいならそれで良いけど」
もう本来向けるべき相手がいないのだから。それを別の誰かに向けても良いだろう。それが望まれるのであれば。
まあ、偽りの関係だけど、それがより本物っぽく見える様になるのであればそうすべきなのだろう。
嘘に嘘を重ねて、塗り固めていく。これは果たして正しいのだろうか? それとも間違っているのだろうか? それは分からない。
それでも、その嘘の価値は受け取り手が決めるのだから、気にし過ぎない程度で良いのだろう。
「よし、じゃあ次に行こう!」
「そうだね」
その後、僕たちは園内を見回り、象の餌やり体験をしたり、ちょっとした動物との触れ合いコーナーに参加し、その際に僕の右手人差し指がリスザルという小型の猿に思いっきり噛まれて出血したり、動物園の売店でここでしか売ってないグッズを見てたりした。
リスザルとは不思議な縁があるものだと思った。まさか、前世に引き続き人差し指を噛まれるとは思いもしなかった。前世では正確には覚えてないが幼稚園児ぐらいの年齢だったと思う。
噛まれて、職員の人に手当をしてもらったのを覚えている。
ちなみに怪我の具合だけで言えば今回の方が酷かったりする。前世ではほんのちょっぴりしか出血しなかったのに、今回は普通にというか、それなりに出血したのだ。
「カナタも災難だったね。大丈夫? 痛くない?」
「大丈夫。痛いには痛いけどね。とりあえず、様子見かな」
「私は噛まれなかったのに何でカナタは噛まれたんだろうね」
「アレかな? 象の餌やり体験の時に触った果物の匂いでもついてたのかな?」
それが1番可能性が高そうだ。
でも、ちゃんと手は洗ってたんだけどなぁ……もしくは単純に嫌われてた? これはこれでありえそう。
「災難だったね」
「だね。起こってしまったことはしょうがないよ」
「嫌いになった?」
嫌いって言うか苦手意識は完全に芽生えたね。前世のこともあるから。
「いや、でも苦手にはなったね。少なくとも自分からは関わろうとは思わないよ」
2度と動物園に行かないとまでは言わないけど、リスザルには関わろうとは思わない。
それから程なくして、僕たちは次の事について話し合いながら帰路についた。