人の心を持ってしまった魔族   作:如月SQ

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衝動的にかきました。


本編
プロローグ・人の心を得た魔族


 私という存在を認識したのはいつだったか。

 血濡れで、生臭い内臓に歯を突き立てた時、目覚めた、ような気がする。

 森に迷い込んだ人間という種族の子供、それを衝動のまま殺し、衝動のまま血肉を啜った。

 記憶にあるのはそれだけ。

 人間の子供の体を食らい尽くした後、腹が膨れた満足感の中、私はこうやって生きていくんだと本能的に理解出来た。

 

 その頃の私には、人間を殺して食べる事に何も疑問はなかった。

 森に潜んで、入ってきた非力な人間を殺し、食べる。

 血濡れでは警戒されると学び、食べた後は水浴びをして血を落とした。

 薄汚れていると無警戒に近付いてくる事があるので、水浴びの後は土の上を転がった。

 こめかみにある角が見えると逃げられる事を知って、髪を伸ばしてそれを隠した。

 

 そんな日々を過ごしていたある日、私は襲ってはいけない相手を襲ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザンッ

 

 白い髪の、耳の尖った人間の子供、それを食べようと、いつも通り体を汚して近付いた。

 いつも通り近付き、いつも通り人間は私に声をかけ、いつも通り背中を向けた所で襲い掛かった筈だった。

 頭を殴打するつもりで石を握った腕、それが肩から無くなった。

 地面に落ちる私の腕と、肩から噴き出す真っ赤な血。

 私の血も赤いんだと思う間も無く、私を襲う激痛に肩を押さえてしゃがみこんだ。

 

「ぎゃあ!」

 

 悲鳴をあげた私をよそに、新たに現れた青い髪の人間が白い髪の人間に駆け寄っていく。

 

「大丈夫?」

 

「問題ないよ、こっちも用意してた」

 

「そっか。それにしても、こんな子供が……」

 

「子供だからだろう、この森で行方不明になったのは女や子供が多い。大方油断した所を……」

 

「理には適ってますね、実に魔族らしい」

 

 ぞろぞろと現れる人間達に、私は即座に立ち上がって逃げ出した。

 そもそも複数の人間を襲うつもりはない、今回は失敗だ。

 森の中を急いで逃げれば、人間達は私を追えない。

 筈だった。

 

ドスッ

 

 脚に何かが刺さって、その痛みに私はそこで転倒してしまう。

 振り返れば、白い髪の人間が手に持つ木の枝を私に向けていた。

 

「逃がさないよ」

 

「いや、やめて、しにたくない。たすけて、おかあさん」

 

 こう言えば人間は動きが止まる。

 私が食べた人間の子供の言葉をそのまま言ってるだけ。

 何故それで人間が止まるのかは知らないけれど、絶好の機会を生み出してくれる。

 その隙に、とまた逃げ出した。

 

ドスッ

 

 その瞬間、もう片方の脚にも何かが刺さる。

 再度転倒した私が驚いて振り返ると、白い髪の人間は、顔色をまったく変えてなかった。

 

「その手には乗らない。本当に魔族って奴は人の心がない獣だ。どうしようもないね」

 

 冷たい目線、そして放たれた何かにお腹を貫かれ、私の体は吹き飛んだ。

 次に感じたのは浮遊感、そういえばこの先は崖だったな、と思って。

 死ぬのかな、そう思った私はそこで初めて、産まれて初めて恐怖を感じたのだと思う。

 

 そこで私は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シニタクナイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました時、平たく切られた木が目に入って驚いた。

 体を起こして辺りを見渡せば、同じような光景が目に入る。

 いくつもの木が並んでいるそれは、多分ちらっと見た事のある人間の住処だろう。

 私が寝かせられているのは木で出来た寝床。

 体には布がかけられていて、私の体にも白い布が巻き付けられていた。

 右の腕はやっぱりなくて、体を動かせば脚とお腹だけではなく、身体中から激痛が走る。

 そもそも何故生きているのかわからず首を傾げていると、物音がして私はそちらを見つめた。

 

「おや、目が覚めたかい」

 

 そこにいたのは白い髪で、しわくちゃの人間……私はあまり見たことのない人間だ。

 なんとなく食べても食いでがなさそうだと思いながらその人間をじっと見てると、その人間は私を見返してきた。

 

「覚えているかい?君は崖から落ちてボロボロだったんだよ。

 手当てはしたが……助かって良かったよ」

 

 成る程、どうやら私はこの人間に助けられた……らしい。

 だがなぜ助けたのだろう?

 私はほとんど死にかけてた筈だ、放っておけば手間もなかった。

 

「……何故?」

 

 思わず問いかけた言葉に、人間はその表情を緩めた。

 その表情に覚えがありつつ、まず私は人間の言葉に耳を澄ます。

 

「死にかけてる人がいたら、助けるものさ。

 私のような老人は、君のような若人が生き生きとしてる姿を見るのが生き甲斐のようなものだからね」

 

「……老人、若人……」

 

「かなり眠っていたんだよ?お腹空いただろう、果物でも用意するよ」

 

 人間……老人?老人はそう言ってその場を離れた。

 その此方を見る表情に、私はじんわりと胸に広がる何かを感じていた。

 なんだか温かく、ぽかぽかとするような気がする。

 それが何なのかその時の私は知るよしもなく、思い当たる事もなかった。

 

 そこで私は不意に気付く。

 先程の老人の表情は、私に手を差し伸べた人間達の表情によく似ていた。

 人間達がその表情を浮かべた後は酷く油断するので、食べるのに苦労しない。

 私にとって都合の良い表情。

 

 その表情が慈しみ、と呼ばれる事に気付いた私は、後に苦悩する事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間の老人との生活が始まった。

 老人は私をよく世話してくれた。

 血に染まった布を交換し、食事を用意し、排泄の補助までこなした。

 何故そこまでするのか疑問で疑問で仕方なかったけれど、ろくに体の動かなかった私は、それを甘んじて受け入れていた。

 

「しっかり食べて、しっかり傷を癒すんだよ」

 

「(もぐもぐ」

 

 本能ではこの老人を食べてしまいたかったけれど、もしまたあの白い髪の人間達に会えば、今度こそ死んでしまうかもしれない。

 ここは木で覆われていて外からは見えないし、傷も癒えてない。

 ぞわぞわとした何かを感じて、私は大人しくしていようと決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大分良くなってきたね、そろそろ歩けるようになりそうだ」

 

「そう……漸く……」

 

 実際に脚の痛みはほとんど感じられない。

 歩けるようになれば、もうこの生活は終わりでいいかな……?

 そう思いながら、私は老人が運んできた食事を口に運ぶ。

 老人はそんな私を眺めながらあの表情を浮かべる。

 首を傾げれば老人は首を振って笑う。

 そんなやり取りが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩けるようになったとある日、老人が穴を掘っていた。

 

「何をしてるの」

 

「ああ、昨日獣肉を食べただろう?食べれない部位を埋めて弔うのさ」

 

 見れば老人の傍らには、骨と革が置かれていた。

 私は骨ごとそのまま食べていたけれど、普通は食べないらしい。

 調理された骨付き肉を骨ごとバリバリ食べたら、驚いて止められていた。

 

「……調理された肉は美味しかった、また食べたい」

 

「そうかいそうかい。良かったね」

 

 穴を掘り終わったのだろう、老人は穴にそれらを放り込み、土をかけ始めた。

 なんとなく私も手伝い、やがて少しだけ盛り上がった土の前で、老人は手を合わせた。

 

「……何をしてるの」

 

「食べたこの子に感謝してるのさ。私達の血肉になってくれてありがとう、安らかに眠ってくれ、とね」

 

「……感謝……」

 

「生きるために食べるのは当然、けれど命を奪う行為はいけない事だ。

 だからこそ感謝を忘れないのさ。奪った命一つ一つに、血肉になってくれた感謝をする。

 さぁ、君も祈りなさい。君が美味しいと思えたのは、この子が必死に生き、その命を私達が奪ったからだ」

 

「…………よく、わからない」

 

「はは、まずは形だけでいい。祈りを」

 

 言われた通り、私は手を……片腕がないから片手だけで祈る。

 何故そんな事をするのかはわからない、今まで感謝なんて考えた事もなかった。

 安らかに眠るというのもわからない、死んだらそれで終わりだろうに。

 内心納得してた訳ではない、でも老人がそう言うから、私は言われた通りに祈った。

 

「ありがとう、安らかに」

 

 そう呟いた私を、老人はあの表情を浮かべて見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お爺さんと生活するようになり、私は様々な知識を得る事が出来た。

 先日の調理もそうだけど、人間の住処、家等、人間の間で常識とされるものを覚えていった。

 その中で、人間と魔族というものを知った。

 人間を食らう、人と同じ姿をした、化け物。

 特徴は頭に角が生えている事……私はそれなのだと直ぐにわかった。

 

「魔族なんてのは、産まれてこのかた、一度も見たことないけどね」

 

 私はそれに返事を返す事が出来なかった。

 魔族……確か白い髪の少女もそう言っていたと思い出した。

 実際にその通りだ、あの森で子供や女を殺して食っていたのは私だし、私の本能は自分が魔族だと訴えている。

 それならあの態度も納得だけれど……。

 

ブルッ

 

 不意に思い出した彼女の冷たい瞳と、死の恐怖に体が震えた。

 私はちらっとお爺さんの様子を見る。

 その表情はいつも通り私を見る表情で、私は何処か後ろめたく視線を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて月日は流れ、私の体を覆っていた白い布、包帯は完全に取り去られた。

 右腕も再生しないかと思ったが、お爺さん曰く普通は生えないとの事。

 如何に魔族とはいえ、失った腕は再生しないという事が証明され、私は内心肩を落とした。

 

「おめでとう。良く頑張ったね」

 

 そう言って頭を撫でてくれるお爺さんは、ニコリと笑う。

 

「今日はご馳走だよ、君の好きなお肉の香草焼きと野菜たっぷりのスープだ」

 

「おにく!」

 

 人間の行う調理というものに、私はすっかり心奪われていた。

 血生臭い肉を特に疑問も持たずに食べていたけれど、香草焼きは私の価値観を変えた。

 美味しい、というのはいいものだ……。

 

 ……ただ、時折どうしようもなく人を食べたくなる。

 魔族は人を食う事が本能に刻まれているのだろう。

 お爺さんが料理している後ろ姿を見て、今自分が果物を剥くのに使っているナイフを、その無防備な背中に突き立て、血肉を啜りたい。

 その衝動が常に付きまとう。

 ……いや、そもそも私はどうしたいんだ?

 私は魔族だ、人間を幾人も食らってきた魔族。

 何故お爺さんは食べないの?

 

 いや、今はそう、香草焼きを食べたいから。

 それだけ、それだけなんだ。

 お爺さんを食べたら香草焼きは食べれなくなる。

 こんな私に、香草焼きを作ってくれる人間は現れないだろう。

 だから、衝動は我慢出来る。

 それだけ、それだけ……。

 

「さ、出来たぞ、熱いうちに食べよう」

 

「うん!」

 

 お爺さんがあの表情で私を見る。

 胸に広がる温かさを感じて、私の頬が不自然に張るのを感じて、全てを見ない振りをした。

 この感情の名前をこの時の私は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すまないね、こんな老人に付き合わせて……」

 

「……ううん、大丈夫」

 

 包帯が取れた日から、気付けば数年が過ぎた。

 あの日、私はお爺さんと別れるつもりだった。

 けれど何処に行けばいいか、私は咄嗟に思い浮かばなかった。

 以前のように森に潜み、人を食う生活に戻るつもりだったのに、私はそれを嫌だと思ってしまった。

 迷う私を見かねて、お爺さんは声をかけてきた。

 「君さえ良ければ共に暮らさないか」と。

 私は、それを受け入れてしまった。

 

 そこから変わらない生活を続けていたのだけど、とある時からお爺さんの動きが目に見えて悪くなった。

 怪我をした訳でも病気になった訳でもない。

 老い、というものらしい。

 お爺さんは「生物には定められた時間がある」と、言っていた。

 死ぬ前には身体能力は衰え、少しずつ弱っていくのだという。

 私はそれに対して、人間を作った奴は悪趣味だと思った。

 お爺さんはまだここにいるのに、弱った体ではあの美味しい香草焼きはもう作れないのだ。

 

「……お爺さんは死ぬの?」

 

「ああ……もうそう間も無くだと思う……君のような若人の時間を使わせてしまってすまないね……」

 

 以前とは比べようもなく声に力がなく、お爺さんは一日のほとんどをベッドで寝て過ごした。

 食事を与え、体を綺麗にして、排泄も手伝った。

 私が怪我していた頃とは逆の状態なのが、不思議な感覚だった。

 

 ただ、世話をするのに片腕だと難しかった。

 気付けば私は魔法のようなものを使っていた。

 不可視の右腕、まるで本当の右腕のように使えるその魔法は、お爺さんの看病に重宝した。

 お爺さんも驚いたような顔をして、それを受け入れていた。

 

「……ねえ、お爺さんは死なないで済むようになれないの?私、お爺さんの作った香草焼きがもう一度食べたいよ」

 

「すまないね……そんな都合の良いものはないんだよ……もうこんな死にかけは捨て置いて、君は君の生を生きていいんだよ……?」

 

「……ううん、最期まで、見届けてあげる」

 

「それは……ふふふ、いけない事なんだが、嬉しい、ね……」

 

「……私、森に果物でも探しに行ってくる」

 

「ああ……気を付けてね……」

 

 元気がなくなっても、お爺さんはあの表情で私を見つめてくれる。

 私はその表情に何処か安心感を覚えて、家を出て果物を探しに出た。

 

 不可視の右腕を使えば、高いところにある果物も簡単に取れる。

 まだ歩けた頃のお爺さんと散歩して取ってあげた時、お爺さんはとても喜んでいた。

 あとお爺さんがどれだけ生きられるのかわからない。

 出来ればそれまで、お爺さんが喜んで生きてくれればいい、そう思った。

 

 ……それが、魔族らしくないと知りながら、私の、本能の声は聞こえないふりをして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが生きてるお爺さんと交わした最後の会話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 果物をとって家に帰ると、見知らぬ男達が2人、家の中で寛いでいた。

 想定外の光景に、私の頭は真っ白に染まった。

 

「……え?」

 

「お?なんだ?」

 

「なんだ?この爺さんの孫か?へへ、ガキだが別嬪じゃねえか」

 

 そいつらは私を見るなりニヤニヤと笑っていたけれど、そんな事はどうでも良い。

 問題なのは、お爺さんが、倒れて、血塗れで、ピクリともしてなくて。

 手元には割れた皿が、私の好きな香草焼きが、男に踏み潰されてて……。

 

「あぁ……あぁあああああ……!!あぁあああああああ!!!」

 

 人を殺そうと思って殺した事なんて一度もなかった。

 食べたいから結果的に殺しただけで、殺意なんて知らなかった。

 

 その時、私は、初めて人を殺したいと思った。

 

 ただ……頭に血が上ったせいで、すぐ横にいたもう一人の男に気付かなかった。

 

「うるせー、なっ!」

 

バキッ!

 

「あっ……」

 

 頭に強い衝撃を受けて、私はその場に倒れこんだ。

 ぼとぼとと果物が落ちて、果汁が床に染みを作る。

 霞む視界で、お爺さんが目を見開いたまま、苦悶の表情で動かないのを見て、私は体から力が抜けていくのを感じた。

 

「おいおい、殺すなよ?折角だから楽しもうぜ」

 

「金目のもんまったくなかったしな。こんなモン死にかけの爺が食ってどうすんだって話だよな」

 

「おい嬢ちゃん、悪いな、あの爺と関わっちまった不運を呪ってくれ」

 

 体をひっくり返され、お爺さんに村で買って貰った、可愛いと褒められた服を破かれる。

 何をされるのか、裸にされた体に、男が覆い被さってきて。

 下腹部に走る激痛に、私は悲鳴をあげる事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅっ、スッキリしたぁ」

 

「元々傷もんみたいだが、この具合なら高く売れるだろ」

 

「よぉし、最後だ、受け止めたばっ!」

 

グシャ

 

「あ?どうしてべ」

 

グシャ

 

「なっ、お前まじょけ」

 

グシャ

 

「…………」

 

 三人で、何度も何度も私の体に腰を打ち付けてきた男達を、油断した所を狙って、不可視の右腕で頭を潰して殺した。

 私の体に折り重なりながら、脈打って私を汚す体が気持ち悪い。

 動かなくなった体を、そのままグチャグチャにしてやりたかったけど、これ以上家を汚したくなかった。

 静かになった家で、どうにか立ち上がって、私はお爺さんの元に歩く。

 歩く度に股の間から出る液体が気持ち悪い。

 

 お爺さんは、目を見開いて、苦しそうな表情で、背中にいくつもの刺し傷があって、血だまりの中で息絶えていた。

 

「お爺さん……ただいま……」

 

 その肩に触れて揺するもその体は冷たく、表情は動かない。

 改めてその事実に歯噛みし、その伸ばした手の先にある香草焼きを見る。

 男達に踏みにじられた香草焼き……。

 お爺さんは、こんなのを作れるような体じゃなかった。

 なのに、私が食べたいと言ったばかりに、無理して作ってくれたんだろう……。

 靴の跡がはっきりとついた香草焼きを掴み、私は口一杯に頬張った。

 

もぐ、もぐ、じゃり、がり、もぐ、じゃり、ごり

 

 目が熱い。

 視界が何故か滲む。

 お爺さんの最期の香草焼きは、冷めてたし、土まみれで、香草の量も多過ぎて、肉も干し肉だから堅かった。

 

 飲み込んだ私は、お爺さんの冷たい頬に手をあてて、意識して笑みを作った。

 

「美味しいよ、お爺さん……ありがとう」

 

 それでも、最高に美味しかった。

 なのに。

 

ぐぅー

 

 その時、お腹が鳴った。

 私のお腹が鳴った。

 今食べたのに、私の体は、本能は、もっと食えと言ってくる。

 体が求める物がなんなのか、直ぐにわかる。

 目の前の死体を、お爺さんを食えと、私の体は言ってる。

 

ドスン!

 

 私は思わず、自分の腹を殴った。

 

ぐぅー

 

 それでも鳴る腹に、私は何度も何度も自分の腹を殴り付けた。

 

「ふざけるな、ふざけるなよ私の体……!」

 

ぐきゅぅー

 

「黙れ黙れ黙れよ!お爺さんを食べれる訳ないだろ!食べたくない、食べたくないんだ!」

 

ぐきゅるるるるるる

 

 目から溢れた雫が、頬を伝った。

 お爺さんへの情と、魔族の本能、間に揺れる私は床に拳を叩きつけて、叫んだ。

 

「あぁああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男達は掘った穴に纏めて放り込み、不可視の右腕でグチャグチャに潰して埋めた。

 お爺さんの骨は、家の窓から見える所に穴を掘って埋めた。

 その上に手頃な石を置いて、簡素だけどお墓にした。

 お墓に花を添えて、私は祈る。

 

「ありがとう、お爺さん……どうか安らかに眠って……」

 

 骨だけになってしまったお爺さんに、私は心の中で謝り続けた。

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

 あれだけ助けてくれたのに、あれだけ温もりをくれたのに、あれだけ……慈しんでくれたのに。

 食べてごめんなさい、魔族でごめんなさい、恩知らずでごめんなさい。

 

 結局私は本能に負けた。

 お爺さんをほとんど食いつくした後、私は血だまりの中で呆然と座り込んでいた。

 

 お爺さんが、もういなくて、もう会話も出来なくて、もうあの表情を浮かべてくれない。

 おまけにその体は私が食べて、もう骨しか残っていない。

 お爺さんの血肉は、いずれは私の血肉となる。

 

「けど……お爺さんが生きててくれたほうが嬉しい……」

 

 人の命は、そういうものなんだ。

 誰かの勝手な都合で奪われる。

 それを悲しむ者がいる。

 お爺さんがそうだった、本当はもう少し生きれた。

 けど、あの男達のせいでお爺さんの命は身勝手に奪われた。

 私はそれを悲しんだ。

 

 でも、私もそれをしてたじゃないか。

 

 そう気付いた瞬間、私にとっての世界はひっくり返ったように感じた。

 私が食べた人達は死にたかったのか?

 死んで悲しんだ人達はいなかったのか?

 こんなに苦しい、私と同じ思いをした人を何人作り出したのか?

 

 お爺さんの墓の前の地面に、ぽたぽたと雫が落ちる。

 私の目から垂れる雫は頬を伝い、顎から零れ落ちた。

 

「……お爺さん、私、もう二度と人を食べない……ごめん、ごめんね、お爺さん……皆」

 

 お爺さんの墓の隣、一回り小さな石を置いて、私が今まで食べた人達の墓にした。

 本当の意味でそこには何もない。

 これは完全に私の自己満足。

 その墓石に祈り、願う。

 

「ありがとう、ごめんね……どうか安らかに……」

 

 身勝手だ、身勝手すぎる。

 勝手に殺して、勝手に食って、勝手に祈って。

 それでも、そうでもしないと私は、自分のした事の重さに耐えきれなかった。

 私が食べた少年には両親がいただろうに、少女には恋人なんかがいたかもしれない、女性は薬草を持っていたから怪我や病気の家族がいたのかもしれない。

 

 命を奪う事の重み、奪われた後の痛み。

 お爺さんに教えて貰った事だ。

 

 この後、私はどう生きるのか……正直今は何も考えられない。

 ただ、お爺さんに助けて貰ったこの命、お爺さんに恥ずかしくないように生きよう。

 そう、私は心に、お爺さんに、食べてしまった皆に誓った。

 

「……よし、まずは家の掃除しないと……」

 

 私は祈りを終えて、家に振り返った。

 家の中は土まみれ血塗れ果汁まみれでひどい有り様。

 ちゃんと掃除しないと後々絶対に大変。

 まずは水を汲んでこよう……。

 水を汲む桶を用意して、私は川へと向かう。

 まずは何から取り掛かるか、血はさっさと片付けるべきだよね。

 そんな事を考えながら、私は歩きだした。

 

 

 

 

 

 お腹の奥で、何かがトクンと鳴った。




誤字修正しました、ご報告ありがとうございます。

少し書きたくなってきたので、どれか形にします。

  • 魔族の子供
  • 〈戦士と魔族〉
  • 「平和だった町」
  • [一級魔法使い第二試験]
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