もし日車の式神が「断頭台のアウラ」だったら   作:Yama@0083

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第1話

 

 

【勇者ヒンメルの死から28年後

            北側諸国グラナト伯爵領】

 

 

 

 

夜の月明かりに照らされ、数多の兵士たちの鎧が鈍く光を反射する。彼らは皆頭部が存在せず、既に息絶えていることは明白であった。しかしそんな状態でも、彼らは勇ましく己の武器を構えている。

 

 

死の軍勢を率いて立つは、元魔王直下の大魔族、七崩賢が一角。

断頭台のアウラ。

 

 

相対するは、人類史上最も多くの魔族を葬り去った、元勇者一行の魔法使い。

葬送のフリーレン。

 

 

 

「アウラ。お前の目の前にいるのは、千年以上を生きた魔法使いだ。」

 

 

 

魔族の社会においては、魔力こそが全てである。魔力が多い者は畏れられ、魔力が少ない者は虐げられる、実に単純明快な秩序が存在していた。

 

弱肉強食。

その理に実に忠実で、実に不公平な天秤が。

今、強者(フリーレン)を前に頭を垂れる。

 

 

 

「アウラ、自害しろ。」

 

 

 

自らの魔法の傀儡と化したアウラの手から、自身の象徴である天秤が滑り落ちる。そして両手で断頭用の剣を持ち、切っ先を自身の首元へ近付ける。その目は虚ろでありながらも、僅かながらの抵抗を残していた。

 

 

 

「...ありえない...」

 

 

 

剣を握る両手が、僅かに震える。それは刻一刻と迫る死を前に、必死に抗っている様にも見えた。

 

 

 

「この、私が・・・っ」

 

 

 

彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。それは欺かれたことへの悔しさか、それとも魔族としての、同情を誘おうとする本能か。実際に何を意味していたのかは、最早アウラ本人にも分からない。

 

ただ一つ、分かることは。

命が大地へと還る様に、魔族の屍もまた、魔力となって世界へと還るということだけであった。

 

 

 

 

 

 

そして、死に際に表れた謎の感情は、彼女を数奇な運命へと導く。

呪い呪われた、悪意が蔓延る世界へと。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

日車 寛見(ひぐるま ひろみ)、という男がいた。幼少の頃から、「おかしい」と感じたことを放ってはおけない男であった。

 

雀百まで踊り忘れず。そんな性分は大人になっても治らず、彼は弁護士の道を進んだ。

 

事務所を持った彼の仕事の傾向は、曰く「無理筋の案件ばかり」。弁護側に大変不利な物や、社会から罰を望まれているような人物の案件を、率先して引き受けていた。

 

 

 

 

その時も彼は、難しい案件の弁護をしていた。逮捕された状況や凶器に残った証拠など、傍から見れば犯人で間違いないと思われる中、彼は被告人のアリバイや他の犯人の可能性を提示し、第一審で見事無罪を勝ち取った。

 

だが二審では、あっさりと有罪判決が下され、無期懲役を言い渡される。被告人の犯行を裏付ける証拠が見つかった訳でもなく、まるでこじつけの様な理屈で、判決がひっくり返された。

 

 

 

そう。この裁判は初めから、被告人の有罪ありきの物だったのだ。

 

 

 

 

───何故私を、その目で見る

 

 

 

 

絶望や失望、様々な負の感情が混ざった暗い瞳が、日車を射抜く。それはかつて救えなかった者を想起させ、彼の中の何かが切れた。

 

 

因果応報は、世界が自動的に裁きを下す訳ではない。罪を犯した悪人は、法の下で初めて裁かれる。

 

 

ではその法すらも、『正しさ』の前に目を瞑ってしまったら。

 

 

 

 

 

彼は誓っていた。

どこにも縋る瀬のない者たちの為、公平の名の下にその目を塞ぐ女神の代わりに、自分だけは目を開けていたいと。

 

 

 

「全員戻れ」

 

 

 

カンカンカン、と木槌の音が鳴り響く。

 

注意勧告や展開の区切りなど、裁判の場を取り纏める意味を持つガベルが、彼の右手に握られていた。

 

 

 

「やり直しだ」

 

 

 

鬼の形相で直立する彼の背後に、純白の布で仕立てられた服を着た少女が顕現する。その目は布で隠され、左手には天秤が握られていた。

 

まるで法の女神テミスを思わせる、その姿。

彼女は薄く笑みを浮かべ、その場にいる人間を見定めるかの様に、天秤を高く掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

ある者が言った。

呪術師とは、報いの歯車の1つであると。

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

【2018年 11月12日 東京第1結界(コロニー)

 

 

日本の東京では、今まさに術師たちによる死滅回游(殺し合い)が繰り広げられていた。

1000年を優に超える期間を生きてきた呪術師「羂索」によるゲームに風穴を空けるため、虎杖 悠仁はある人物の元へ向かう。

 

 

日車 寛見。

現時点で102点を獲得し、死滅回游に新しいルールを追加し得る者。

 

 

彼がいるという情報を受け、虎杖は池袋の劇場を訪れていた。階段を降り舞台へ向かうと、スポットライトの光の下で、スーツを着たまま悠々と入浴をしている男に遭遇する。

 

 

「誰だ? そこで何をしている」

 

 

虎杖には目もくれず、ぼうっと天井を見上げながら、彼は問いかける。

 

「アンタこそ、何してんだ」

「君は服を着て風呂に入ったことはあるか? 思っていたより気持ちがいい。小学生の頃にあった、着衣水泳の授業を思い出す...そうだ。俺は昔、あれが好きだったんだ」

 

 

ぱしゃりと湯船の水を足で弄びながら、彼は飄々として話を続ける。

 

 

「最近...色々と、どうでもよくなってしまってな。自分の中の『常識』に、チャレンジし続けている。この歳にもなって、グレてしまったという訳さ」

 

 

そのシュールな絵面に出鼻をくじかれた虎杖だったが、自分の役割を全うすべく、彼に話しかけた。

 

 

「アンタ...日車、だよな」

「いかにも。弁護士の俺と話すには、30分5000円の相談料を頂くぞ。・・・フ、冗談さ。フィクションの嫌味な弁護士を演じてみたくてな」

 

 

彼の困惑した様子に、日車は肩をすくめて笑う。そんな彼のひょうきんな様子に、虎杖は言葉での交渉の余地を見出した。

 

 

「えーと、単刀直入に言うと・・・日車。お前の100点、使わせてくれ。俺たちは、この死滅回游を終わらせたい。正確に言えば、殺し合いの強制を無くしたいんだ。その為のルール追加に協力してくれ」

 

 

彼の申し出を聞いた日車は、気だるげにバスタブの縁にもたれかかる。そして、これまた覇気のない声で彼に応えた。

 

 

「ならば端的に言おう、断る。時に法は無力だが、死滅回游の総則(ルール)はどうだ? 裁判というシステムを介さずとも、ルールを犯した者が物理的に、まるで世界の理かの様に、自動的に罰せられたら? なんとも素晴らしいことじゃないか。俺はこのゲームに可能性を感じている、そうあっさりと終わってしまっては困るんだ」

 

「...そうか。じゃ、言い方を変える。その100点を使わせろ、日車」

 

 

交渉が決裂した事を確認し、虎杖は己の拳に呪力を込める。彼が戦闘態勢に入った事を確認した日車は、気だるげに湯船から立ち上がった。

 

 

「...気に入らない奴をブチ殺したことはあるか? 思っていた以上に、気持ちがいいぞ」

 

 

水がしたたり、ぴっちりとしているスーツを、彼は適当に整える。同時に彼の背後に、極めて人間の少女に近い存在が顕現した。

 

 

(あれ...式神、なのか? 今まで見てきた中で、一番人っぽい・・・というか、角が生えてる以外は人間にしか見えねぇ。式神って、あそこまで人型に近いのもあるのか)

 

 

あどけない少女の姿をし、手には大きな天秤を携える式神。その異様な姿に、彼は何とも言えない底知れなさを覚える。そしてその時、戦いは瞬く間に幕を上げた。

 

 

 

「領域展開。『誅伏賜死(ちゅうぶくしし)』」

 

 

 

カンカンカン、とガベルが高らかに音を鳴らす。

 

それと共に、中世の断頭台(ギロチン)が多数現れ、二人を取り囲む。更にその背後には、首が欠損している数多の甲冑の騎士たちが、武器を携えて静かに佇んでいる異様な光景が広がった。

 

 

(早速領域! んなら、必中の術式が発動される前に!)

 

 

虎杖は足元に生成された証言台を飛び越え、日車に強烈な蹴りを浴びせようとした。しかし、その蹴りが彼へと届く前に、突如として現れた騎士たちによって阻まれる。

 

 

「うおっ...!?」

 

 

目の前で交差する槍に面食らい、彼は警戒して後ろへ飛び退る。一方騎士たちは、虎杖が台へと戻ったことを確認すると、武器を収めて姿を消してしまった。

 

 

「ここではお互いに、あらゆる暴力行為が禁止されている。安心しろ、彼らも君を止めこそすれ、危害を加えることは無い」

 

(あんな大層な武器を持ってんのに、攻撃はしてこない...お互いに暴力禁止と言い、そういう縛りで成り立ってるのか、この領域)

 

 

彼が冷静に思考を巡らせていると、日車は再びガベルを叩き、彼の式神に呼びかけた。

 

 

「よし。では『リーブラ』、始めてくれ」

 

 

リーブラ(天秤)。そう呼ばれた式神は、無表情のまま手に持つ天秤を前に掲げた。

 

 

「『服従の術式(アゼリューゼ)』」

 

 

まるで機械の様な淡々とした声を、日車の式神が響かせる。すると彼女が掲げた天秤が、ぽうと妖しい光を発し始めた。聞きなれない響きの言葉に、虎杖は思わず声に出し聞き返す。

 

 

「あぜ・・・?」

服従の術式(アゼリューゼ)。現代の裁判を、全て茶番にする術式だ。これより君は、『正義』に準じた言動をすることを強制される。虚偽の陳述などは当然ご法度だ。端的に言えば...『嘘』を、つけなくなる」

 

 

今彼の身に起こったことを、日車は包み隠さず伝える。それは術式の開示であり、その効果を向上させる行為である事は明らかだった。

 

そして、法廷は女神の意思により開かれる。

 

 

「『虎杖 悠仁は18歳未満にも関わらず、2017年7月16日、宮城県仙台市のパチンコ店「マジベガス」に入店した疑いがある』」

 

 

鈴の様に可憐でありながら、一切の感情が読み取れない声で、式神は虎杖の罪状を読み上げた。

 

 

「パチンコ? ・・・あっ。あー...いやぁ、その、あのぉ・・・」

「彼女はこの領域にいる者の全てを知っている。だがその情報が、俺に共有されることはない。彼女の判決は、あくまで我々二人が行った主張を下に下される。」

 

 

あからさまに狼狽える虎杖を後目に、日車は続けてこの領域のルールを彼に説明していく。彼の犯行の決定的な裏付けになるかは不確かな『証拠』、そしてそれを用いた日車側の陳述。それらに対して虎杖側は、無罪を勝ち取らなければならない。

 

 

「───以上だ。ここで君がとれる選択肢は、黙秘・自白・否認の3つ。だが先程も言ったように、虚偽陳述は服従の術式(アゼリューゼ)により禁じられている。どの選択を取るかは任せるが、『正直』であることを勧めるぞ」

 

 

彼の説明が終わると共に、虎杖のターンが始まった。彼は顎に手を当て、どのように返すべきか熟考する。

 

 

(アイツが言ってた、『嘘をつけない』ってのはどういう事なんだ? 俺の精神とか、倫理感とかに影響する術式・・・いや、違うか。今バリバリに嘘つくことばっか考えてるし。それか、嘘をついたら何かの罰則(ペナルティ)があるとか...)

 

 

彼には今、複数の懸念事項があった。

 

 

 

1に、「嘘をつけない」とはどういう意味か。

仮にそれが『嘘をついてはいけない』というニュアンスであれば、嘘をついた瞬間に何かしらの罰則が下されるということだろう。

 

2に、「有罪」を下された時に、どうなるのか。

これは日車本人から明かされることは無い為、彼の想像に任せるしかない。少なくとも、裁判を模している領域である以上、よくない事が起こるであろうことは確実だった。

 

3に、「証拠」とはどんなものか。

それが彼の入店を裏付ける物であれば、嘘をつく意味はない。だが決定的な物でない可能性もある為、ただ大人しく有罪になるよりは、嘘をついた方がマシにも思われた。しかしその場合に、1の不確定要素が大きな懸念材料となる。

 

 

 

「さあ、そろそろいいか。彼女の気はそう長くないぞ」

 

 

タイムアップを知らせるかの如く、日車が再び口を開く。虎杖は腹を括り、一つの決断をした。

 

 

(クソ、もう悩んでる暇はねぇ。リスクはこの際呑み込んで、嘘をつくぞ!)

 

 

裁判とは、真実を導き出し相応の罪を与える為の物。疑問は解決には至っていないが、そのシステムがこの領域の根幹である以上、何もせず「有罪」になってしまうリスクの方が「嘘」をつくリスクより高いと、彼は判断した。

 

 

「・・・ああ。俺はパチンコ店『マジベガス』に入店して、友達と合流するまで遊んでいた。...あっ!?」

 

 

最後まで言い切って初めて、彼は自分の口が自白をしてしまっていたことに気付いた。

 

 

(何だこれ!? 頭じゃ嘘をつこうとしてるのに、体が無理やり真実を言わされる! 嘘がつけないって、こういうことかよ!?)

 

「そうか。店は18歳未満の入店を明示的に拒否しているから、刑法130条・建造物侵入罪にあたる。ちなみに、これがリーブラの示した証拠だ。人相・背格好含めて君で間違いないな?」

 

 

そう言って彼が見せたのは、換金所にて撮られたと思しき虎杖の姿だった。堂々と景品を交換している自分の姿に、彼は観念して天を仰ぐ。

 

 

「・・・それって、罰則は?」

「3年以下の懲役、または10万円以下の罰金。ちなみに、何を打ったんだ?」

「絶鬼熱唱ファンタジア...結構当たったんだよアレ」

「ほう、よく知ってるな。さては常習犯だな、悪ガキめ」

「くっそお・・・嘘がつけないとか、ズルにも程があんだろ。無理やり自白させられるんじゃ、証拠を出す意味もねえじゃん」

 

 

頭を抱えて唸る彼が漏らした不満の声に、日車は同意するように軽く頷いた。

 

 

「ああ、これは全くの茶番だ。皆が正直に罪を告白するのなら、裁判など必要ない。あるいは既に結果が決められている様な案件にも、同じことが言えるだろうな。...弁護士である俺自身が、そう思ってしまっているのかもしれないが」

 

 

その時彼の目に、ほんの僅かに影が落ちる。しかしすぐになりを潜めて、再び虎杖をぎらりと見据えた。

 

 

「では判決を聞こう。リーブラ、頼む」

 

 

カンカンカン、とガベルの音が鳴り響く。それを聞いた式神が、待ってましたとばかりに天秤を振りかざした。キィと皿が軋む音と共に、領域が解けて景色が元に戻る。

 

 

「『有罪(ギルティ)』。『没収(コンフィスケイション)』」

 

 

その瞬間。虎杖の体から、まるで魂の様なオーラが飛び出した。彼が反射的に手を伸ばすも、それは実体が無いのかするりとその手を抜けていき、式神の持つ天秤へと乗せられた。

 

 

「...何、だったんだ? 特に変化は・・・」

 

 

しかしその困惑も束の間、日車が勢いよく投擲したガベルが、真っ直ぐに虎杖を襲った。彼は交差させた腕に呪力を込めて防御しようとするも、ある異常に気付く。

 

 

(! 呪力が...!?)

 

 

呪力が練れない(・・・・・・・)。その異常に驚く暇も与えず、日車は自身の手に再びガベルを生成し、巨大化させ虎杖を殴り付ける。

 

 

「ぐっ・・・」

 

 

彼は腕を固めその攻撃を受け止めるも、その質量に押され派手に吹き飛ばされる。一方で当の日車は、目を丸くさせ虎杖を観察していた。

 

 

「・・・丈夫だな。リーブラに呪力を没収されてなおそこまでとは」

「...やっぱり、アンタの術式のせいか」

「『没収』の本来の効果は、一時的に術式の使用を不可能にするものだ。だがオマエはそれを持っていなかった為、自動的に呪力の制限に切り替わったのだろう」

 

 

冷静につとめながらも、日車は胸中で戦慄していた。並の術師であれば、術式を禁じられた時点で呪力の扱いに支障が生じ、戦闘が覚束なくなる。それよりも悪い呪力の使用を禁じられている状態で、彼の攻撃を正面から受け切るタフネスがあるとは、信じられない事だった。

 

よって、彼は虎杖への警戒度を引き上げ、今ここで全力をもって叩き潰すことを決断した。

 

 

「リーブラ、彼の呪力を」

「『解放(リリース)』。『術式従属(オビディエンス)』」

 

 

瞬間。日車の体に、外部から呪力が流れ込む。その異様な空気に違和感を覚えた虎杖は、すぐにその正体に気付いた。

 

 

「これ・・・俺の呪力ぅ!?」

術式従属(オビディエンス)。『没収』で徴収した相手の術式を、一時的に俺の物として扱うことができる。どうやら呪力の場合は、それを消費して自分の呪力として扱えるらしい」

 

 

彼はリーチが長くなったガベルを巧みに操り、虎杖を次々と攻める。対して虎杖もまた、負けじとそれを回避し続け反撃の隙を窺う。

 

 

「だが弱点もあってな。一定時間内にまで勝負を決めなければ、相手の術式を無条件で解放させられる。今回は呪力なので、使用した分の呪力を、俺自身の呪力をもって返却することになるだろう」

 

(返却! なら、そん時まで勝負を長引かせれば!)

 

 

その言葉に希望を見出した虎杖は、ここぞとばかりに両手を伸ばし、ガベルの柄を掴んで止めた。しかし日車は、得物を消すことでその拘束から逃れる。武器を手放させることには失敗した彼だったが、その勢いのままバク転し、大きく後方へと跳躍し距離をとった。

 

 

「ああ、そうするだろうとも。だがコイツは、思った以上に融通が利くんだ」

 

 

彼は力に任せて、木製の床にガベルを傾けて突き立てる。すると柄の部分だけがグンと伸び、まるで如意棒の様に一気に虎杖の下へ追いついた。そして先端部分が再び巨大化し、彼の全身に勢いよく激突する。

 

 

「ぐあっ・・・ッ!?」

 

 

怯んだ虎杖は空中で体勢を立て直そうとするが、それより前にガベルを生成し直した日車が、上から槍投げの要領でどてっ腹に得物を命中させた。彼の体は舞台の上のバスタブに叩き落とされ、中に貯められていた水が高く波立つ。

 

 

「っ()え・・・う、おおおっっ!?」

 

 

虎杖は咄嗟に頭の上で腕を交差させ、防御体勢をとった。そこへ今まで以上に巨大化し、まるでプレス機かと見紛う程になったガベルが、容赦なく振り下ろされ彼をバスタブごと押し潰す。

 

 

「がっ! んぬぬぬぬぬぅ・・・ッ!!」

 

 

足を大きく広げて耐える彼より先に、バスタブが限界を迎えた。破壊され不安定な足場で無理矢理踏ん張る彼は、焦る頭をフルスロットルで回転させ、どうにかこの状況を打開できないかと探る。

 

 

(ヤバイヤバイヤバイ!! アイツが言ってた『時間切れ』って、いつになるんだ!? いや、もうそれを期待してる余裕はない! これ、裁判の術式だったよな!? 裁判裁判、裁判...っ、もしかすると!)

 

「ぐ...日車ァ!! やり直し、もう一回だ!!」

 

 

すると再び、日車の領域が自動的に展開される。両者の距離が強制的に離されたことで、虎杖はガベルの圧力から解放された。想定通りになってくれたことに安堵したのか、彼はその場にへたり込む。

 

 

「・・・気付いたか」

「ハッ、ハァ・・・危ねぇ。二審、って奴だよな。...ほら、ほら! もう一回!」

 

 

激しい戦闘で息を切らしながらも、彼は威勢よく次の裁判へと臨む。それに応じる様に式神は、その淡白な響きの声で、再び彼の罪状を読み上げた。

 

 

 

 

 

 

「『虎杖 悠仁は2018年10月31日、渋谷にて大量殺人を犯した疑いがある』」

 

 

 

 

 

 

 

「───ああ、俺が殺した。これは嘘でも否定でもない」

 

 

 

 

その瞬間。

日車は更に大きく目を見開き、愕然とし。

式神は、表情を好戦的な笑顔へと変えた。

 

 

「『有罪(ギルティ)』! 『没収(コンフィスケイション)』・『死刑(デス・ペナルティ)』!」

 

 

鋭い金属音と共に、周囲を取り囲んでいた断頭台が一斉に下ろされる。先程の様に景色が元に戻ると、日車の手に握られていたガベルが、小ぶりな剣へと姿を変えていた。

 

『処刑人の剣』。

斬られた者の命を例外なく奪うそれは、無慈悲に罪人を黄泉へと送る。

 

 

 

日車は思い返していた。まだ未熟も未熟であった、弁護士を志していた頃。

あの頃彼は、人間の弱さを尊ぶべきものだと信じていた。

 

 

人の弱さ。それは理性や矜恃では取り繕いきれない、誰しもが持つ心の闇。まるで呪いの如く心にへばりつく、他の生物にはない魂の穢れ。

 

 

心に寄り添うとは、自ら闇へと近付く行為に他ならない。

奥底へと押し込められ、途方もない深さと暗さを持つそれは、近付いた者の精神までもを蝕んでいく。

 

 

そうして、彼が想っていた弱さ故の尊さは、いつからか醜さへと変わってしまった。

 

 

 

 

「人は皆、弱く醜い!! オマエがどれほど、高潔な魂であろうとしても! その先には何も無い。目の前の闇は、ただの闇だ!」

 

 

激情に駆られ叫ぶ日車に呼応する様に、式神が怪しい動きを見せる。その様子を、虎杖は遠目から目撃していた。

 

 

(アイツの式神、持ち物が変わってる? 杖...か?)

 

 

天秤の代わりに握られていたのは、まるでファンタジーの世界に登場するような、巨大な赤い宝玉がはめ込まれた杖だった。

 

 

 

「『断罪の戎杖(ゾルトラーク)』」

 

 

 

それは、かの地で「人を殺す魔法」と呼ばれていた術。

 

腐敗の賢老クヴァールにより編み出され、葬送のフリーレンにより人類にもたらされた、「最も多くの人間を殺した魔法」。

 

それが今、彼女の得物を模した杖で、「断頭台のアウラ」の面影を持つ存在により放たれる。

 

 

 

(このビームも即死か!? 何だよあの杖、もう裁判関係ねえだろ!?)

 

 

なんとか初撃を回避した虎杖は、思わずそうツッコんでしまう。しかしそれを声に出す余裕もなく、式神は次々と呪力の光線を放ち、彼の命を狙う。

それぞれの一発に少しの溜めを必要とするようで、避けることは彼にとって不可能なことではなかったが、その隙を埋める様に日車が迫る。

 

 

「いくら明かりを灯したところで! そこには眩しい虚無だけが広がっている!」

 

 

 

戦闘の余波で座席が一掃された観客席で、二人は殺陣を繰り広げる。その時日車は、心の中で必死に彼に問いかけていた。

 

 

 

 

───何故だ。

 

 

 

目の前の少年...虎杖 悠仁には、服従の術式(アゼリューゼ)が仕込まれている。術式の開示も行い、その効力は確実。

 

 

 

───何故、罪を認めた!?

 

 

 

彼は既に知っている。あの時点において、「虎杖 悠仁」は「虎杖 悠仁」でなかったと。服従の術式(アゼリューゼ)の影響下にある以上、尚更彼が自身の罪と認める道理はない筈であった。

 

 

(宿儺!! あの時の君は、己の中に巣食う悪魔に乗っ取られていた! あの虐殺は、オマエの意思の筈がないだろう!?)

 

 

 

何故だ?

何故!!

 

 

 

分からないまま、日車は胸中で叫び続ける。二人の視線が交差し、互いの攻撃が相手を捉えていたその時。式神が自主的に口を開き、まるで諭すかの様に、彼の耳元に囁いた。

 

 

「・・・寛見」

 

 

それを認識した彼は、熱が冷めた様に闘志をふっと収め、自らの術式を解除する。虎杖の拳を甘んじて受け入れる形となった彼の体は、高く宙を舞い座席の山へと突っ込んだ。

 

 

「・・・? おい、なんで...」

「刑法39条1項。弁式能力と制御能力、いずれかが欠けていると『心神喪失』とされる。君は宿儺に肉体を乗っ取られ、制御能力が無い状態だった。つまり──」

 

 

するとそこへ、突如として式神が割って入る。ニマニマと妖しい笑顔を浮かべながら、彼女は日車に続いて判決を下した。

 

 

「貴方に罪はない。無罪も無罪、大無罪よ。よかったわねえ、あの化物が派手に暴れてくれて」

「大いに語弊があるが...とにかく、彼女の通りだ。あの件に関して、君が責任を背負い込む必要はない」

「・・・ありがとう。でもやっぱり、俺のせいだ。俺が、弱いせいだ」

 

 

その考えを変えるつもりはないのか、彼は『自分のせい』であったと強調する。そんな彼の様子に、式神は笑顔を潜ませ、やや真剣な表情になった。

 

 

「ねえ、寛見。彼に一つ質問したいんだけど、いいかしら」

「・・・何度も言っているだろう、口を挟むのは止してくれ。ただでさえ君は、良識に欠けている節がある」

「これは現実の裁判じゃないわ。私は貴方の術式で、貴方だけの世界に存在する。だったら、この世界での法の化身たる私自ら、被告人質問をするって非常識もあっていいでしょう?」

 

 

日車はその奔放さに、眉をひそめて式神を諌める。色々と思う所はあったが、彼の中で最も気がかりだったのは、彼女の不遜な物言いだった。

 

 

「法の女神が、目を開けて被告人と向き合い...判決に私情を持ち込むなど、あってはならないんだが」

「大丈夫よ。だって、私にはそんなもの存在しないから。」

 

 

式神はそう言って、両目を覆っている白い布を解く。すると下から現れた灰色の瞳が、鋭く虎杖に視線を向けた。その顔は可憐と言えようが、女神の神聖なイメージからは遠くかけ離れていた。

 

 

「虎杖 悠仁。貴方は2018年同日、七海一級術師の死に直面している。その時、貴方は何を思ったの?」

 

 

式神の言葉に、虎杖は僅かに身を強ばらせる。それは彼にとって忘れようがない、鮮烈な記憶。その時の情景を思い起こした彼は、ぽつりと呟いた。

 

 

「そのことまで知ってるんだな、お前」

 

 

式神は得意げな表情を浮かべ、更に言葉を重ねる。

 

 

「彼を喪ったことへの悲しみ? 助けられなかった、自分への怒り? それとも、真人への殺意? ほら、聞かせなさい。寛見の言う通り、私は我慢弱いわよ」

 

 

ほらほら、と杖の持ち手で虎杖を突っつきながら、式神は彼を急かす。あちら側から振っておいての雑な扱いに彼は困惑したが、真摯にあの時のことを思い返していた。

 

 

「・・・ナナミンが、死んだ時は...全部、ごっちゃになってたと思う。その後釘崎まで殺されて、俺は一度折れた。何もかも投げ捨てて、楽になろうとした」

 

 

彼の吐露に、リーブラは興味深げに聞き入っている。それと共に日車も、彼の顔をじっと見つめていた。

 

 

「でも、東堂たちのお陰で持ち直せた。あいつが発破をかけてくれなかったら、俺はあの時終わってた・・・もう、俺は止まらない。俺の罪と役割から、逃げ出そうと思わない」

 

 

彼は罪を認めた時と同じ表情で、式神に語る。しかし、その答えに彼女は合点がいかない様子で、首を傾げて更に話を掘り下げた。

 

 

「どうして? だって...彼等は、もういないじゃない。殺した者も、殺された者も、もうこの世にはいない。罪を叫ぶ者と、罰を受ける者・・・この怨嗟の輪は、他でもない貴方の手で終わらせた筈でしょう?」

 

 

彼女は、人の心が分からない。かつて魔族として生きていた頃は、それで問題はなかった。人を殺すという本能に従い、その意味など考えずに言葉を発し、欺いていればそれでよかった。

 

 

しかし、今の彼女は違った。かつての記憶は存在せず、日車 寛見の式神として世界に顕現し、擬似的な『法の女神』となったことで、彼女にはシステムとしての法に関する知識が詰め込まれている。

 

 

何故、同族を殺すのは重罪なのか。

何故、罪という概念が存在するのか。

何故、こんな難解な秩序(ルール)が必要なのか。

何故、この少年は歩みを止めようとしないのか。

 

 

彼女は、人間の心を知りたいと思うようになっていた。

 

 

 

「・・・俺は多分、託されたんだ。ナナミンが死んでも、真人が死んでも、世界には変わらず呪霊がいる。これからも、沢山の人がそいつらに苦しめられる。だからナナミンや釘崎の分まで、俺が死ぬまで祓い続ける。歯車として、苦しみ抜いてその役目を果たす」

 

 

彼は曇りなき眼で、まっすぐ式神の目を見つめる。それはとても眩しいものに見えたが、同時にどこか危うさを秘めていた。

 

 

「・・・成程、ね。残念、まだまだ分かりそうにないわ、貴方たち(人間)は」

 

 

そう言い残し、彼女は自ら姿を消した。その表情にほんの僅かな寂しさが含まれていたことは、誰も知る由もなかった。

 

 

「・・・日車。やっぱりお前、受肉体ってワケじゃないよな?」

「彼女のことか。ああ、恐らくはな。あれはあくまで式神で、俺の術式の一部に過ぎない。だが、あそこまでの自我を持っているのは、どうやら珍しいらしいな」

「人間っぽさで言えば、乙骨先輩のヤツ以上だよ。あんなのもいるんだな...」

 

 

二人は散乱していた座席を適当に戻し、席に着く。

 

 

「・・・日車。なんでさっき、術式を解いたんだ?」

「初心に還った、とでも言おうか。オマエの様な弱さを持つ人間が、まだまだいるのかもと思ってな。...虎杖、俺からも一つ聞きたい。自分の意思(・・・・・)で、人を殺めたことはあるか」

 

 

彼は席ごと体を虎杖の方に向け、質問を投げかけた。それに対して虎杖も、同じく席を動かし、彼に向き合う。

 

 

「・・・あるよ」

 

 

「...そうか。最悪の気分だったろう」

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

その後、日車はゲームの窓口役であるコガネを呼び出し、自分の100点を消費しルールを追加させた。これにより泳者(プレイヤー)間でのポイントの譲渡が可能となり、虎杖たちの目的に一歩近付いた。

 

 

「では、達者でな」

 

 

用が済んで足早に去っていこうとする日車を、虎杖は呼び止めようとする。

 

 

「日車! これからどうするんだ? アンタさえよければ、今後も俺たちと...」

「俺はこれより前に、2人の一般人を殺している。君に譲渡した分と合わせて、裁判官と検事のものだ。...結界が開けたら、自首でもするかな」

 

 

そう言って劇場の扉に手をかける彼に、虎杖の方へ振り返る様子は無い。それは彼に対する日車の複雑な心境を表していた。

 

 

「それまでは、自分が何をすべきか・・・それを、考える。幸いリーブラもいる、相談相手には事欠かない。では」

 

 

またな、と去り際に告げ、日車は劇場を後にした。地上へと続く階段を上がりながら、彼は自身の式神に呼びかける。

 

 

「リーブラ、聞いていたんだろう。実際問題、君は一体何だ? 何故あんなことを聞いた。」

 

 

彼の問いかけを受け、式神が再び姿を現した。その瞳は再び隠されており、左手には天秤が戻ってきていた。

 

 

「そんなこと、私が知るわけないでしょ。ただ、遠い昔に・・・どこかで、私は失敗した。なんだかそんな気がするのよね」

「昔、どこか...? ということは、君は過去の時代の術師だった、ということか」

「それは違うわ。『彼ら』程ハッキリした記憶は、私には無いもの。ただ、うっすらとした記憶の断片が残っているだけ。そういう意味では、私は式神より、呪霊に近いのかもしれない」

 

 

更なる謎が増えてしまったが、今これ以上を聞いても答えは出ないと判断し、彼は追求を止めた。するとお返しとばかりに、彼女もまた日車に質問を投げかける。

 

 

「寛見。貴方にも聞きたいことがあるのだけど、いいかしら?」

「...ああ、続けてくれ」

「どうしてあの時、その場にいる人間達を皆殺しにしなかったの?」

「・・・何?」

 

 

その過激な内容に、思わず彼は聞き返す。対して式神は、至極真面目な表情で話し続ける。

 

 

「『私』が生まれた時。貴方が弁護していた大江 圭太は、世間が彼への罰を望んでいたことで、有罪判決を下された。それは言うなれば世界が、あの場にいた全員が、あの判決に加担していたという事になるでしょう?」

 

「・・・それは、そういうものだからさ。人は基本的に、自分の身の回りの事柄で精一杯だ。それ以外の色々なことにまで、熟考して疑いを持てる程の余裕はない。だから皆求める、納得のいきやすい因果と、簡単な解決を。しかしそれはそれでいい。疑いの目を持ち真実と向き合うのは、俺たちの────」

 

 

そこで、日車の口が止まる。不思議そうに自身を見つめる式神を後目に、彼は当時の自分の行いを省みていた。

 

 

「...そうか。俺はあの時、あの判決の責の全てを、あの二人に押し付け殺したのか。彼らの背景を少しも慮ろうともせずに、感情に任せて。全く、ままならないな・・・」

「信じたいものを信じ、より安易な道を求める...ね。なら、虎杖 悠仁にもそれは当てはまるのかしら?」

「・・・歯車、か。確かに、ある種の居直りに近い状態だったのかもしれないな。だがその道は、決して安らかな物ではない。今はまだ難しいが...いつか、彼の手を取ってやりたい」

 

 

彼が零した言葉に、式神はにっこりと笑い、日車の前方に陣取った。

 

 

「そうね、それがいいわ。私たちなら救うべき者を救い、裁かれるべき者を裁くことができる。もっと法廷を開きましょう? そうすれば、寛見はより多くの弱者を救えるし、私はより多くの人間を知ることができるじゃない。」

 

 

彼女はそう言って、聖母の様な微笑みを浮かべる。しかし、その裏にやや邪な思惑があることに、日車は勘づいていた。

 

 

「...リーブラ、俺は君の首切り役人ではないぞ。辻斬りの様に、自分から率先して戦闘を仕掛けるのはごめんだ」

「あーあ、つれないわねぇ。ま、いいわ。気長に行きましょう、これから付き合いも長いことだし」

 

 

 

 

 

二人は軽口を叩きながら、道を歩んでいく。人を知り、悪意を理解していく旅は、かくして幕を上げた。





以上、単発作品でした。アウラは原作から好きなキャラだったので、こうして超クオリティのアニメ化をしたことで多くの人たちを虜にしているのは、ファンとして嬉しい限りです。

日車も、原作の回想の話からとても魅力的なキャラクターだと思えたので、今後の虎杖との活躍が本当に楽しみですね・・・


では、本作品をお読みいただき、ありがとうございました。もしよろしければ、評価・感想を頂けますと幸いです。
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