Pour La Furina   作:まりも

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3話
ネタバレ要素がぐんと強くなるので注意です


まだ独り。

「これがフリーナ様の四ヶ月後のスケジュールね。そこまではもう纏めてあるから、都度追加して行って」

「はい」

「んー……1℃低いかな。茶葉の蒸らし方は完璧だから温度だけ気を付ければ良いわ」

「了解しました」

「あれ?私の羽根ペンどこに置いたっけ?」

「こちらに」

 

この三日間で何度も見た微笑ましい光景に、『存外良いものだな』というふんわりとした感想が毎度去来する。

そんな感想を抱いていられるくらいには、穏やかな時間が過ぎていた。

 

今PLF-27が指摘を受けている紅茶だって既に及第点を付けてあげられるくらいの味だし、スケジュール表だって今書き留めている分をちらりと見た限りでは機械らしく綺麗に纏められている。

 

僕の専任給仕となってからまだ四日だというのに、ここまで完成度が高いのは、PLF-27がマシナリーとしての機能をフルに活かして礼儀作法を吸収しているからだ。

無論、教える側が特に優秀だったというのもあるだろうけど。

 

「こんな所かな?どう、やれそう?」

「わからない所とかある?」

「問題ありません、先輩方」

「せんぱい……!」

 

初日こそパレ・メルモニアへの通達と諸々の準備に使えたものの、その一日で随分とメリュジーヌの興味を買ってしまったみたいで、翌日から今日に至るまでの三日間はすっかり僕の手元を離れてしまっていた。

 

僕が手ずから色々と教えようと思っていたのだけど、結果的にPLF-27の教育と指導は大いに張り切ったメリュジーヌ達が中心に。

そして僕はと言えば、こうしてPLF-27の成長度合いを見定める審査員に任命されたって訳だ。

 

……まぁ、正直もう少しばかり様子を見た方が良かったんじゃないかと思っていた所ではあった。

何せ、僕はまだ自分がなんでPLF-27を造らせたのかがわかっていないから。

 

『心を持つマシナリー……もし予言が現実となり、フォンテーヌという国から人間が消えてしまったとしても、その存在があるのならフリーナ殿は孤独にならない』

 

ヌヴィレットにそう言われた時は、体の芯まで底冷えするような感覚に襲われて、『彼は心を見透かす力も持っているのか』なんて思ってしまった。

思えば返答もしどろもどろで、上手く誤魔化せていなかったような気がする。

 

そんなつもりで造らせた訳じゃない。

そんなつもりで傍に置こうとした訳じゃない。

僕は予言の事を、この国を救う事を諦めてなんかいない。

 

けれどやっぱり、僕が積み重ねて来た年数というのは永過ぎた。

僕はとっくに『僕』を忘れて、何者も演じていない『本当の僕』がどこにいるのかもわからない。

鏡の向こうの『僕』は、あの日以来何も教えてくれない。

そのまま何年も、何十年も、何百年も過ぎてしまって。

 

だからどこかで諦めている僕がいて、自分でも知らない内に『全てを失ってしまった後の孤独』を避けようとしていたのかもしれない……なんて、そんな思考が頭にある。

 

とはいえそのために心を持ったマシナリーを造らせるなんて、あんまりにも飛躍し過ぎじゃないかとも思うけど、よくよく考えてみれば合理的だ。

 

フォンテーヌ人では僕の隣人になり得ない。

いずれ来る予言を防ぎ切れず、それが現実のものになれば、みんな海に溶けて消えてしまうから。

 

ならフォンテーヌの外の人間なら良いのか。

いや、そもそも人間じゃダメなんだ。

人間は永い時を生きられない。

ただの人間じゃ僕という『演者』を観続ける事は出来ない。

 

「フリーナ様」

 

孤独を遠ざけたいのなら、悠久の摩耗に耐えられる存在がいなければ。

孤独を振り払いたいなら、僕の寂寥に共感してくれる存在がいなければ。

 

心を持つ機械人形ならそれに適う。

だからこそ、僕はヌヴィレットのあの言葉を心の中で否定し切れなかった。

 

「フリーナ様」

 

このまま永い時を生きるのに、たった一人で演じ続けなければならないなんて、ただの人間ですら無い僕にはもう────

 

「フリーナ様」

「────…へっ?な、なんだい!?」

「本日は歌劇鑑賞が予定に入っております。時間も近いため支度のお手伝いを、と」

「……あぁ、予定通り観に行くとも。キミにも着いて来て貰うから、僕の手伝いが終わったら自分の支度もしておくように」

「承知致しました」

 

造らせた以上、世に生み出させた以上、責任は持つつもりでいる。

そこで放っぽり出してしまう程、僕は薄情でも無責任でも無い。

 

自由な心を持つ余地を与えたのだから、物事に色を付ける事が出来るだけの情動を。

並ぶ者すら少ない力を与えたのだから、何を守るか自分で決められるだけの意志を。

それらを共に育んで、きっとこの()を人にしてみせる。

 


 

『あぁ、ご主人様……私の心を司る歯車は貴方だけを思って回っているのです……』

『君の愛と献身は充分に伝わっている。けれど、僕は人間で、君はどこまで行っても機械なんだ』

『そんな!ならば何故、何故貴方は私に心を与えたのです!?何故私に愛を教えたのです!?』

 

……良い劇だ。

観劇の最中に口から感想を零すような無粋な真似をするつもりは無いけれど、思わず感嘆の息が漏れてしまう。

観る者としても、演じる者としても、これだけの出来栄えはそう目に出来ないだろうという程に完成された劇だ。

 

演者達の演技は、流石エピクレシス歌劇場に立つ事を許されているだけあって、一挙手一投足に感情が込められた情熱的なもの。

脚本は緩急を付けて見聞どちらも刺激するような話の流れを作り、観客に僅かな休憩と頭で話を理解するだけの間を与える事で、より感情的にのめり込み易く創られている。

 

本当に良い劇だと、心の底からそう思う。

そう思っているのに。

 

「……」

 

僕専用の特等席、その隣。

席に着いている僕の真横で身動ぎ一つせず立っている一機のマシナリーの存在が、ただそこに在るだけで僕の心を掻き乱す。

 

元はと言えば、今日の観劇予定はこの機のために用意したものだった。

『マシナリーに心を与えた崇高な技師と、与えられた心に技師への愛を灯したマシナリーの物語』

この機が『心』を覚えるキッカケにするには充分過ぎるくらい合致した題材の劇だったから、一緒に観るつもりで。

 

けれどあの指摘を受けた今は、どうしても思考にノイズが混じる。

 

「……」

 

興味があるのか無いのか……いや、そんな事を感じる情動もまだ育っていないからか、PLF-27はたまにきゅるきゅると瞳孔を回すくらいで、表情はぴくりとも動かさない。

 

『私という鳥籠が君を弱らせていた事に、私は何故気付けなかったのだろう……』

『いいえ……ご主人様、私は貴方だけを愛していられた事が何より嬉しいのです……』

 

やがて劇も終幕を迎えて、主人公である技師とマシナリーの恋路が死別による悲恋であるとわかった所で、ようやくPLF-27はこちらに顔を向けた。

 

「観劇は終了致しました。この後は劇団員との謁見、後に巡水船での帰廷となっております」

「……いい。今は、予定の事はいい」

「承知致しました。でしたら────」

「謁見まで時間がある。移動するにはまだ早い……そうだろう?」

 

一瞬の間を挟んで「どうかなさいましたか?」と聞いて来る辺り、たったの四日にしては心の機微というものに寄り添えている方だと思う。

 

だから、ここで一つ課題を言い渡す事にした。

きっとすぐには答えられない、すぐに答えてはいけない質問を一つ、僕はPLF-27に投げ掛けてみせる。

 

「この劇の感想を聞かせてくれないかい?」

「感想……ですか」

「あぁ、キミがこの劇を見て『何を感じたか』とか『どう思ったか』とか……抽象的で難しいだろうけど、この質問に答えるのは今のキミに必要な事だ」

 

予想通り、PLF-27はその時点で硬直した。

視線はじっと僕に向いて、ただ動かずに思考を続けている。

今までが完璧だった分、不意の質問に惑って悩む様子は少し面白い。

 

瞳孔の収縮、発声器官と紐付いた口元の動き、そのどれもが人間的で。

『技師達は良い仕事をしてくれた』としみじみ思いながら、続く言葉を暫く待つ。

 

「……申し訳ございません、フリーナ様。現在の自己意識構成機能ではその質問にお答えする事は困難です」

 

少し経ってからPLF-27がした返答は、予想の範疇どころか『こうなるだろうな』という思惑の通り。

おかげで僕は迷う事無く、つらつらと続きを話す事が出来た。

 

「だとしても、これは答えて欲しい。まだ難しいのはわかっているから、答えを出すのは今じゃなくても良いんだ」

「今じゃなくても……『課題』でしょうか」

「そう、僕からの課題だ。提出期限は特に設けないけど、真面目に考えるように」

「承知致しました」

 

少し意地悪をしているかもしれない。

それでも、僕は今後もこの機を惑わせる事を止めないだろう。

何度だって惑わせて、何度だって迷わせて、何度だって悩ませてやる。

そうでもしなければ機械に心を与えるなんて夢のまた夢というもの。

 

僕がやろうとしている事は、きっと生半では無い事だ。

神としての力が真実僕にあるのであれば、或いは造作も無かったのかもしれないけれど。

やっぱり僕は、どこまで行っても『演者』だから。

 

「……フリーナ様?」

「うん、行こうか」

 

僕が忘れてしまった『自分自身』を決して忘れないだろうこの機には、自分を隠すような演技をして欲しくない。

惑って、迷って、悩んで。

それでも最後には自分の答えを出せる子に、誰の皮を被る事もせずに胸を張れる子に、きっと育て上げてみせよう。

 

「キミの感想、楽しみにしているよ」




【鳥籠の心と雛鳥の愛】
寿命を宣告されたマシナリー技師の男と、男に造られた心を持つマシナリーの悲恋を描いた作品。
水神フリーナが観劇するという事もあり注目度は高く、実際に終劇後暫くは流行の先頭を走っていた。
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