渋谷駅地下A2出口付近。
天井へ向けて傘のように放射状に広がるデザインの柱を持つ空間まで戦場はずれ込んでいた。
戦っているのは真人、七海、直毘人の三名だったが、二対一にもかかわらず優勢なのは明らかに真人だった。それは一級術師と特級呪霊という等級の違いとも言えるが、それ以上に大前提の負傷度合いが致命的だった。
だがそれでも何とか七海と直毘人が食いつけているのは、真人が速度に特化した呪霊では無い事、そして投射呪法のフリーズの条件が『形を変える』という無為転変の特性に対して非常に良い相性を持っていたからだろう。
(もーちょっとで勝てそうなんだけどなあ。毎回いい感じの一撃を決めようとするとあっちの爺さんが止めて来るし、爺さんを狙ったらガン逃げするんだよなあ……)
決して気が長いとは言えない真人がこの戦闘を続けているのは、勝利が目の前のギリギリに常にぶら下がっているからだ。
しかしそもそも七海との会敵が二十三時二分、直毘人の乱入が八分、現在時刻が十一分であり、お互い一向に決定打が入らないこの戦いで真人が次の手を切る時間だった。
七海と直毘人は今までと微妙に異なる空気感の機微を察し、構えは攻勢から回避へ変わる。
【
改造人間を融合させた時、拒絶反応の微弱な魂達は混ざり合い体を成す。それは耐久力を犠牲にした代わりに爆発的な攻撃力と機動力を有する強化型の改造人間だが、それもあくまで一級相当だ。
「駄目か」
正に機動力を長所とする直毘人によって止められた時点で攻撃を防御する術は無くなり、直毘人か七海、どちらかの攻撃を受けるだけでその活動は停止する。
しかしそれを真人は求めていた。
投射呪法による高速移動は、設定した動きが終わってから次の移動を設定するまでの間にどうしても僅かな隙がある。そこをカバーする七海を強力な改造人間の始末機会によって封じる。
敢えて「駄目か」と言葉にする事で狙いが失敗したと思わせ、新技自体を囮に使って直毘人を狩る。この作戦はハマっていた。
ただしそこに別の攻撃が来なければ。
「【動くな】」
狗巻棘の呪言によって真人の動きが一瞬止まり、その一瞬で直毘人はまた距離を取る事に成功した。続けて真希、パンダ、釘崎、日下部が攻撃を畳み掛ける。
真希によって知らされた直毘人と七海の大負傷と、避難していた一般人の大量死による精神的ダメージを誤魔化せるタスクの到来が狗巻とパンダにこう行動させた。
特に日下部がこの戦場に来た事は彼の内面をよく知るものからすれば驚愕の一言に値したが、結局のところ彼も正史の渋谷最終戦に於いて生徒の盾になった時のように『たった今目の前にいる生徒が死地に向かうのをただ黙って見送れる』というほどには薄情では無かったという事だった。
更に当人の名誉を無視して付け加えるならば、パンダと狗巻が釘崎達と共に向かう時点で渋谷で単独になる事が確定してしまい、そして釘崎と真希は、実際の相手が見えてもいない状況では、日下部が口八丁で止められる相手では無かった。
呪言が効いている真人はその攻撃を全て受けた。しかもその内一つだけ、真人に届く攻撃がある。
「【
脳天直撃。釘崎の共鳴りは真人の肉体そのものを
ひとまず奇襲が成功し釘崎達は真人が手の平を振るわない内に距離を取る。頭と口から血を流し、今日初めてまともなダメージを負い体勢を崩した真人に向けて釘崎は語る。
「やっぱりね。ずっと考えてたんだ、アンタの術式聞いた時からコレは効くんじゃないかって」
真人自身も衝撃を受けていた。
(まさか……!まさかだ!)
魂の輪郭を認識出来る術師はまず居ない。それは釘崎自身も同様であり、あくまで術式の相性が良かったという話ではあるが、しかしそれでも真人へまともに攻撃出来る人間には違いない。
(俺の天敵は虎杖悠仁だけではなかった!)
これでようやくこの果てしない打ち合いに終わりが見える。
そう思えたのは束の間でしか無かった。
【領域展開】
真人が口を開く。
その中では二対の手が生え同時に二つの印相を結ぶ。
【シン・陰流――】
同時に日下部が構えを取るが、その半径は広くない。今この場に居る味方全員をこの簡易領域の中に退避させる事は物理的に厳しい話だ。
突然真人がこれを切ったのは概ねメカ丸戦と同じ理由、つまり自分が敗ける可能性が一パーセントでも生まれたからだ。当然そうでなくとも七対一の局面で一気に始末へ切り出すのは決して悪手とは言えないだろう。
【
だが、その面倒臭がりな性格が事故を招いた。
「――誰に断って俺の魂に触れている」
その場の全員が下手に動く事を本能的に恐れた。
二十三時十三分。
術師殺戮のために現れた宿儺が真人の領域に巻き込まれた。
真人は虎杖と戦っていれば、宿儺の魂に触れても許されるギリギリの時間、〇.二秒の領域展開を行う事が出来るだけのポテンシャルがあった。しかしこの時真人はその地雷を認識しないまま普段通りの領域展開をしてしまい、結果としてその術式効果を誰に発揮する間もなく宿儺によって魂を刻まれる事となった。
「ぐぁっ……クソッ!なんで今!?よりによって……しかも自分から範囲に入っておいて!」
領域が解除され、流血と共に地に伏せた真人が怒りを露わにそう叫ぶ。しかし当の宿儺は眉を
「何故貴様の領域に俺が気を遣わねばならん?」
天上天下唯我独尊。自分が来たのだから相手が退けるのが礼儀だと言わんばかりの惨い理屈が真人に理不尽となって襲い掛かった。
だがそこに更なる人物が声を掛ける。
「あーすまない、待ってくれ宿儺。真人はまだ必要なんだ」
額に縫い目のある袈裟を着た人物の声に、七海は
その姿は紛れも無く
「……羂索か。俺に指図とは、随分になったのだな」
宿儺が不愉快そうに呟いた。だがここで術式をぶつけるほどには虎の尾を踏んだという様子でも無い。それが交友に由来するのか、それとも何かの契約があるのかは、この場に居る高専の術師の誰にも推し量れはしない。
真人がこの場から逃げ出そうと走り始めると、その一歩目から潰すほどの速度で羂索は真人を踏み付けた。
「んーまあ、欲を言えばあと一度くらいは虎杖悠仁に当てて成長させたかったけど、まあ
何一つ変わらない声色で羂索はそう言うと真人へ手を翳す。それが今際の際だと悟った真人は最後に羂索へ向ける。
まるで衝撃の展開を考えた演出家のような、裏切りを悟った者の顔を待っているかのようなその表情へ最後に、負け惜しみかもしれないが真人は一矢吐き捨てる。
「知ってたさ。だって俺は、
そうして他者に形を歪められた真人は一個の黒い球体になった。
「……呪霊操術」
そう呟いたのは七海だった。その言葉を受けてやっと
(夏油の生得術式を、単なる変身だの擬態だのをしたとして使える筈がない。降霊術で肉体を降ろしてるんだとして、五条がそれに騙されて封印されたってのもどーにもしっくり来ねえ……つーか、)
だが現時点で最も大きな問題は羂索の正体などでは無い。
「真人を殺さないでくれて助かったよ、礼と言ってはなんだが少し付き合おう。宿儺はこれからどうしたい?」
「そうだな、やる事は決めてある」
羂索と宿儺。
五条悟が最強の味方だとするならば、ここに居る二人はそれと対を成し得るほどの最強の敵だ。
「残り五分と言った所か。楽に殺すのも詰まらんな、しばらく
「ならその間でついでに術式の開示と抽出も済ませるとしよう。一応
「それこそ小僧で事足りるだろう」
この二人が敵として、今この現場に揃っている。
その圧倒的に理不尽な戦力差の前では、今更逃げる事など誰にも敵わなかった。
二十三時九分。
この時点で
存在しない記憶によるショックから脹相が回復し、渋谷駅地下三階の田園都市線ホームから動き出すのは二十三時二十八分。
特級術師
どれも二十三時十四分から始まる、宿儺と羂索が術師達を一方的に殺していく戦いに間に合う事は出来ない。
「小僧、せいぜい噛み締めろ」