Pour La Furina 作:まりも
フォンテーヌ廷の上層に建つ行政府、パレ・メルモニア。
執律庭や共律庭は今日も大忙しといった様子で、職員達があちらこちらへ駆けている。
が、しかし、下階がそんな様子でも、最上階は違う建物であるかのような静けさを保っていた。
事実、下の行政府とこの最上階を同一のものと見る事は難しい。
廊下の壁に掛けられた絵画、飾り棚に並べられた花瓶、ガラスケースに収まった宝石。
それらの存在は、行政府などでは無く、貴族の邸宅などを思わせる配置と数をしていた。
パレ・メルモニア最上階。
この国で暮らす人間であれば、そこが何のためにあり、誰が使っているのかなど常識として備わっている。
フォンテーヌで最も貴い存在、現水神であるフリーナ・ドゥ・フォンテーヌは、国民達をそこから見守っているのだから。
そこは神の住い、故に近付ける人間は限られる。
市井の者にも謁見の機会は与えられているものの、国一番の大スターとしても扱われるフリーナとの謁見は年単位で予約が埋まっており、彼女と何度も顔を合わせるなど、それこそ給仕役でも無ければ有り得ない。
今まさに、その限られた栄誉を持つ者が最上階の廊下を歩いている。
アンティークのティートロリーを押す瀟洒な姿は、『必要な所作を完璧に行っている』というより『人間的なブレが無い機械的な動き』とも取れる規則的な歩み。
項で一括りにした長い白髪は、波打つような細い空色が幾つか混じって、歩を進める毎にふわりふわりと尾を揺らす。
給仕役としてのヴィクトリアンメイドの制服がゴシックなリボンスタイルに纏められているのと相俟って、当人────…否、当機が浮かべている表情よりも随分柔らかな雰囲気を醸し出している。
反面、硬い表情をした顔は一分の隙も無く整っており、左右で深度の違う青色をしたオッドアイは、フォンテーヌの神であるフリーナのものとは逆の色合い。
しかし瞳孔は全くの別物で、右の瞳孔にはプネウマの黄色、左の瞳孔にはウーシアの紫色が灯っていた。
PLF-27、本来であれば水神フリーナの身を守り、フォンテーヌに降り掛かる災厄を祓うため造られた『限りなく人間に似せられた』マシナリー。
機械の器に未発達の心と国を揺るがす程の力を抱えた機体は、廊下を歩き続けて幾つ目かの扉の前で足を止め、扉を四度ノックする。
「フリーナ様、指定のお時間となったため茶会の用意をして参りました」
少々の間を置いて「入りたまえ」という声が聞こえると、PLF-27は扉を開いてティートロリーと共に室内へ入って行った。
「……びっくりしてしまうからノックは二回までにするように」
フリーナはつい今し方まで読んでいたのであろう本を置いて、入室したPLF-27と、次いでティートロリーに目を向ける。
指摘を受けたPLF-27はと言えば、その場に立ち尽くして指摘に沿う記憶領域へアクセスしているようだった。
「照合完了。21時間前の学習中に来られたお客様は四度のノックだったと記録されています」
「それは僕に謁見しに来たからだよ。キミは給仕をしに来たのであって、謁見しに来た訳じゃ無いだろう?」
「……当該情報を更新致しました。申し訳ございません、フリーナ様」
「謝る必要は無いさ。キミの給仕としての仕事は今日が初めてなんだから」
そも、本来ならばPLF-27は給仕役の仕事をするための機体では無い。
ならば何故こうして給仕を任ぜられているかと言えば、それはつい三日前、PLF-27が目覚めた直後にまで遡る。
「PLF-27、起動完了。これより個体名『フリーナ・ドゥ・フォンテーヌ』をマスターと定義し、自己意識構成機能を中枢とした自律行動を開始します」
「こ、こたいめい……」
棺の中で目を開いたPLF-27は、瞳のレンズをカシャカシャと収縮させ、その視界にフリーナの姿を見留めると、管が繋がったままの体をそちらに向けてそう告げる。
対するフリーナは『敬われていない』という数少ない経験にカルチャーショックでも受けたのか、一瞬の硬直を挟んだものの、すぐに気を取り直し『自分は尊き存在である』とアピールするように張った胸元に手を添える。
「……まぁ、僕が主である事以外は出来るだけ情報を絞るようにと言ったのは他でも無い僕な訳だし、そこは不問としよう。どうかな、ヌヴィレット?」
「水元素力は彼、或いは彼女が目覚めて尚一定を保っている。今の所、自律思考を解放した状態でのコアの稼働は元素による保護に支障を来していない」
その返答に「ふむ」と一度唸って、フリーナは再び手元の資料へ目をやった。
自律思考機能を閉鎖した状態での戦闘試験は良好、暴走の可能性は無し。
コアは自律思考を許可している今も安定しており、プネウムシアは水元素によって外界への影響を遮断されている。
記憶領域を参照して一部を自律行動に組み込むという『心』の機能の都合上、他者の影響によって何らかの破壊衝動でも覚えない限り、PLF-27は安全なマシナリーと言えるだろう。
「教育役の選別は厳正に行わなきゃだな……いや、そもそも教育役なんて使わずに、僕一人でいろいろと教えるのも……いやいや、それじゃあ『人の心』を育むのには不足だろうし……」
「フリーナ殿、まさかとは思うが……このマシナリーを最初からパレ・メルモニアに置くつもりか?」
「え?当然だろう?」
ヌヴィレットのその問い掛けに『何を今更』とでも言うような顔をして、フリーナは手に持った資料の一部分に指を差して見せる。
『製造目的:フリーナ・ドゥ・フォンテーヌの守護、並びにフォンテーヌ廷を脅かす外敵の制圧と殲滅』
守護、つまりは護衛を行うなら最も近い所に、と。
ただ指を差すだけで行われた無言の訴えではあったが、ヌヴィレットは正しく理解した。
理解した上で、フリーナの傍に寄り声量を抑えつつ懸念点を話し始める。
「フリーナ殿の傍に置く事については、この際口を出す事はしない。パレ・メルモニアに置いておけば、いざという時にはコアを保護する元素力の主である私が対処可能というのもわかる。問題が発生した場合、対処出来る人員が多い場所である方が良いという部分には賛成だ」
まず上げるのは利点。
『賛成出来る箇所もある』という意思表示を述べたヌヴィレットは、だがそれでは止まらない。
利点がある事は理解したが、見逃せない難点もあると彼は知っているからだ。
「しかし……気遣いというものを廃して言うのなら、フリーナ殿は無垢なものの育成には向いていない」
「なんだってぇ!?」
凡そ今までの経験から出したのであろう結論を率直にぶつけるヌヴィレットに、フリーナがこれでもかと噛み付く様子を、PLF-27はただ見つめ続ける。
技師達はと言えば、二人の問答が始まってからも作業の手を止めず、今はPLF-27に繋がっている管を外している最中だ。
「基本的な知識だけで無く、人間的常識やマナーなども教えるというのであれば、やはり教育役は必要になる筈だ」
「むぅ……パレ・メルモニアに勤める者から何人か見繕うとか」
「それが良いだろう」
「ならあの機の立場はどうするんだい?護衛に任命するにも、僕以外の指導を入れるなら暫く護衛なんて手に付かなさそうじゃないか」
「初めから傍に置きたいのなら────」
やがてPLF-27と棺を繋げていた機器が全て取り除かれる頃になっても、二人の議論は終わらなかった。
それを見かねての事か、一人の技師が生まれて初めての手持ち無沙汰を経験しているPLF-27に声を掛ける。
「あの方がお前の主人になるフリーナ様だ」
「フリーナ様」
「その隣にいるのが最高審判官のヌヴィレット様」
「ヌヴィレット様」
「どちらもこの国のてっぺんにいるようなお偉い方だから、粗相の無いようにな」
「……それは命令でしょうか」
問いを返された技師は、少々困ったように頭を搔く。
フリーナからは「余計な事を教えないように!」と計画の初期段階から言い付けられていたのだ。
ここで「これは命令だ」などと言って万が一にお叱りを受けるのは避けたい気持ちが半分、ここで認めておけば『フリーナ様とヌヴィレット様には従うべき』とする意識を確立出来るのではという目論見が半分。
そうして技師が返答に迷っている内に、どうやら二人の方では結論が出たらしい。
「PLF-27!キミを僕専属の『護衛役兼給仕係』に任命する!」
「承知致しました」
「うんうん、キミの疑問は理解して────…あ、あれっ?何か気になる事とかは……」
「フリーナ殿、PLF-27はまだ『疑問に思った事を質問する』どころか『疑問に思う』事すら知らない段階の筈だ」
ヌヴィレットの指摘ですっかり気勢をそがれてしまったフリーナは、その日何度目かの「コホンッ」という態とらしい咳払いをして、改めてPLF-27に向き直る。
「その辺はおいおい教えて行くとして、給仕にするならいつまでも型式番号で呼ぶ訳にも行かない。キミの名前は僕が直々に命名してあげるから、心待ちにしておくように!」
「承知致しました」
「……喜怒哀楽が最優先だね。劇の観客が頷く事しかしてくれないなんて、演者からすれば生き地獄に等しい」
虚しそうに溜息を吐くフリーナを見るPLF-27は、小首を傾げはしても質問を零すような事はしなかった。
【PLF】
プネウムシア継力器の無い極地での戦闘を視野に入れた実験機の型番。
最新機である27番が完成した後、フリーナ・ドゥ・フォンテーヌの命令で一部を除き凍結、廃棄された。
除かれた一部というのも製造段階で他技術の礎になると判断された先鋭的なもののみが実験に用いられるまでであり、PLF型は既に27番以外存在しない。