もし日車の式神が「断頭台のアウラ」だったら   作:Yama@0083

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遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。
1月は卒業論文にかかりきりだった為、ここまで時間がかかってしまいました。大変申し訳ありません。

今回、日車の式神が自我を持つ存在であることから、原作とは術式の設定が変わっている部分がございます。ご了承の上、どうぞお楽しみ下さい。

それでは、長らくお待たせ致しました。



第3話

 

2018年11月16日。

 

その日は日車にとって珍しく、平穏な時間が続いていた。死と隣り合わせの殺し合いの場とは思えない程晴る空の下、彼はゆっくりと街道を歩む。

 

 

 

「...静かだ。いつもこの位なら楽なんだがな」

 

 

 

一人ごちりながらも、日車の口元は上向いている。そこへ一陣の風が吹き抜け、彼は僅かに目を細めつつ、体をちくりと刺す冷たさに身を任せた。

すると目の前に、前触れもなくコガネが現れる。リンゴンリンゴン、とけたたましく音を鳴らすと、その日で二回目となるアナウンスを発した。

 

 

 

泳者(プレイヤー)により、新しい総則(ルール)が追加されました】

 

 

 

そのアナウンスに、彼は足を止め注意を向ける。そして通達されたのは、新しく追加された総則(ルール)の概要であった。

 

 

 

総則(ルール)12! 泳者(プレイヤー)結界(コロニー)を自由に出入りすることができる!】

 

 

 

「これでさっきの総則(ルール)11と併せて、死滅回游からおさらばできるわね。...どうする? 外の適当な人間を引きずり込んで、自首でもしに行く?」

 

 

内容を耳にした式神が、主を試すかの様に日車に囁きかける。それに対し、彼は毅然とした様子で答えた。

 

 

「まさか。俺はもう、他者に責任を押し付ける訳にはいかない」

「ふふっ、そうこなくちゃね。ここであっさり手を引かれてしまえば、仕え甲斐がないってものだわ」

 

 

彼の答えを聞いた式神は、満足げに頷き微笑んだ。日車は前を向き、再び歩みを進めようと一歩を踏み出す。

 

 

 

その瞬間。

 

 

 

何者かの暴力的なまでの『存在感』が、彼等を襲った。

 

 

 

「この、呪力は...ッ!?」

「寛見、これは・・・!!」

 

 

日車は頭からつま先に至るまで、全ての表皮が粟立つような感覚に襲われた。そんな彼に呼びかける式神の声も、いつになくうわずっている。

 

 

「────アイツ(宿儺)よ」

 

 

 

両面宿儺。

虎杖 悠仁の中で虎視眈々と潜み、先の渋谷にて大量殺人を働いた、古来よりの呪いの王。

 

遠く離れた場所からも察知できる、その圧倒的な気配。日車の全身が逃げろ、離れろと大合唱をし、本能が激しく警鐘を鳴らす。

 

 

 

「────ッ!!!」

 

 

しかし。彼は思わず止めてしまっていたその足を、無理矢理に前へ出し走り出した。

 

 

「ちょっと、血迷ったの!? 私たちだけが行ったって、すぐに殺されるのが関の山よ!!」

「この気配が、宿儺の物ならば! 奴を抑え込む虎杖の身に、何かが起こったのは間違いない。彼の安否を、確認しなければ...!」

「こんの、お節介は...ッ! ああもう、死んでも文句は受け付けないから!!」

 

 

己の制止も聞かずに走り続ける日車に、式神は半ばヤケクソで臨戦態勢に移った。

足を動かすにつれ強くなる宿儺のプレッシャーに、彼の首元を冷や汗が伝う。速まっていく心臓の鼓動を頼りに、彼は目の前の街角を曲がった。

 

 

 

「・・・なんだ、あの呪霊は? 俺は特撮に迷い込んだのか」

 

 

 

その先では、まるで悪趣味なモスラかの様な生物が、その巨体を商業ビルの屋上に預けていた。

 

異形の怪物と成り果てていたのは、『鵺』。

宿儺によって奪われた伏黒 恵の肉体は、十種影法術(とくさのかげぼうじゅつ)の持つポテンシャルを、存分に引き出していた。

 

 

 

「いいえ、違う。アレは...式神よ」

 

 

彼女が引き攣った声を絞り出すと同時に、鵺がその大きな翼を悠々と広げる。まるで曇天の如く空を覆い隠したそれは、一瞬の帯電の後、無数の雷の雨を降らした。

 

 

「ねえ! この状況を切り抜けるのに役立つ、学生時代の経験は無いわけ!?」

「雷が降り注ぐ異常気象の中で、マラソンをした記憶はない! リーブラ、防御は任せる!」

「分かってたわよ! こんな巻き添えで雑に死ぬなんて、真っ平ごめんだわ!!」

 

 

日車の指示を受け、式神は天秤を頭上へ放り投げる。空中で浮遊し逆向きになったそれは、彼のガベルと同じく皿が巨大化(・・・)し、二人をすっぽり覆い隠せる程の大きさとなった。それにより何とか難を逃れた彼は、大地が裂けるかの様な爆音が轟く中を、お構い無しに走り続ける。

 

 

「───ッ、止まりなさい!!」

 

 

 

何かを察知した式神が、周囲に負けず劣らずの大声で叫ぶ。その鬼気迫る声色に、日車はその言葉に従い足を止める。すると、彼女は今まで頭上を守っていた天秤を、二人の前面に移動させた。

 

そして。

上空一帯に現れるは、光り輝く大きな五芒星。一切の光が消え去った東京の街に、野太い光明の御柱が顕現した。

 

天よりもたらされた邪去侮(ヤコブ)の梯子は、その清廉さをもって、悪しき魔の者を殲滅する。

 

 

 

 

『返せっ! 返せぇッ!! 恵は私のだ、私のモノなんだ!!』

 

 

 

 

少女の悲痛な叫びが響き渡り、強い衝撃波と共に彼らの下へ届く。その強烈な余波に顔を歪ませながらも、日車はなんとか言葉を発した。

 

 

「彼女は? それに、この悍ましい声は」

「間違いなく、宿儺ね。それにしても、これは・・・」

 

 

彼らは二人して、目の前の光景に呆気にとられていた。かつて虎杖を通して垣間見た、あの宿儺が。呪いの王が、眩い光にその身を灼かれ、苦痛に悶えている。あの怪物があそこまで追い詰められるなど、誰が想像できただろうか。

 

 

「あの光...一体、何だというんだ? あれ程まで、奴を苦しめるなど」

「さあね。ただ、あの女はそれだけの力を持っている。それは事実よ」

 

 

やがて光は消え去り、周囲に静寂が戻る。宿儺の絶叫もすっかり聞こえなくなり、日車の中に『もしや』と希望的観測が芽生えた。

だが、そんな彼を嘲笑うかの如く、ビルの屋上から少女が力無く投げ出される。

 

 

「殺られたの!? あの女、落ちるわよ!」

「クソッ・・・間に合うか!?」

 

 

彼は焦燥に駆られ、落下予測地点へと急ぐ。しかし、先程の宿儺を追い詰めた圧倒的な攻撃は、日車をも少女の下から遠ざけてしまっていた。

 

 

 

(これは...少し、間に合わないかもしれない)

 

 

 

彼の脳裏に、最悪の可能性がよぎったその時。

突如脇道から現れた青年が、巨大なプリン(・・・)に似た物体をその場に生み出した。少女がその上に勢いよく落下すると、軌道が変わり速度が大きく減衰する。

 

 

「あっ・・・お前、日車ぁ!?」

 

 

彼は背後から迫る日車に気付き、表情を引き攣らせる。しかし、当の本人は意にも介さず、走りながら自身の領域を展開した。

 

 

「『誅伏賜死(ちゅうぶくしし)』!!」

 

 

領域が広がり、断頭台(ギロチン)と首無し兵たちに囲まれた、異界の法廷がその場を包み込む。少女の体は大地に叩き付けられることなく、直前までの位置や慣性を全て無視し、静かに証言台に横たわっていた。

 

 

「これは...領域か? ・・・そうか、必殺の効果が付与されていないんだな」

 

 

倒れ伏す少女の横顔に口が生え、ひとりでに喋り出す。その異様な光景を前に、日車は僅かに驚きを示した。

 

 

「リーブラ、頼む」

「『服従の術式(アゼリューゼ)』」

 

 

日車はその異形から目を離さず、式神に指示を出す。今この時の彼の目的は、落下していた少女を領域で受け止めること。そして、虎杖の安否を彼女から聞き出すことであった。

 

 

「安心してくれ。この術式は、その肉体に危害を与えない。ただ、嘘偽りのない問答を強制するだけだ。・・・オマエは、何者だ? それにその姿は」

「私は受肉体だ、名を天使と言う。彼女、来栖 華と共生し、その肉体を乗っ取っていない関係上、こういう形で表出しているというわけさ」

 

 

その得体の知れない存在は、自らを『天使』と名乗る。日車は少女の背中に生えている一対の翼にちらと目をやると、先程の神秘性すら感じさせた術式と共に、その大仰な名前に合点がいった。

 

 

「聞きたいことがある。ついさっきまで、君は宿儺とやりあっていたな? 宿儺の器...虎杖 悠仁は、どうなったか知っているか」

 

 

服従の術式(アゼリューゼ)によって得られた、『天使』が目の前の少女と共生しているという情報と、彼女の肉体に深く刻まれた傷。それらを鑑みて、彼らが今ここで敵対する様な真似はしないと日車は踏んで、本題へと移った。

 

 

「奴は・・・堕天は、虎杖 悠仁、最早彼の身体に存在しない。奴は己の魂を切り分け、彼の友人である伏黒 恵に受肉させた。その際に、彼は殴り飛ばされてしまった」

「...そうか。あの時感じた気配は、その時のものか」

 

 

日車は苦い顔をして、彼の生存を心中で願う。そこで先程の青年が、領域内に設けられた傍聴席と思しき場所から、日車に話しかけてくる。

 

 

「なあ...日車。ちょっといいか?」

「君は・・・」

「甘井だ。アンタがその子を助けた時、俺もここにいたんだよ。正直、来てくれて助かった。俺の術式だけじゃ、助けられなかったかもしれない」

 

 

甘井と名乗るその青年は、ぎこちなくしつつも礼を言う。日車は来栖を受け止めた巨大なプリンを思い出し、遅れて彼に感謝の言葉を述べた。

 

 

「ああ...すまない、君もここに巻き込んでいたな。あの馬鹿みたいに大きなプリンが、君の術式か? お陰でこの領域を間に合わせられた、こちらこそ礼を言おう」

「いや、全然。それより虎杖だよ。アイツと何があったんだ? その、やけに気にかけるな...って」

 

 

甘井は以前、虎杖を日車の陣取っていた劇場へと導いた張本人である。彼を案内した後、二人が戦闘へと移ったことは想像に難くない。だが殺し合った筈の彼に対し、日車が悪意を抱いている様子が見られないことに、甘井は疑問を持っていた。

 

 

「気にしないで。くたびれた大の大人が、若者に光を見た。それだけのことよ」

 

 

そんな彼の疑問に、式神が軽口で応える。いきなり普通に話し出した彼女を見て、甘井はやや引き気味に驚きを見せた。

 

 

「うおっ...そいつ、マジで喋るんだな。羽場さんの言ってた通りだ」

「羽場? ・・・あのヘリコプター男か。君は彼の仲間か? なぜ一人でこんな所にいる」

「あの人は奥さん共々、軍隊に殺されたよ。俺は元から少し離れて行動してたから、なんとか逃げられたんだ」

「そうか・・・ともあれ、君が生き残ってくれたからこそ、彼女を救えた。今はひとまずできる限りの処置をしよう。甘井、君も手伝ってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

その後日車は領域を解き、酷く負傷している来栖に簡易的な処置を施した。彼が着ていたスーツとネクタイを用いて、傷口を縛っただけの間に合わせのものだったが、その甲斐あって出血は収まりつつあった。

 

 

「スーツ、本当によかったのか? 割と高そうだったのに」

「気にするな。こんな状況で、見かけを気にしていても仕方がない」

「既に何人かの血を吸ってたし、今更よね。最悪、そこら辺のアパレルから頂戴すれば解決よ」

 

 

何とか危機的状況を脱した彼等は、その場で束の間の休息を取っていた。しかしある人物の登場により、そこに再び緊張が奔る。

 

 

「・・・お前達は?」

 

 

虎杖と共にやってきたのは、頭から腕にかけて痛々しい火傷跡が刻まれた女。彼女が剣に手をかけると同時に、式神も勢いよく天秤を振りかざす。剣呑な雰囲気が両者の間に漂う中、天使と虎杖が仲裁に入った。

 

 

「待て禪院、彼らは敵ではない。死ぬ寸前だった私達を、ここで受け止めてくれた」

「禪院先輩、こいつが日車だよ。・・・あれ、甘井も? なんで二人が...」

 

 

彼らの言葉と、応急処置を施された来栖を確認し、真希は得物からその手を離す。日車もそれに応じ、式神に天秤を収めるよう促した。

 

 

「...虎杖、君の友人の件は天使から聞いた。災難だったな・・・だが、このままで終わらせるつもりはないだろう?」

「...ああ。アイツ(宿儺)は、何が何でも絶対に殺す。伏黒も、必ず助けてみせる」

 

 

虎杖は憔悴し、全身が傷だらけなのにも関わらず、爛々と目を殺気立たせている。その惨憺たる有様に、日車は僅かに目を逸らしてしまうも、すぐにそれを彼に向き直した。

 

 

「だろうな。ならば、俺にも協力させてくれないか? 一度振り払った身ではあるが、今度は君の手を取らせてほしい」

「それは、すげぇ嬉しいけど...いいの? 日車は日車で、やらなきゃいけない事とか無いのか?」

 

 

虎杖の気遣いの言葉に、まったくこいつは、と小さく笑う。そして堂々と、自分の使命を彼に向けて宣言した。

 

 

「ああ、この死滅回游を終わらせる。それが今、俺がここで成すべきことだ」

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

2018年11月18日。

東京第1結界(コロニー)に設けられた仮拠点に、高専術師たちが一挙に集結した。

 

 

 

「寛見・・・分かる?」

「...粒揃いだな、彼等は。虎杖の関係者なだけはある」

 

 

 

二人はその錚々たる面子に、内心戦慄していた。これまでに戦ってきた玉石混交の術師達とは違い、ここにいる彼等はそれぞれが猛者であると、日車達は如実に感じていた。

 

 

「日車さん、ですよね? 初めまして、乙骨 憂太です。真希さんや虎杖君から話は聞いてます」

 

 

そんな日車達の下へ、一人の青年が近付く。乙骨と名乗ったその青年は、物腰柔らかな様子で彼に話しかけた。

 

 

「乙骨か。改めて、日車 寛見だ。ここ数週間で呪術に目醒めた若輩者ではあるが、よろしく頼む」

 

 

和やかに挨拶を交わす二人の下に、これまた虎杖の関係者と思しき二人組がやってくる。

 

 

「乙骨、そいつも新しいメンバーか? 随分と幸薄そうな奴じゃねえの」

「秤さん、いきなり失礼ですよ...すみません日車さん、二人は僕たちの先輩で・・・」

 

 

困った様に詫びを入れる乙骨に続き、ワイルドな髪型をした男と、妙に派手な服装をした男が自己紹介をする。

 

 

「秤 金次だ。どのくらいの付き合いになるかは分からんが、まあよろしくやろうや」

「星 綺羅羅。ね、随分マジメそうな格好だけど、術師になる前は何してたの?」

「弁護士をやっている。もっとも、今後おいそれと戻れるとは思えないが」

 

 

『弁護士』。その単語に妙な反応を示した二人は、彼から離れてひそひそと何かを話し合う。乙骨が苦笑しながらそれを見守る中、綺羅羅が再び日車の下に駆け寄ってきた。

 

 

「えーと、仮に。仮にね? 日本で賭け試合(ファイトクラブ)を展開しようと思ったら、この国の法律的にどうなのか、分かったりしない?」

「...そうだな、まず賭博罪や決闘罪に引っかかる。開催する場所をどの様に確保するか、試合をどの様に宣伝するかによっては、不動産侵奪罪・扇動罪等も付随して発生するやもしれん」

「試合で怪我人が出たら、選手に傷害罪も課されるわ。この国で公に行われているギャンブルは、全てお目こぼしで認められているだけ。それを個人で、しかも暴力が絡む形で開催するなんて、役満もいいところね」

 

 

真摯に対応する日車に続き、式神も補足として説明を付け加える。そんな彼女を、秤達は目を丸くして凝視した。

 

 

「・・・オイオイオイ。待て、そいつ喋んのか?」

「ああ...彼女は基本的に、俺の意思に関係なく現れる。リーブラ、君も彼らに挨拶しろ」

「リーブラ。寛見に仕えてる式神よ」

 

 

よろしく、と簡単な自己紹介を済ませた式神に、皆が思わず感嘆の声を上げる。

 

 

「ほーお・・・こりゃたまげた。乙骨、お前の『リカ』みてぇな奴だぞ」

「ですね...僕も、リカちゃん以外では初めてです。そもそもここまで人間に近い個体すら、見たこともなかった」

「不思議ー。あ、試しに寿限無唱えてみてよ。金ちゃん、結構間違えるんだよね」

 

 

綺羅羅の発言を皮切りに、いつの間にやら集まっていた皆の好奇が一気に集中する。あれやこれやと次々出される要求を、彼女は鬱陶しげに全て切り捨てた。

 

 

「ちょっと、私は見世物じゃないわよ。客寄せパンダなら、あのちっこいので間に合ってるでしょうに」

 

 

式神はそう言って、注文合戦に加わっていたパンダを指差す。突如流れ弾を喰らう形となった彼だったが、生来のノリの良さからその場でブレイクダンスを始めた。次はそちらが盛り上がり始める一方で、乙骨は変わらず彼女に注目していた。

 

 

「ここまでの応対ができるなんて・・・やっぱり、ただの式神とは違いますよ。日車さんは来栖さんみたいに、受肉体じゃないんですか?」

「俺が認識している限りではな。もしそうであっても、彼女が俺の肉体から好き勝手に抜け出し、いとも簡単に顕現できることに説明がつかない」

「確かに、そうなんですけど...うーん、五条先生なら何か分かるのかな」

 

 

乙骨はそう呟き、一人考えを巡らせる。彼が口にしたその人物の名に、式神は食い付き興味を示した。

 

 

「『五条 悟』。貴方たちからその名前を聞くのは、もう何度目でしょうね。乙骨、教えて頂戴。その五条って男は、それ程の強者なの?」

 

 

 

五条 悟。

虎杖たちと合流して以降、日車たちがその名を聞かない日は無かった。彼らから聞いた限りでは、その術師を封印から解くことが、現在の最優先事項だという。

 

それぞれ規格外の力を持っている彼らが、揃ってあてにする人物。一体どれ程の化物なのかと、式神は密かに興味を抱いていた。

 

 

 

「『最強』、ですね。五条先生を言い表すのには、それが一番手っ取り早いと思います」

「その言葉も聞き飽きたわ。私が聞きたいのは、その力がどんなものか。何をもって『最強』と謳われているのか、その所以よ」

「ああ...それなら、僕が先生たちから聞いた説明でよければ。ちょっと難しい術式なので、分かりにくかったらすみません」

 

 

乙骨はそう前置きし、五条の持つ力について語り始めた。彼の強さの詳細を聞いた二人が、驚きを通り越し引いてしまったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年11月19日。

最強が、その封印から放たれた。

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

2018年12月24日。それが復活した五条 悟により設けられた、宿儺達との決戦の日であった。

来る聖夜の前哨戦(クリスマス・イヴ)に向け、集まった術師達は日々鍛錬や話し合いを重ねる。

 

そしてある日、彼らは五条が万一敗北してしまった時に備え、それぞれの動きを話し合っていた。

 

 

 

「...で、問題は宿儺の方だ。これはマジで、死力を尽くす総力戦になる。先に言っとくが、実力的に無理だって思う奴は、迷わず不参加かサポート役に回れよ。あのバケモンを相手に役立てる奴なんざ、それこそイカれてるんだからな。反転術式が使える奴・死にたがりの奴・死んでもいいって奴が、この戦いに参加してくれ」

 

 

日下部の呼びかけに、その場を沈黙が包み込む。そんな中、加茂がすっと席から立ち上がり、その手を挙げた。

 

 

「・・・すまない、私は降りる。家族と共に海外へ逃げて、少しでも皆を傍で見守りたい」

「いいって、一々言わなくても。さっきも言ったが、この戦いで戦力になる奴の方がおかしいんだ。...おい三輪、お前も当然不参加な? そもそもの実力がまるで足んねえ上に、面倒な縛りを科しちまってさあ・・・」

 

 

日下部の呆れ顔に、三輪は恥ずかしげに苦笑する。それにより場の空気が和んだことで、加茂は申し訳なさそうにしながらも、感謝の言葉を口にした。

 

 

「あー...俺も不参加にするよ。宿儺の前ででっけえプリン拵えたって、何にもならないし」

「アイツが特大プリンで大はしゃぎするおこちゃまだったら、切り札にもなったろうがな。ま、あんま気負うなよ。自分が生きることを最優先に考えろ」

 

 

続いて甘井も、その死闘から降りることを選択した。日下部は彼の決断を肯定した後、他の面子へと目を向ける。するとそこで、日車がすっと右手を挙げた。

 

 

「鹿紫雲の後には俺が出よう。俺の術式なら奴の術式を『没収』し、あわよくば扱うことができる。更に『死刑』まで取れれば、『処刑人の剣』と『断罪の戎杖(ゾルトラーク)』で、奴と戦える」

「遠近合わせた必殺の手が、私達にはあるわ。それに死刑を取れなくたって、最低でもアイツの術式を潰せる。三番手の初手として、これ以上ない人選だと思うわよ?」

 

 

彼等の申し出に、日下部は顎に手を当て考える。相手を大きく弱体化させるに留まらず、当たれば一撃で死に至らせることも可能な、まさに至れり尽くせりの術式。しかしそんなものがそう簡単に決まってくれる筈がないと、彼は思っていた。

 

 

「一撃必殺の剣に、式神のビームか...確かに、そいつらが取れりゃあ大助かりだ。だが『没収』も『死刑』も、確実に取れるわけじゃないんだろ?」

「あー・・・リーブラ、実際どうなんだ? 『有罪』か『無罪』か、あと『死刑』の判断をしてるのは、最終的にはお前だろ。なんか基準とかないの?」

 

 

虎杖達からの問いに、式神はさらりと回答を口にした。

 

 

 

「まず、対象が『有罪』か『無罪』か。これは六法を判断材料にしているわ。それぞれの細かい内容も、基本的に現代のものがそのまま適応されているの。相手が昔の術師だろうが、これは変わらない筈よ」

 

「式神である彼女自身が言うことだ、間違いはないだろう。それに、俺自身も実際に体感した。死滅回游に参戦して間もないころ、受肉体らしき術師と戦ったことがあるが...その時も、変わらず『没収』はできたからな。問題は───」

 

「『死刑』の方、だろ? リーブラ、お前含めた日車の術式が一度に裁く罪状は、文字通り一つだけ(・・・・)。そうだな?」

 

 

 

日下部の予想に、二人は首肯しそれを認める。あまりピンと来ていない様子の他の面子に向け、彼等は具体例を用いた説明を始めた。

 

 

「考えてみなさい。仮に貴方たちが、道すがら通行人を包丁で刺し殺すとしましょう。その時、どんな過程がその行為には存在するかしら?」

「えと...包丁持って、グサリじゃないんですか?」

 

 

日下部に刃物を突き刺す仕草をしながら、三輪がおずおずと答えた。軽くシバかれる彼女に対し、日車は首を小さく横に振る。

 

 

 

「確かに、大雑把に見ればその通りだ。普通なら殺人罪か傷害致死罪として、有罪判決が下されるだろう。だが俺の術式は、あくまで裁判を模したもの(・・・・・)だ。真実を話す事を強制させる点を初めとして、現実に行われているそれと、全く同じという訳ではないんだ」

 

「凶器を体に突き刺す時には、必然的に被害者が着用している服を傷付けることになるでしょう? この時点で、器物損壊罪の条件を満たしているわ。寛見の術式(『私』)は、本来なら重い罪へと併合される罪を、それぞれ個別の罪として裁くかもしれないのよ」

 

「今までに宿儺が犯した行為の中に、殺人既遂は複数存在する。それだけならば、三割弱の確率で死刑を勝ち取ることができるだろうが...併合されていた罪全てが対象になれば、話は別だ」

 

 

 

その説明により、全員が事の厄介さを理解する。これまでの宿儺の所業を考えると、引き起こされた被害の規模は計り知れない。もしそれら全てを一つ一つ裁いていくとなると、いくら呪力があっても足りないだろう。

 

 

「裁く罪状を術師側...日車さん、もしくはリーブラが、あらかじめ決めることはできないんですか?」

「残念だけど、無理ね。そういう不便があるからこそ、寛見は領域をデフォルトで展開できるんだと思うわ」

 

 

次々と湧き出る問題に、全員が険しい表情を浮かべる。すると、虎杖がハッとした表情で、ふと思い付いたことを口にした。

 

 

 

「──細かい部分は違うかもしれないけどさ。でも、大まかな流れは現実と一緒だろ? なら・・・俺との裁判(戦い)、三審まで持ち込めないか?」

 

 

 

その案を聞いた日車は、盲点だったという様に目を大きく見開いた。

 

 

「そうか・・・そうだ。それならば奴を、確実に渋谷での『大量殺人』の容疑で起訴できる...!」

「その場合は...寛見、貴方から再審請求をする必要があるわね。じゃないと、私はまた別件で虎杖を裁くことになるわ」

「ああ、分かっている。だがそうすれば、奴を共同被告人として、虎杖共々同じ罪状で裁ける筈だ」

 

 

本人からのお墨付きを得たことで、対宿儺戦に希望が見え始める。しかしそこで、来栖の頬に現れた天使が、彼らに更なる懸念点を指摘した。

 

 

 

「君の術式の『没収』だが...術師が持つ、呪具はどうだ? 堕天はかつて強力な術式を持つ呪具を携え、この世に君臨していた。今、全く同じ物を所持しているとは思えないが・・・奴の傍には羂索がいる、何かの呪具を手渡されている可能性も捨てきれない。その呪具の持つ術式が、『没収』の対象になってしまうことはないのか?」

 

「・・・恐らく、それは問題ないだろう。リーブラ、説明を頼む」

 

「私が『没収』している対象は、相手の肉体。そして、それが有している魂。端的に言うと、魂で対象を定めて、その器である肉体に結び付いている術式、もしくは呪力を没収しているの。仮に呪具を持っていようが、対象となるのはあくまで宿儺本人よ」

 

 

 

式神の説明に、天使は納得し姿を消した。一方、虎杖はそこから新たな疑問点を見出し、彼女にそれを問いただす。

 

 

「待って、宿儺は伏黒の体にいるだろ? アイツは今、二つの術式を持ってるよな。『没収』が成功したら、両方とも取れるもんなの?」

 

 

彼の問いに、日車たちは少しの間沈黙する。そして互いに確認し合う様に目を合わせると、口惜しげにそれを否定した。

 

 

「すまない、それは分からない。宿儺は自分の術式だけでなく、伏黒 恵の肉体に刻まれた術式をも駆使していた。奴と彼の境界線は、恐らくかなり薄くなっているだろう。両方とも没収できるか、それともどちらかだけか・・・」

「当然だけど、前例がないのよ。私たちが死滅回游で殺し合った奴等の中に、術式を複数持っている者なんていなかった。ここにいる貴方達もそうでしょう? 賭けるしかないのよ、こればかりはね」

 

 

 

上手く決まれば一瞬、しかし『何か』に足を取られれば命取り。そんな不確定要素が多く、綱渡りで進む他ないその作戦に、全員が気を引き締めた。

 

 

 

「...まあ、そこは仕方ねえ。一つだけしか取れなくても、その分こっちは戦いやすくなる。術式の不明瞭なところは、これから一部でもハッキリさせられればいい。そんじゃ...」

 

 

日下部は一度話をまとめ、次の策の話に移ろうとした。だが彼の言葉を、式神が再び口を開いて遮る。

 

 

「日下部、もう少し時間を貰えるかしら? まだ話しておくべきことがあるわ。もし『死刑』をもってしても、宿儺を殺せなかった時のプランよ。核となるのは私たちだけど、貴方たちの協力も不可欠な案だから、よく聞いて頂戴」

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

会議が終わって解散となった後、日車は拠点の屋上に上がり、眼前に広がる東京の街並みを眺めていた。すると式神が現れ、彼の肩を軽く小突く。何事かと彼がその場を振り返ると、そこには屋上へ繋がる扉を開く虎杖の姿があった。

 

 

「悪い、日車。ちょっといいか?」

「ああ、大丈夫だ。どうした?」

 

 

軽くそう返す日車に、虎杖はやや重い声で彼に問い掛けた。

 

 

「・・・日車。もしかしてお前、死にたいの?」

「...どうした、藪から棒に」

「当たり前だろ。日車は、反転術式使えないし...それにサブプランだからって、あんな作戦」

 

 

俯き気味に話す虎杖の表情を、日車が見ることはできない。しかしその声色や語り口調から、彼の身を案じての言葉であることは十分に推し量ることができた。

 

 

「・・・俺は法に絶望し、一度はそれを見限った人間だ。捨て鉢になってこの死滅回游(殺し合い)に参加し、有無を言わさずに罪人の行為を裁く、あの機械的な総則(ルール)に縋った。それこそが罪を裁くにあたっての最適解だと、俺は思っていたんだ」

 

 

彼の自嘲気味な独白に、虎杖は黙って耳を傾ける。その傍らに佇む式神もまた、口を挟まず流れに身を委ねていた。

 

 

「だが、君という人間と出会い...そして、リーブラとの会話を通して、再確認できた。人が犯した罪は人が裁く、それがあるべき形だ。不完全で、数多くの過ちを犯してきた手段ではあるが・・・この形式だけは、何としても守らなくてはならない。その為ならば」

「───死んでもいい、ってことか。この戦いで」

 

 

自らと同じく強い覚悟が窺える日車を、虎杖は複雑な面持ちで見つめた。対する彼は、そんな虎杖の様子に気付き、宥める様に薄く笑みを浮かべる。

 

 

「虎杖。これは決して、後ろ向きな選択ではないさ。自己嫌悪と自己満足に命を投げ出すことは、己の罪から逃げることに他ならん。可能性は低いが、もし生きて帰ることができたら・・・俺は真っ先に自首をして、裁きを受けるつもりだ」

「...そっか、よかった。呪術師に悔いの無い死はないって、うちの学長は言ってたけどさ。日車は多分、戻るべきだと思うよ。リーブラもそう思うだろ?」

「私は寛見の式神で、言わば一蓮托生なのよ? いつ死を共にするかなんて、些細な問題だわ。それにこっちこそ、その言葉をそのままお返しするわよ。貴方、まだ死ぬ気でしょうに」

 

 

式神が指摘すると、虎杖はバツが悪そうに目を逸らす。そんな彼に向け、日車は諭す様に語りかける。

 

 

「...過去の人間の価値観を今のそれで測ることは、ともすれば現代人の傲慢になる。だが宿儺は、後に未来で復活することを前提に、己の魂を切り分けた。そして今、他者の肉体を隠れ蓑として多くの命を奪っている」

 

 

日車はそこで、虎杖の目をじっと見つめた。その真っ直ぐな眼は彼に顔を背けることを許さず、視線を日車へと釘付けにさせる。

 

 

「何度も言うが、虎杖。あれは宿儺が引き起こしたことだ。奴は今の価値観によって、断罪されなければならない」

 

 

 

だから、そう自分を責めないでほしい。

生きることを、諦めないでほしい。

 

日車の言葉は、言外にそう訴えていた。

 

 

 

「・・・ごめん。多分、この気持ちはそうそう変わらない。でも...ありがとう。そこまで俺を信じてくれて」

 

 

その願いを知ってか知らずか、虎杖は申し訳なさげに顔を下に向け、ぽつりと呟く。そんな彼の姿は、日車にかつて弁護士として向き合ってきた者たちを想起させた。

 

 

「...当然さ。それも俺の役目だからな」

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

そして、また別の日。日車が鍛錬を終え拠点の中を歩いていると、黒いサングラスを掛けた人物に声をかけられた。

 

 

「や。調子はどう?」

「...君か、五条 悟」

 

 

端正な顔立ちに、それを引き立てる白い髪。そして高く細く引き締まった全身。まるで世界の祝福を一身に受けているかの様なその肉体に、一目見て分かるほどの強さが詰め込まれている。その異質な存在を、日車は間近で目にすることとなった。

 

 

「お疲れさん。せっかくだし、ちょっと喋らない? 今暇だったんだよね」

「そうなのか? なら丁度いい、俺達も君に興味があったしな」

俺たち(・・・)? ...ああ、そういうこと」

 

 

五条は、日車の背後からこちらを見つめる式神に目を配る。対する式神も目隠しを外し、興味深げにその目を鋭くさせた。

 

 

「じゃあ改めまして、僕は五条 悟。都立呪術高等専門学校で教師をやってる。悠仁たちは僕の生徒だよ」

「日車 寛見だ、回游以前は弁護士を務めていた。後ろの彼女は俺の式神だ」

「リーブラ。式神としての私の名前よ」

 

 

自己紹介が済むや否や、五条は身に着けていたサングラスを外し、その蒼く澄んでいる瞳で日車たちを凝視した。時に大きく見開き、時に集中する様に目を細める彼を、二人は首を傾げつつ見守る。

 

 

「うーん・・・やっぱ、よく分かんないなぁ。その式神、君の術式にくっ付いてるんだよね? どうも君から生まれたって感じに見えない」

「...彼女について、何か分かるのか?」

「僕のこの目はちょっと特殊でね。色々と恩恵があって、初見の術式でもその原理を把握できたりするんだよ。でも...」

 

 

己の六眼をもってしても、解き明かせない。それが日車の式神に対して下された結論であった。

 

 

「そう、か...しかし彼女には、かつての記憶の様なものが存在するらしい。ここから何か分かることは無いか?」

「へえ? となるとそれは、昔死んだ術師の魂の情報が、偶然君と結び付いて生まれた・・・の、かも。いやあ、こんなの初めて見たよ。もしそうなら、憂太の『リカ』ともまた違った存在だ」

 

 

五条は楽しそうにしながら、式神に関する持論を披露する。だが一方で、好き勝手に自分を探られた彼女は、不満げに彼を睨みつけた。

 

 

「...ちょっと、一方的に見定められるのは気に食わないわ。私にも貴方を見させなさいな」

「ごめんごめん。えーと、そんじゃ...ここで一つ、懺悔でもしておこうかな。君、なんちゃら神話の女神みたいな格好してるじゃん? 居酒屋で居合わせたオッサンとの会話くらいのノリで聞いてよ」

 

 

五条はサングラスを掛け直し、相変わらずの軽い調子で式神に提案する。彼女は怪訝な表情をしながらも、それを二つ返事で了承した。

 

 

「仮にも懺悔なんだから、それを酒場のノリで例えるんじゃないわよ、生臭坊主。・・・まあ、いいわ。最強の男が残す悔いなんて、中々興味深いじゃない。寛見、貴方はどう?」

「別に構わない。職業柄、そういう話には慣れているしな。君としても、赤の他人に近い俺たちの方が話しやすいだろう」

 

 

彼等の前向きな姿勢に、分かってるねぇ、と五条は笑顔で頷く。そして表情を少し神妙にさせ、自分のことを語り始めた。

 

 

「これは昔からのことなんだけど。僕ってば、生まれてこの方才能に溢れてて、この世界で『最強』だったわけ。だからかな...他人に対して、いつもどこかで線引きをしてるんだ」

 

 

その告白の内容に、二人は目を白黒させる。すると一足先に式神が口を開き、意地の悪い笑顔で五条を揶揄った。

 

 

「あらあらあら、最強様は人間関係でお悩みかしら? ふふっ...確かに、性格面の評価は散々だったわね」

「あー、そういう話じゃなくて・・・そう、生き物としての線引き。例えるなら、花と接してるみたいな感じかな。皆、僕が少し力加減を間違えたら死ぬ。正面から全力でぶつかれる相手ってのが、僕の人生にはいなかったからね」

 

 

 

花。

自分以外の他者をそう例える五条の内面を、日車は慎重に考察する。

 

 

 

「・・・花、か。確かに、同じ生物としては見れていないかもな。だがその言葉で例える以上、彼らを大切に思っているんじゃないのか? 非力な者たちの命を尊べる感性が、君にはある筈だ」

「勿論、皆のことは大好きだよ。寂しいなんて思ったことはなかった...でも虚しさは、いつもちょっぴりあったかも。これ、皆には内緒で頼むよ? 傷付くだろうし、反転術式でも治りきらないくらいボコされそう」

「勿論さ。...しかし、どうも不思議だ。君のその力と人間性を鑑みると、自ずと弱者生存の考えに行き着くとは思えない。一体どのようにして、仲間は勿論、力を持たない一般人をも尊ぶようになった?」

 

 

 

その手厳しい推察に、五条は思わず苦笑いをする。学生時代の自分を省みると、紛うことなきクソガキだった。弱者にこれっぽちも気を遣らず、ごくごく狭い範囲の人々しか見えていなかったあの頃。

 

そんな自分を変えたのは、間違いなく────

 

 

 

「...友達のお陰かな。たった一人の、親友って言える奴だったんだ。もう、ずっと前に死んじゃったけど」

 

 

窓から差し込む夕日が、五条のサングラスに黒く反射した。日車からは見えないその奥に隠れた瞳が、僅かに曇る。

 

 

「皆には、僕みたいな思いをしてほしくない。その一心で、強く聡い若人たちを育てた...それに関しては、ちゃんと果たせたつもりだよ。悠仁や憂太、皆等しく化け物だ。きっとあの中に、独りぼっちの奴はいない」

 

 

そう語る五条の言葉からは、高専生達への想いが強く伝わってくる。しかしそこには、どうやっても拭いきれない過去への憧憬や、かつて亡くした親友への未練が見え隠れしていた。

 

 

「・・・成程ね。強者故の諦観...共感はできないけど、あんたと似ていた男は知ってるわよ。自分の力が強過ぎるが故に、戦闘行為自体を嫌ってる奴だったわ」

「へえ、そういうのもいたんだ。ね、教えてよ。どんな奴だったかさ」

 

 

五条の要望に応え、式神は記憶の残滓を辿る。

 

 

 

その中で対峙している、小柄な白髪の女。

 

 

マントをはためかせた、青髪の男。

 

 

慎ましい口髭を蓄えた、 長身の紳士。

 

 

そして─────

 

 

 

 

「・・・黄金(・・)。目を焼く程の、全てを呑み込まんとする煌めき。今覚えているのはそれだけよ」

 

 

彼女が呟いた、その男を象徴する言葉。そして彼らを照らす斜陽の色が、奇しくも辺りを朱色に染め上げ、五条に強く思い出させた。

燦然と光を放ち、何とも手放し難い、あの黄金の日々を。

 

 

「黄金、か・・・もしかしたらそいつにも、失くしたくない何かがあったのかもね。物か人か、それは分からないけど」

「ふぅん...あいつに、そんな存在がいたなんて思えないわね」

 

 

式神はありえないといった様子で、五条が零した言葉を話半分に受け流した。

 

 

悪意に満ちていながら、その悪意を終ぞ知ることなく幕を閉じた、『彼等』の物語。

その顛末を、彼女が知る由もない。

 




次回より、ようやく宿儺との決戦に入ります。
次話はやや短めにする予定ですが、その分早めの投稿を目指しますので、どうぞお待ち下さい。

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