毎度一つ一つが執筆の力となります!
「ああ、フリーレン様、最後に宜しいでしょうか」
終わる、その筈だった。
「……何?」
部屋を出る直前、私に名指しで話しかけてきたマハトへ、私は気怠く思いながら振り返った。
この話し合いで、いくつもの収穫があったけど、私の心労は溜まる一方だった。
魔族の子が、もうアリウムにしか見えない……。
言動もそうだし、極めつけはあの魔法……。
あれはフェルンも使える、アリウムが使ってた、見えない手を操る魔法……。
私達を拘束して、マハトを殺そうとした意図はよくわからないけれど、あの時の魔族の子は……アリウムとしか思えなかった。
でも、と私の記憶が異議を、それでも、私の感情が同意を伝えてくる。
記憶と感情のせめぎあいに、頭がどうにかなりそうだった。
なのにまだマハトと会話させられるのかと、うんざりしていた。
「顔色が優れないようですね。そのような顔をした人間を、私は何度も見た事があります」
うんざりだ、今日の所はもう、帰って、寝たかった。
「貴女は何故この話し合いの最中、罪悪感を抱いていたのですか?良ければその感情を、言葉にして教えて貰いたいものです」
「ッ……!!」
にも関わらず、私の今抱いてる感情を、よりにもよって魔族に言い当てられて……。
言葉に出来ない不快感に思わずマハトを睨み付けるも、奴は微笑みを浮かべるだけ。
先程の取り乱しようなんてなかったかのように取り繕うマハトを忌々しく思いながら、私は視線を切った。
「さぁ、ね……なんの事かわからないな」
忌々しい、忌々しい。
くそ、頭が、感情がぐちゃぐちゃだ……。
「そうですか、もし思い当たる事があれば、是非お教えください」
マハトは立ち上がり、丁寧な所作で頭を下げた。
それを見届けて、私は踵を返して部屋を後にした。
見送りをする、と言うマハトをデンケンが止め、私達はそのまま、城塞都市ヴァイゼを後にするのだった。
結界の管理者の為の小屋への帰り道、大結界を抜けた頃、だった。
それまで私達の間には重い沈黙が流れていた。
色々な事があったのもあるけれど……自惚れじゃなければ、皆私の様子が変な事に気付いてるようだった。
皆の先頭を行く私は、自分でもわかるくらいにそわそわとしていて。
背中には、視線が常に突き刺さっていた。
その視線がフェルンのものだとわかるからこそ、私は何の反応も出来なかった。
「フリーレン様」
……でも、それももう終わりらしい。
「失礼を承知で、伺わせていただきます」
フェルンが、一歩踏み込んで……いや、この場合、踏み込ませてしまった、というのが正しいだろうか。
「フリーレン様は、何を隠していらっしゃるのですか?」
……フェルンと、向き合わなきゃいけない時が来てしまった。
ドクン
強く胸が高鳴るのを感じながら、私はゆるゆると振り返った。
ちら、と見たフェルンの顔は、久々に真っ直ぐ見つめたその端正な顔は、不安に彩られ、歪んでいた。
フェルンに面と向かって言われてもどうにも踏み切れない私は、口を引き結んだまま俯く。
視界の端でフェルンが下唇を噛んだのが微かに見えた。
「フリーレン様……!」
言い募ろうと、一歩私のほうへと足を踏み出したフェルン。
それを、デンケンがやんわりと止めた、
「まぁ、待てフェルン」
「デンケン様、止めないで下さい……!これは私とフリーレン様の問題です!」
声を荒げるフェルンに対して、デンケンは静かに、諭すように言葉を紡いだ。
「止めはせん、だがこんな所でする話でもなかろう。
せめて小屋に戻ってからにせんか?
シュタルクが抱えている子供の事もある」
ちら、とシュタルクの方を見れば、魔族の子は目を瞑ってぐったりとしたまま。
それを確認したフェルンは、気まずそうに顔を歪めた。
「っ……そう、ですね。わかりました……」
デンケンに諭されて引き下がったフェルンに、私は安堵の息を吐いた。
……ただ問題を先送りしただけだとわかっていても、もうちょっと、もう少し心の整理をつける時間が欲しかった。
私は、踵を返して皆の一歩先を歩き始める。
「フリーレン、お前に何があったかは知らんが……」
そんな私の背中に、デンケンの言葉が突き刺さった。
「弟子と、しっかり向き合ってやれ」
今の私にとって、痛い言葉だった。
思わず胸元に手をあてる。
ここ最近のフェルンへの態度を改めて客観視して……ひどく胸が痛んだ。
……私は、何をしてるんだろうね。
フェルンは、何も悪くないのに、フェルンにあんな顔を、辛い思いをさせて……。
ここまできたら、話すしかないのかもしれない。
フェルンが、魔族の血を引いてる事と。
私が、フェルンの祖母を殺した事を。
……言いたくないなぁ。
きっと私とフェルンの関係が変わってしまう。
嫌だなぁ……もう手遅れなのかもしれないけど。
でも、そもそも本当に言うべきなのかな。
上手い事誤魔化せないかな?
ヒンメルならなんて言っただろう?
どうしただろう?
「わかんないや……」
『勇者ヒンメルなら』
そんな、いつもの私の行動原理。
今ばかりは何の答えも出てこなかった。
私とフェルンは、小屋で二人きりで向き合っていた。
デンケンとシュタルクは、外で魔族の子の手当てをしている。
気を利かせてくれたのはわかるけれど……空気が重い。
フェルンはじっと私を真っ直ぐ見つめてくる。
その真っ直ぐな視線が、痛かった。
「……フリーレン様、教えて下さい。何を隠しておられるのですか?」
改めてその問いがぶつけられる……。
否応なしに私は、それと向き合わなければいけなくなった。
私の口は引き結ばれたままで。
フェルンの顔を真っ直ぐ見返す事も出来ず、俯いていた。
言わなきゃいけない、伝えなきゃいけない。
頭ではわかってる、けれど……。
踏み切れなくて、俯いたまま、下唇を噛んだ。
そんな私に業を煮やしたのか、フェルンは小さく息を吐いてから、口を開いた。
「……また、何か変な魔道具でも買ったのですか……?」
私は首を振る。
そうじゃない、そんな事は……いつもしてるけど、今は関係ない。
「なら……この間叱った事を根に持ってるのですか……?」
どれの事だろう、と一瞬呆けたけれど、それも関係ない。
私は首を振る。
「私が何か知らないうちに、フリーレン様の気に障る事でもしてしまったのですか……?」
「違う、フェルンは……何もしてないよ……」
フェルンの口が、キュッとすぼめられた。
その腕が、ふるふると震え始める。
やがて堪えるように震えていたフェルンの手が、傍らにあるテーブルを叩いた。
バンッ!
「じゃあ、何なんですか……!」
それに、私は肩を跳ねさせた。
ビックリしたのもある、けれど……その声に宿った苛立ちと怒りに、私は恐怖してる。
フェルンに怒られた事は一度や二度じゃない。
苦言を合わせればまさに数え切れない。
けど……フェルンがこうも声を荒げて怒ったのは……初めてだった。
「私が何かした訳でも、フリーレン様が何かした訳でもない、なのに貴女は私にずっと何か隠し事をしてる……!
今までなら、フリーレン様の隠し事なんて顔を見ればわかりました!
それだって、何か変なものを買ったとか、道を間違えたとか、そんなくだらない事ばかりでした!
困る事も多かったですけど、時が経てば笑って許せました!」
迷惑をかけてた自覚は、ある。
でも、それすらもフェルンは許容してくれていた。
「でも今は、最近のフリーレン様はおかしいです!
魔族を見逃して、あまつさえ共に行動して……。
……あの子が普通の魔族と違うのはわかります。
でも、フリーレン様が見逃す程の理由はわかりません!」
あの子を見逃した判断も、私を尊重して、だろう。
もしあのタイミングで私が来なければ、フェルンはシュタルクの反対を押し切って始末していただろう。
それを止めたのは……私だ。
「あの子を見つける前から、フリーレン様は少しずつ私に遠慮するようになりました……。
でも、あの子を連れてからは、フリーレン様はもっとおかしくなりました!
早起きするし、身嗜みは自分で整えるし……!
今までのフリーレン様からしたら有り得ない事です!
あの子は、フリーレン様にとってなんなのですか!?」
私が、殺した魔族の面影があるだけ。
そう嘘とも言えない言葉で誤魔化そうとしても、緊張でカラカラになった私の口は、パクパクと開閉するだけで言葉を紡いでくれない。
「そして……あの子は……」
私がそうして答えあぐねている内に、フェルンは言葉を続けた。
「アリウムという魔族は……。
私にとって、なんなのですか……?」
私が、最も答えたくない問い掛けだった。
やっぱりフェルンは聡い、なんて逃避気味な言葉が頭に過った。
「あの子の使った魔法、あれは私が……お母さんが、使ってた魔法です。
使い勝手が良く、魔力消費も僅かで、愛用している魔法です。
それを、あの子は突然使いました……。
間違いなく同じ魔法です。
突然魔法を使った事に、目に見えないその魔法に、皆驚いていました。
でも……フリーレン様は、彼女が
「っ……!よく、見てるね……?」
絞り出すように口から出た言葉は、酷く力がなかった。
本当に自分の声かと疑うくらい、焦燥にまみれた声だった。
「……当然です、私は、フリーレン様の弟子ですから」
そう言ってフェルンは胸に手を当てる。
大事な思い出を噛み締めるように、口元は小さく微笑んで……。
その様子に、私も少しだけ嬉しく思った。
けれど、次に紡がれた言葉に、私は凍り付く事になる。
「……それでも、フリーレン様は、私を弟子だとは思っていなかったのですね」
その言葉は、ひどく震えていた。
ガン、と頭を殴られたような衝撃が走った。
体温が一気に下がったような、ひどい寒気が私を襲う。
これは、否定しなければ取り返しの付かない事になると、珍しく本能が訴えかけてきていた。
そんな事はない、私は、フェルンを自慢の弟子だと思ってる!
「そんなことっ……!」
咄嗟に顔をあげて否定しようとフェルンを見て……言葉に詰まった。
フェルンは、涙を流していた。
顔をクシャクシャにして、不安と悲しみに彩られた、ひどい顔で涙を流していた。
私は……そんなフェルンに言葉をかけられなかった。
そんな表情をさせてる原因が、私自身だったから。
その瞬間に私は、こんなにもフェルンを追い詰めていた事に今更気付いてしまった。
決心するのが遅すぎた……!フェルンをこんなに悲しませるつもりなんて……!
私が言葉に詰まったまま後悔を抱いていると、フェルンは泣きながら、涙声で私に問い掛けてくる。
「私は、魔族だったのですか……?」
「違う……違うよフェルン……!」
はらはらと涙を流すフェルンへ、私は一歩歩み寄る。
間違った結論に至ろうとしてるフェルンを止める為に。
一際大きな雫が、フェルンの瞳から溢れた。
「じゃあ、あの魔族の子と私は何の関係もないのですか……?マハトの言っていた、フリーレン様の感じている罪悪感とはなんなのですか……?フリーレン様は……何を知ってるのですか……?」
「それはっ……!」
否定しなきゃいけない、説明しなきゃいけない。
今しなきゃ、手遅れになりかねない。
でも……そこで私は言葉に詰まってしまった。
「……結局、何も言ってくれないのですね……」
それが、決定的だった。
フェルンの顔には笑みが……諦めの笑みが浮かんだ。
自分が対応に失敗した事に気付いて、私の顔から血の気が失せた。
「っ!お願い、聞いて!黙ってたのは謝るから……!フェルンは――」
それでも、とフェルンに手を伸ばす。
私の、大事な弟子に。
「もう……いいです……フリーレン様なんて、知りません……」
けれどその手は、届く事はなかった。
フェルンは私の手を後ろに下がって避けてしまった。
するりと抜けて、そのまま踵を返して……フェルンは小屋の扉に手をかけた。
「待って!フェルン!」
フェルンは扉を開けながら、チラリと私を振り返った。
その瞳には涙が溢れ、その表情には私への……暗い感情に満ちていた。
「フリーレン様の、ばか……!」
『フリーレン様の、人殺し』
空虚な瞳から感じる私への軽蔑の視線に……先日見てしまった夢の……私が殺したフェルンの瞳が重なった。
重なってしまった。
私の体は、まるで金にでもなったかのように硬直していた。
動かない私を見て、フェルンは心底悲しげに顔を歪めた。
「もう、知りません……!」
バタンッ!
最後にそう呟いて、フェルンは小屋を出ていってしまった。
勢いよく閉じられた扉を、私は呆然と見つめていた。
行きどころを失った手が、力無く垂れた。
自分の不甲斐なさを感じて、気付けば私は膝を折っていた。
直ぐに打ち明ければ、こんな事にならなかっただろうに。
私は結局また後回しにして、後悔してる……。
「何も、変わってないじゃん……私……」
こてりとその場に力無く倒れこんでしまう。
こんな事してる場合じゃない、フェルンを追わなきゃ。
そう叫ぶ自分もいたけれど、やってしまったという虚脱感が、忘れかけていた眠気を誘ってしまっていた。
どうしたら良かったのか、その答えは出てたのに、一歩踏み出す勇気がなかった。
フェルンとの関係が壊れるのが怖くて、昔の自分の罪が浮き彫りになるのを嫌って……結局失ってしまった。
ヒンメルを失った時から、人を知ると決意してから……結局、私は……何も変わってない。
「ごめん……フェルン……」
アリウム……。
私の謝罪の言葉は、誰にも届かなかった。
小屋を飛び出したフェルンは、即座に崖へと向かった。
頭の後ろに手を伸ばし、髪飾りへと手を伸ばす。
フリーレンに貰った、大事な、髪飾り。
「フェルン!?どうした!?フリーレンは!?」
ぶちぶちぶちっ!
フェルンは、自慢の髪が何本も千切れるのも構わず、力任せに髪飾りを引き剥がす。
シュタルクなど見えていないかのように、涙を溢れさせながら、その髪飾りを崖に向けて振りかぶる。
「フリーレン様なんて……!もう、知りませんっ!」
その叫びと共に、放り投げられた髪飾りは、緩い放物線を描き、崖下へと落下していった。
ずび、と鼻を鳴らし、その行方をなんとなしに目で追っていたフェルンは。
「うぉおおおおおおおおおお!!!」
物凄い勢いで、躊躇い無くその放り投げた髪飾りへと飛び付いたシュタルクを目撃した。
フェルンは目を見開いた。あまりにもバカな光景に。
シュタルクは見事に空中でキャッチした髪飾りを抱え込み、フェルンへと笑みを向けて……。
ガサガザバキバキバキ!!
ズドーンッ!
枝や葉を破壊しながら、崖下の森の中へと墜落していった。
あまりの光景に口元に手をあて、暫し呆然と崖下を眺めていたフェルンだったが、直ぐに気を取り直した。
目に残る涙を拭い、杖を取り出すと、そのまま崖へと身を投げた。
「シュタルク様!」
自分が傷つくのも厭わない……きっと飛び出した時には何も考えていなかったであろう、そんなバカで愛しい仲間の元へ。
フェルンは魔法で浮かびながら、シュタルクが落ちていった地点へと降りて行ったのだった。
その様子を、デンケンはなんとも言えない表情で眺めていた。
詳細はわからないが、ただ一つ言えるのは……。
「フリーレンが、何かやらかしたのだろうな……」
焚き火の前で、呆れたように息を吐いた。
マハトと事を構えるどころの話ではなくなっている事に、デンケンは微かな焦りを感じる。
……とはいえ、そもそも一人で済ますつもりであった件でもある。
そう考えれば、自分の心境意外は関係はない。
「……あんな良いパーティがバラバラになっていく様子を、まざまざと見せられる身にもなってくれ」
フェルンもシュタルクも、素直で良い若者だ。
故に、苦悩する姿を見て楽しい訳もない。
デンケンは非常に心苦しい時間を過ごしていた。
焚き火を挟んだ向こう側で、頭に包帯を巻かれた魔族の子が安らかな寝息をたてている。
それを見て微かに表情を緩めた自分を、デンケンは恥じる。
魔族の寝顔が癒しだなどと、あってはならない。
先程のこの魔族の子供のマハトへの突然の攻撃、あれが此方に向かないとは言い切れないのだから。
「……そう言い聞かせてる時点で、既に絆されてるのだろうな」
静かにぼやきながら、焚き火へと新たに薪を放り込んだ。
デンケンは崖下と小屋を交互に見て、どうやって仲を取り持とうかと思考していた。
あのお人好しだが口下手なフリーレンの事だ、何かしらの行き違いがあったに違いない。
ここは年長者として、どうにか元の鞘に納めてやろう。
……一番の年長者はフリーレンだが。
「まったく、儂はマハトの事で手一杯だというのに……」
嫌そうに呟くものの、髭に覆われて見えないその口元には、微かな笑みが浮かんでいた。
「だがまぁ、若人の為に骨を折るのも悪くはないか」
そう呟くデンケンは、パチパチと音を立てる焚き火を見つめた。
煌々と燃え盛る炎の先には、夜にも関わらず黄金郷が輝いていた。
そして、朝になっても、フェルンとシュタルクが小屋に戻る事はなかった。
魔族の子供の次はどれが読みたいですか?
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〈戦士と魔族〉
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「平和だった町」
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[一級魔法使い第二試験]