渋谷事変・一秒改変   作:つるもちぷに

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3『天地は踊る』

 物陰から現れた男が一言だけ叫んでから反射的に殴殺されるまでの時間は一秒、術師達は彼が死んでから『彼が現れたのは甚爾を倒すためではなかった』という事を認識した。

 

(なんだ今の奴……!?呪詛師(じゅそし)だったのか?いやそれよりも……)

 

 伏黒恵は思考先を切り替える。勿論、領域解除を見計らったかのように突如一般人が現れたというのはそれはそれで異常だ。

 しかしそこに頭のリソースを割く余裕が今この場には無かった。

 それは甚爾然り。

 

「逝ったか……陀艮」

 

 誰も視認出来ぬ間に現れた漏瑚然りだった。

 

(おいおいおい冗談だろ?)

 

 呪霊の存在感だけで直毘人は理解する。そして数瞬の差で同じく一級術師の七海も痛感出来る。

 

(陀艮という呪霊より格段に強い!)

 

 漏瑚は仲間の遺灰を握り締め呟く。

 

「後は任せろ、人間などに依らずとも我々の魂は廻る。百年後の荒野でまた会おう」

 

 陀艮は風となって散った。立ち上がると漏瑚は戦況を一瞥して狙いを定める。別に誰からでも良い。この場の全員が自分より弱い事は呪力で分かる。強者と見受けられる二人も陀艮との戦闘で深手を負っているという事は、まずはその辺りからか。

 

「……さて」

 

 そう呟き動き始めた漏瑚に反応する者が一人だけ居た。

 

(なっ……!?)

 

 この速度を認識する漏瑚だけが辛うじて甚爾の攻撃に反応する。

 呪力の無い人間、彼が手に持つ游雲の呪力が辛うじて捉えられるだけの、術師達にとっては敵でも味方でも無い存在。

 本能のままに戦い続ける殺戮人形。その牙は常に強者へと向かう以上は『この場で最も強い者』を狙うのは必然だった。

 爆発的な打撃音と共に連絡通路のガラスが全て一気に吹き飛ぶ。

 

(コイツ……この速さは……!?)

 

 漏瑚はついさっきようやく対処した現代最強を想起する。

 しかしゆっくり考える暇はない。空中を蹴る事すら出来るこの呪力ゼロの人間は、自分で吹っ飛ばした相手に吹っ飛んでいる最中に追いついている。

 しかもここで漏瑚は察知する。

 

(この気配、まさか……!?)

 

 脈打つ悍ましさが全身に危機感を刺す感覚が来る。それが本体ではなく『指』の気配であるという事はすぐに分かるが、という事は一遍に食わせるタイミングをここで畳み掛けなければ、虎杖の体が適応し無駄な本数となってしまう。急ぐ必要がある。

 

 漏瑚の手加減の枷は完全に吹き飛んだ。

 

 対面のビルへ激突しながらも漏瑚は反撃する。攻撃速度は依然変化せず、並の術師ならわけもわからず焼かれていただろう。

 実際もし甚爾と戦闘が勃発しなければ、七海と真希は漏瑚の動きには全く反応出来ず焼かれ、そして五条を除いた最速の術師である直毘人も片腕を失ってしまえば、その戦闘速度に追いつけるのは初動のみだった。

 

 しかし今はどうだろうか。

 

 例えば禪院直毘人が万全の状態の時は恐らく漏瑚より速いと陀艮は見積もった。その直毘人の速度は【投射(とうしゃ)呪法(じゅほう)】によって成立していた。

 投射呪法は一秒間の動きを二十四分割で設定し、設定通りにオートで肉体を動かす。オート操縦故に途中で動きを変える事は出来ないが、それでも『体勢と慣性』さえ繋がっていれば身体能力とは無関係に高速に動ける。極論まっすぐに走る動きだけならば、音速を超えようとも『動きとしては成立する』以上は行動出来るという事になる。

 

 そして投射呪法は他の術式と比較して使い手が少なくない。

 その筆頭は禪院(ぜんいん)直哉(なおや)だ。当主である直毘人と彼とでは流石に練度の差は存在しているが、同じく投射呪法の使い手として彼もまた一級に相当する術師である。

 もし運命が動かなければ彼はある存在と戦闘する事になる。

 

 それは双子の妹を失い完成した禪院真希――甚爾と同じフィジカルギフテッドである。

 

 一切の呪力を失う事と引き換えに齎される絶大な身体能力は、投射呪法の特性を肉眼で捉えられる。

 そして真希は勝利する。

 その後直哉が呪霊になって性能が格段に上がったとしても、体の使い方さえ理解すれば真希はフィジカルで捌き切れる。

 

 陀艮の見立てでは漏瑚より速い直毘人。

 呪霊化して練度の差を埋める速度を出す直哉をも手玉に取れる真希。

 唯一懸念があるとすればフィジカルギフテッドには呪霊に対する攻撃手段が自前で無い事だが、今現在の甚爾の手にあるのは『特級呪具・游雲』の一部。

 

 天与の暴君と大地の呪霊の戦いは、禪院甚爾へと傾いていた。

 

 だがそれでも勝敗がすぐに決まるほど簡単では無かった。

 

(高専の術師にこんな奴が居るという話は聞いていなかったが、この男、恐らく五条悟を除くどの術師よりも強い……!)

 

 漏瑚のこの考えは厳密なところ、五条以外の特級術師との戦闘経験が無い故の判断でもある。ただし他の特級術師と甚爾の実力関係はこの戦場に於ける勝敗とは直接関係無い上に、この場にこの思考へ異議を立てる者は居なかった。

 今この場にあるのは漏瑚が放った大量の【火礫蟲(かれきちゅう)】と、その全てを的確に爆ぜさせる甚爾のみ。

 そして故に漏瑚は、他の特級呪霊とは一線を画す経験的直観で現状把握に至る事が出来ていた。

 

(……しかもこの男、呪力が全く無い。一般人ですら極微量の呪力を持つのにそれすら無い。この速度と膂力と言い明らかに人間とも術師とも違う存在だ。あの武器さえ無ければワシを祓う事も出来ない筈なのに、あの武器を奪い取る隙も無い……!)

 

 そして少しでもこうして頭を働かせれば、その隙に甚爾は回り込んでくる。

 一撃、また一撃と重い攻撃が叩き込まれ、漏瑚の反撃は半分は躱され、半分は手応えが無い。

 

(呪力による防御も無く(わし)の攻撃を耐えている。もし無理やり理屈を通すならば、内通者だったあの術師のように、しかもその逆で生まれながらの『縛り』を課されたと言ったところか)

 

 漏瑚は直接彼を始末したわけではないが、実際に戦った真人(まひと)から少し話は聞いていた。

 

 

 (むた)幸吉(こうきち)という、肉体を犠牲に常軌を凌駕した術式操作範囲を持つ男が居る。

 仲間の術師達にはメカ丸と呼ばれ、日本全土をカバー出来るほどの干渉範囲を持つ【傀儡(かいらい)操術(そうじゅつ)】の使い手だ。

 

 縛りによって内通者とされた彼はこの渋谷の戦いの前に口封じで死んだが、五条悟封印後という限定条件で小さな通信機となって味方を支援していた。現時刻では渋谷にある傀儡はもう全て破壊されているが。

 

 

 ともあれ漏瑚は彼がメカ丸の逆、呪力を犠牲に常軌を凌駕した肉体性能を持つ男だという推察に至っていた。とすれば実力は呪力で測れない。実際の体験、つまり相手が全力で動くまで相手の全力が分からない。

 

 加えて甚爾は呪力が完全にゼロである故に呪術的には無機物として区別され、呪術の奥義である領域展開による必中効果を受けず結界にも閉じ込められない。漏瑚の領域の基礎環境である灼熱の効果は受けるが、それを自在に抜け出し死角である結界外のあらゆる角度から、何度でも奇襲を掛け続ける事が出来る。

 

 そして故に。

 

(この男、恐らく儂が領域を出しても、展開するより速く逃げるも潰すも出来るのだろうな……この男を殺すまで器の元へ向かう余裕は無いか)

 

 漏瑚がこのイレギュラーを侮るという事は無かった。

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