爆発的な打撃音と共に連絡通路のガラスが全て一気に吹き飛ぶ。
その衝撃波をやり過ごした後で周囲を警戒するが、この場に甚爾と漏瑚は残っていなかった。
「……外に出たのか?」
最初に呟いたのは真希だった。次いで七海の無事を目視で確認しながら直毘人が少し笑う。
「あれはヤバかったな。もし甚爾が居なかったら全員一気にやられてもおかしくなかった」
冗談かのようにそう告げるが、この場の誰もそれを笑い飛ばす事は出来ない。それだけの迫力があの呪霊にはあった。
特に七海は体に手を当てられる寸前まで来ていた事を、窓が吹き飛んだ時にやっと脳が認識していた。遅すぎる。そして呪力で防御するのが間に合ったとして、防御が足りていた気など全く無い。
七海は眉間に皺を作りながら冷や汗を無理やり言葉に変えた。
「とにかく今の内に――」
言葉は止まった。
心臓を握られるような気配が四人全員に劈いた。
そしてその中で更に伏黒だけが、今しがた現れた一般人の頭の潰れた死体に目を向けていたからか想起した。
(今の気配、
その思考に一拍遅れて直毘人のしゃがれた声が言う。
「器を壊す気か」
「待――っ!」
七海の制止よりも先に直毘人は動き出していた。
「【
一瞬出遅れたが伏黒は即座に式神を走らせる。そしてその鼻が追跡する方角を術式の繋がりで理解している伏黒に続き、七海と真希も走り出す。
しかし投射呪法の速度には流石に追い付けず、直毘人の姿自体は一瞬で見失っていた。
向かう最中での会話はまず七海から始まる。
「伏黒君、さっき現れたあの人物の言葉は恐らく」
「『指を食わすな』。アイツが敵からこっちに寝返った呪詛師だったのか、それとも予知の術式とかを持った一般人だったのかは分かりませんが、この状況であの警告は十中八九宿儺の指の事としか考えられない。元々虎杖が指何本まで耐えられるのかは不明だったわけですから、ここで限界が来る事も十分あり得る!」
伏黒のこの考察自体は実は外れている。
虎杖は一挙の摂取で無い限りは、指二十本の全てを取り込んでも肉体の主導権を宿儺に奪われる事は無い。
また京都校交流戦の呪霊襲撃によって高専から六本の指が盗み出されているが、これは呪詛師界隈への情報規制のために上層部で共有をストップしている。それが決定された会議の場に居たのは伊地知、五条、
そして指盗難の件は禪院家の当主である直毘人であれば知っていてもおかしくない情報ではあるが、それは既に伏黒達には判断しようも無い。
ただそれでも真希には言えた。
「恵、多分クソジジィは悠仁を殺す気だ!」
直感では理解していたが、改めて言語化される事で伏黒の顔色は険しさを増す。
「確かに先に虎杖君を殺してしまえばもう宿儺は呼び出せない。リスクの排除としては最も簡単で確実な判断ではありますが」
指の耐性の情報は、高専側には確信を得る事は出来ない。それこそ虎杖に器としての機能を付けた生みの親でも無い限り。
そもそも大前提として虎杖が問題無く二十本耐えられると分かっているならば、高専保有の六本など初めから順次食わせていた。
故に七海が口にした思考回路、先に虎杖を殺せばもう指を食わせる事は出来ないという直毘人の判断が的確さの限界値だった。
二十二時五十分。渋谷駅構内、渋谷ヒカリエ1改札へのエスカレーター手前通路、そのトイレ。
虎杖悠仁は気絶していた。そしてその傍らで彼の体を、取り敢えずスプリンクラーの激しいトイレ内から引きずり出した女子高生が二人。
「急ごう菜々子、指で呪霊が寄るかも」
「分かってる……お願い出て来て、宿儺様」
虎杖は指を飲み込み、顔には紋様が浮かぶ。だがそれはまた徐々に薄まっていく。
「お願い……!」
正史では彼女達が指を飲ませた瞬間に漏瑚が到着し、この一言を言う時間は生まれない。
またこの遥か先の正史、伏黒の肉体を得た宿儺に裏梅から献上された四本の指を以ってして宿儺は十九本を体に宿す事から逆算すると、この時二人が飲ませた指の数は一本と導かれる事になる。
これ以上の駄目押しは無く、二人は祈るしか無かった。
そして数秒か十秒かの差を以って、この世界でも到着する人物が居る。
片腕の直毘人は二人を見て舌打ちをすると叫んだ。
「貴様ら、指を何本喰わせた!」
「言……言わない!」
「美々子!」
美々子を抱き寄せて金髪の少女はうさ耳カバーの付いたスマホを構える。菜々子の術式の詳細は直毘人には不明だったが、しかしその動きを先に捉える事は隻腕と言えども難しくなかった。
「そうか、なら抵抗はするな」
一瞬で菜々子のスマホを叩き壊し、術式発動の暇すらも潰す。或いは二人へ直接攻撃していれば、正史の漏瑚のように逆に不明な術式で守られる轍を踏む線もあっただろう。
しかしともあれ術式を失った菜々子は一旦放置として、この速度を出す男を相手に美々子も反撃を試みる暇はない。
これで直毘人は即座に動ける。
殴る蹴るでも構わないが確実性がやや低い。シンプルに一手で、首を折る。片手だと難しいが投射呪法を用いれば十分出来る。
だがそこが僅かな差だった。
その設定の一瞬の差で爪が迫る事に気付き、直毘人は自身の動きを首折りではなくその爪の回避の動きに繋ぐ。
玉犬の攻撃は空振ったが、しかし結果として虎杖はギリギリまだ生きていた。
「やはり相伝は侮れんな」
直毘人は口角を歪める。この術師の実力以上の対応力はやはり『十は払う価値』があった。五条悟さえ居なければこれが禪院家の物になっていたかと思うと、つくづく勿体無かった。
そして遅れて足音も迫る。
「待ってください!」
伏黒の声が叫ばれ、直毘人は到着した三人の方を向く。
「何故止めたいかは分かるが、既に食った後だ。待てる理由が何処にある?」
反射的に伏黒は手の形を作る。その判断の冴えは別の歴史ではひとたびフィジカルギフテッドの牙突から身を守るほどに素早く、しかも今回の相性は更に抜群だった。
「【
地下を兎が埋め尽くし、既に戦いは始まった。