人の心を持ってしまった魔族   作:如月SQ

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後日談の魔族の子とエルフから魔族の子と決別までの5話の文字数を調整し、3話に調整しました。
ストーリーに変化はありませんが、閲覧の際はご注意下さい。


魔族の子と奮闘

 

 戦いは、案の定常に私の劣勢だった。

 二人とも、力強く、早く、硬い。

 魔族らしく連携などとってはいないものの、ソリテールの操る大剣が隙を埋めるような形で襲い掛かってくる。

 ……少しずつ、手傷は増えていくばかりだ。

 

「素晴らしいわ、フリーレン。私とマハトは確かに各々好き勝手に動いていて、人類のような連携は取れてない……。

 けれど、ここまで耐えられるとは思わなかったわ。

 貴女とのお話は……とても面白そう」

 

 そう宣いながらも、私の死角から急所を狙う大剣を防御魔法で防ぐ。

 ボロリと崩れていく剣を見ることもなく、マハトの黄金の剣の切り上げを上体を反らしてかわす。

 更にそこを狙ってくるソリテールの大剣を『破滅の雷を放つ魔法(ジユドラジルム)』で打ち崩す。

 ……わかってはいたけれど、まったく攻めに転じれない。

 あわよくば感電でも狙いたかったけれど、ソリテールは大剣に触れもしない。

 キツイな、このままではジリ貧なのは間違いない。

 

「ふっ、ふぅっ……」

 

 マハトから放たれる『人を殺す魔法(ゾルトラーク)』を防ぎ、一度大きく息をついた。

 どうにか状況を良くしようと、一縷の望みにかけて一帯の黄金化を解除しようと密かに試みているけれど……。

 

「……」

 

「くっ!」

 

 そのまま近付いてきたマハトの振り下ろしを杖で反らし、殺到する大剣をどうにか防ぐも、防ぎきれなかった大剣が背中を抉る。

 苦悶の声を漏らす私に、ソリテールは笑みを深めた。

 

「意外と感情豊かなのね?あまり取り乱さないタイプだと思っていたけれど……ふふ、このまま少しお話しま……」

 

「ソリテールさん!」

 

 そこであの女性が声をあげた。

 ソリテールはそれに対して一瞬だけ表情を消したけれど、直ぐに笑みを浮かべて馬車へと向き直っていた。

 同時に大剣の動きが止まった。

 ……今ならマハトとの一騎打ちだ。

 なら……。

 

「俺一人なら簡単に勝てるとでも?」

 

「そこまで思い上がってはいないよ」

 

 互いに光線を撃ち合いながら、言葉を交わす。

 マハトはデンケンの師匠をやっていただけはあり、人間の魔法を使いこなしている。

 防御は手堅く、『人を殺す魔法(ゾルトラーク)』の精度も良い。

 それを大魔族特有の膨大な魔力量で扱いこなしているのだから、本当に面倒だ。

 研鑽された私の『魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)』のほうが単純な出力では上だけれど……。

 

「そうか。ならば存分に殺し合おう、フリーレン。もう少しで何かが掴めそうなんだ」

 

 そう言ってやれば微笑むマハトには、考え事をする余裕まであるらしい。

 平然と私の魔法は防がれていくというのに……。

 防御魔法が硬いのは勿論、いざというときの不変の黄金によるガードが厄介だった。

 

「……どうせ無駄だと思うけどね。お前達魔族には、永遠に理解出来ないよ」

 

 本当に嫌になる。

 諦めて一時的に逃げるのが正解だとわかってはいるのだけれど……。

 

ガキィイイイン!

 

 私の防御魔法に、剣が強く打ち付けられ、高い音を鳴らした。

 

「そんな事は、やってみなければわからない」

 

バキャンッ!

 

 妙にテンションの高いこの大魔族二人からは……とても逃げられそうもないな。

 軋みをあげて砕ける防御魔法を見て、私は身を翻して襲いくる黄金の剣をかわした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェ、フェルンちゃんを、こ、殺したって本当ですか!?

 話が違います!フェルンちゃんの事は、保護してくれるって……!」

 

「そういわれても、ね。あの子が私達を殺しにかかってきたのよ?大人しく私達に殺されろというのかしら。

 フェルン、という子は貴女が説得していないといけなかったんじゃないかしら?」

 

「それは!……でも、フェルンちゃんは……先生の……」

 

 拘束魔法で身動きの取れない女性は、ひどく狼狽えているようだった。

 そんな女性の様子を気にする事なく、ソリテールはゆっくりと馬車へと近付いて……!

 あそこには魔族の子が……!

 

「俺相手に余所見かフリーレン?」

 

ガキャン!

 

「ちゃんと見てるよっ……!」

 

 くそっ、無理だ、ここにきてマハトが更にやる気になってる……!

 ただでさえ解析を並行してるってのに……!

 

 マハトの突きを防ぎ、間髪いれずに四方からの『魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)』で返す。

 それを防御魔法で防がれた瞬間に顔にむけて炎を放ち……。

 容易くマントを変化させた黄金で防がれる。

 

 上手い以上に固すぎる……!ソリテールもそうだけど、ろくに魔法が通らない……!

 

「あら?」

 

 そして、私がマハトに苦しんでいる間に……ソリテールは魔族の子を見つけてしまったらしい。

 好奇心に満ちた、明るい声色が聞こえてくる。

 

「この子、あの子に似てるわね。まるで人みたいだったあの子と」

 

「え、あ、そう、ですね。私も先生そっくりだなと……」

 

 お返しとばかりに始まったマハトの猛攻を捌きながら、私は聞き耳をたて……なんだか変な空気になっていっているの事を感じていた。

 

「…………ちょっと、待って。なんでこの子が先生そっくりだと、知ってるんですか?」

 

 その女性の言葉は、私も虚を突かれた思いだった。

 ……ソリテールが、魔族の子《アリウム》と面識が、ある……?

 問われたソリテールは反応を示さず、ニコニコと笑みを浮かべたままで……。

 そこで不意に、私はあの日の事を思い出した。

 私が、アリウムを殺したあの日、血塗れのアリウムの体に刻まれた刺傷の数々と、微かに残留していた、アリウムではない魔力……。

 そして、アリウムが近くにいると言っていた、私が見つける事はなかった魔族。

 

「……そうか」

 

 繋がったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの日、アリウムに致命傷を負わせたのはお前か、ソリテール」

 

「えっ……」

 

 フリーレンの言葉に、モーナは顔を青ざめさせる。

 モーナは背中に氷でも差し込まれたような寒気、足元が崩れ落ちていくような恐怖に襲われていた。

 でも、ソリテールは自分に良くしてくれて、復讐を手伝ってくれて、とても優しくて、私を肯定してくれて……!

 すがるように、まるで迷子になった子供のようにソリテールを見た。

 

 ソリテールは微笑んで、モーナを見つめていて……。

 

ドスッ!

 

 次の瞬間、モーナの背中にはソリテールの大剣が突き立てられていた。

 

「正解」

 

「あっ」

 

 信じられない思いで、自分を貫く大剣と、ソリテールを交互に見るも、ソリテールは満面の笑みを浮かべたままだった。

 

「そう、実はね、アリウム、だっけ。

 フリーレンの言うとおり、あの日、あの子に致命傷を負わせたのは私」

 

「な……んっ……」

 

「なんで貴女に協力しようとしたのか……?かしら。

 それともなんで刺したのか?なんで嘘をついたのか?」

 

「で……ごぽっ……げほっ……!」

 

「貴女が間違った復讐を遂げる姿が見てみたかった。

 その後で、本当の仇が私だと知った貴女がどうするのか見たかった。

 でもそれも、フリーレンにバレちゃったからもういいかなって。

 貴女とはたくさんお話したし、魔族の子やフリーレンとのお話のほうが面白そうだもの」

 

 つらつらと述べるソリテールの顔に、罪悪感というものはない。

 同時に、笑顔ではあるが愉悦してる様子もない。

 実験の経過観察のような、ただただ無機質な言葉だった。

 ひどく、魔族らしい光景だった。

 

「そん……な……」

 

 モーナは、今まで心の底から親しみを感じていた彼女の笑顔を、その裏にあるうすら寒さに漸く気付く事が出来た。

 けれど、それはもう遅かった。

 体を苛む激痛と絶望に、目の前が暗くなっていく。

 

「ほら、最期になんて言うのかしら?

 あ、安心して、すぐには死なない場所を刺したから、まだまだ話せるわ。

 是非とも今の貴女の思いを言葉にして欲しい」

 

 じわりとモーナの瞳から涙が滲む。

 全て、間違っていた事を突き付けられて。

 復讐に目が眩み、何も見えていなかった事に気付いて……。

 本当の仇が目の前にいるのに、自分はもう、何も出来ない事を突き付けられて。

 激痛で叫ぶ事すら出来ないモーナは、自分の体から力が抜けていくのを感じていた。

 恨みの炎はいつの間にかかき消えてしまったのか、少し前まであれだけ心の中で燃え上がっていたものが、感じられなかった。

 

 ただただ涙を流して、拘束されたまま、血が出る程に拳を握り締めて。

 悔しさに噛んだ唇から、血が流れた。

 

「……ごめん、ごめんなさい……先生……」

 

 モーナの口から漏れたのは、謝罪の言葉。

 仇を取れない事……ただここで仇に良いようにされて利用された事が、先生の忘れ形見すら守れなかった事が申し訳なかった。

 そして今、幸せを願ってくれた先生の意思を無視して、無駄に死のうとしている事が、悲しかった。

 

「やっぱり謝るのね、何に謝ってるの?不思議よね本当に。

 人は死ぬ前の言葉に謝る言葉を選ぶ事が多い……。

 謝るばかりで、あまり詳しく教えてくれないのよね。貴女はその感情を教えてくれ――」

 

 ソリテールが、モーナの倒れている馬車に一歩近付いたその瞬間、無数の光線がソリテールを襲った。

 土煙が舞い上がり、その姿を覆い隠す。

 

「……良いところだったのに」

 

 けれど、そんな平然とした声が聞こえて、土煙の中からはソリテールが、まともな傷を負うことなく現れた。

 しっかりと要所を防御魔法で防いだその姿に、光線を放ったフリーレンの顔が歪む。

 ただソリテールの表情は少しだけつまらなそうであった。

 光線の放たれた方向、顔を歪め、杖を構えたフリーレンを見て、ソリテールは口を開いた。

 

「マハト、しっかりしてよ」

 

 一対一でマハトが負ける筈はないとソリテールは確信していて、実際負けてはいなかった。

 ただ、少しだけあった隙につけこまれ、ソリテールへの攻撃を許してしまっていた。

 そんな隙を晒すなどらしくない、そう言外に告げられたマハトは小さく呟く。

 

「悪いな。だが」

 

ドスッ!

 

「っ……!」

 

「終わりだ、フリーレン」

 

 フリーレンの腹を、黄金の剣が貫いていた。

 マハトの隙をつきソリテールへ魔法を放ったまでは良かったものの、今度はその隙をマハトに突かれる番だった。

 激情のままソリテールへと魔法を放ち、一瞬だけマハトを見失ったフリーレンは、背後を取られてしまっていた。

 気付いた時には左手で頭を掴まれ、渾身の力で突き出された剣は、展開の遅れた防御魔法を貫いた。

 

ぐりっ

 

 更にマハトは容赦なく、突き刺したまま剣を回した。

 

「こっ……ふっ……!ぁ……」

 

 腹の中をぐちゃぐちゃに掻き回され、想像を絶する激痛がフリーレンを襲う。

 目を見開いたフリーレンは飛行魔法の維持すら行えず、ふらりと姿勢を崩した。

 激痛で遠退いていく意識を押し止める事は、今の満身創痍のフリーレンには出来なかった。

 

ずるり

 

 マハトの剣からずり落ち、目を閉じ、落下していくフリーレンを、マハトはつまらなそうに、ソリテールは笑みを深めて……冷たい瞳で眺めていた。

 

どしゃっ

 

からん、からから……

 

 力無く地面に落下したフリーレンはうつ伏せに倒れ、杖すらその手から離れる。

 虚しく音をたてて転がる杖とフリーレンの間にはマハトが降り立ち、静かにフリーレンを見下ろしていた。

 

 落下の衝撃で意識は取り戻したようで、フリーレンは薄く目を開いた。

 

「……う……く……」

 

 けれど、うめき声をあげる事しか出来なかった。

 どうにか立ち上がろうと地面に手をつくも、その手は震え、腹部から流れる夥しい血が地面を濡らす。

 フリーレンの体をひどい寒気が襲い、意識が朦朧としだす。

 それがフリーレンから立とうとする気力を根こそぎ奪っていった。

 

 やがてその手も、力なく地面に横たえる事となった。

 

「終わりか」

 

 マハトは少しの落胆と共にそう呟いた。

 何かわかるかもしれないと期待したのに、やはり何の感慨も浮かばない……。

 『万物を黄金にする魔法(デイーアゴルゼ)』で変えた黄金を元に戻された時は流石に動揺したものの、それだけ。

 弟子であったデンケンの『呪い返しの魔法(ミステイルジーラ)』には驚かされ、彼自身の成長にも感心はしたが……それだけ。

 結果的に彼は黄金の像と化し、それに何の感慨を抱く事もなかった。

 

 今もそうだ。

 自分が求めて止まない罪悪感、悪意……。

 それらを持つ人類、フリーレン。

 『万物を黄金にする魔法(デイーアゴルゼ)』を解析し、防御魔法を完成させた傑物。

 だが、今彼女の腹部には風穴が空き、腹の中はかき回されている。

 間も無く彼女の腹からはズタズタの内臓がまろびでる事だろう。

 そう時間は掛からず、彼女は死ぬ。

 なのにやはり、何の感慨も浮かばなかった。

 悲痛な顔で痛みに耐える姿等、今までにいくつも見てきたのだから。

 

 見下ろしているフリーレンの様子は、完全に死に体。

 フリーレンにも話を聞いてみたかったが……この調子では望めそうもなかった。

 

「……肝が冷えたぞフリーレン。だが、結果が全てだ。お前の事は、生涯忘れないだろう」

 

 優秀な魔法使いだった。

 そんな魔法使いの命を奪う事に、ほんの少しだけ探求心が残念だと感じていた。

 だが、それも些末な事。『万物を黄金にする魔法(デイーアゴルゼ)』を解除出来る存在など、容認する事は出来なかった。

 

 そして、マハトは視線を馬車へと向ける。

 今、最も話が聞きたい相手、魔族の子とヴァイゼで対面した時の話は、非常に興味深かった。

 是非とももう少し話をしたかった。

 

 マハトはそう考えながら、フリーレンから視線を切り、馬車の中へと視線を向けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛くて、寒かった。

 血が足りなくて、頭がクラクラして、体に力が入らない。

 ここまで追い詰められたのは、初めてだ。

 腹の中はもうぐちゃぐちゃで、下半身が異様に冷たかった。

 

 朦朧とする意識、霞む視界の中で、こちらに静かに近寄ってくるソリテールの姿が見えた。

 けど……体は震えるばかりで言うことを聞かない。

 

「限界みたいね。大魔族二人相手に、よく頑張ったわ。……最期は呆気なかったけれど」

 

 余計なお世話だ、と憎まれ口を返す余裕すらない。

 震える体で、睨み付ける事で精一杯だった。

 

「エルフとお話するのは初めてだわ、しかも手練れの魔法使い……。色んなお話聞かせて頂戴?ああ、楽しみ……」

 

 上気した頬に手を当てて、興奮したように呟いている……。

 本当に、性質タチの悪い魔族だ。

 わざわざこちらの心を揺さぶる言葉を選んで吐く、最悪で残虐な魔族。

 こいつも、マハトも、ここで叩き潰さなければいけなかったのに……。

 

ぽろ……

 

 気付けば私の頬を涙が伝っていた。

 悔しくて、悔しくて堪らなかった、こんな魔族に幕引きされるのが屈辱で仕方なかった。

 

「……っと、このままじゃ死んじゃうわ、私同じ徹を踏む気はないの。

 マハトがお腹ぐちゃぐちゃにしちゃったけど……大丈夫。

 最低限人が生きていられるようにする加工、沢山練習したのよ。

 あの子に致命傷を与えちゃった事を、ずっと後悔してたの。

 だから安心してフリーレン。そのくらいなら、あと数日は生きられるから」

 

 もうこいつにとって私は、ただの研究対象でしかないんだろう。

 ……戦いの中で並行して行ってたヴァイゼの解析も、さっき意識が途絶えた時に途切れてしまった。

 やりきる気力ももうないし、そもそも立ち上がれもしない。

 ただ……魔力は残ってる。もう少し時間があれば、もう少し体が回復すれば……まだ戦えない事もないけれど……。

 

「それじゃ、まずはその可愛らしい手足を落としていくわね。

 安心して、今までこの加工の途中で死んだ人はいないから」

 

 大剣を持って、私の目の前で振りかぶるソリテールを見上げて、それも叶わないと悟ってしまう。

 

 もう……ダメ、か。

 

 愛用の杖はマハトの向こう。

 仲間はもう、いない。

 デンケンも、シュタルクも……フェルンも……。

 

「フェ……ルン……」

 

 本当に死んじゃったの……?

 まだ、謝ってもないのに……。

 結局、ただフェルンを傷付けて、謝る事も出来ずに終わるの……?

 なんて、なんて私は情けないんだろうか……。

 結局、何も変われなかった。

 

「ごめ……ん……」

 

 どうにか立ち上がろうと力を込めていた手も、ぱたりと地面に落ちた。

 もう、駄目だ……意識、も……。

 

「やっぱり謝るのね、本当に不思議。

 それじゃ、まずはその右手にさようなら、ね」

 

 霞む視界の中、ソリテールが右手を振りかぶったのが見えた。

 無数の大剣に囲まれて、その一本が、銀の刃が煌めいた。

 

 ……ここで、私の旅も、終わり、か……。

 

 ……ヒンメルに、会いたかった、なぁ……。

 

「ヒンメル……」

 

 私は静かに瞳を閉じる。

 頬を涙が伝うと同時に、風切り音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え」

 

ザンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……おかしいな。

 右手に来る筈の痛みがこない。

 むしろ……なんだろう、なんだか、暖かい。

 ……穴をあけられた筈のお腹が、じんわりと……。

 

 朦朧としていた筈の意識もはっきりしてきて、私はその不思議な現象に内心で首を傾げた。

 もしかして、もう死んでしまったのだろうか……?

 あそこから私が助かる道はなかった筈なのに。

 

 私は、ゆっくりと目を開いた。

 もしかしたら、ここが『魂の眠る地《オレオール》』なのだろうか……?

 そんな事を考えて目を開いて……そこに映った光景が目を閉じる直前とのあまりの違いに目を見開いた。

 

 そこに、マハトの作り出した黄金と化した人々は、森は、まったく存在していなかった。

 先程まで静寂に包まれていた周りが突然騒がしくなり、ガラガラと馬車が動き出していた。

 

 何が起こったのか、困惑する私の前に……そこには目を閉じる直前までソリテールがいた筈の所に、小さな人影が背中を向けて立っていた。

 ソリテール自身はそこから何歩か離れた場所で……失った右腕から血を滴らせていた。

 私の傍らには、右腕だけが転がり……その小さな人影はソリテールの大剣を握ってそれを振り切った格好で私に背を見せていた。

 その髪は薄紫、だった。

 

「アリ……ウム……?」

 

 私の口からは、今まで口にはしなかった名前が気付けば出ていて……魔族の子の背を、その顔を呆然と見上げていた。

 何が起こったのか、わからない。

 何故マハトの魔法は解除され、ソリテールの腕が切り裂かれているんだ……?

 

 私の呟いた言葉に気付いたのか、目の前に、私を守るように立つ魔族の子は、その手にした剣を下ろして、ゆっくりと、私のほうを振り向いた。

 

「…………!!!」

 

 その瞳は、透き通るような青。

 その、穏やかで、強い意志の籠った力強い瞳に……かつての暖かな記憶が甦る。

 有り得ない、普通に考えれば、絶対に有り得ない事だ。

 

 でも……私の心は、その瞳を見た私の頭は、そんな理屈を無視してしまう。

 姿形はまったく違うけど、あの瞳は……!

 気付けば私は……その名前を、口にしていた。

 

「ヒンメル……!」

 

 私の言葉に気付いたのか、振り返った魔族の子は、私を見て穏やかな、自信に満ちた笑みを浮かべた。

 

「立つんだフリーレン。君は、僕が出会ってきた中で、最強の魔法使いなんだ」

 

 いつもの、昔から変わらない、私を旅に誘った時と同じ表情で笑っていた。

顔立ちも、性別も、服も、種族すら、何もかも違うのに、まるで過去に戻ったような。

 まるでヒンメルが、彼がそのままそこにいるようだった。

 理由の違う涙が、私の目から溢れる。

 

 視界が滲み始める中、魔族の子は笑みを深めた。

 細められた瞳が、輝きと期待に満ちた瞳が、眩しい。

 

「こんな所で、終わる訳がない。そうだろう?」

 

 そう言って手を差し伸べてくれる。

 私を信じて、期待してくれる。

 

 いつだってそうだ。

 私はヒンメルに、いつも引っ張って貰っていた。

 優しく、手を引いて貰っていた。

 私の行動原理の中には、いつもヒンメルがいた。

 だから、今も変わらない。

 その期待に……勇者パーティの魔法使いとして応えてみせる。

 

「うん……うんっ……!」

 

 私は頬を濡らしながら、その手を取った。

 華奢で小さな手なのに、握り返されるだけで心の底から安心出来た。

 一度は尽きた活力が、私の心と体に満ちていく。

 

 差し出していた左手に嵌まっていた指輪が、キラリと光った。




誤字報告ありがうございます、修正しました。

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  • 〈戦士と魔族〉
  • 「平和だった町」
  • [一級魔法使い第二試験]
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