葬送のフリーレンを全巻購入したので続きです。
一級魔法使いレルネンの依頼……それは城塞都市ヴァイゼ、その結界の管理者の手伝いだった。
今私達が立つ崖から都市は一望出来て……周囲の森も含めた全てが黄金に輝いていた。
「すごいな……見渡す限りの黄金だ……」
シュタルクが感嘆の声をあげた。
「きらきら……」
その肩に乗っている魔族の子も、目を輝かせているようだった。
「城塞都市ヴァイゼ……50年前に七崩賢『黄金郷のマハト』の手によって一瞬で黄金に変えられた悲運の都市……。
大陸魔法協会が管理していたとは初耳だった。
あの大結界の中には、今もマハトが封印されている……か」
マハト……か。嫌な記憶が甦るね……。
当時の右腕の気持ち悪さは尋常じゃなかった。
どうにか治してからも、暫くは違和感に苦しめられた……出来れば二度と味わいたくはない。
「私達が受けた一級魔法使いレルネンからの依頼は、大陸魔法協会から派遣された結界の管理者を手伝う事……。
それがデンケンだったとはね」
私達に並んで黄金を眺めるのは、以前一級魔法使い試験を共に受けた老人の魔法使い……デンケンだった。
茶色の髪と髭を蓄え、左目のモノクルを輝かせている。
「ゼーリエに頼み込んでな。最近、結界の管理者の任を継いだんだ。
この地には……黄金郷には儂の故郷かあるからな。それより……」
じろり。
デンケンの瞳が怪訝そうに、シュタルクの肩に乗る魔族の子を見つめた。
……まぁ、気になるよね。
「フリーレン、何故魔族の子を連れている?
まだ始末していないとは、お前らしくもない」
「…………そうだね、私も、そう思うよ」
その返答は、自分でも驚くくらいに弱々しかった。
デンケンの顔は更に怪訝そうに歪んで、私の顔をじっと見つめてきた。
「……何があったフリーレン。本当に、お前らしくもない」
「…………」
私のその視線を見返す事も答える事も出来ず、黄金と化した都市だけを眺めていた。
……いや、わかってる。魔族を連れてるなんて、有り得ない状況だ。
これは人類への裏切りと取られてもおかしくない。
私からの返答は諦めたのか、デンケンはシュタルクとフェルンに顔を向けた。
「この子は俺が助けてやってくれって言ったんだよ。雪原で倒れてて……可哀想でさ。フリーレンを責めないでくれ」
「小僧……シュタルクと言ったか、責める責めないという問題ではない。未だに魔族から日夜被害を受けている北部で、魔族を連れているという行為が問題なのだ。
しかも、知る人ぞ知る、世界を救った英雄、葬送のフリーレンが、だ。
これは人類への裏切りに等し――」
「わかってるよ」
デンケンの言いたい事はわかる。
間違いなく正論で、10割デンケンが正しい。
北部には危険な魔族がウジャウジャいる……そんな中、人と共にいる魔族なんていれば……どうなるか。
私達が狙われる、あの子が殺される、それならまだマシな話。
一番厄介なのは……それを見た第三者が、魔族と分かり合えるなんていうくだらない幻想を抱いてしまう事だ。
「わかってる」
まだ何か言いたげなデンケンに、言葉を重ねる。
そんな事はわかってるんだ……わかってるけど……。
私の様子にデンケンは諦めたように息を吐いた。
「……ならばもう何も言わん。儂もかつては……いや、そうだな……」
髭を撫で付けながら、デンケンは静かに語りだす。
「順を追って話そう、儂が何故今ここにいるのかを」
その生い立ち、そして……今何をしたいと思っているのかを。
「ここ、ですか……?」
「ええ、ここに封印されている魔族は、人との共存を心から願っていた魔族なの。戦いは嫌いで、人と共に生きた、唯一の……いえ、もう一人の魔族」
「見渡す限りの黄金……なんでこんな事に?」
「彼の使う魔法が暴走しちゃったみたいなの。そして人間によって危険だと断じられられた彼は、結界によって封印される事になった……」
「そんな、一方的に……」
「魔族に対しての人類の対処としては間違ってない。
……彼はただ、人を知り、人と共に生きたかっただけなのにね。可哀想よね」
「その人のお名前は……?」
「七崩賢『黄金郷のマハト』……七崩賢最強なのに戦いが嫌いな、私の唯一の友達。……ほら来た」
「あの方がマハト……」
「はあいマハト」
『……………………』
「いつかの話の続き、そしてお土産話をしにきたわ」
無名の大魔族は旧友との再会に朗らかに笑った。
デンケンの話が一段落ついた。
結界の管理者が滞在するという何もない小屋で、私達は話を聞き続けていた。
気付けば外は薄暗くなっていて、相当な時間が経っていた事がわかる。
途中、ずっと顔色の悪かったフェルンは、話の間魔族の子を抱き締めている事になった。
……それで落ち着くのかはわからないけれど、魔族の子も暴れる事なく、フェルンの頭を撫でていたから、まぁ、良いのかもしれない。
気分が悪くなる気持ちは、痛い程わかる。
優れた魔法使いであればあるだけ、マハトの黄金の近くにいるのは、苦痛でしかない。
あれが魔法で作られたものだと知ってるのに、魔法だとは感じられないのだから。
……それがマハトが七崩賢最強と呼ばれる所以でもある。
マハトの魔法、『
作り出された黄金は黄金としか感じられず、なのに変形もせず加工も出来ず、劣化もしない……。
現に今もマハトに黄金に変えられた数多の英雄達、そして黄金郷はそのまま……元凶のマハトを封印し続ける事しか出来ていない。
その上、その範囲は広がり続けている。
とはいえ、この地方を黄金で包むよりは、先にマハトの寿命が尽きるだろう。
……少しゼーリエらしくない対処でもあるとは思うけど。
デンケンは、そんな黄金と化した故郷を、どうにか取り戻したい、そう思っているらしい。
正直無謀だ。マハトと戦って勝てるとはとても思えない。
私達が協力した所で、黄金の像が一体から四体に増えるだけだ。
……けれど、デンケンの思いを聞いて、少し気が変わった。
デンケンは、妻を亡くした後墓参りも、故郷に帰る事もなかったという。
その故郷が数年前に黄金に飲まれて……旧友に背中を押されて……漸くその重い腰をあげた、と。
ただそれは本来、全てを諦める為の帰郷だった。
既にここは自分の故郷ではないのだと。
そして……何も変わらない故郷に、昨日の事のように思い出せる妻との思い出に、幸せな記憶に、デンケンは心の底から後悔しているようだった。
幸せな記憶……それに意図して蓋をしていたのは私も同じだ。
かつて……『花畑を出す魔法』をヒンメル達の前で使った時の事が頭を過る。
師匠を、フランメを思い出すから、彼女が好きだったから、使うのを躊躇っていた魔法……。
だけど、幸せな思い出に浸るのは悪い事じゃないんだと、ヒンメルに教えて貰ったんだ。
だから、話が終わった時、私はデンケンの力になってもいい、そう思っていた。
それに、まったく勝算がない訳でもなさそうだったから。
尻尾巻いて逃げるのは、いつでも出来るからね。
「おひげのおじさま、わたしありー。ありうむ」
やがて、少し落ち着いたフェルンが魔族の子を解放すると、あの子はデンケンのほうへと近付き、左手をヒラヒラさせながら、自己紹介をしていた。
なんとも警戒心のない様子に、近付かれている時は強張っていたデンケンの体も、少しだけ力を抜いてその表情を和らげていた。
「そうかそうか、儂はデンケンという。
……む、ありうむ……?魔族で、アリウムだと?成る程、道理でフリーレンが見逃す訳だ」
するとそこで予想外の反応があった。
デンケンが、アリウムを知っているような反応をしたんだ。
納得したように頷いているけれど、私からすれば意味がわからない反応だった。
「……え?デンケン、アリウムを知っているの?」
思わず問い掛ければ、私の想定外……いや、想定以上の返答があった。
「ああ、数十年前、僧侶ハイターが教会に推薦したという、
「……えっ」
……すっごい呆けた声が出た。
え、何それ?ハイター、何も言ってなかったよ……?
「いや、本物かはわからない、経過観察といった所か。
本当ならば、確かに興味深い存在だ……教会が秘密裏に存在を認めたという話もある」
知らない情報が次々と出てくる。
いや、確かに私はアリウムの事なんてヒンメルに聞いた話以上の事は知らないけど……そんな話聞いてないよ。
「へぇー、アリウムお前、そんな凄い奴だったのか?」
「……?」
魔族の子はシュタルクの問い掛けに首を傾げる。
いや、まぁ、そうだよね、この子が使える訳がないし、知るわけもない。
だって、本当のアリウムは。
『リリィの事を……お願いします……』
私が殺したんだから。
血だらけで微笑むアリウムの顔は、鮮明に思い出せてしまう。
普段は必要な事もなかなか思い出してくれない、ぐうたらな私の脳ミソも、この時ばかりは働き者だ。
「……」
「個人的にも……いや、よそう。
……日没だ。そろそろ時間だな
話の続きは用を終えてからにしよう」
私が勝手に意気消沈してると、窓の外を見たデンケンが扉のほうへと歩き始める。
窓を見れば、外は既に暗くなっていた。
しかし、用?こんな所でこんな時間に何か用事が?
どういう事かとデンケンを見れば意図は伝わったのか、振り向きながら口を開いた。
「実は毎日黄金郷に通っていてな。話し合いを続けている」
「……話し合い?誰と?」
「『黄金郷のマハト』」
その言葉に、フェルンとシュタルクが息を飲んだのがわかった。
そして、私も……。
「魔族との話し合い……つまり時間の無駄だ。
儂はずっとそれを続けている。藁にもすがる思いでな」
そう語るデンケンの瞳には諦めが……けれどちらりと魔族の子を見た後に、微かな期待が浮かんだように見えた。
私達は大結界の中に入り、城塞都市ヴァイゼへと足を踏み入れていた。
本当は私が個人的に確かめたい事があったから、デンケンと二人で向かうつもりだったのだけど……フェルンとシュタルクの二人も行くと。
なら魔族の子を一人置いていくのも、と言う事で全員で行く事になった。
多分大丈夫だとは思うけれど……場合によってはヴァイゼに黄金の像が五つ増える事になるね。
「ここまで来て怖い事言うなよぉ……」
おっと、声に出てたみたいだ。
城塞都市ヴァイゼは、本当に全てが黄金色だった。
建物も、石畳も……そして人も。
まるで突然時が止まったかのように、日常を過ごしていた人々の黄金の像。
今にも動き出しそうだけれど……マハトをどうにかしなければ、彼等は二度と動く事はない。
その仲間入りはしたくはないね。
「だから怖い事言うなよぉ……」
おっと、また声に出てたみたいだ。
ぷるぷるとシュタルクは震えるけれど、流石に茶化す気にはならないね。
多分大丈夫だとは思ってるけど、私だって多少は怖いからね。
フェルンと手を繋いでいる魔族の子は、ただ純粋に辺りの景色に興味を持っているようだった。
「きらきら……」
魔法使いからすればあまりにも気味が悪い黄金なのだけど、この子にとってはそうでもないらしい。
瞳を輝かせてキョロキョロと辺りを見回している様子は、少しだけ微笑ましかった。
やがて、領主のものだという館が見えてくると、ここにきて初めて黄金ではない色が、自分達以外に動く存在が、目に入った。
赤毛の長髪、露出した額から伸びる角。
軍服のような服に、左肩にマントを羽織った姿……。
昔から、600年前に戦った……いや、あしらわれた頃と何一つ変わらない姿。
「お待ちしておりました」
『黄金郷のマハト』がそこにいた。
門の前で、デンケンへと恭しく礼をする所作は……妙に様になっていた。
私達はデンケンの友人として、客間へと案内されていた。
「お初にお目に掛かります。私はグリュック家魔法指南役のマハトです」
デンケンに、そして私達に丁寧に挨拶するマハトに、私は言葉を返す。
「初めましてではないよ。私は600年前に一度お前と戦っている」
「とんだご無礼を」
そう言って微笑みを浮かべたまま恭しく頭を下げるマハトの姿は、非常に様になっていた。
魔族によくある、誤魔化しの、表層だけの所作ではないように見えた。
……まぁ、内心はどうか知らないけれど、慣れ、かな。
そういうものを感じる所作だった。
ヴァイゼの民に仕える……仕えてたってのは間違いないのかもしれない。
「そう。やっぱり覚えていないんだ。思い出させてあげようか?」
それはそれとして、知りたかった事を確かめるべく私はマハトに正面から喧嘩を売る事にした。
瞬間的に表情が消えたマハトからの圧でか、フェルンとシュタルクは思わず、距離をとって構えてしまった。
二人から緊張した空気が伝わってくる。
……マハトが本気で戦う気ならばこの程度じゃないし、その気になれば私達なんて次の瞬間には黄金像だ。
でもそれをしないって事は……従者の真似事は続けるつもりみたいだ。
「やめろ、儂らは話し合いに来たんだ」
「失礼致しました」
故にマハトはデンケンの言葉に従い、また微笑みを浮かべた。
ある程度マハトと面と向かって話してみて……私の心を埋めたのは諦めだった。
マハトは確かに魔族と人間の共存を望んでいるようだし、平穏に生きたいというのも嘘ではないのだろう。
マハトの記憶を見たデンケンも肯定していたし、そこはどうでもいい。
問題なのは、その為に平気で人を殺せる事だ。
……魔王もそうだった。
心の底から人との共存を謳いながら、その口で人を殺してはいけない理由がわからないと宣うのだ。
道中見てきた、ヴァイゼにある黄金の像は、大きく二種類に分けられる。
生活の最中突然黄金にさせられた像と……明らかに致命傷を負った、死後黄金にさせられたであろう像……。
惨いものだった。
魔王軍時代も、マハトは平気で村を焼き滅ぼし、気紛れに黄金に変えていた。
魔王軍の中でも穏健派……それは間違ってはいないのかもしれないけど……。
ひどい死臭のするこいつに、人としての理を説くのが間違っているんだろう。
デンケンの言うとおり、時間の無駄だった。
確かめたい事は少しはわかったし……もういいだろう。
ちら、と半目でデンケンを見れば、小さく頷く姿が見えた。
今日はここで帰るべきだ。
そう考えていた時だった。
マハトの手のカップが、黄金のテーブルに置かれて音を立てた。
「ところで……珍しいお連れですね。人が魔族を連れているとは」
マハトの視線が、フェルンの隣でカップに息を吹き掛けていた魔族の子に向けられた。
……面倒だな。
「ああ、その子はー……」
私がどう言ったものかと言葉を詰まらせていると、自分が見られている事に気付いた魔族の子は、カップをテーブルに置いて、すたりと立ち上がった。
思わず隣に座るフェルンが止めようと手を伸ばすも、それをするりとかわす。
そうして止める間も、口を挟む間もなく、魔族の子はマハトの目の前に立ってしまった。
「わたし、ありー……ありうむ」
ぺこり
そう言って頭を下げる魔族の子に、マハトは面食らったようで目を見開いた。
けど、直ぐに気を取り直したのか、微笑みを浮かべると、此方も小さく頭を下げた。
「これはご丁寧に。マハトと申します」
「まはと……」
にこりと笑みを返す魔族の子に、マハトはその顔をじっと見つめ返しているようだった。
魔族の子の突拍子もない行動に戸惑ってしまい、静寂が包む部屋の中。
それを打ち破ったのは、マハトだった。
「……貴女は、人を殺してはいけない意味がわかりますか?」
なんの意図があったのかただの気紛れか、マハトが魔族の子に問い掛けた。
それに驚きつつも、私は口を挟む。
「待って、その子は……」
そう言って遮ろうとした私の言葉は……。
「人はすぐに死んじゃうから」
魔族の子に遮られた。
驚き、思わずその子に顔を向けるも、マハトを真っ直ぐ見つめているようで、その顔は伺えない。
今までのような舌ったらずな言葉ではない、はっきりとした発音に、フェルンやシュタルクも息を飲んでいた。
「死んだらおしまい、もうその人は何も出来ない。喪ってからじゃ遅い……その人とはもう話せない」
そしてその内容に……私は覚えがあった。
そうだ……アリウムは最期に似たような事を私に忠告してくれたような……。
ズキッ
胸が、痛い。
私は口を挟む事も忘れて、胸の痛みを堪える事しか出来なかった。
「死んでしまうから駄目、と。……やはりよくわかりませんね。
私は今まで幾人も殺して来ましたが、何も感じませんでしたよ」
マハトの表情は微笑みのまま。
人を殺した事をなんとも思っていないその言動に、デンケンの眉がピクリと動いた。
「それはマハト、貴方が本当の意味で死を理解してないから」
「……何?」
けれど、次に眉を動かしたのはマハトだった。
微笑みは崩れ、眉が怪訝そうにひそめられる。
「……興味深い話だ。俺は、何を理解出来ていない?
俺はどうしたらそれを理解出来る?お前はその答えを持ってるというのか?」
マハトからは、先程までの恭しい態度や敬語は消えていた。
どこか落ち着かない、興奮したようなその仕草からは……意図的に抑えていたであろう大魔族としての圧が滲み始めていた。
……マズイな、フェルンやシュタルクが身構え始めた。
流石に本格的に事を始める気はないし、ここで始めても勝ちの目は限り無く無いんだけど……。
私が対応を決めかねていると、魔族の子は、今まで不自然なくらい動かしていなかった右腕をゆっくりと伸ばした。
そして、座るマハトの頬へと手を添えて、言葉を紡いだ。
「……貴方は自分がしてきた事を、本当の意味で理解出来ていない……。
……可哀想。なんて、可哀想……」
その言葉は、深い、深い悲しみと慈しみ、そして哀れみの感情の籠った言葉だった。
マハトの瞳が見開かれ、表情が驚愕に彩られた。
そして……その首が不自然に凹み始めた。
「っ…………!?」
人の指が食い込んでいるかのように凹むマハトの首。
マハトは口を開くも、言葉は出てこない。
まるで……透明な手で首を絞められているようだった。
「なっ……」
「おい、何をしている!」
フェルンが驚きに目を見開き、デンケンもまた声を荒げて立ち上がろうとするも、その体は動かない。
私も、そうだ、何かに体を押さえつけられているみたい。
これも、まるで……人の手に無理矢理掴まれているような……。
見えない……手……。
背中に氷でも差し込まれたかのような寒気が走った。
「なんだこれは!フリーレン、こやつはなんなのだ!」
叫ぶデンケンの声が、何処か遠くに聞こえた。
パキパキパキ……
そして、何かで首を圧迫されていたマハトは……下手人であろう魔族の子へと『
みるみるうちに黄金と化していく魔族の子の右腕、けれどその手をマハトな頬から離す事は無く、その場から離れる事も無かった。
「おい!やめろ!」
叫んで体を動かそうとするも、シュタルクの馬鹿力でもこの拘束は引き剥がせないようだった。
そんな中でも魔族の子はそのままで……いや、むしろマハトへと更に身を寄せ……。
「―――――――」
耳元で何かを囁いたようだった。
同時にマハトの喉が一際強く凹み……見開かれていたマハトの瞳が細められ……。
バキイッ!
ドゴッ!
マハトの腕が振るわれて、魔族の子の体は宙を舞う。
そのまま黄金の壁に衝突した魔族の子は、そのまま力無く床に倒れこんだ。
「ちょっ、おい、アリウム!」
それとほぼ同時に私達の体が自由となり、マハトの喉の凹みは元に戻っていた。
シュタルクは直ぐ様魔族の子の元へと駆け付けて抱き起こし、フェルンは立ち上がって杖をマハトに……いや、魔族の子にも向けれるような立ち位置で構えた。
デンケンは立ち上がり、訝しげに魔族の子を見た後にマハトへと視線を向けた。
……座ったまま、何もしなかったのは私だけ。
私は、何も出来なかった。
しようとも思えなかった。
ただ……魔族の子の言動が、怖かった。
「げほ……ごほっ……」
少しだけ顔色を悪くさせたマハトが、喉を抑えながら咳き込む。
その喉には、先程まで強く圧迫されていた痕がくっきりと残っていた。
「マハト、大丈夫か?」
「はぁ……ふぅっ……失礼、取り乱しました」
デンケンの形だけの言葉に、マハトは口元を手で覆った。
その寸前に見えた表情は……凄惨な笑みだった。
何がそんなにマハトの心を動かしたのかはわからない。
けれど……シュタルクの腕の中でぐったりとしている魔族の子から視線を外さないマハトの瞳は、獲物を見るような目をしていた。
「っ……!」
魔族の子は頭から血を流し、ピクリともしない。
シュタルクは右腕が黄金と化したその子の体を、自分の体でマハトの視線から隠すように抱き寄せた。
冷や汗が額に滲んでいるものの、その眼光はしっかりとマハトを見据えている。
「マハト、随分とお前らしくもないな」
デンケンのその言葉には、微かな呆れのようなものが含まれていた。
マハトはそれを否定せず、その獣のように輝く眼光を伏せる。
「……非常に興味深いお話でしたもので、つい興奮してしまいました。
出来ればまた、彼女とは話をしたいものです」
「なら、これ戻せよ」
シュタルクの視線が鋭くなる。
魔族の子の黄金の右腕を掴んで、マハトを睨み付けた。
「お前がやったんだから、戻せるだろ。戻せよ」
マハトはまったく動じずに視線を伏せたまま、静かに答えた。
「お断りします。先に私に危害を加えようとしたのは、その子です。私は自分の身を守っただけ……話がしたいのは本音ですが、また首を絞められたい訳ではありませんからね」
「……ちっ……そうかよ」
こればかりはマハトの言い分に分があるね……そんなの無視してもいいけど、どうせ戻しはしないだろう。
意識を失ったままの魔族の子の頭に布を巻き付けた後、シュタルクはその子を抱えあげた。
「なら、帰ろうぜ。もう話し合いなんて空気じゃないだろ。アリウムを手当てしてやらねえと」
「……そうじゃな。今日はここで終わりにしよう」
シュタルクの言葉にデンケンも同意する。
未だに杖を構えたままだったフェルンも、それに同意するように頷いた。
「良いか、フリーレン」
それに同意して、この話し合いの場は一先ず解散となる。
私は内心で無事に終わる事に安堵の息を吐いた。
魔族の子供の次はどれが読みたいですか?
-
〈戦士と魔族〉
-
「平和だった町」
-
[一級魔法使い第二試験]