Pour La Furina 作:まりも
「ふむ、任務完了は確認させて貰った。戦闘後の状態についても、特に留意すべき点は無いようだ」
数枚に纏められた報告書から目を離し、ヌヴィレットはテーブルの向こうにいるPLF-27へ目を向ける。
既にヴィクトリアンメイドへと着替えているPLF-27の姿は、人間であれば見えて来る筈の疲労などの気配も無いため、数時間前まで戦闘を行っていたようにはまるで見えない。
────…次いで、ヌヴィレットはその視線を不貞腐れるような表情をしながら
何故報告の場にフリーナがいて、何故ケーキを頬張っているのか。
これがヌヴィレットの執務室であれば、報告を行うような場であればこれ以上無く場違いな事なのだが、事の本質は真逆。
現在は定刻通りフリーナの茶会の時間であり、ヌヴィレットが任務についての報告を受けているのはフリーナの居室での事だった。
しかし、彼女が機嫌を損ねているのはまた別の理由があっての事。
「フリーナ殿、そろそろ私をここに招いた理由を訊ねても良いだろうか」
今し方ヌヴィレットが口にした通り、今日の茶会に彼を招いたのはフリーナ自身の意思だ。
重ねて言えばフリーナはヌヴィレットを招いた時点で不機嫌であり、ヌヴィレットもその様子を見て『非があるのは自身である』という可能性を捨てられずに渋々と招待に乗った形になる。
「理由なんて、キミとお茶会に興じたかったからで事足りるんじゃ────…はいはい、最高審判官様は結論がお好きだね」
「その明らかな不機嫌の原因が私にあると言うなら詫びよう。しかし、私は未だ私自身が何をしてフリーナ殿の逆鱗に触れたのかを理解出来ていない。身の入っていない謝罪を行うのは、私としても不本意だ」
最早『拗ねている』と言っても良い態度を続けようとするフリーナに、ヌヴィレットは急かすような視線を向けながらそう告げる。
対するフリーナはと言えば、一つ溜息を吐いた後、頬杖をつきながらじっとりと細めた目をヌヴィレットに向けた。
「……じゃあ言わせて貰うけど、今日キミがPLF-27に言い渡した任務はどういう事なんだい?」
「機体性能、任務内容、移動経路などを鑑みてフリーナ殿のスケジュールに干渉しないものを選んだつもりだったのだが」
「あぁそうさ、確かにその点は何の問題も無かった。そもそもPLF-27だって自分で演算して『問題無し』『余裕を持って間に合う』って結果を出した上で受けただろうからね」
一旦休息を入れるように紅茶を飲むと、フリーナは空になったティーカップをPLF-27に差し出しながら「けれどね」と続ける。
「僕も見せて貰ったけど、その報告書通りなら付き添いが三人しかいないじゃないか!」
「……確かに三人で合っているが」
「そうじゃない!三人『しか』だ!ヒルチャールの群れに、濁水幻霊まで……もし何かあったら────」
「任務内容の選定、また監督役の派遣数もフリーナ殿が自ら私に一任した筈だ」
「ぐぅっ……そ、それはそれとしてだ!まだ起動してからたったの二週間なんだから、もう少し易しい任務を斡旋すれば良いだろう!?」
「『フリーナ・ドゥ・フォンテーヌの護衛』が第一優先である以上、傍に置き続ける事を否定はしない。だがフリーナ殿がPLF-27に求めるのがどのような事であっても、製造理念においては『廷外に現れた危機への対処』が含まれてしまっている。『そのために造ったのだから』と言い張るには、公式の記録が必要だ。そしてPLF-27を駆り出す程の任務となると、必然的にその危険度は上がる」
「くぅぅ……!」
長々と、しかし的を射るような返答に下唇を噛んだフリーナは、PLF-27が紅茶を注いで置き直したティーカップを手に取ると、ろくに冷ましてもいないそれを口に運び「あちっ」と零しながらちまちまと飲み始める。
ヌヴィレットも風味が落ちない程度に冷めた紅茶を飲みながら、この茶会が始まってから気になっていた事柄、先程提言した『フリーナの不機嫌』とはまた別の疑問を口に出した。
「ところでフリーナ殿、二人での『お茶会』にしては席が一つ多いように思うのだが」
「────…そうだった!PLF-27、今日はキミにもここに座って貰うよ!」
フリーナのその誘いにPLF-27はどこで覚えたのか首をこてりと小さく傾げ、フリーナに『質問』を返す。
「……私は給仕ですが」
「わかっているとも。でも、ただの給仕じゃないだろう?人を学ぶには人らしい事をするのが一番手っ取り早いからね」
それでも尚PLF-27は納得出来ていないらしく、席に着こうとはしない。
対するフリーナはそれに憤る事も、困る事もせず、何やら微笑ましげにPLF-27が迷っている様子を眺めていた。
起動から二週間が経った現在、PLF-27は恐ろしいまでの速度で学習し、成長している。
しかしそれはあくまで給仕としての業務やテーブルマナーなどの話。
情緒の面で言えばそう変わらず、未だ生まれたてを維持していた。
フリーナからすれば、まだ焦るような時期では無い。
二週間など心の生育を命題とするなら須臾に過ぎない時間であり、首の座っていない赤子に歩行を求めるような無理難題である事を理解していたが故に。
だが、かと言って期待しない訳では無いのだ。
失望などしなくとも期待はするし、知らぬ間に成果が出ていれば尚の事。
そして今、PLF-27は明確な成果として『迷った結果命令に従っていない』という現状を過ごしている。
背いてはいないが、迷っている為に従う事も出来ていない。
それはPLF-27が見せた明確な『人らしさ』だった。
とはいえ、いつまでも棒立ちではつまらない事この上無いとして、フリーナは無理にでもPLF-27を着席させようとする。
「ほぉら、いつまでも立ってないで座りなよ。これは水神様からの命令なんだからな!」
そう言ってフリーナは手に持ったフォークでケーキを少し切り分け、取ったそれをPLF-27の口元に押し付ける。
無論マシナリーであるPLF-27は口を塞がれたからと言って声が出せなくなる訳では無い為、そのケーキを口に迎え入れる事無くフリーナに苦言を呈した。
「フリーナ様、お戯れはお止めください。私に食事の機能は搭載されておりません」
「そう言わずにキミも────」
ぴしり、と。
調子付いてケーキを押し付けていたフリーナの体が突如として固まった。
その表情はみるみる内に驚愕の色へと染まって行く。
「────…えっ、無い?食事機能が?なんで?」
「計画の初期段階では機能の一つに組み込まれていましたが、『よくよく考えれば戦闘マシナリーに食事機能は必要無いし、そもそも誰がこの機能を提案したのかもわからないからオミットした』との事です。PLF-08の時点で胴部配管スペースを圧迫していた事が最大の理由かと」
フリーナのか細い声での疑問を聞いてPLF-27がつらつらと並べ立てた理由に納得したのは、当人であるフリーナでは無くヌヴィレットの方だった。
小さく溜息を吐く姿は『また面倒な事を』という感傷が十二分に表せており、誰がどう見ても呆れているのが伝わる様だ。
対して『誰が提案したのかもわからない機能』を提案した張本人はと言えば、ケーキを押し付けていた手を引いて『失敗した』とばかりに項垂れていた。
「うぅ……こんな事なら多少変な目で見られたとしても自分で発案するんだった……」
しなしなと意気消沈してしまったフリーナを他所に、PLF-27は自身の口周りにべったりと付いたクリームを拭う。
その様子を見るヌヴィレットはと言えば、前途多難を絵に描いたような光景に、今にも外の曇天を雨模様に変えてしまいそうになっている。
三者三様、あまりにも混沌とした茶会は、どうやらフリーナの思惑とは大きく違った形の展開らしい。
「フリーナ殿、以前私が述べた推論……いや、妄想とも言って良いものだったが、もしやアレを気にしているのか?」
「……別に、気にしてなんか無いさ。キミからすればこの機能が無い事に僕がガッカリしているのも、僕がPLF-27に『そういう側面』を求めていたからと捉える事が出来るんだろうけど」
『予言が果たされてしまった時の孤独を晴らすため』というヌヴィレットの軽い思い付きからの推論は、予言への対抗策を模索し続けるフリーナにとって、自身が無自覚に作っていた逃げ道にも見えている。
図らずともそれを指摘してしまったのだと、ヌヴィレットはそう思っているようだ。
フリーナ自身そうであるのだと思っているが故に、この軋轢は少々根深い。
「それに、理由ならちゃんとあるんだ。PLF-27の情緒を育むためという理由がね」
やや気勢を取り戻した────…ように見せた態度で、フリーナは大仰に腕を広げながら自身の考えを話し出す。
「食事とは人間の自意識を構築する上でも重要なものだ。歯が生えたばかりの赤子は人の好悪より味の好悪を先に知るものだろう?『この味は好き』『この味は嫌い』というのは最もわかりやすい個人間の違いだからね」
尤もらしい理由で、『この考えには意義があるのだ』とアピールするように語り、しかし言葉尻は段々と小さくなって行く。
それは何もヌヴィレットの言葉を思い出して自信を無くしただとか、そういった理由では無く。
否、理由だけを見るならそれでも正解なのだろう。
「それに、その……僕が自分から『キミも一緒にお茶を楽しもう』なんて言っても、普通の給仕役が席に着く訳無いし……マシナリーなら命令だって言えば座ってくれるかと思って……」
「……」
「……」
「なっ……なんだよ二人して!言いたい事があるならハッキリ言えば良いだろ!?」
「最初の理由で案を出せば良かったのでは?」
「────…あっ」
沈黙に耐え切れずそう吐き出したフリーナに、ヌヴィレットは淡々と告げる。
その一言でようやく思い至ったのか、噛み付くような勢いで身を乗り出していたフリーナは着席し直し、顔を真っ赤にしながら先程までPLF-27に押し付けていたケーキを食べ始めた。
「紅茶のおかわりは如何でしょう」
「いや、結構だ」
機械らしく持ち前の無機質さで場の空気を無視したPLF-27は、空になったティーカップに二杯目を注ぐか聞くが、ヌヴィレットはそれを断りカップをソーサーへ置いて席を立つ。
時計を見れば針は茶会を始めた時から大きく動いており、頃合いと見計らっての事なのだろう。
「紅茶は昼にも頂いたが、どちらも大変美味だった。次の機会を楽しみにしている」
「過分なお言葉、痛み入ります」
最後に「ではフリーナ殿、私は職務に戻るためこれで失礼させて頂く」と言置いて、ヌヴィレットはフリーナの居室を退室して行った。
残されたのは潰れたケーキをもそもそと頬張るフリーナと、一人分の片付けをして次の命令を待つPLF-27の一人と一機。
結局一人で食べる事になったチョコレートケーキが皿から消えた辺りでようやく調子を戻したのか、フリーナは何かを思い付いたような表情をして椅子から立ち上がった。
「よし……PLF-27、今日は次の予定まで暫く空いている筈だね?」
「はい。謁見予定が二時間半後から四件、その後エピクレシス歌劇場にて観劇を行う予定となっております」
「決まりだ!」
『工房に行ってキミに食事機能を搭載して貰おう!勿論即日で出来るものな訳が無いし、暫く掛かるだろうけど……うん、やっぱりあるべきだ!』
勢いに身を任せた提案に従い二人分の支度をしたPLF-27は、フリーナの護衛としてパレ・メルモニアを出発した。
ステッキを手に持ち意気揚々と前を歩くフリーナは、「この際だから新しい服も買おうか。キミ、メイド服を着回してるだけだろう?」と僅かな時間を使ってマシナリー工房以外も見て回る計画を立てている。
PLF-27はその斜め後ろに三歩半の間隔で、ブレる事も無くピッタリと、歩幅を合わせて歩いて行く。
「ふふっ、背格好も僕と近いし色々試して────」
と、フリーナがエレベーターへと歩きながらこの後の予定を指折り数えている最中、PLF-27の聴覚機能が下層の騒めきを検知した。
騒めきというより、響めきと呼ぶ方が精確だろうか。
少し遅れてフリーナもそれを聞き取ったようで、一人と一機の視線は揃って響めきの方向へと向く。
「……どういう騒ぎが起きてるか、ここからわかるかい?」
騒ぎが気になった様子のフリーナにそう言われ、PLF-27が視覚聴覚機能の有効範囲を広げてみれば、どうやら何かしらの事件が起きていたらしい。
市井の者の口振りでは、既に事は成された後といった所だろうか。
『ベルナールさんの所の娘さんですって……?』
『事故か事件かもわからないんだとよ』
『そりゃまだ警察隊が来てないからだろ?怪しい奴を見たってのを聞いたぞ』
『そいつは良いや、また審判が見れる!』
理解が及んでいない者、状況に混乱している者、審判に心を躍らせる者と様々だが、PLF-27が最終的に選定した情報は────
『これ、『連続少女失踪事件』なんじゃ……?』
ただその場の状況から推測しただけの、ちょっとした懸念を呟いたような声音。
記憶回路にまだ存在していないその単語を、PLF-27は一字として違える事無くフリーナに伝えた。
【フォカロルスのために】
フォンテーヌの人々から水神へ向けられた深い敬愛の心を表したチョコレートケーキ。
フリーナはこのケーキをいたく気に入っており、茶会の時は専らこれが並んでいる。
当然、マシナリーに食べさせるものでは無い。