渋谷事変・一秒改変   作:つるもちぷに

7 / 12
7『星降』

 特級呪物【両面(りょうめん)宿儺(すくな)の指】。

 

 それ自体が強力な呪いを放ち、取り込んだ呪霊を強化する。戦闘を想定する時、呪霊にとっては当然のようにある選択肢だ。

 

 だが漏瑚は今まで何度かの戦闘機会がありながら指を取り込む事はしなかった。

 

 理由は大きく三つある。

 

 一つ目は、目的が宿儺の復活にあるから。

 

 呪霊が一度取り込んだ指を、自分の意思なら自在に吐き出せるかどうかは結局のところ未知なのだが、基本的に呪霊は祓われるまで指を吐き出す事は無い。使い道が決まっている以上指の無駄遣いをする事は避けていた。

 

 二つ目は、仮に手持ちの指全てを取り込んだとしても五条悟には勝てないから。

 

 正史に於いて五条悟は指二十本相当の宿儺に最終的には敗北しているが、あくまでもそれは宿儺本人の天才的な呪術理解度や、術式のアドバンテージによるところが大きい。仮に宿儺が伏黒の肉体に移っていない場合も完全受肉による戦闘となり是非はまた別の話題となるとは言え、仮に漏瑚が渋谷駅地下五階での戦闘で指を先に取り込んでいたとしても、無下限の突破や領域展開により高い優位性を得られるというほどには届かない。現実として結局取り込まずとも五条封印は達成出来た。

 

 三つ目は、五条悟以外には指を取り込まずとも勝てるから。

 

 元の強さが甘く見積って指八、九本分相当。指十五本の宿儺と当たればいざ知らず。基本的に高専の術師に於いて漏瑚を倒せる人間は五条悟のみであり、可能性がある他の特級術師も今は渋谷に来ていない。

 

 禪院甚爾というギリギリのイレギュラーでも現れなければ、漏瑚がこの決断をする事は無かった。

 そして指十本を取り込み、単純計算で指十八、九本分の強さを得た漏瑚にとって禪院甚爾は倒し得る敵だった。

 

 

 

 

 

 火の手が上がる空の下で敵を切り伏せ日下部は叫ぶ。

 

「聞け呪詛師共!なんでか知らねえが特級同士が殺り合ってる!蟻んこの上で象がタップダンス踊ってんの!一応言っとくけど俺達が蟻な!さっさと逃げるぞ!」

 

 幸運にも今回の戦場に彼らで遊ぶ者は居ない。今しがた二人斬られたとは言え夏油の直属の部下をやっていた人間はこの状況を正常に判断し、一旦この付近から離脱する。

 

「全員一時離脱だ!」

 

 当然呪詛師がそう指示するのを確認する間もなく日下部は先に走り出している。

 

「クソッ、やっぱり地下なんか向かわなくて正解じゃねえか!」

 

 苛つきながら悪態を吐くと、並走するパンダが疑問を抱く。

 

「え、日下部もしかしてずっと……」

 

「パンダ、今はそれどころじゃねえ!」

 

 日下部はひとまずゴリ押した。

 

 

 

 

 

 溶けた鉄と地面の点在する中で、漏瑚はようやく息をする。

 目の前には今まで戦っていた男とは全く違う顔の人物が倒れていて、しかもそいつは味方の筈だった。

 

「この男は確か別の呪詛師と帳を守らせていた筈……降霊術だったのか。だが降ろした人物の自我が強過ぎて乗っ取られていたというわけか。肉体と魂を分ければいいものを……」

 

 実際は肉体と魂を分けて降ろしてはいたが、その一連に関するイレギュラーなど漏瑚の知った事では無い。

 

 しかし漏瑚は勝利した。自分自身の実力に誇りを持ちたかった漏瑚としては、宿儺の指を取り込んだ事によっての勝利は不満の残る結末だ。しかし最強格とばかり戦う所為で欲しい戦果を挙げられなかった漏瑚は、それでも一抹の達成感を覚える。

 

「思えば五条悟は封印したのだ。復活した宿儺と比べれば今の儂でも不足はあろうが、それでも呪いの時代は遠くない」

 

 そう思えばこの決断も悪手ではきっと無かったと、自分自身を説得するように漏瑚は自分の手を眺める。

 

 

 その瞬間、漏瑚は肌で感じ取った。空気が僅かに冷えている。

 

 

 地上の光を乱反射して落ちる物体が、彼の頭上に空気を切る唸りを伴って現れている。

 

 正史に於いてこの渋谷には燃え盛る岩が落ちて来る。それは漏瑚と宿儺の戦闘によって生まれ落ちた隕石【極ノ番・隕】だった。しかし戦況は少なからずズレ込み、甚爾相手に漏瑚はその技を撃っていない。

 

 代わりにそこにあったのは【凍星(いてぼし)】。

 

 炎と対を成すかのような巨大な氷塊が降っていた。

 

「……確かに。こうなればお主は宿儺の指を回収に来るか」

 

「その通りだ」

 

 声がしたのは背後からだった。漏瑚が振り向いた時点で、既に漏瑚の頭の半分は祓い切られていた。

 

 宿儺の指と術式の相性を鑑みれば、正面から戦えばまず確実に漏瑚が勝っていた対戦カードではある。だからこその本気の不意打ち。だからこその巨大な氷塊という漏瑚の対抗心を煽る囮。禪院甚爾という規格外との戦闘の消耗とハイになった漏瑚の精神という、唯一に等しい僅かなブレを見逃さない。

 

 宿儺の側近を務めるだけはあり裏梅(うらうめ)の行動は完璧だった。

 

 花御(はなみ)や陀艮と違い耐久性の特化を持たない漏瑚は結局ここで一気に祓われ、散り行く自分を潰した攻撃が術式なのかそれとも反転術式の出力なのかも、最早漏瑚には判断出来なかった。

 

「宿儺様の復活を望むと言っても所詮は呪霊だったか」

 

 そう言って指を拾い終え、裏梅が去った直後に渋谷へ氷の隕石が墜落した。

 

 

 

 

 

 時刻は少し巻き戻り二十三時丁度。首都高速三号渋谷線渋谷料金所。

 

 家入(いえいり)硝子(しょうこ)の待機する場所に、二人の呪詛師を連れて禪院真希が到着した。

 回復役である家入の護衛として付いていた夜蛾の呪骸によって、美々子と菜々子は完全に拘束完了。

 渋谷の空が爆炎に包まれたのがその直後だった。

 

「うーわ、あんな戦いが起きてるのにやってんのが五条じゃないなんてマジでヤバいわね」

 

 真希へ治療を施しながらダウナーに家入は呟く。同じくそれを睨みながら真希は再び噛み締める。

 確かに今の渋谷というのは、そういうレベルの戦場だ。多少身体能力が高いからと言って自分が入り込めるほど甘くない。

 

 だが、ならばあの男は一体なんだったのか。

 

(ジジィは知ってる風だったが、ジジィと同じ術式だったのか?いやでも速度だけじゃない。私の手から游雲を奪う時のあの力は完全におかしかった)

 

 真希は呪力を感知する事が出来ない。故に禪院甚爾の肉体が全く呪力を宿さないという事も、あの場で見たからと言って自分で分かる事ではない。

 だがフィジカルギフテッドには前例があると知っていた。

 

(完全に呪力の無い天与(てんよ)呪縛(じゅばく)があれだとすれば、私は何処まで行っても……――)

 

 境遇を呪う気持ちは今更生まれたものではない。他の強者に並べていない事に嫉妬や焦りも抱いてはいない。それでも彼女は常に弱者でいる事を恥じ続け、守られているこの状況をそのまま過ごせるほど怠惰な性質(たち)では無かった。

 

 真希は立ち上がると武器を手に取る。

 

「戻る。治療ありがとうございました」

 

「ちょっとちょっと、戻ってどうする気?」

 

 家入の処置は一応ほぼ完了しているが、とは言え死地に戻るというのを黙って見送るわけには行かない。

 

「残ってる一般人がまだ居るし、後輩もまだ戦ってる」

 

 真希の言葉を受けて夜蛾は浅い溜息を吐くと助言した。

 

「なら後輩の救援に向かえ。釘崎と新田(にった)が文化村で待機してる。一応既に人は手配してるが保護完了の連絡はまだ来てない」

 

 歴史の分岐点より前、重面春太との戦闘後に七海の指示で待機している二人は未だ動いていない。

 

 正史でも保護が完了するのは二十三時十四分、しかもその保護の遅れは、家入の存在により釘崎が無茶な戦闘を継続するのを避けるための新田(にった)(あかり)の判断だ。

 

 夜蛾もそれを承知していたが、真希があの戦場に戻るのも同じくあまりに無茶が過ぎる以上、ここで誘導するしかない。

 そして後輩の救援がタスクにある状況で、真希が戦闘そのものを優先するという事は無い。

 

「……分かった」

 

 俯きながらも了解すると、真希はこの場を離れて行った。

 

 

 

 

 

 二十三時丁度。道玄坂109前。

 

 何度か攻撃を受けながらも伏黒恵は重面に辛勝した。

 

 しかもその決着は殺害。

 

 本来伏黒の殺人は【死滅(しめつ)回游(かいゆう)】が初となる。しかし彼の精神は既にそれをこなせるレベルの覚悟に届いていた。或いは重面の人格がそれを後押ししたという見解も決して的外れではないかもしれない。

 

(何してんだ俺は……いや、敵を殺さないようになんて手加減が出来るほど余裕があったわけじゃない。今更勝ち方に拘るな……俺はただ全力で降りかかる火の粉を払えばいい。さっきの馬鹿デカい気配の事もある。急がないと)

 

 伏黒の感じた『馬鹿デカい気配』は重面との決着の直前、丁度漏瑚が宿儺の指十本を取り込んだ瞬間のものだ。

 そしてその気配はこの時点ではまだ消えておらず、甚爾との戦闘による大爆発も起こっていない。

 

 しかし実はこの時間、この付近にある者が居た。正史に於いて釘崎と戦う際に彼はこう発言している。

 

『俺さっきまであの辺ウロついてたんだよね』

 

 と。

 

 それが正にこの時刻。発見した伏黒は目に絶望さえ宿しながら小さく呟く。

 

「ツギハギ……」

 

 何か例外的な戦力が居るならばいざ知らず、戦闘を終えて現在一人の伏黒恵を発見した真人(まひと)は、そこへ更に畳み掛ける事に一切躊躇が無かった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。