目が覚めたら古代メソポタミアにいたんですが   作:加藤ブドウ糖液糖

1 / 14
メソポタミア編
忘却と、不死の旅人について


 

 

 

 

――ソロモン王は言った、「世界に新しいものはない」。それゆえプラトンはこう想像した、「すべての知識は忘れ去ったイデアの追憶に他ならない」。ゆえにソロモンもまた説を述べて言った。「では現在に新しく見えるものは全て、忘れ去られた遺物の発見でしかないのではないか」と。

 フランシス・ベーコン『随想集』「第58、事物の推移について」より――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――謎。

 

 この世界には様々な謎がある。例えば、"Out Of Place Artifacts"。場違いな文化遺産、いわゆるオーパーツ。アンティキティラ島の機械、ナスカの地上絵、マヤ文明のクリスタル・スカル。世界には当時の技術では不可能に思えるような遺産が残っている。それは未開のフロンティアだ。失われた神秘の復権を望む魔術師が、あるいは古の神秘に挑まんとする人々が、常にそれらを探求していた。

 

 だが、技術の進歩はあまりに偉大である。素晴らしきかな、最新鋭の科学的探究!未だに車は空を飛んでいない。しかしオーパーツの謎ならば解決はできるのだ――大騒ぎするほどのことではない、と科学は言っている。ナスカの地上絵は成層圏から見なくとも相似拡大法を使えば描けるし、古代人のベルトだと思われていたものは実は20世紀の間抜けな盗掘者の忘れ物である。拍子抜けなことに、オーパーツはほとんどが場違いではない文化遺産か、あるいは捏造されたものであった。

 

 ――そう、()()()()()、である。世界には数少ないが、未だにその神秘を失っていない遺物も存在する。そして驚くべきその遺物の中の一つに、メソポタミアのウルクから出土した粘土板がある。ティグリス・ユーフラテス川の間でかつて大いに権勢を振るった都市国家の遺物である。放射性炭素年代測定法によって推定されたこの粘土板の年代はおよそ紀元前2600年頃、一部の学者からはおそらくギルガメシュ王の時代であろうという声も出ている。

 

 ――これの何が神秘か?

 

 それはもちろん、刻まれているものが、である。それは当時からすればありえない代物だった。刻まれていたのは、ほぼ完璧な形で保存されたメルカトル図法の世界地図である。各大陸の形は不格好だが、位置関係は凡そ正確といってよかった。

 

 いやいやいや、そりゃ無理よ。明らかに偽物だもの。騙そうったってそうはいかんよ。

 

 と、発掘初期、ありとあらゆる考古学者から疑念の声が上がったのも無理のないことであろう。流石にこれは捏造としか思えないわけである。遺跡の規模から鑑みても、シュメール人が南北アメリカ大陸やオーストラリア大陸の存在を既に知っていたなど、欠片ほども思えない。馬鹿げたことである。だが現代科学によって暴かれると思われていたその正体は未だに謎に包まれている。様々なデータはむしろ、この世界地図の真実性を擁護するかのようなものばかりであった。現在、メソポタミアの粘土板の謎は未だに解かれていない。

 

 ――そしてこれ、実は私が書いたものである。

 

 

 

 今となってはこの告白に何の意味があるのかも怪しいが、私の記憶している限りでは、確か自分は駅から徒歩15分のアパートでFate/Grand Orderをしていた大学生だった筈である。田舎から上京してきて、私と同じく暗い男ばかりだが居心地の良いサークルに何とか馴染み、とても暑い――蜘蛛が干からびて死ぬほど暑い――アパートで冷房を我慢しながら友人に勧められたソシャゲを進め、おそらく熱中症で倒れていた。それが知らぬ間に約8000km、4600年の旅をしていたのだから、驚くほかない。

ちなみにFGOは全然進んでいなかった。未だに冬木は炎上汚染されたままで、あの世界のiPh〇neの中ではオルガマリー所長と私とマシュとが途方に暮れているだろう。

 

 そして眼を開けると、知らない天井が視界に飛び込んできたのである。初めは熱中症で病院に運び込まれたのだと思った。そして奨学金に加えこれから請求される治療費に涙を流し、アア冷房をつけておけばと大変に後悔したわけだ。

 

 しかし、考えてみると違和感があった。なんだか背中がチクチクする上、ベッドが異様に硬かった。壁は全体的に武骨な仕上がりである。打ちっぱなしのコンクリートのようにも見える。なにか不吉な予感がして、古代文明、という言葉が脳裏によぎった。いや、古い病院に運び込まれただけかもしれない。そう思って首をひねると、扉のない家の間から、日干し煉瓦造りの別の家と原始的な服装のナイスガイが見えた。もちろん、見なかったことにした。しばらく筋肉ムキムキの髭のおっさんが瞼の裏に焼き付いてポージングしていた。

 

「なんじゃこら」

 

 しばらく考えた。街には似た家が並ぶものだ。向かいの家とこの家がそこまでかけ離れているとは考えられなかった。つまり、自分もまた日干し煉瓦の家にいるということだろう。あまりにも意味が分からない。

 日干し煉瓦て。それはもう古代ですやん。しかもめっちゃ古代ですやん。

 非常に混乱していた。中部地方出身であるにも拘らずエセ関西弁が出るほどに混乱していたのだ。だが、なんとか考えてみる。おそらく、熱中症で倒れたのだろう。自室で倒れたはずだ。その後誰かに発見され、ここまで運ばれた。しかし運ばれた先は病院ではなく、日干し煉瓦の家。

 

「例えばこうかもしれない」

 

 と、口に出してみた。私は救急車に載せられたが病院に空きがなかった。そこでよい建物を探し、運よく借りられたドラマの撮影かマイナーな博物館の展示の中で応急処置を受けているのだ!

 

 ――無理がある。

 

 救急隊員がこんな適当な処置をするとは思えないし、少なくとも目を覚ますまで誰かいるとか、せめて書置きの一つぐらいはあってもいいはずだ。その他にも様々な仮説を立ててみたが、どれも無理だった。キャトルミューティレーション、人体実験説を最後まで疑い、私が、ああ、これはマジで知らない天井だ、ということを受けいれるには、たっぷり15分かかった。もどかしさに寝返りを打ちながら、最後に私は微かな望みをかけ、眼を固く瞑ってみた。次に目を開けば、片付いていないアパートの床が見えるのではないか。ぱっと目に光が入ってくる。さっき見たおっさんが向かいの家からこちらにサムズアップしていた。胸毛が凄まじかった。

 

 しばらくして、この家の住人と思しき人物が帰ってくる。男性と女性、おそらくは夫婦だろう、それが部屋の中に入ってきた。昼食時を過ぎ、時刻は既に日暮れに差し掛かっていたらしい。真夏の日本とはまた違った乾いた空気に、黄土色の砂をわずかに含んだ風が家の外で吹いていた。

 

「ルガルバンダ様のご機嫌はどうでした?」

「大変お歓びのご様子だ。なにせお子様が生まれたのだから」

 

 確実に日本語ではなかった。だが、不思議なことに、何を言っているのかは理解できる。やはりキャトられた(キャトルミューティレーションされた)のではないか? と、私は訝しんだ。

 どのような人物なのだろう。この家に慣れ親しんだ様子から、少なくとも本当に住んでいる筈だ。となるとますます分からない。まさか私がタイムスリップをしたとでも言うのか? むしろ今はそうであった方が良いのかもしれない。一旦事実を受け入れてしまえば、今後のことを考える気も起きようというものだ。

 とはいえ今は何も分からない。とりあえず薄目を開けて寝たふりをすることにした。

 

「まだ寝ておるようだ」

 

 男の方はこちらをチラリと見てから、素焼きの原始的な器を持った。それに女の方が何やらもごもごと唱えると、なんと彼女の指先から水がちょろちょろと出てくるではないか。魔女やんけ!異端審問官を呼んでくれ!と思って震えていたら、さらに信じ難い出来事が起こった。男性の方もなにやらもごもごと唱え、その水を器の中で沸騰させ始めたのである。魔女だと思ったら魔法使い一家だった。最悪である。

 

「儂も饗応役のように水を酒に変える変換魔術が使えればよいのだがな。熱を発するだけとはしけておる」

「そのおかげで武官になれたのですから、よろしいじゃありませんか」

「力も獣性魔術の者には劣る。悩みは尽きぬわ」

 

 この時点でもう、私は何を話しているのかさっぱり分からなかった。実際に魔術がある。その時点でもう、私の理解を超えていた。魔術と言えば、Fateの中で説明があったような記憶はある。しかし、歴史の知識は多少あってもFateの知識はほとんどない――その上チュートリアルが済んだばかりという文量で魔術が何なのか理解できるはずがないではないか!

 

 ゆえに魔術と聞いて私が真っ先に思い浮かべたのは、ヘンゼルとグレーテルに出てくる魔女のあれだった。鍋でぐつぐつ煮て、しまいには食ってしまうというあれだ。冗談じゃなく生贄にされるのではないか。尋常ではない恐怖を覚えたが、とはいえ今起きて何ができるというのだろう。色々と漏らしそうな私を尻目に、武官であるらしい男性はお湯の中に何か粉末を溶かし、器と同じく素焼きの匙らしきものでかき混ぜ始めた。彼はもうもうと湯気を立てる液体を飲み干し、ため息をついた。次のような言葉が私の耳に飛び込んできた。

 

「……儂は、果たして生きてギルガメシュ王の成人に立ち会えるであろうか」

 

 そして武官が何かしら言葉を続けようとした瞬間、強い光が都市を満たした。家の二人がまず外に出て、それから思わず私もその光景を見に行った。陵堡や劇場、そして様々な長さの長方形が組み合わさってできた神殿が数多くある都が、生き生きと聳え立っていた。光は水のように神の塔から流れ出て、ウルク第一王朝の王、ルガルバンダの力強い演説がこの街に響き渡った。ここは日本から時間も空間も遠く隔たっているということが、初めて確信できた。その時になって私はようやく、ここが現代ではイラクであったティグリス川とユーフラテス川に挟まれたかの地であること、この世界がどうやらFateのものであるらしいことなどを悟ったのだ。そして寝たふりがばれた私はすぐさま首枷をつけられ、廷臣の奴隷になることを誓わされるのだった。向かいの家のおっさんが再び私にサムズアップを向けてきた。そりゃ、当然身元不明の人間は古代社会では奴隷である。世知辛いが、仕方がないことだ。

 

 さて、私はこの後ギルガメシュの家庭教師になり、ニトクリスとエジプト第六王朝の滅亡をこの目で捉え、アリストテレスと共にアレクサンドロスを教えることになる。私はある時はホメロスと名乗り、時代が下ればカリマコスとも名乗る――そして今、私はボルヘスと名乗っている。

 私はこの先、魔術協会の設立に立ち会い、カエサルが凶刃に倒れる所を、またあの陽気な金貸し――シェイクスピアが『ジュリアス・シーザー』の初公演に挑むところを見るだろう。ブリテン島に渡って円卓の騎士と酒を飲み、またある時は南米でミクトランテクトリに血の捧げものを行ったこともある。

 そして今はボルヘスとして――矮小だが勇気ある――ある人間の旅路をこの目で見ている所である。

 全てを話そうと思うと、時間がかかりすぎる。しかし、焦ることはない。まずはギルガメシュ王の話をしよう。私の4600年に渡る長い長い旅は、その日、メソポタミアのある廷臣の一室から始まったからだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。