ふと目が覚めると、既に外は明るくなっていた。
結局私は、フェルンが出ていった後、気を失うように眠ってしまったらしい……。
……不甲斐ない。
他に誰もいない小屋の中で、私は深く深くため息をついた。
「はぁ~あ……」
やってしまった、フェルンを泣かせてしまった。
何も言えなかった、伝えられなかった。
逃げ出したフェルンを追うことも出来ず、朝になってしまった……。
なんて酷い師匠なんだろうか。
「……いや、もう、フェルンには見限られちゃったかもね……」
なら
フェルンの泣き顔が頭から離れない……。
なのに今更ではあるけど後を追う……という選択すら出来ない。
後悔してるのにまだ尻込みしてる……。
自分のどうしようもなさに、また深いため息をついた。
小屋の外に出ればそこにはデンケンと、焚き火を挟んでア……魔族の子だけがいて、フェルンの姿はなかった。
朝日の眩しさに目を瞬かせていると、鍋をかき混ぜていた様子のデンケンの視線が私に向けられた。
「寝ていたのか……」
その声には呆れが含まれていて、気まずくて俯いてしまう。
呆れられても当然とはいえ……私に一定の敬意を持って接してくれていたデンケンにそう見られると、クルものがあるね……。
「……まぁ、再会してからずっと、本調子ではないようだったからな、仕方ないのだろう。まずは飯にしよう。話はそれからだ」
「あい」
「ああ、すまんな」
デンケンは魔族の子が差し出した器を受け取り、鍋から簡素なシチューを注ぎ始めた。
すん、と鼻を鳴らせばよい香りが漂ってきて、私はふらふらと焚き火の元へと近付いていった。
そして……他に誰も見当たらない事に、今更ながら気付いた。
「二人は……?」
「昨晩から帰ってきていない。
小屋から飛び出したフェルンが髪飾りを投げ捨て……それをシュタルクが崖に飛び込んで拾いに行き、それをフェルンが追って……それっきりだ」
「そんな……」
デンケンが差し出したシチューが入った器を受け取りながら、呆然と呟いた。
フェルンの、髪飾り……私がフェルンにプレゼントした、フェルンがずっと大事にしてくれていた髪飾り……。
それを投げ捨てた、か……。
……私の自業自得だとわかってはいるのだけど……。
「昨晩から今まで、戦闘音はなかった。あの二人の事だ、無事だとは思うが……どうする?飯を腹に入れたら探しにいくか?」
そう問い掛けてくるデンケンだけど、今更どの面下げてフェルンに会いにいくんだろうか。
いや、フェルンとの関係を取り戻したいなら、探して頭下げなきゃいけないって、頭ではわかっているんだけど……。
「いや……それよりデンケンの話が途中だったでしょ。マハトを攻略する糸口の話をしよう」
両手で抱えるシチューの器から伝わってくる熱が心地よい。
自分で思っているよりも、体は冷えきり栄養を欲しているようで、目の前の温かな食べ物を腹に入れろとくう、と小さく音をたてた。
たまらずズズ、とシチューを啜り、デンケンへと答える。
デンケンは少しだけ目を見開いたものの、直ぐに目を伏せた。
「……良いのか?フリーレン」
その言葉にはいくつもの意味が込められているのがわかった。
二人を探さなくて良いのか、このままで良いのか、本当に此方の都合を優先して良いのか。
……本当なら今直ぐにでも故郷を救いたいのだろうに、そう言ってくれるデンケンの心遣いはありがたかった。
「二人とも、もう子供じゃないし……多分大丈夫」
でも私は、それでも私は……嫌な事を先送りする選択を取った。
それで後悔したばかりなのに、ね。
……ただ、それだけじゃない。
なんだか、酷く嫌な予感がするんだ。
直ぐにこれに取り掛かったほうが良い、そんな予感がする。
そんな嫌な予感とは裏腹に、飲み込んだシチューが体の奥から温かさを伝えてくれる。
ほぅ、と白い息を吐いた。
「……わかった」
デンケンは少し渋った後、重々しく頷いた。
事前にレルネン一級魔法使いと共に黄金郷に調査にきたという、エーデル二級魔法使い。
精神魔法に特化した一族の生まれらしく、非常に優秀な使い手のようだった。
魔族であるマハトに一瞬触れただけで、100年分の記憶を読み取るなんて行為が出来る魔法使いは、そうそういないだろう。
相当な負荷がかかっただろうに、彼女の優秀さには頭が下がるね。
けれど、同時にデンケン一人では解析し終えるまで膨大な時間がかかるだろう。
故に私は解析を手伝う事を申し出た。
「精神魔法はあまり得意ではないけれど……二人でやればかなり早く終わらせられると思う」
「……恩に切る、フリーレン。マハトを討つための勝算を、共に記憶の世界から導き出そう」
デンケンと手を繋ぎ、私達は記憶の解析を始める。
眩い光が溢れ、マハトの記憶が映し出されていく……。
そっと目を閉じ、記憶の世界へと没入していく私達を、魔族の子が笑顔で見つめていたのが、ちらりと目に写った。
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「女神様の魔法を解読したと?」
「はい、なんだか不思議と読めてしまって……ただ、どういう効果があるのかはわからなくて……」
「なんと、まぁ……素晴らしい。歴史に残る偉業ですよ。きっと貴女の信心深さが女神様に伝わったのですね。しかし、効果がわからないとは……どうしたものでしょうか」
「むしろ僕達二人がいる今、試しに使ってみたら良いんじゃないか?何かあっても直ぐに対応出来るだろう?」
「……そうですね。外で試してみましょうか」
「少し、怖いですね。女神様の魔法はどれも強力で、人智を超えていますから……」
「なあに、気楽にやれば良いよ。なんせこの僕達がいるんだからね。やらない事には効果もわからないし……さぁ、いつでも良いよ」
「まったく、相変わらず魔法が好きですね。はしゃぎすぎですよ。ですがまぁ……気持ちはわかります。私も年甲斐なく、少し楽しみです」
「ふぅ……わかりました。それでは、唱えますよ?」
「いつでもいいよ」
「ご自分のタイミングでどうぞ」
「……すぅ………『リーンフストール』」
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「……フリーレン。助かった。お前のお陰でマハトの記憶を解析することができた」
マハトの記憶の解析、一先ずの閲覧が終わった。
ざっと記憶を見て色々と気になる事もあったけれど……取っ掛かりとも言える手応えを私は感じていた。
「……うん、このまま詳細な解析に入る……よ……」
うつら、と頭が揺れる。
このまま記憶を更に詳細に解析していくのだけれど……その分魔力を使うせいで動きが覚束無くなってしまう。
傍目には眠そうに見える事だろう……実際瞼が重い。
「その間まともに動けないから……ご飯とか……着替えとか……髪結ぶのとか……よろしくねフェ……」
……今、フェルンはいないんだった。
しまったな……デンケンに頼む訳にもいかないし……。
そう考えている間に私の体はふらりと後ろに傾き出した。
んん……リソース使いすぎたかな、立ってられないや。
どうしようかな、いや、もう無理だ。
そんな何処か諦めの思いで衝撃がくるだろうと身構えていた。
けれど、私の体は何かがふわりと柔らかく受け止めて、その痛みが来ることはなかった。
ちらと見れば、魔族の子供が私に手を翳していて……魔力反応があった。
いくつもの手に抱えられているような感触かあって、私はゆっくりと地面に下ろされていった。
「フリーレン、わたしせわする!」
そう元気よく名乗りあげたのは、魔族の子だった。
私とデンケンはほぼ同時に怪訝な顔になった。
まぁ、それはそうだろう、魔族に世話されるなんて、普通なら有り得ないのだから。
……とはいえ、うん……まぁ……仕方ないか。
「うん……よろしく……」
仰向けに倒れている私の横について、頭を撫でる魔族の子は、何処か嬉しそうな表情を浮かべていた。
デンケンは更に眉間に皺が寄ったが、私が受け入れたからだろう、早々に諦めて深く息を吐いた。
「それでフリーレン、どの程度かかる?」
「この調子だと……二ヶ月くらいかな……もう少し早くなるかもしれないけど……」
「……流石だな。儂一人では、三年は解析に使うだろうと内心思っていたぞ」
そこは魔法と向き合った年季の差かな……。
専門じゃないとはいえ、そのくらいはね……。
「だがここで過ごすにも限界があるな……よし、小屋にフェルンとシュタルク達への書き置きを残し、一番近い集落へと行こう。フリーレンを安置した後、儂は周囲を見回る事にする」
……まぁこの小屋ベッドもないからね。
どうせほとんど起き上がれないだろうし、どうせ寝転がるならふかふかのベッドのほうが良い……。
「そうだね……そうしよう……
「よしよし」
笑みを浮かべて私の頭を撫で続ける魔族の子の温もりを感じながら、私は移動する為に重い体を起こすのだった。
魔族の子が焼いてくれる世話は、ほとんど完璧だった。
背が足りなくても、手が足りなくても、彼女の使う見えない腕は非常に高い精度を誇っていた。
私は特に不自由なく……詳細な解析を続ける事が出来た。
ものも言葉も知らなそうな子だったのに、何故こうもしっかりと出来るのか……あまり現実的な話ではないけれど、やはりこの子は……。
……他にも考えなければいけない事はある、この子の事は一先ず……危険はないと思うから置いておくしかない。
気掛かりなのはやはり、フェルンとシュタルクの事だ。
二人はあれから姿を見せない……。
デンケンが辺りを見回っても誰も見つける事は出来ず、争った跡なんかもなかったそうだ。
……二人でヴァイゼの中に入った……とも考え難い。
二人にはちゃんと危機察知能力が備わっている筈、マハトと戦いになれば、あの二人では抗うのも難しいのは一度対面した事でわかってる筈だ。
だからきっと……大丈夫。
「良いのか、フリーレン」
デンケンは咎めるようにぼうと座る私に問い掛けてくる。
正直良くは、ない。
けれど今、この解析を止めたくはなかった。
「……仕方ないよ。二人なら、きっと大丈夫……」
相当無責任な事を言っている自覚はある……。
けど甘ったれな私が後回しにしろと、魔法使いとしての直感が今はこれに集中しろと訴えてくる。
互いの意見が一致してしまった今、それを否定出来る程の意志はなかった。
きっと二人は……何処かちゃんとした町でデートしてるんだろう。
全て終わったら探して、頭下げて……許して貰えるかはわからないけれど。
……私の『
「……ふぅ……お主が良いならもう何も言わん」
そんないつまでもうだうだとしている私に、デンケンは踵を返し……ため息混じりにそう言い捨てた。
「……」
私はそれに何も言い返せず、ただただぼうと天井を眺めた。
そんな私を一瞥し、借りてる小屋から出る直前、デンケンは言葉を残していった。
「弟子というものは、師が思う以上に師を見てるもんだ。
……あまりいつまでも何も知らない子供扱いしてやるな」
バタン
閉じられた扉を横目で眺めながら、私は言われた言葉を反芻していた。
あまり……意図のわからない言葉だった。
フェルンが私を見てたのは知ってるよ、フェルンの技術は全て私が叩き込んだもの……その戦い方には……私の所作が出てるのも知ってる。
フェルンが物を知らないとも思わないし、物によっては私よりも知ってる事も沢山あるだろう。
一級魔法使いとなって、経験も積んで……私がいなくても問題なくやっていけるくらい、フェルンは強くなってる。
大魔族と戦うにはまだ少し足りないけれど……いずれは倒せるようになる。
だから子供扱いなんてしてないし、むしろ私生活では頼りきりになる事のほうが多かった。
……子供扱い、か。
何も言わない事を言うなら……そう言えなくもないかも、ね……。
私はそっと目を閉じる。
今出来る事は、解析し続ける事だけ。
そうして、デンケンと共にヴァイゼを解放させる……。
フェルンの事も、魔族の子の事も、問題は山積みだけど……まずは終わらせる。
まぁ……それがそう簡単ではないんだけども。
私はいずれ来るマハトとの決戦……それに思いを馳せながら、意識を記憶の海へとゆっくりと沈めていった。
そして、『
大結界が砕け、今の処理能力が落ちた私にも感じられる、強大な魔力反応が
マハトと同等の大魔族……嫌な予感はこれかと、私は変に納得してしまった。
大結界を壊す技量、今の私は兎も角、デンケンに気取られず事を成した潜伏能力……。
そんな大魔族とマハトが手を組んでいるのならば、デンケンと私では対応出来ない可能性すらある。
……仕方ない、全てのリソースを解析に回そう。
「フリーレン」
「……私は、解析を一気に終わらせる為に没入する」
「成る程わかった。儂は集落の者達を逃がそう」
言葉少なに互いがすべき事を確かめあって、デンケンはその場を後にした。
厄介な事になったけれど、焦ってもどうしようもない。
解析が終わらない事には、私達はマハトとの戦いのステージにすら立てないのだから。
「頼んだよ……」
私は小さく呟いて、意識を沈めていく。
記憶の中へと、深く、深く没入していく。
「フリーレン、にげる……!」
そこで突如、無数の腕の感触と共に、浮遊感が私を包む。
私を魔法で抱き上げたのだろう魔族の子の声からは、緊張が感じられた。
……きっとこの子も本能的に感じているんだろう、脅威が迫っている事を。
とはいえ、相手は魔族、この子は見逃される可能性もあると思うけどね……。
前、は……魔族との仲間割れ……で、死にかけてたんだから……。
今回は……大丈夫だと……いいね……。
私はもう……アンタを……殺せない……から……。
もし……全部終わって……互いに無事なら……。
ちょっとだけ……お話したい……ね……。
夢現、まどろみの中、最後にそんなくだらない思考をして。
私の意識は深く沈んでいった。
「……フェルン、いいのかよ。フリーレンに会わないでさ」
フェルンとシュタルクは、並んで同じ方向を眺めていた。
「今の状況は、モーナおばさんを説得出来なかった私のせいです。だから私が、ここで止めなくてはいけません」
二人の視線の先には砕けた大結界と、ゆっくりと森が黄金へと変わっていく光景が映し出されている。
「シュタルク様こそ、そんなに震えて……良いのですよ、無理に私に付き合わなくても……」
二つの人影がゆっくりと此方へと近付いてくるのがわかる。
「言っただろ?何処にでも付き合うってさ」
凄まじい威圧感に、二人の額に冷や汗が滲む。
「……ありがとう。なら、行きましょう」
フェルンは杖を、シュタルクは斧を構え、その二つの人影に向かい合う。
その一つは『黄金郷のマハト』つい先程大結界から解放された、最強にして最後の七崩賢。
そしてもう一つの人影。
「あら、どうしたのかしら、そんなに殺気立って」
腰まである水色の髪を靡かせ、朗らかな笑みを浮かべた、額に小さな角を2対生やした小柄な女の魔族。
「落ち着いて。お姉さんとお話しよう?
私達は人との共存を心から願っているの。
そんな態度取られたら、傷ついちゃうわ」
儚げな雰囲気を醸し出し、眉を下げて、悲しげに言葉を紡ぐ。
「……貴方達はこれ以上先には行かせません。私達がここで止めます」
フェルンとシュタルクは覚悟をその目に宿し、二人の大魔族へと立ちはだかる。
大魔族の反応は対照的だった。
無表情で何の反応も見せないマハトに対し、もう一人はその朗らかな笑みを深めていく。
「ふふ……素敵。あの子からは貴方達を傷付けないように言われているのだけれど……ここまで覚悟されたら仕方ないわね」
「……」
「マハト、貴方は興味なさそうにしてるけど、あっちの女の子、なんと魔族の血を引いてるのよ?
貴方とは違う形で人と共存していた魔族の痕跡……気には……ふふ、その気になったみたいで嬉しいわ」
先程まで無感情だったマハトの目の色が変わる。
存在するだけで感じていた圧が、指向性を持って二人へと襲い掛かる。
臨戦態勢となった二人の大魔族……フェルンとシュタルクはその威圧感だけで押し潰されそうだった。
それでも二人は目を細めるだけで一歩も下がる事はない。
もう一人の大魔族はその様子に堪えきれずに、顔を綻ばせた。
「あはは、本当に素敵。あの日の事を思い出すわ……。
さあ、見せて頂戴、人の力を、その心を、思いを」
手を合わせたその大魔族の周囲を、無数の大剣が囲う。
隣にいるマハトの肩のマントが形を変え、黄金の剣となってその手に収まる。
「改めて自己紹介。私は大魔族のソリテール。こっちはマハト」
シュタルクの地面を踏み締める足に力がこもる。
フェルンの杖の先に魔力が集いだす。
「さぁ、共存の為の殺し合いの始まりだ」
その言葉と同時に、地面を蹴ったマハトの黄金の剣とシュタルクの斧が衝突し、フェルンの光線とソリテールの大剣が交差した。
誤字報告ありがとうございます、修正しました。
魔族の子供の次はどれが読みたいですか?
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〈戦士と魔族〉
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「平和だった町」
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[一級魔法使い第二試験]