本編の時間軸、フリーレン一行がシュマール雪原にて一人の子供を発見する所から始まります。
魔族の子供
私という存在が発生したのは、いつからだろう?
なんとなくふわふわした世界で、私はいたような気がする。
暖かな微睡みの中で、私は存在していたような気がする。
なんなんだろう?
でも今はとても寒い。
凄く寂しい。
何も見えない。
何もない。
ここは?私は?
何をしてたの?
何を感じてたの?
わからない、何も。
気付けば辺りは一面真っ白で、私はそこにポツンと立っていた。
どうやってここにいるのか、何もわからない。
ここが何処なのかも……何も。
そもそも……私は……?
「わたしは……なに……」
寒空の下、一面雪に覆われた雪原で、私はその場に倒れこんだ。
雪が身体中に纏わりつき、寒い……いや、それすら越えて痛みを訴えてくる。
私の体は動かない、立っているだけの力もない。
意識が、視界が、薄れていく。
それに……耐える理由もない。
私には何もわからない、何もない。
心地よい暖かな微睡みの記憶しかない。
それに比べて、今はなんて辛い状況だろうか。
ここで足掻いて何かが変わるのだろうか。
……わからないなら、もう、このまま……。
この、体を包む、耐え難い虚脱感と眠気に身を任せれて……。
そうしたらまた、あの微睡みの中に埋もれる事が……。
ザッザッザッザッ!
何かを掻き分けるような、そんな音が近付いてくる。
なんだろうか?
疑問に思うも……顔をあげる力すらない。
ああ……もう……。
「おい!大丈夫か!?」
そんな男の声が聞こえたような気がして。
私の意識は、そのまま闇に埋もれていった。
勇者ヒンメルの死から30年後――
それを彼が、シュタルクが発見したのは偶然だった。
北部高原、シュマール雪原、そこで大型の魔物の討伐を終えたフリーレン一行は旅を続けていた。
そんな中、周囲をなんとなしに眺めていたシュタルクは、辺り一面の雪景色の中、何かが動いたのを偶然にも捉えた。
魔物か?魔族か?目を凝らし、その方向に一歩足を踏み出し、自身の武器に手をかけた。
「シュタルク?」
旅仲間であるフェルンがそのシュタルクの様子に気付き、足を止める。
「何か動いたみたいだ。ちょっと見てくる」
仲間の中で唯一の前衛として、警戒心を露にするシュタルク。
とはいえ、好奇心三割、警戒心七割といった所だろうか。
見てしまったからには正体が知りたい、そんな思いも抱えながら、シュタルクはその方向へと足を踏み出す。
「ん……わかりました、背中は任せて下さい」
フェルンはその判断を否定せず、杖をその手に構える。
シュタルクに何があっても即座に対応出来るように、けれど邪魔にならないように。
一定の距離を取り、シュタルクの進む方向、そして周囲の様子に気を配る。
そんな二人の様子を見て、寒さに震えるエルフのフリーレンは、呟いた。
「……早くこんな所抜けたいんだけどな……寒っ……うぅ」
彼女は寒さが苦手である。
その場所に近付き、それが何なのか理解した瞬間、シュタルクは目を見開いて駆け出した。
先程までの警戒心を露にした様子からは考えられない、慌てた様子だった。
「あっ、シュタルク!?」
「人だ!しかも子供が一人で倒れてる!」
性根がお人好しであるシュタルクにとって、それは見過ごす事は出来なかった。
ボロ布のような服のみを身に付けた、明らかに幼い子供。
そんな小さな子供が一人、雪の中倒れていたのだ。
「子供……?こんな所に一人で、ですか……?」
それを怪訝に思うのはフェルン。
この辺りには人里もなく、人影もない。
何故ならこんな所に……?
そう疑問に思うも、シュタルクはその間もその子供の元へと近付いていた。
「おい!大丈夫か!?」
シュタルクは直ぐ様その子供の元にしゃがみこむと、その体を抱き抱えた。
その子供に意識はなく、体は冷えきっていて、シュタルクの腕の中でぐったりとしており、動く気配を見せない。
顔色は悪く、青白い。
「フェルン!どうしよう!」
「待ってて下さい、ちょっと調べ……」
シュタルクの必死な様子に、フェルンはちら、とその子供に視線を向けた。
その時、さら、と揺れた子供の長い薄紫の髪の間から、こめかみの辺りから、小さな角が覗いた。
それを目にしたフェルンは目を見開き、杖を構えて声を張り上げた。
「!シュタルク!今すぐその子を放り投げて下さい!」
「は、はぁ?何言って……」
「その子、角が生えてます!魔族です!」
フェルンは直ぐ様その子供を、魔族を撃ち抜けるように魔力を滾らせる。
師から、フリーレンから、子供の魔族による騙し討ちの事をよく聞かせられていたフェルンからしたら、シュタルクが無防備に抱えてる現状は気が気ではない。
故にそう言い、直ぐにでも処理出来るようにするも……。
「で、でもさ……この子、ピクリともしないし……すっごく冷たくて……」
シュタルクは離そうとしない。
自分の腕の中にいる子供を見下ろし、自身でも角を確認して……。
それでも、目の前で明らかに死にかけている子供の姿をした存在に、シュタルクは無情になれなかった。
その優しさは美徳であり、フェルンとしても好ましい。
けれど、そんな優しさにつけこんでくるのが魔族だ。
フェルンはシュタルクのその様子に小さく微笑む。
そんなシュタルクが誇らしくて。
そして覚悟を決める、だからこそ今すぐ腕の中の魔族を処理すると。
キリ、と瞳を鋭くさせ、その魔族を撃ち抜く為に魔力を滾らせた……その時。
「何してるの。早く行こうよ、寒いよ……」
そんな寒さに震える声がして、二人の視線がその声の主に吸い込まれた。
「フリーレン!」
「フリーレン様!魔族です!子供の!」
シュタルクとフェルンの悲痛な声がフリーレンの耳をうつ。
ピクリ、とフリーレンの耳が震え、そのしょぼしょぼとしていた瞳を開いた。
寒さに震えるおばあちゃんエルフから、魔族殺しの葬送のフリーレンへと意識を切り替え、シュタルクの腕の中にいる魔族に視線を向けた。
「魔族……?まったく、子供だろうと油断せずに直ぐに処理するように言ってたでしょ。
仕方ない子達だね……ほら、そこに置いて、私がやるよ」
「でもさ、フリーレン!」
気怠そうに指示をするフリーレンだが、シュタルクはまだ腕の中の命が喪われる事に抵抗を覚えていた。
それにフリーレンは静かに、聞き分けのない子供を言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「駄目だよ、シュタルク。ヒンメルもそうだったけど、子供の魔族だからと情けをかけても、絶対にろくな事にならない。
何度も言うけど魔族はね、人の言葉を話すだけの獣なんだ。
人の心はない。情けをかけても仇で返されるのがオチだよ」
シュタルクがフリーレンの説得に少しずつ俯いていく。
わかってはいる、わかってはいるのだが……。
「ん……」
「……!大丈夫か!?」
そんな時、シュタルクの腕の中の子供が身動ぎしたと思えば、その瞳をゆっくりと開き始めた。
慌ててシュタルクはその子供に話し掛け、対してフェルンとフリーレンは直ぐ様その魔族を処理出来るように身構える。
やがてその瞳が開き、その顔が真っ直ぐフリーレンを見つめ……。
にこっ
その顔に、柔らかな笑みを浮かべた。
その表情に、容姿に、瞳に浮かぶ慈しみの色に、フリーレンは体を硬直させた。
その薄紫の髪と瞳に、酷い既視感を覚えて、胸がズキンと痛んだ。
そしてその口から紡がれた言葉に、フリーレンは心を揺さぶられた。
「……間に、合った……?後悔……しなかった……?」
そこまで言葉にして、柔らかな笑みを浮かべた魔族は、再び意識を失った。
「ッ…………!」
よろ……
「フリーレン様!?」
フリーレンの瞳が目一杯に見開かれ、一歩、二歩と後退る。
構えていた杖は下げられ、空いていた左手で自らの顔を覆い、その手がかたかたと震えた。
そんな尋常ではないフリーレンの様子に、フェルンは顔を歪め、魔族をキッと睨み付けた。
自分では認識出来なかった、何かをされてしまったのかもしれない。
なら、直ぐにその原因を取り除く、そう考えてフェルンは杖を改めてその魔族へと向けた。
「フリーレン様に何を……!シュタルク!今すぐそれを離してください!直ぐに処理します!」
「え、ちょ待っ――」
それに焦ったのはシュタルクだ、その鬼気迫る様子に、もろとも撃たれるような気すらして、慌てふためいた。
――だが、フェルンを止めたのは見るからに酷く狼狽していたフリーレンだった。
「やめてフェルン!」
なかなか聞かないフリーレンの悲痛な声に、フェルンの瞳が驚きに彩られた。
滾らせた魔力は霧散し、思わず杖を力なく下ろしてしまう。
フリーレンの口から、魔族を庇うような言葉が放たれた事が信じられず、フェルンはフリーレンへと目を向けた。
見るからにまともではないフリーレンの様子に、フェルンは顔をしかめた。
「フリーレン様……いいのですか?」
戸惑ったように問い掛ける言葉は、まるですがるような言葉だった。
「……それ、は、いいよ……また気絶したみたい、だし……連れて、行こう……」
フリーレンの言葉には力が無く、フェルンの真っ直ぐ見つめてくる瞳から逃げるように、顔を背けていた。
「……魔族ですよ?」
「…………多分、大丈夫だよ……」
「ですが……」
「いいって」
「……わかり、ました」
「……じゃあ先を急ごう。シュタルク、その子供は任せたよ。
毛布でも巻いてて。さっさと暖かいところに行かないと」
「わ、わかった」
フェルンは正直納得出来なかった。
けれど、フリーレンが言うならば……と飲み込んだ。
ただ……最近どうにもフリーレンの自分への態度に違和感を覚える。
気まずそう……というのか、何処か余所余所しい。
それがフェルンにとってむず痒く……フリーレンの背中を悲しげな瞳で見つめていた。
フリーレンはそれに気付きつつも、振り返る事も、何かを答える事もなかった。
そんな、何処か変な空気の流れる、中途半端な距離を空けて歩く二人に、シュタルクは少し遅れて着いていく。
腕の中には毛布でぐるぐる巻きにした子供の魔族を、強く抱き締めて。
「……なんか、最近二人……変だよなぁ」
ボソリと呟き、目の前を歩く二人をシュタルクは不安げに見つめた。
何が起きてるのかはわからないが、あまり良くない状態な事くらいは察しがついた。
惜しむらくは、それを解決する手段が皆目検討もつかない事だろうか。
「はぁ……大丈夫かなぁ……」
大きくため息を吐いたシュタルクは、その拍子に小さく身動ぎをした魔族の子供の顔を覗き込んだ。
まだまだ青白いものの、少しだけ血色が良くなっているような気がして、その調子だ、と優しくその頬を撫でた。
「……にしてもこの子、何となくフェルンに似てるなぁ」
人の心を持ってしまった魔族、後日談
魔族の子供
始
「そろそろね」
「ええ……漸く、漸くです……!」
「あまり気負いすぎないように、ね」
「大丈夫です、必ず私はやり遂げます」
「微力だけど、私も全力で手伝わせて貰うわ」
「……重ね重ね……ありがとうございます」
「いいのよ、生きるってのは助け合うもの、そうでしょう?」
「はい……私は、必ず先生の仇を打ってみせます。
あの悪魔のようなエルフを排除して、フェルンちゃんを解放するんです。
そうして漸く私は……先生に胸が張れます。
絶対に……最後まで諦めません。絶対にです……!」
「頑張ってね……ふふ、応援してるわ。
ふふふふふ……人間って、本当に面白いわ……」
魔族の子供の次はどれが読みたいですか?
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〈戦士と魔族〉
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「平和だった町」
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[一級魔法使い第二試験]