もし日車の式神が「断頭台のアウラ」だったら   作:Yama@0083

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長らくお待たせしてしまい、大変申し訳ありません。
プライベートで執筆に専念できる時間がかなり短くなってしまった為、半年以上の間を空ける事になってしまいました。ですがその分内容も詰め込んでおりますので、お楽しみ頂けると幸いです。


尚、更新までに原作が晴れて完結を迎えた為、術式等の設定が本編と異なる部分がございます。その点をご了承の上、どうぞお楽しみ下さい。


第4話

 

「────九綱」

 

 

2018年12月24日。

術師たちは、とうとう決戦の日を迎える。

 

 

「────偏光」

 

 

死闘の場となるその場所は、新宿。

そびえ立つ高層ビルの屋上に、荘厳とした袴に身を包む五条の姿があった。

 

 

「────烏と声明(しょうみょう)

 

 

歌姫が全身全霊で舞い、唄い、印を結ぶ。

楽巌寺が三味線を演奏し、その旋律を響かせる。

それら全ての行動が、一つの儀式として五条の力を底上げさせる。

 

 

「────表裏の(はざま)

 

 

五条もまた、普段は省いている手順を一切略さない。

術式を発動させる為の詠唱を、一語一句漏らさずハッキリと口にする。

 

 

「虚式」

 

 

 

膨れ上がった威力は、実に通常の200%。

伊地知の結界により、不可視の砲弾と化したその一撃は。

 

 

 

 

「『(むらさき)』」

 

 

 

 

今、炸裂する。

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

「...始まりましたね、とうとう」

「にしても、五条の奴・・・アレでご挨拶のつもりかよ? ジャブってレベルの攻撃じゃねえぞ」

「何かの間違いで...あれで勝負がついてくれる、なんてことは」

「無いだろうね。もしそうなれば、史上最大の取り越し苦労として呪術史に残るさ」

 

 

高専と彼らに与する術師たちは、世紀の戦いの火蓋が切られたその瞬間を、モニター越しに目撃していた。そこに並んで戦闘の様子を見守る日車の傍らでは、当然の様に彼の式神が佇み、同じく二人の戦いを眺める。

だが、彼女の心中はそこにあらず。目線こそ中継画面を捉えているが、その意識は、戦いの光景に釘付けになっている高専術師たちにこそ向けられていた。

 

 

 

(───約1ヶ月。寛見共々、彼等とここで過ごした訳だけど...本当に、色々な人間がいるわね)

 

 

 

この場にいる者全て、呪術という異能を扱うという点においては、皆等しく強者であるとも言える。だが、人間社会における弱者と強者の構造がそう単純なものでないことを、彼女は日車とのやり取りを通し学んでいた。

 

 

 

(五条 悟は、彼等を『等しく化け物』と評していた...でも、あれは間違いね。全員が呪術師という面では、そうかもしれないけど・・・結局、この中でも力の差は生まれてしまっている)

 

 

 

その事を、五条が理解していない筈はない。彼はその眼で、あらゆるものを見通せるのだから。ならば、彼にとって重要だったのは────

 

 

 

(────ひとりぼっち、か。自分と同じ思いを彼等にはさせないと、あの男は言っていたかしら。五条 悟...次元の違う強さを誇る貴方ですら、その欲望からは逃れられなかった)

 

 

 

まさに圧倒的な『強者』。そんな彼ですら、その渇望に囚われていた。会話をした際に表出した、彼の懐古の念が秘められた表情を回想しつつ、式神は一人疑問を呈する。

 

 

 

(貴方はあの時、「虚しい」と言った・・・他者と寄り合って生きているという実感を、持てていなかった。...何故? 貴方には護るべき存在も、貴方を必要とする者たちもいるのに)

 

 

 

五条が如何に、度し難い性格を持った人間であるか。それを、彼女は高専の術師達との会話から知っている。しかし同時に強い信頼を置いている事も、彼女は彼等の語り草から感じ取っていた。

あの時彼が吐露した、強者故の諦観。それは一体、何に向けられての物なのか。

 

 

 

 

────『力』は、時代の流れと共に変化してきた。

 

────時代の流れの中で、相手を屈服させる殺傷能力から、個人の持つ資本が『力』となっていった。

 

 

 

 

ふと。頭に蘇った主の言葉を、式神はじっくりと反芻する。

 

その者が持つ金品の多さ、社会的な地位。それらが今、人間を『強者』たらしめるという論理...それ自体に、異論は無い。だが果たしてそれらのみが、人間の優劣を決める絶対的な基準なのだろうか。

彼女は、そんな疑問を抱いた。

 

 

 

思い返すのは、以前死滅回游にて相対した軍人たち。彼等はその兵力をもって、非術師の身でありながら、幾人もの術師たちの身柄を確保していた。その優れた力は、国の動向を定める者たちの思惑により行使され、そこに彼等の意思は介在しない。だがそんな権力者達の謀略も、彼等の力無くして実現は出来ないだろう。

 

 

 

そう。力も、知識も、権力も...人がそれ一つで出来ることなど、所詮高が知れている。金銭があっても、モノが無くては何にも代えられない様に。

 

そこにあるのは、「役割」。自分には無い能力を他者に求め、目標達成に欠けていたピースを埋めることで、己の欲望を叶える・・・そういう面で人間は、他者の存在なくしては生きられない。たった一人の人間が全ての役割を背負うなど、土台無理な話なのだ。猿から脈々と進化を続け、今や他の生物の追随を許さない程の叡智を持っていても。

 

 

 

だが、五条 悟───彼は、あまりにも多くのものを持ち合わせていた。その肉体、『六眼』、身体に刻まれた術式、家柄・・・呪術師として強く在る為の要素が、尽く彼には揃っていた。

そうして生まれた、『最強(五条 悟)』。誰の助けも必要とせず、心配をかけることすら馬鹿らしく感じられてしまう程の、無体な「力」が形を成した者。しかしそれ故の、他者への精神的な断絶───それこそが、彼に孤独を感じさせていた。

 

 

 

(───そう、か。きっとそういうことだ)

 

 

 

 

 

五条 悟が、自ら若人達を教え、導いていたのも。

 

虎杖 悠仁が、己を顧みず戦いに身を投じるのも。

 

人が人の所業を裁き、罪を与え、罰を下すのも。

 

 

 

 

 

────そこまでして。

貴方達(人間)は、誰かと共に歩んでいたい(他者の存在を求める)のね。

 

 

 

 

 

例え、次元が違う程の突出した能力を持っていたとしても。その身一つで、全人類を殺し尽くせる程の力を誇っていたとしても。彼もまた、隣に立つ誰かを求める人間に過ぎなかったのだ。そんな人間が、化生を打ち倒すには...種族が持つ強みを、最大限活かす他ない。

 

 

それは即ち、知恵。

そして、大勢の同族と群れること。

 

 

 

 

「────寛見」

「...よせ」

 

 

何かを悟ったかの様な声で、式神が日車に話しかける。彼女が纏うただならない雰囲気に、彼は無意識にそう呟いた。

 

 

「負けるわ。五条 悟は、敗れてしまう」

 

 

 

 

しんと静まり返ったその場に、式神の声が小さく木霊する。

 

画面に映し出されていたのは、『最強』の最期の瞬間。宿儺が繰り出した「世界を断つ斬撃」により切り裂かれる、その光景だった。

 

 

 

 

「...虎杖」

「・・・大、丈夫...大丈夫だ。殺そう。絶対に、アイツを」

 

 

虎杖は冷静につとめようとするも、そのぎらついた目を宿儺から離そうとしない。それは他の面子───特に、乙骨を初めとした呪術高専の生徒たちも、例外ではなかった。

そう、彼等には五条の死を悼む暇さえ与えられない。かの呪いの王を、確実に滅するその時までは。

 

 

「鹿紫雲さん、秤さんも・・・もう、行っちゃったみたいですね」

 

 

目の前のモニターに映りこんだ、嬉々として戦場へと駆ける『雷神』の姿に、三輪がぽつりと零す。それを耳にした日下部は掌を大きく打ち鳴らし、皆の意識を切り替えさせた。

 

 

「...そうだな、絶望してる暇なんざねえ。鹿紫雲にゃ悪いが、段取りをもう一度確認するぞ」

 

 

その鶴の一声で、少なからず動揺を隠せずにいた術師たちの表情が、一気に引き締まった。皆の様子を確認し、彼は言葉を続ける。

 

 

「あそこへ降りたら、まず冥冥の術式で宿儺の気を逸らさせる。その隙にお前らは、何としてもアイツを『誅伏賜死』に引きずり込め。その後領域が消えたら、俺達も下に降りる。日車、お前が必ず攻撃を通せるように、最大限フォローするからな」

「了解した。『死刑』が取れた後の防護は頼む」

 

 

日下部はその後も、今日の日の為に用意した二の策、三の策を余さず確認していく。すると、ブリーフィングの傍ら戦場の様子を注意深く観察していた術師たちから、どよめきの声が上がる。

 

 

「なんだ、ありゃ...恵の形が、変わっていきやがる」

「あの四本腕は...伝承の『両面宿儺』の姿そのものだ。となると、伏黒君は・・・」

「そん、な・・・恵ッ!!」

 

 

乗っ取られても尚辛うじて存在した、伏黒の面影(姿形)。それが宿儺のものへと塗り替えられていく光景に、来栖は耐えられず声を張り上げる。

 

 

「華、落ち着くんだ。あれはあくまで変身・・・受肉時に起こる筈だったそれが、再開されたに過ぎない。彼の魂そのものが失われた訳では無い筈だ」

 

 

悲痛な面持ちで取り乱す来栖を、天使が冷静に諭す。宿儺と同じく、受肉による復活を果たした存在である彼の言葉は、強い説得力を以て彼女の激情を鎮めた。

 

 

「成程な。で、あんなナリになっちまった訳だが...元に戻るもんなのか、アレは」

「多分・・・大丈夫だと思う。真人...魂を好き勝手弄れる術式を持った呪霊が言ってた。肉体は、魂の形に引っ張られるもんだって。それに、九十九さんが遺してくれた情報もある───いける筈だ」

「んじゃ、伏黒を叩き起こして宿儺を殺せれば、体はめでたく元通りってか。是非ともそうであって欲しいね...あんなムサいクソB級映画メイクだ、伏黒も草葉の陰で咽び泣いてるだろうよ」

「勝手にトドメ刺してんじゃねえよ、これから助けるんだろうが」

 

 

日下部がうんざりといった表情で叩く軽口に、真希が鋭くツッコミを入れる。そんな中、目まぐるしく変化し続ける戦場の状況に、再び驚きの声が上がった。

 

 

「・・・アレは、まさか・・・!」

「天使...? 知ってるの、アレ」

神武解(かむとけ)...それが、あの呪具の名だ。強力な雷撃を発生させる力を持つ・・・堕天がかつて、その手に携えていた呪具の一つさ」

「つまり、平安時代の呪具ということか? そんな物が、なぜ今奴の手に」

 

 

それはまさしく、鬼に金棒。そんな業物が、どうしてそう都合よく宿儺の手にあるのか・・・その疑問に答えたのも、やはり天使であった。

 

 

「そうか、(よろず)か。あれ程の呪具・・・彼女が死に際で、奴に与えたのか」

「・・・おい、まさか...コガネ! 『伏黒 津美紀』の情報を出せ!」

 

 

虎杖は天使の言葉からいち早く何かを勘づき、己のコガネに指示を出す。彼に応じて出現したそれが言い放ったのは、とても受け入れ難い現実であった。

 

 

 

【伏黒 津美紀は、既に死亡(リタイア)しています】

 

 

 

「...宿儺だ。アイツ、よりにもよって津美紀の姉ちゃんを、伏黒の体で・・・」

「奴が如何にして、彼の肉体を完全に支配したか...ようやく合点がいった。奴は彼の肉親である、伏黒 津美紀の肉体を殺すことで・・・」

「折った、ってか。恵の魂を、完膚なきまでに」

 

 

肉親を、己の手で殺す。自らの意思で、ある種の心構えをもって行った者ですら、それによる強い罪悪感から逃れることはできなかった。ならば、身体を他者に乗っ取られ、己の意思など介在しない状況でのそれは、果たしてどれ程の苦痛を伴うだろうか。

 

 

「惨いな。そうであるならば、最早彼の意志力は......」

「なら、尚更ね。もし私たちが失敗したら、貴方の力が頼りよ、虎杖」

「・・・ああ」

 

 

虎杖は静かに頷き、両の拳をぎりと握り締める。その表情からは、伏黒を必ず救けるという強い決意が見て取れた。

 

 

「...鹿紫雲もやられた。こっからが分水嶺だ、準備はいいな?」

 

 

とうとう訪れたその時を前に、全員のひりついた戦意がその場に張り詰める。日車も同じく気を引き締める中、式神が彼の耳元でこそりと囁いた。

 

 

「一応、確認するけど・・・退く気は無いのね?」

「...恐れがないと言えば、嘘になるがな。覚悟はとっくに決まっているさ」

「...そうね、そうでしょうとも。じゃ、行きましょうか」

 

 

 

口には出さないものの───式神の胸中には、一抹の不安がへばりついていた。自分たちよりも遥かに強力な術師二人が、揃って宿儺に敗北を喫した。そんな化物を相手に、果たしてどこまでやれるのか...と。

 

しかし、日車は前を向きつつ、確かな声でその問いかけに応える。揺らぐことのない彼のその眼に、彼女は主の確固たる決意を垣間見た。そんな彼に倣う様に、彼女もまた同じ方向を向く。

 

他でもない日車()が、あの魔境へ往くと言った。その時点で、彼女の為すべきことは決まっている。

ただ主に仕える式神として、その役割を全うする。彼が、己に見出した使命に殉ずる様に。

 

 

 

「...よし。そんじゃ憂憂、頼む」

 

 

 

日下部の合図と同時に、彼等を取り巻く景色が瞬く間に変わる。いざ目の当たりにした戦場は、並び立っていた筈のビル群も、地面を舗装していたアスファルトも消え、ただ剥き出しの大地だけがそこにある。

 

 

文字通り、死地と化した新宿の地。全てが灰色の無機質な平野で、怪物は悠々と彼等を待ち構えていた。

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

「来たか・・・小僧、貴様に何ができる?」

 

 

五条、そして鹿紫雲。二人の才に溢れた術師達との死闘を味わった宿儺は、口を愉悦に歪ませ、次の(相手)へとその目を向ける。

するとそこへ飛来した、烏達による小さき生命の炸裂(バードストライク)。それらは彼の注意を引き、見事日車と虎杖に接近する隙を与えてみせた。

 

 

「リーブラ、奴の動きを!」

「了解...っ!」

 

 

日車は巨大なガベルを構え、宿儺目掛けて勢いよく振り下ろす。強力、されど大振りなその一撃は、難なく宿儺に回避され地面を揺るがす。だが、そこから飛び退いた宿儺の背を、これまた巨大化した式神の天秤が遮り、行く手を阻む。

 

 

「ほう?」

 

 

退路を封じられた彼を、懐に潜り込んだ虎杖が捉える。鋭く振り抜かれた拳を二対の腕で受け止めるも、奇妙な感覚が併せて宿儺を襲った。

 

 

(今の、打撃は・・・?)

 

 

唐突に去来した、まるで浮遊感にも似た異様な感覚。その正体を探る間も与えず、日車はガベルを鞭のようにしならせ、宿儺の腕を絡め取った。

 

 

 

「虎杖。やり直しだ」

 

 

 

その一声で、辺り一面が法廷の場へと姿を変えていく。断頭台の刃が上げられる音と、騎士達が己の武器を構える重い金属音が、周囲を包む空気を律した。

 

 

 

「『虎杖 悠仁は2018年10月31日、渋谷にて大量殺人を犯した疑いがある』」

 

「彼女はこの領域内にいる者の全てを知っている。だが俺に共有される情報は、彼女が『証拠』として提示するものだけだ。判決は────」

 

 

 

式神が再び虎杖の罪状を提示し、日車は己の領域のルールに則り、宿儺に対して裁判の流れを説明しようとする。しかし、宿儺はそこに割り込み、無理矢理彼の言葉を中断させた。

 

 

「あー、良い良い。小僧の中でこの領域は見た...説明はいらん、疾く本題に入れ」

「...そうか。では遠慮なく、始めさせてもらうぞ」

「『服従の術式(アゼリューゼ)』」

 

 

機械的ながらも、いつもよりはっきりとした口調で、式神が服従の術式(アゼリューゼ)を発動させる。そして、最後の審判が幕を開けた。

 

 

「簡潔に言おう。先の渋谷の一件で、彼は誰も殺していない。二審での自白は、彼自身の自責の念が強すぎるあまり出たものだ。真犯人は・・・両面宿儺、君だ」

 

 

日車は新たに、リーブラから提示された証拠写真を取り出す。そこには、普段の彼からは想像もできない形相で魔虚羅と戦う、『虎杖 悠仁』の姿があった。

 

 

「この写真は、その証拠だ。現場には巨大な刃物で切り裂かれたかの様な痕跡や、超高熱で灼かれた建造物が数多く残されていた。虎杖の肉体に術式が備わっていない事は、前回の戦いで証明されている。よって、彼にこんな芸当をすることは不可能だ」

 

 

日車は断言し、鋭い目つきで宿儺を睨めつける。それはどんな言い訳も許さず、必ず裁きを下してやるという、強い意志の表れであった。そんな彼に対し、宿儺が気だるげに、それでいてどこか楽しむ様に目を細めて言い放ったのは、たった一言。

 

 

「知らんな」

 

 

 

─────コイツは、今。

なんと言った(・・・・・・)

 

 

 

衝撃のあまり、日車達は己の耳を疑った。表情が驚愕に染まる彼等を意に介さず、宿儺は淡々と己の供述を続ける。

 

 

「確かにその小僧には、この様なことは起こせまい。其奴は非力で愚鈍、実に矮小な存在に過ぎん。なればその殺戮を起こしたのは、小僧自身ではなかったのかもしれんな...だが、それは俺に関係ない。俺は伏黒 恵の中に棲まう権兵衛だ、それ以外の何者でもない」

 

 

領域のルールとして、互いに陳述が出来る回数は一度だけ。宿儺の陳述に対して、日車が反論することは叶わない。

故に、彼は仰ぎ見た。領域を構成する一要素として、最後に裁きを下す審判者(リーブラ)を。

 

 

 

 

 

 

「─────『無罪(イノセント)』」

 

 

 

 

 

女神は公平の下に、その目を塞いで罪を裁く。

例え、如何なる悪鬼羅刹が相手であろうと。

 

 

「く、そ・・・ッ!!」

 

 

予想外の形で三審は幕を閉じ、法廷は無慈悲に崩れゆく。その隙を突いた宿儺の攻撃が迫り来ると同時に、日下部が予定通りその場に現れ、彼等を包む簡易領域を展開した。しかし、それでも術式を無効化することは叶わず、彼等の体に鋭い傷が刻まれる。

 

 

「ってえ・・・日車、どういうこった!? 没収が十種(とくさ)に適応されたか!?」

「...皆、すまない。あろうことか、奴に『無罪』を勝ち取られてしまった」

「・・・冗談だろ? おいリーブラ、宿儺の野郎に金でも積まれたかよ!?」

「んなわけ無いでしょ!? ふざけるなッ・・・アイツ、エゴの塊にも程があるわよ!!」

 

 

『死刑』はおろか、術式の『没収』さえ果たせなかった。極めて絶望的なその状況に、日下部はこれでもかと眉間に皺を寄せ、天を仰ぐ。当の式神もまた、乱雑に外した目隠しを投げ捨て、宿儺に対する苛立ちを露にする。

 

 

「アレは疑いようもなく、宿儺本人...それは確実、間違いないの!! でも、この国の法では・・・『人間の尺度』では、あの一件でアイツを裁けない...!」

 

 

 

そう。確かに『誅伏賜死』は、伏黒の肉体に巣食う宿儺の魂を捉えていた。しかし、ある者の中に存在した別の人格が、そっくりそのまま他者へと移るなど、人間の常識では起こり得ない。顔つきも姿形も、果てには遺伝子すら異なる者同士を、どうやって同一人物と結び付けられるだろうか。

 

そして、服従の術式(アゼリューゼ)が何を『真実』とするかは、対象の感性に委ねられている。事実でないことを本当だと信じ切っている者や、自分の言葉こそが全てと心から言い切れる「異常者」。それらの人間には、正常に機能しないという抜け穴が存在したのであった。

 

 

 

「鍛錬を積み重ね、この俺に追い縋ろうとした人間は数知れん。だが、俺を手前の領域に引きずり下ろし、更には腹芸の席に着かせた術師などそういない。その褒美として、この下らん茶番に付き合ってやったが・・・所詮は児戯か、つまらんな」

 

 

宿儺は一対の腕を組ませ、とんだ期待外れだという表情で語りかける。

 

 

「貴様は元来、非術師だったか? だからだ。人間の下らん理に、未だ囚われている...それは、捨てろ。物事の道理を一笑に付し、己が敵に不条理を押し付けろ。『呪い』とは、そうあるものだと知れ」

 

 

まるで不出来な教え子に言って聞かせる様な彼の物言いに、日車の胸中に拭いきれない違和感が芽生える。そしてそこから、彼の思考は一つの解を導き出した。

 

 

「───リーブラ、これは」

 

 

 

式神もまた、既に彼と同じ答えへと行き着いている。しかしその一方で、彼女は勘づいていた。それ(・・)は彼にとって、己の信条や矜恃を踏みつけにする、最も唾棄すべき行為であると。

 

ほんの一瞬、躊躇う。しかし、彼女はこれ以外に道は無いと理解し、ゆっくりと天秤を構え直した。

 

 

 

「・・・そうね。きっと、今はこれしかないわ」

 

 

 

日車の背後から、きぃと天秤の軋む音が響く。それが、彼に仕える式神としてのリーブラの応えであった。

 

ガベルが三度、高らかに空気を震わせた。

 

 

 

「日車!? メインの作戦はもう失敗じゃ・・・」

「虎杖、選手交代だ。君には今から、被告人である俺の罪を追求してもらいたい。罪状は...分かるな?」

「・・・待って、日車。それって」

 

 

 

 

 

 

 

「『日車 寛見は2018年11月1日、東京都千代田区にて成人男性2名を殺害した疑いがある』」

 

 

 

 

 

 

再び展開された領域の中で、日車と虎杖を隔てる様に、式神が彼等の中間に佇んでいた。(日車)の罪状を彼等に告げた彼女は、証拠の写真をその場で提示する。そこに写るは、首が無いかと見紛う程、激しく頭部を損傷し床に伏す被害者が二人。そしてそれを見下ろし立ち尽くす、一人の男の後ろ姿。

 

それは、虎杖にも聞き覚えのある出来事であった。

日車が所持していた端数の(ポイント)。その出処は────

 

 

 

(...俺に、お前を裁く資格なんかねえよ。けど)

 

 

 

如何なる物も喰らい、どんな事でも呑み込む。虎杖はそう心に決めていた。宿儺を殺し、伏黒を救うという目的を達成する為ならば。

 

 

「・・・・日車の右手には、呪力のハンマーが握られてる。それで日車は、二人を...殴り殺した」

 

 

虎杖は苦しげに、リーブラへ己の判断を伝える。

『それでいい』。 日車は、微笑みながらそう呟いた。

 

 

 

「リーブラ、虎杖の言う通りだ。彼等を殺したのは、他でもない俺自身だ」

 

「─────『有罪(ギルティ)』。『没収(コンフィスケイション)』・『死刑(デス・ペナルティ)』」

 

 

 

判決が下され、領域はすうと消えていく。日車が所持していたガベルは、最早彼の手元に存在しなかった。

その権能は、今や式神(リーブラ)の下へ。杖を持つ彼女のもう一方の手には、罪人に死を賜る『処刑人の剣』が握られていた。

 

 

「『解放(リリース)』。『術式従属(オビディエンス)』」

 

 

式神は自主的にその言葉を発し、日車に必殺の剣をそっと手渡した。己の罪から生み出された、己の命を刈り取る為だけに存在するそれを、日車はじっと見つめる。

 

 

「ほら、寛見」

「・・・ああ」

 

 

煌々と光を発するその刀身が、血に塗れた醜い(なまくら)として、日車の瞳に映る。そこから滴り落ちる錆色のモノで、彼の手は赤黒く染め上げられていた。

 

 

 

 

 

────罪とは瑕疵であり、証だ。

どんな方法で贖ったとて、それが消える事はない。

 

俺は彼等を、俺自身の意思で殺した。

言い訳のしようがない、揺るぎない事実だ。

 

この罪から、目を逸らす事はない。

俺が地獄の底まで、背負っていくべき枷だ。

 

 

 

 

 

「...行くぞ。状況は依然最悪だが、どん底ではない」

「当然。アイツに吠え面かかせてやろうじゃない」

 

 

得物を握り締める日車の手の力が、自然と強くなる。式神と互いに鼓舞をし合った彼は、弾かれる様に宿儺の下へと駆け出した。

 

 

「虎杖! 日車は多分、何かしらの縛りを課した! 俺達の役目は変わらねえ、死んでも日車を攻撃から守るぞ!」

「応ッ!!」

 

 

 

 

傍聴席より裁判の様子を覗いていた日下部は、即座に状況を判断し虎杖に指示を出す。そして、彼のその推測は正しかった。

 

日車自身を対象にして下された『死刑』は、本人にしか効果がない。よって、彼は即席で縛りを設けた。術式対象に対して『死刑』が執行された瞬間、自身にも同じくそれが執行される、という縛りを。

それは一見、何の意味もない自爆技。だがその縛りによって、『処刑人の剣』の術式対象の制限は取り払われる。

 

『自身の罪に対する罰を、他者へと押し付ける』。

日車が最も忌避する形で、彼の術式は「呪い」としての真価を発揮した。

 

荘厳なる断罪の剣は、血に飢えた凶刃に。

ありとあらゆる者の命を、見境なく奪う辻斬りへと成り果てた。

 

 

 

 

「良い、良いぞ。らしくなってきたじゃないか」

 

 

彼自身の業から生まれた魔剣を一瞥し、宿儺はくつくつと喉を鳴らす。そして小手調べとばかりに、その手に握る『神武解』の術式を発動させた。

 

 

「────ッ!!」

 

 

日車と日下部が動いたタイミングは、まさに同時。拡大された簡易領域により僅かに減退した雷は、日車が掲げた剣に纏わりくと、何事も無かったかのように消滅した。その現象に対して、宿儺は静かに思考を巡らせる。

 

 

(あの剣...「一撃必殺」を成立させる為の特性を、防御へと転用したか。小賢しい真似をする)

 

 

『処刑人の剣』と『断罪の戒杖(ゾルトラーク)』は、当たった相手を必ず死に至らせる。その「一撃必殺」を確実に機能させる為、相手の呪力による防護を無効化する、という効果が付与されていた。

それ即ち、相手に由来する呪力の無効化。そして『神武解』が繰り出す、呪力による雷撃。それらが噛み合ったことで、まるで避雷針の様に宿儺の攻撃を吸い寄せ、跡形もなく消し去ったのであった。

 

 

(鹿紫雲とも手合わせをした甲斐があった。あれが無ければ、これを思い付くことはなかっただろうな)

 

 

日車達は雷撃をものともせず、宿儺との距離をぐんぐん縮めていく。だが、宿儺はその薄ら笑いを依然として崩さない。彼が静かに組ませたもう一対の腕の先には、「兎」を象った掌があった。

 

ずももももっ、と。

虚空から溢れ出す様に現れたのは、数多の小さな『脱兎』の群れ。その圧倒的な物量をもって、彼等は瞬く間に取り囲まれ、その道を塞がれる。

 

 

「こいつら、伏黒の...」

 

 

目の前の光景に、虎杖は強い胸のざわめきを覚えた。かつて伏黒が、どの様に『脱兎』を使っていたか。そのことが不意に彼の頭をよぎり、背筋に悪寒が奔る。

 

 

「───ヤバい。何か来る!!」

 

 

かくして、その予感は的中した。彼等を包囲する兎達の一部が勢いよく弾け飛び、そこから牛の姿をした式神が顔を出す。虎杖は咄嗟に日車を庇い、その痛烈な強襲を身をもって受け止めた。

 

 

「『貫牛』か!? そいつと距離を離すな、エグい一撃が来るぞ!」

 

 

日下部の警告を受け、虎杖は『貫牛』の角をむんずと掴んだ。そしてそれが誇る圧倒的な馬力に負けじと、両手足に精一杯の力を込める。

 

 

「俺が...抑える!! 日下部さん、日車を頼む!」

「任せた! そんじゃお前ら、押し通るぞ!」

 

 

暴牛を抑え込む虎杖を後目に、彼等は再び進撃を開始した。行く手を阻む脱兎をちぎっては投げ、前へ前へと先陣を切って突き進む日下部に、『満象』を転用した超高圧の水砲が迫る。だが、呪力の起こりから攻撃を察知した彼は、咄嗟に刀を抜いてピンポイントで狙撃を受け止めた。

 

 

「残りカスみてぇな術式で、よくもまあ...っ」

 

 

するとそこで、甲高い金属音を立て水砲と拮抗している刀身に、何かが絡みつく。何事かと素早く周囲を見回す日下部の目に映ったのは、蠢く脱兎達の合間を縫って、己の腕に巻き付いている「蛙の舌」だった。

 

 

 

「『番いの流星』」

 

 

 

見計らったかの様に、兎の大群が一斉に姿を消す。急激に開かれた視界の先では、宿儺の無骨な指先が日下部を捉え、静かに向けられていた。

が、しかし。『解』が放たれんとしたその時、宿儺の手が閃光に融ける。式神が咄嗟に放った『断罪の戎杖(ゾルトラーク)』が、すんでの所で命中したのであった。

 

 

「日下部、無事ね? まだ死んでもらっちゃ困るわよ」

「すまん、助かった・・・野郎、つくづく器用な真似しやがる」

 

 

日下部は冷や汗をかきつつ、宿儺を睨めつける。その背中は、まさに己の首元まで届いていた死の気配によって、じっとりと濡れていた。一方宿儺は、直前で切り離し跡形もなく消え去った手首を見つめ、そして満足気に笑みを浮かべると、下手人である式神へと視線を移す。

 

 

「威力は上々、と言った所か。そしてあの速度...更に縛りを結んだな? 本来ソレは、早撃ちができるような物ではあるまい」

「ご名答。全く、こっちの小手先は全部お見通しってわけ? 鬱陶しいったらないわね」

 

 

そう吐き捨てる式神が手に持つ杖は、依然として宿儺に向けられている。しかし、その先端から立ち上る一筋の煙が、彼の予測が正しい事を物語っていた。

 

 

「リーブラ、再び断罪の戎杖(ゾルトラーク)を使えるまでの時間は」

「・・・2分ってとこかしら。アレが当たった時点で死ぬ筈だってのに...仮にも人様の身体で、随分と好き放題やってくれるじゃない」

 

 

日車からの確認に、式神は歯噛みしながら答える。それは宿儺と相対する彼等にとって、あまりにも長い時間であった。その時まで、日下部たちと何とか耐え忍ぶべきか────彼のそんな考えを棄却したのは、他でもない宿儺だった。

 

 

「・・・いや、もういい。そも、興味があるのはその剣の方だった」

 

 

突如、彼は音も無く日車に近付き、再生させた歪な握り拳を振りかぶると、勢いよく殴りかかった。日車はその速度に面食らうも、これを好機と迫り来る拳に剣を叩きつける。だが、いくら待てども宿儺はおろか、自分の命が尽きる瞬間はやって来ない。

 

 

「何故、だ・・・!?」

「先の一撃で理解した。貴様らの『必殺』が相手の魂を捉えるには、器となる肉体との繋がり(・・・)が必要なのだ。それが血液か呪力か、確かなことは言えんが...今貴様を殴っているコレには、たった一滴の血も、呪力すら通っていない。体の表面に付着する、爪や垢の様なものに過ぎんということだ」

「掴んだというのか・・・!? 『処刑人の剣』への対処法を、あのたった一度で...」

 

 

愕然とする日車を嘲笑うかの如く、宿儺は彼の得物を徐々に押し込み、ついにはその拳を以て彼の顔面を打ち抜いた。痛烈な一撃に思わずバランスを崩した彼に、宿儺は続けて回し蹴りを喰らわせた。

 

 

「ッが、ァ───」

 

 

殴打、張り手、手刀、蹴撃。複数の腕と鍛え抜かれた脚を総動員し、宿儺は弄ぶように日車を嬲る。身体が折れ曲がる度、苦しげな呻き声が彼の口から漏れた。だがその目は依然として、鋭く宿儺を見据えている。

 

 

「ほおら、頑張れ。お前の敵はここだ、その剣が届く距離にいるぞ」

 

 

そこへ窮地に陥った彼を救うべく、前線に合流した虎杖が二人の間に滑り込む。横から割り込み、再び己の前に立ち塞がった虎杖を目にした宿儺は、不快感を顕に躊躇なく『捌』を叩き込んだ。

 

 

「・・・何度も言わせるな。オマエには興が乗らんのだ、小僧」

 

 

網目状に切り刻まれた虎杖の腹部から、夥しい量の血液が溢れ出る。片手間で彼を切り捨てた宿儺の目には、最早何の感情も込められていない。

だが、虎杖は未だその瞳に闘志を滾らせ、固く固く握り締めた両の拳を交差させる。それはまるで、大きな荷物を紐で括っているかの様な仕草であった。

 

 

「日車あッ!!」

 

 

すると、周囲に飛び散った彼の血が、一本のしめ縄の如く大きく纏まる。そして宿儺の全身にまとわりついたそれは、ぎりりと彼の身体を締め上げ、動きを封じ込めた。生傷から際限なしに噴き出す血潮を拘束具へと変えつつ、虎杖は鬼気迫る表情で叫ぶ。その献身に応えんと日車は己を奮い立たせ、今度は宿儺の胴体目掛けて、得物を勢いよく突き出した。

 

 

 

「・・・フン」

 

 

 

刹那。日車達の視界を、暴力的なまでの光が覆う。

 

その焔光の中心は、宿儺が手にする『神武解』。一層眩く輝いたそれから、四方八方に向けて雷撃が放たれた。

周辺一帯に迸ったそれらは、自身を拘束していた赤縛を、虎杖諸共吹き飛ばす。

 

 

 

「...貴様にしては考えたな、小僧」

 

 

先の戦いで五条が繰り出した『茈』の如く、自爆に近い形で放たれた雷の奔流は、少なからず宿儺自身にもダメージを与えていた。しかしそれを気にする様子もなく、彼は二の矢で『解』を発動させる。

 

 

「だが所詮、凡骨の域を出ん。あの強者(つわもの)達の後で、よくもまあこの場に出て来れたものだ」

 

 

繰り出された不可視の刃は、目にも留まらぬ速さで日車を襲い、その手をあっさりと斬り落としていった。

 

 

「ぐ、あァッ......」

「ッ───まだぁっ!!」

 

 

切り離された主の掌を『処刑人の剣』ごと咄嗟にキャッチし、式神はそのまま突撃を試みる。しかし捨て身の特攻も虚しく、宿儺は突き出された剣をひらりと躱し、容赦なく彼女に『捌』を喰らわせた。

 

 

「リ、ブラッ────」

 

 

激痛で明滅する視界の中、目の前で崩れゆく式神の姿に、日車は思わずその名を叫ぶ。

 

 

 

 

───それは、一瞬。

ほんの僅かな、1秒にも満たない時間。

 

彼の意識は、目の前の宿儺から完全に逸れてしまった。

 

 

 

 

 

「才はあったのだろう、それなりにはな。だが」

 

 

 

 

 

それ(・・)は、唐突に彼へとやってきた。

自身を取り巻く事象の全てが緩慢になっていき、いやにハッキリと感じられる。

 

視界も。

耳に聞こえる轟音も。

己の心臓の鼓動さえも。

 

 

 

 

 

「依然として、貴様の精神は温い。他者を呪い、純粋な悪意を力へと昇華させるには」

 

 

 

 

 

 

目の端で、一筋の鋭い光がちらついた。

『死』。本能から、彼はその到来を確信する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、彼は上半身から『爆ぜた』。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ここは」

 

 

 

いつの間にか閉じられていた瞼を、微かな光がそっとくすぐる。そのいじらしい感覚につられて、日車はゆっくりとその目を開いた。

 

眼前に広がっていたのは、何の変哲もない、ありふれた公園の広場。暖かい日の光に照らされ、穏やかな木漏れ日が優しく彩る、どこか見覚えのある光景であった。

 

 

 

「何ぼうっとしてるの。突っ立ってないで、こっちにいらっしゃいな」

 

 

 

ぼんやりと立ち尽くしていると、聞き馴染みのある声が彼を呼ぶ。その方向に目を向けると、そこには五体満足の状態でベンチに腰掛ける式神の姿があった。

 

 

「それが、本当の・・・いや、かつての君の姿か」

 

 

すっかり様変わりした彼女の装いに、日車は目を丸くさせる。その実体は別として、彼女が纏っていた服装は、まさに清廉な女神のそれであった筈だ。しかし今は、黒を基調とした扇情的な衣服に、その身を包んでいた。

 

 

「みたいね。...で? 何か感想は無いのかしら」

「...正直、安心しているよ。そんな姿の君を連れ歩いてみろ、どんな目で見られたか分かったものじゃない」

「お堅いリアクションどうも。最期まで可愛げってものが無いんだから、全く」

 

 

式神はそのしなやかな脚を立て、コツコツと不満げにつま先を地面に当てる。そんな彼女をぼんやりと見つめる日車は、ふとその手元に2つの缶があることに気がついた。

 

 

「・・・リーブラ、それは」

「ああ、コレ...あそこの自販機にあったのよ。飲む?」

「コーヒーか。支払いはどうした」

「それ、今気にすること? 馬鹿真面目は死んでも相変わらずね」

 

 

式神は肩を竦め、手にした缶コーヒーを日車へと突き出す。彼は流されるままにそれを受け取るも、妙に現実感の無いその状況から、事のあらましを理解した。

 

 

「・・・そうか。俺は...」

「ええ。貴方は結局、何も成せなかった。己の誓いに唾を吐きかけ、矜恃を投げ捨てる様な真似をしてもね。精々悔やみなさい。この世界、そして貴方の非力さを、存分に呪うがいいわ」

 

 

式神はそう言って、己の主の醜態を嘲笑う。その口は三日月の如き歪な弧を描き、慈悲や憐憫の情など欠片も無い様に見える。しかし、そんな露悪的な振る舞いに対して、日車は困ったような表情を浮かべた。

 

 

「・・・リーブラ、そう悪ぶる必要はないさ。言われずとも、今の俺は未練たらたらだ」

 

 

日車は目尻を下げて苦笑し、手渡されたコーヒーの缶を開ける。ぷしゅ、という気の抜けた音が鳴り、式神は呆れ混じりのため息を吐いた。

 

 

「それが、これから呪いを遺そうって人間の顔? この後に及んでつれない男ね。『次』の為に少しでも強くしてあげようって、私の気遣いが伝わらなかったかしら」

「俺は今後、二度と弁護士として法廷に立つことはない。だから、せめて・・・最後に彼の心を、少しでも救いたかった。例えそれが、公に認められなくとも...彼の決意を、覆せなかったとしても。理不尽に曝され続ける彼に、それだけじゃないと示してやりたかった」

 

 

コーヒーを口に含みつつ、日車は苦々しげな顔でぽつりと零す。柄にもなく弱りきった様子の彼に、式神は皮肉げに笑った。

 

 

「あらあら。私の前でそんなに吐き出しちゃって、大丈夫かしら? 今や私は、悪魔に成り果てているかもしれないのに」

「フ...君が見た目通り、女神でいた時などあったか? いつだって君は、油断ならない存在だったろうに」

 

 

負けじと返されたその皮肉に、式神はんべっと舌を出す。そんな子供じみた彼女の振る舞いをいなしながら、日車は「ただ、まあ」と言葉を付け足した。

 

 

「───それはそれとして、だ。俺は君を、いい相棒だったと思っている。共に死線を潜り、幾度も言葉を交わした君こそが、俺をここまで連れて来たんだ」

 

 

 

 

日車の口から発せられた、思いもよらないその言葉。

彼女はそれに不意を突かれ、目を丸くさせる。

 

所詮、自分は失敗した。ここぞと言う時に、主の矛となることも、その身を護る盾にもなれなかった。

挙句の果てには、自分への攻撃に彼が気を取られてしまった結果がこれだ。この最終手段に頼らざるを得なくなってしまったのも、それが原因だろうに。

 

────本当に、この男は甘い人間だ。

式神は、つくづくそう感じた。

 

 

 

 

「・・・・何よ、それ。ハァ...癪だけど、アイツ(宿儺)は正しかったって訳ね。貴方、呪術師に向いてないわ」

「かもな。結局俺は、どちらにも振り切れることのない、中庸な人間だったということだ」

「呆れた。それ、そこら辺の人間たちの前で言ってみなさい? もっと強くなれるわ、彼等から浴びせられる憎悪で」

 

 

 

軽口を叩きながら、式神も続いてカフェオレを開封し、その内容物を口に流し込んだ。口の中でその味が伝播し、じんわりと全体へ広がっていく。変に甘ったるく、それでいてほろ苦いそれは、正直好みではない。彼女は率直にそう感じた。

 

だが、そんなどうしようもない矛盾を孕んだ味が、目の前で項垂れている男を想起させ。

不思議と、悪い気分ではなかった。

 

 

 

「...うん、悪くないわね。貴方がああなってた理由も分かる」

「・・・すまない。あれだけ、己の罪から目を逸らさないと...責任を押し付けることはしないと、誓った筈なのにな。結局、俺は君に厄介事を押し付けてしまう」

「貴方といい、虎杖といい・・・ほんと、人間は自分を虐めるのが好きねぇ。こういう時は、もっと適した言葉があるでしょうに」

 

 

目に見えて弱った様子を見せる日車に、式神はくすりと笑みを零す。そして缶をベンチの上に置くと、やや前のめりに彼の顔を見上げた。

 

 

「日車 寛見、貴方は私に全てを託すの。怒りや後悔、貴方が遺すあらゆる負の感情が、私の力となる。その遺恨を、私が死地へと連れて行ってあげる」

 

 

それは、ともすれば悪魔との契約。以前の俺なら拒んだろうな、と苦笑し、彼は再び目線を手元へと落とす。小さな缶の飲み口から見えるその中では、黒々としたモノが渦巻いていた。

 

 

「今の俺としては───リーブラ、君を信じている。だが君は、これから俺たちとは根本的に違う存在になる...そう、成ってしまう。だから」

 

 

日車は顔を上げ、式神と目を合わせる。その眼に確固とした意志を宿らせた彼は、手にするコーヒーを式神へと差し出した。

 

 

「これは契約(縛り)だ。何よりもまず、『宿儺を殺す』ことを優先しろ。それが成されるまで、君は他の者たちを害してはならない」

 

 

缶を受け取った彼女は、物は試しと口を付け、その強烈な苦味に顔を歪ませた。しかし、やがてそれは柔らかな微笑みへと変わる。

 

 

 

「────本当、ひどい味。...でも嫌いじゃないわ、今は」

 

 

 

そして、一息で中身を飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

原型を留めていない程に損壊した肉の塊と、鼻をつく焦げた鉄の様な匂い。その場に遺された『日車だったモノ』の痕跡から、虎杖はこの一瞬で何が起こったのかを全て理解した。

 

 

「───日車っ...!!」

 

 

その惨状を前に、彼は顔をぐにゃりと歪め、喉の奥から声を絞り出し、噛み締める様にその名を呼んだ。だが、その表情に強い悲壮感はあれど、驚きの色は露ほども見られない。

 

 

 

(先の爆発は、俺の術式によるものではない。そして小僧のあの面構えは...)

 

 

 

そんな虎杖の様子に違和感を覚えた宿儺は、日車の不可解な死に様について、あらゆる可能性を考える。そして、ある一つの答えに辿り着いた彼は、口角を吊り上げほくそ笑んだ。

 

 

 

「酔狂な奴め。自ら命を絶ってまで、俺を裁きたいか」

 

 

 

その時。グズグズになった肉塊と血溜まりの中から、一つの影がぬるりと立ち上がった。もやがかかった様に曖昧な姿であったソレは、やがて一つの貌を象っていく。

 

 

 

「────貴様か」

 

 

 

僅かな好奇心と、落胆。

宿儺の口から、二つの感情が混在した声が溢れ出た。そんな彼を意に介さず、形が定まった影は徐々に色付き、その双眸がゆっくりと開かれる。

 

 

 

 

 

 

 

かつて、それは『魔族』と呼ばれる存在であった。

己の魔法を磨き続ける事に一生を捧げ、そして人間を欺き、殺めるという習性が本能に刻まれている、正しく人類の天敵と言える存在。

 

 

そんな中に、彼女はいた。500年以上の時を生き、生涯を魔法の研鑽に注いだ、まさに『大魔族』と呼ばれるに相応しい者。

 

 

その手に持つ天秤が司るは、魔族における強者の理。かつて立ち塞がった数多の英傑を、物言わぬ傀儡へと変えてきた。

 

 

 

 

 

在りし日の名を、断頭台のアウラ。彼女はこの世界で、再びの顕現を果たす。

此度は、一人の男が遺した『呪い』として。

 




この度、原作キャラ死亡のタグを新たに付け加えさせて頂いております。後出しの様な形になってしまい、申し訳ありません。


次回で本作は最終話となります。早ければ年明けにでも出せれば...と考えておりますので、どうぞお待ち下さい。
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