エログロ上等な百合ゲー世界に転生したTS淫魔さんは双子の姉を守り抜きたい 作:こびとのまち
「見〜つけた! あはは、数日ぶりだね。会いたかったよ、ウサギちゃん」
そんな声があたしたちの鼓膜を揺らす。と同時に、ウサギの頬に僅かな赤みが差し込んだ。
それはきっと普通なら誰も気づかないような小さな変化。だけど、あたしは見逃さない。当然、彼女の姉であるオオカミも。
「おや、今日のお昼はひとりじゃないんだね。ということは、無事に悩みを解消できたのかな」
「あわ、あわわ、どうして先輩が
お昼、ひとり、悩み。気になるワードがいくつも飛び出す。ただ、今それは重要じゃない。
あたしはウサギが「先輩」と呼んだ女を見定めるようにじっくり眺める。
小さな角に細長い尻尾、そして人間離れした美貌。まず間違いなくサキュバスだろう。
身長はあたしより数センチほど高い。髪が短く、中性的な顔の作り。なるほど、同性から相当モテそうな容姿をしている。その王子様然とした立ち振る舞いは意識的なのか、そうでないのか。
「あはは、キミは相変わらずキュートだね。お姉さん、思わずときめいちゃったよ」
「な、なぁ!?!?」
いや、これは完全に意識的だな。このサキュバス、あたしたちの目の前で堂々とウサギのことを口説きやがった……。ちなみに今反応したのは、口説かれたウサギ本人ではなくその隣にいたオオカミだ。
「ちょっとちょっと、侑咲の
いや、さっきの「お姉さん」はべつに姉妹的な意味合いで言ったんじゃないと思うぞ? おまえ、真っ先に口を挟むポイントがそこなのかよ……。
「おっと、これは失礼。ウサギちゃんにそっくりなその容姿……キミが姉のオオカミちゃんだね」
「初対面の先輩にオオカミちゃん呼ばわりされる覚えはないんですけど。というか、いきなり乱入してきておいて名乗りもしないつもりですか?」
「お、お姉ちゃん、なんで喧嘩腰!?」
ウサギの発言から相手が上級生であることを察したのか一応敬語こそ使っているものの、かなりオオカミの語気が強い。どうやら相当気に入らないらしい。
「あはは……ごもっともな指摘だね。ワタシの名前は大路 瑠夏。学年はキミたちのひとつ上で二年生。今年から演劇部の部長をしているよ。えっと、自己紹介はとりあえずこんな感じでいいかな?」
大路 瑠夏。その名を聞いてあたしはようやく思い出した。このサキュバス、一部の同級生らがキャーキャー騒いでいた噂のイケメン先輩だ。たしか数人ガチ恋っぽい雰囲気の奴もいたような。
ただ、妹以外にまったく関心のないオオカミは名前を聞いてもピンときていない様子。寧ろ不信感が膨らんだようで、不機嫌なオーラ全開である。
「ちっとも良くないです。一番大事な部分の説明がまるっと抜けていますから」
「むむむ、一番大事な部分?」
「分からないのでしたら……いえ、分からない振りをするのなら、わたしから質問してあげるわ。貴女、わたしの大事な妹と一体どういう関係なのかしら?」
うん、そいつはあたしも聞いておきたい。もしもオオカミが尋ねなかったら、代わりにあたしが問い詰めていたことだろう。
「そうだね、ウサギちゃんのお悩み相談に乗ったことがある関係……とだけ答えておこうかな。詳しい相談の中身については、さすがにキミが相手でも明かせないよ。ウサギちゃんの為にもね」
あたしたちはすかさずウサギに視線を向けた。二人分の視線を浴びたウサギは、ブンブンと首を縦に振っている。先輩の話はどうやら嘘ではないらしい。
「ふぅ、これで納得してもらえたかな?」
「いや、まだだ。もうひとつ訊かなくちゃいけないことがある」
今度はあたしが口を挟む。
「キミは……ウサギちゃんのお友達かい?」
「あたしは蒼。小日向姉妹の幼馴染で、大親友だ」
「幼馴染の蒼ちゃんか。ふむふむ、しかと覚えたよ。それで、キミは何を訊きたいのかな?」
意図的に敬語を使わず話しかけてみたが、先輩は嫌な顔ひとつ見せない。早々に敵判定を下して牙を剥いているオオカミには申し訳ないが、客観的には今のところ普通に人当たりの良い先輩という印象だ。
とはいえ、ウサギの様子がおかしい元凶であることもまた事実で……。いや、これはただの直感でしかないんだっけか。
「用件だよ、用件。何の為にわざわざ下級生の教室まで来たのか、あたしはそれが知りたい」
「あぁ、それなら今から話すつもりだよ」
ま、そりゃそうか。これは愚問だったな。
「わりぃわりぃ。ちなみに、その話はあたしとオオカミも聞かせてもらっていいんだよな?」
「もちろん。べつに秘密にしなきゃいけないような話でもないからね。だから、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ?」
おっと、さすがにあたしたちが怪しんでいることは察しているらしい。二人揃って態度に出まくっているから、当然っちゃ当然か。
ちなみに、もしここで「二人きりで話をさせてほしい」とか厚かましいことを言い出そうものなら、容赦なく教室から叩き出すつもりでいた。先輩には申し訳ないが、そもそも三人で会話しているところに無理やり割り込んできた形なわけだし。
「それで、ウサギちゃんに話したいこと……というかお願いなんだけどさ。来月の文化祭で予定している演劇部の公演に出てくれないかな」
「…………へっ? な、なんて?」
「キミのような逸材を主演に据えることができれば、間違いなく最高の舞台を作り上げられると思うんだ」
「ボクが主演んんん!?」
ウサギの顔からみるみる血の気が引いていく。あたしとオオカミもさすがに困惑を隠せない。
「ちょ、ちょっと待て! 演劇部の大事な舞台に素人を出すなんて、他の部員が納得しないだろ」
「その点は心配いらないよ。文化祭では初日と二日目で異なる演目をやることになっているからね。それに、二日目は部外の生徒をゲストとして迎えるのがうちの演劇部の伝統なんだ」
へぇ、そんな伝統があるのか、初耳だな。
文化祭はお祭りのようなものだから、話題性やネタ要素も重要ってことなんだろうか。たしかに、ウサギみたいな人気者が出演すれば、演劇部に対する注目度もグンと高まることだろう。
いや、でもなぁ……。
「それにしたって、先輩の一存で簡単に決められることじゃないと思うぞ、あたしは」
「ん? 部員たちは全員納得してくれたよ? 一人ひとりと
ひぇ〜、あまりにも手際が良すぎる。なんとなくだが、このサキュバスに壁ドンされて顔を赤くしながら頷いている部員たちの姿が脳裏に浮かんでしまった。まさか、さすがにそんな強引な合意の取り方はしていないと思うが。
気を取り直して……出演の誘い自体は、べつに悪い話じゃないだろう。人によっては寧ろ大喜びするような話かもしれない。だというのに、このまま流されて快諾したら悔やむことになる予感がするのはどうしてだろうか。
「ねぇ、勝手に話を進めすぎじゃないかしら。まだ本人の意思を確かめてもいないのに。ほら、侑咲が驚いて白目を剥いているわ。可哀想に……」
「あはは、ごめんね。ただ、それくらいワタシは本気だってことだよ」
うん、そうだろうね。この先輩がウサギをめちゃくちゃ気に入っていて、なんとしても演劇に参加させたいんだってことは、今のやりとりで理解できた。
「というわけで……返事を聞かせてもらえないだろうか、ウサギちゃん」
そう言いながら、じりじりと
オオカミも瞬時にそれを察したのだろう。慌てて腰を上げ先輩とウサギの間に飛び込むと、その小さな身体で立ち塞がった。
「ま、待って! えっと、それなら……同じ見た目のわたしが代わりに出ても良いんじゃないかしら。なんだったら、侑咲より上手く演技する自信があるわよ?」
おお、思い切った手段に出たな、オオカミ。咄嗟の判断で自分の身を差し出すとは。まさに姉の鑑だぜ。
「いや、それは……しかし……」
さすがに想定していなかった展開だからか、先輩も反応に困っている様子。これは話の転がし方次第で、上手い具合に乗り切れるかもしれない。
そんなあたしの考えは、一瞬で彼方へ吹き飛ぶことになる。他でもないウサギの一言によって。
「それはダメ!!!!」
いつになく焦りに満ちたその声を受けて、オオカミが困惑の表情を浮かべる。
「う、侑咲……?」
「…………ボク、やるよ」
やるって、何を……? いや、そんなのわざわざ確かめずとも、劇へ出ることに決まっている。決まっているが、どうしても理解が追いつかない。
「な、なんで!? あまり乗り気じゃなかったでしょ? だったら、代わりにわたしが……」
「それだけはダメ! 大丈夫、ボクがやるから!」
なぁ、オオカミが代わろうとすると必死の形相で拒むのは何故なんだ? オオカミの言う通り、おまえが出演したがっているようには見えなかったのだが。まさか、ウサギは先輩のことを……? いや、それは想像が飛躍しすぎだ。一旦落ち着け、あたし。
「あはは、キミがやる気になってくれて嬉しいよ。きっと部の皆も喜ぶと思う。それじゃ、また練習の日取りが決まったら伝えに来るからよろしくね」
「う、うん。よろしくお願いします」
もどかしいが……本人がやる気を見せている以上、あたしたちはそれを妨げることなんてできない。たとえどんなに嫌な予感がしていたとしても、だ。
「おっと、ひとつ伝え忘れていたことが……」
目的を果たし満足げな顔で帰りかけていた先輩が、何か思い出したらしく立ち止まる。
「ごめんごめん、ウサギちゃんに演じてもらう役の紹介をしていなかったよ。キミの役は、
しばらくの沈黙を経て、ウサギの顔がリンゴさながらに赤く染まった。