Pour La Furina 作:まりも
「……で、動くのかい?」
青地に金属で
尊大に張られた胸元では群青の宝石で留められた藍色のフリルタイが揺れ、その少し上ではじとりと細められた目が、現在の会話相手である如何にもな格好をした機械技師へと向けられていた。
「そこは勿論でございます。フリーナ様のご指示通り、万が一の緊急停止機能以外に自律思考行動基準への制限は掛けておりませんが……その、本当によろしいので?」
「キミの懸念はわかっているとも」
不安気な顔付きでもう何度目になるかわからない内容の確認をした技師に、『フリーナ様』と呼ばれた少女はその何度かと同じように返答し、胡乱気な視線を手元にある紙束へと持って行った。
『型式番号:PLF-27【対予言特化人型マシナリー】』
『製造目的:フリーナ・ドゥ・フォンテーヌの守護、並びにフォンテーヌ廷を脅かす外敵の制圧と殲滅』
『動力確保:コア本体に内蔵されたアルケウムから抽出されたプネウムシアによる対消滅反応を強力な水元素力によってコーティングする事による滞留衝突エネルギー燃焼』
もう片手を持って行って一頁捲れば、やれ『既存マシナリーとの性能比較』だの、やれ『起動実験に於ける性能記録』だのと書かれた下に幾つもの数字が並べられている。
それら全てが既存のものより大幅に、前回の実験のものより大幅に、その数値を増している。
フォンテーヌという国に於いて最も先進的にして先鋭的、且つ日常的な技術体系であるマシナリー。
その最新型にして強化型であり、試作型である機体の資料がそこにあった。
「本来なら人の命令を受けて初めて動くマシナリー……それに自己命令が可能な『心』を搭載するのですから、思考や行動に何らかの制限はあって然るべきです。何も無いのでは、もし謀反などを画策されれば……」
「この
資料に目をやるフリーナへと語り掛ける技師の言葉を、しかしフリーナは大した事では無いかのように語って返す。
それを聞いて技師は青ざめるが、フリーナの語り口は止まらなかった。
「だけどね、僕はそんな結果になっても良いと思っているんだ」
「なっ────…しかし!」
「何も『フォンテーヌ廷も工学科学研究院地区のようになって欲しい』だなんて言っている訳じゃないさ」
腰にある大きなリボンを揺らして振り返ったフリーナは、得意気な表情を隠さず、資料を持たない片手を胸に添えてポーズまで取って言葉を続ける。
「確かに、僕が求めたのは『今までのマシナリーのどれより強くて』『今までのマシナリーのどれより賢くて』『今までのマシナリーには無い心を持つ』、そんなマシナリーだ。それらを達成する都合上、稼動に多大なリスクが発生した事も理解している!」
芝居掛かった口調、大仰な身振り手振り。
演劇の舞台にでも立っているかのような振る舞いだが、会話相手の技師も、今の今まで一言も発していない他の技師達も、その様子に口を挟みはしない。
無論、文句など言えようも無いと言えばそれまでだ。
『フリーナ』
『フォカロルス』
『水神』
今もふんわりとした髪とリボンをはためかせて派手な一挙手一投足で魅せる彼女は、主にその三つの名で呼ばれる。
水と正義と芸術の国フォンテーヌに於いて最も強い権力を持ち、最も偉大で最も人気な主神。
それがフリーナという存在なのだ。
だが、その立ち居振る舞いに誰もが口を噤んでいるのは、偏にその完成された『演技』故のものだろう。
しなやかに伸ばされる腕や脚が、ただ縮めて広げてと動くだけで感情を表現してしまえる肩が、それらの印象に色を付ける指先が、言葉の端々までに説得力を持たせている。
「けれど、けれどね、我がフォンテーヌには実に頼り甲斐のある勇士達が揃っているじゃないか!執律庭の警察隊や特巡隊だけで無く、決闘代理人まで……そして、この国の最高審判官も彼らに全く劣らない力を有している!」
両腕を大きく広げて万事問題無い事をアピールした後、「それに」とフリーナは呟く。
「この僕も居るんだ。たとえ謀反をしようが、暴走に陥ろうが、その時は動力コアに一切干渉せず取り押さえられる事だろう!」
「お、おぉ……!」
拍手喝采、と言う程では無いものの、勢いに呑まれた技師達は思わずその手で拍手を打つ。
「さ、起動準備をしてくれたまえ!」
明朗にして可憐な声で齎された号令によって、技師達は思い出したかのように忙しなく動き始めた。
付近にある計器が針を回し、パイプが轟音を立て、所々からスチームが上がる。
フリーナの一人芝居に機械すらも歓声を上げているようなその光景を、傍から見守る影が一つ。
それは先程まで技師達同様一言も発していなかった者であり、且つ、声を発するまでも無くその存在感でもって応える事が出来る者。
「……キミから意見は無いのかい?ヌヴィレット」
フリーナから直々に指名を受けた彼は、一つ鼻を鳴らして手に持つ杖でこつりと地面を叩く。
「あのマシナリーの動力確保については元より私も『確認済』だ。そも、私の意見はこの場では些事となるだろう」
僅かに目を細め、だが睨みを利かせるというより疑い深く観察しているかのような視線で、『ヌヴィレット』と呼ばれた長身の男はそう返す。
彼こそが先程フリーナが口に出した『最高審判官』という肩書きを持つ者であり、この国有数の実力者の一人にして、『フォンテーヌの公正を司る存在』と言われる正義の実現者。
そんなヌヴィレットが今、フォンテーヌの主神であるフリーナを疑っている。
常ならば軽口ついでに「正義の神である僕にそんな目を向けるとは何事だい?」とでも返していたのだろうフリーナも、今ばかりは視線をズラして少々バツの悪そうな表情を浮かべていた。
「『とあるマシナリーのコアを元素力で守って欲しい』などと言われた時は、また面倒事を巻き起こしたのだとばかり思っていたが……」
「そうじゃなかった、と?」
「あぁ、訂正しよう。ただの面倒事では無く、稀にして壮大な面倒事だった」
「ぐぬっ……」
少々怯んだような反応をして、次にフリーナは肩を落としながら細々と、気分の落ち込みよりも周囲へ聞かせないための静音が勝ったような声音で語り始めた。
「……僕の神としての力は律償混合エネルギーシステムの維持に割かれているから、キミの力を借りるしか無かったんだよ」
「それがこの『視察』を私の公務に加え入れた理由の一つである事は理解している。納得するには少々欠ける部分はあるが、以前の説明でも同じ事を聞いた」
「しかし」と続くヌヴィレットの口調は、どうやらフリーナが想定していたよりもずっと落ち着いた────…どころか、優し気とすら言える程に穏やかな口調で。
「かの予言の正体が何者かが持つ強大な力によるものであったなら、その対抗手段として強力な兵器を求める事も、何らおかしくはないだろう」
『フォンテーヌ人は、皆生まれた時から『罪』を抱えている。正義の国フォンテーヌがどれほど審判を行おうと、それが消える事は無い。フォンテーヌの海面が上昇し、罪を背負いし人々が海水に飲み込まれるまで。人々が海の中に溶け、水神は自らの神座で涙を流す。そうして初めて、フォンテーヌ人の罪は洗い流される』
正義の国の民が抱える生まれながらの罪。
その精算が海面の上昇によって引き起こされる滅亡であると言う者は少なくない。
事実、近年フォンテーヌの海面がジリジリと上昇している。
前年と比べても誤差の範囲内であり、変化と言える程では無い。
だとしても、その誤差が毎年高まって行く一方だというのは、噂話の中心となって当然と言える。
「『心』を持つマシナリー……もし予言が現実となり、フォンテーヌという国から人間が消えてしまったとしても、その存在があるのならフリーナ殿は孤独にならない」
「……僕に、予言への対抗策が無いとでも?」
「そのようなつもりは無い。ただ────」
これまでの数百年、ヌヴィレットはフリーナの不覚を本人がそうとは知らないものまで幾つも見て来た。
それらから逃げる事はある。
寧ろ、逃げる場合の方が多いとすら言える。
『ならばこの予言も、そのうち逃げて諦めるのでは』
そう思った事は少なくない。
が、しかし、それらは全て出会って間も無い段階での感想だった。
『手掛かりはまだ見付からない』
『この手段じゃダメだ。やっぱり、国外への情報網をもっと拡げて────』
『市井では信じ始めた者も少なくない。国民を不安にさせる訳には……』
『……はぁ』
フリーナは常に尊大な、演劇の役者のような振る舞いをする。
狼狽える事も、不貞腐れる事もあるが、弱音を吐く事は少ない。
そして、その数少ない弱音を聞く事が出来るのは、大抵が練りに練った手段が徒労であると知った時、密かに続けている『何か』が無駄足だった時だという事も。
ヌヴィレットが現在の立場、最高審判官の座に収まってから五百年近い時が経つ。
人ならざる者にとっても永い時と言える程の時間が経って尚、フリーナは『何か』を隠し通し、逃げる事なく向き合っていた。
フリーナが国のため、民のためを思って何かを成そうとしている事に気付いてはいても、ヌヴィレットはその仔細を知らない。
故に、敢えてそこに触れる事はしない。
「────…ただ、フリーナ殿がその立場上、人間との関わりを不得手としてしまった事は想像に難くない。心を持つマシナリーを友とするのも、せいぜい『水神の気まぐれ』程度にしか思われないだろう」
「なっ……!」
それは偏に、尽力をひた隠しにして事も無げを装う演者への気配りであり。
永い時を共に生き、一つの国を共に見守り続けた隣人への優しさでもあった。
「それじゃあまるで僕が寂しくなってお人形を作らせたみたいじゃないか!」
「冗談だ」
「……冗談?キミが?」
つい先程まで拗ねるように唇を尖らせていた筈が、「槍の雨でも降るのか…?」と軽く絶望したような表情へと早変わりしたフリーナに、技師が起動準備完了の合図を送る。
合図を受けて「こほん」と態とらしく咳払いをしたフリーナは、一つヌヴィレットを小突いて再び胸を張る。
ヌヴィレットは言外に「この話はもう終わり」と伝えるような素振りに肯定も否定も返さず、だがフリーナはその沈黙こそを肯定として声を張り上げた。
「諸君!今日この日この結果に至るまでの尽力に、最大の感謝を送ろう!他国の機械技術とは一線を画す、長年に渡り積層したフォンテーヌのマシナリー技術……その粋をキミ達は体現した!」
PLF-27に搭載されているのは、フォンテーヌ科学院初代院長のアラン・ギヨタンが『プネウムシア対消滅エネルギー』を利用して開発した動力コアからの発展形。
技術的にまだ困難とされるアルケウムの内蔵を、元素力によるコーティングを前提とする事で、不完全ながらも安全性を最大限引き上げる形で実用段階まで漕ぎ着けたもの。
だからこその驚異的な性能を、フリーナはまだ数値でしか知らない。
今彼女の目の前にある棺のような巨大な容器の中にあるものが、果たしてどれ程までに自分達の力になるのかを。
故に期待していた。
今にも開くぞ、とスチームを吐いた容器の蓋がゆっくりと持ち上がる様子に。
「放熱完了、アルケウム結合を確認!」
「プネウムシア対消滅反応、開始されます」
「……ヌヴィレット」
「あぁ。コアの内部と外部、そのどちらの水元素力にも揺らぎは無い」
技師達が持つ計器でも、ヌヴィレットが感知した水元素力の動きでも、そのマシナリーの安全は証明された。
そうしてようやく蓋が開いた棺の中には、一機のマシナリーが管に繋がって納められている。
事を知らない誰かが見たのであれば、それをマシナリーとは呼ばないだろう。
或いはマシナリーを扱う機械技師であれば、節々に目をやって気付く事が出来るかもしれない。
既存のマシナリーとは訳が違うというのはその通りで、まず外見からして全くの別物だったのだ。
それは概ねフリーナの要望通りで、機械らしさは一切が排斥されていた。
頭部には長く白い毛髪、それもフリーナによく似て、幾つかの束は空色に染められている。
顔は機械のそれでは無く、瞼を閉じた容貌は人そのもの。
体まで目を向けて、そこでようやく人らしくない部分が見えて来る。
人間の主要な可動部となる箇所は球体のような造りをしており、見てくれはマシナリーというよりドールに近い。
独特な造りは首や肩や腹、肘や膝に手首足首、最も細かい部分なら指までも。
大型化などという甘えは許さないとでも言うかのように、そこには人らしい細身の、それでいて運動能力を損なわないための球体関節が施されていた。
人のような顔と、人に近付けた体と、まだあるかはわからない人と同じ心。
きっと心を持っているのだと、持っていてくれと祈られながら、機械人形は瞼を持ち上げた。
眼孔に嵌め込まれた瞳に、月光を還す湖面のような青を二つ光らせながら。
【キャラクター詳細】
フォンテーヌの滅びの予言へ対抗するために作り出された【対予言特化人型マシナリー】
内蔵アルケウムを中心としたプネウムシアと元素力のハイブリッド動力によって稼働する最新型。
予言を恐れた水神フリーナがフォンテーヌでも腕利きの技師を集め造らせた「マシナリーの限界を超越した戦闘能力」を有するらしい一体なのだが、度々フリーナの手で口元にケーキを押し付けられている様子が目撃されていたり、いなかったり。